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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
169/292

169話

着替えて戻ってきたヴェルムは何やら困った顔をしていた。


「ん?どしたの、団長。」


着替えた服の感想よりも先にリクが尋ねてしまうくらいには顔に出ていたヴェルムは、首を横に振りながらリクが座るソファまで近付いた。

先ほどから何やら部屋の外で騒ぐ声は聞こえていたが、まさかそれに遭遇したのだろうか。そう思ったリクは自分が連れてきたのだからともう一度聞く事にした。


「外が騒がしかったみたいだけど、巻き込まれた?」


リクの言葉に、ヴェルムは下がった眉を更に下げて笑う。どうやら正解のようだ。

なんだか申し訳なくなったリクも同じような表情を浮かべると、二人は顔を見合わせ可笑しくなって笑う。


するとヴェルムと共に部屋を出て行ったきり戻っていなかったオーナーが慌てた様子で戻ってきた。


「すみません、ヴェルム様と会わせる事になってしまいました。食い止めようにもあの方も貴族、私共ではなんとも…。」


そう言ってペコペコと頭を下げるオーナーは疲れ切った顔をしていた。

そう、ヴェルムが遭遇したのは貴族の客だった。

滅多に来ない貴族が偶然、ヴェルムとリクが来ている今来たのである。


ヴェルムにとってはなんて事はないが、店としては大事な客の邪魔をされては困る。何より、店で扱う商品それぞれで一番の職人たちが全員ここにいる。貴族の要望はその職人にオーダーをする事であるのは分かりきっている。

だが接客中だから待てと言われて待つような貴族はわざわざ来ない。

それで店の奥まで踏み込まれてしまったのだが、更にタイミング悪くヴェルムが着替え終わり客室に戻るところだった。


色々運が悪かったせいだが、それを咎める程ヴェルムの性格は曲がっていない。

必死に謝るオーナーを、ヴェルムは軽く許したのだった。




さておき、この店に来た用事は済んだ。

オーナーや職人たちはまだヴェルムと話したいようで、リクもまだ時間はあるからとゆっくりする事を提案したため、まだ二人は客室でゆっくり茶を飲んでいる。

貴族の客は良いのかと問えば、既に怒って帰ってしまったという。

どんな客でも受けなければならなかった昔とは違う、客を選ぶことが出来る店になったという証拠だろう。無理な要求をする客は一度許せばあれもこれもと注文を引っ切りなしに付けてくる事もある。

従業員を守る意味でも強気に出られるオーナーは店主として立派だった。


職人やオーナーたちと話す内容は、やはり店の成り立ちが主だった。

当時経営が苦しかったオーナーが学園長に相談しに行った時、ヴェルムの事を紹介された事が切っ掛けでここまで大きくなったこの店は、今ではアルカンタでも一、二を争う有名店だ。


当時、困り果てたオーナーにヴェルムが言った事はそう多く無い。


「服屋の事は私には分からないよ。ただ、服を買う側の気持ちなら分かる。と言っても、採寸して作った物を取りに行かせる事くらいしかした事はないけどね。それでもいつも思うのは、靴やアクセサリー、服も全てが一つの店で買えたら楽なのに、という事。私のような面倒くさがりは色々な店に足を運ぶのはちょっとね。」


ヴェルムはおしゃれに興味がない。基本的には全てセトに、最近はアイルに任せきりである。身嗜みには気を使うが、それがおしゃれかどうかで判断していないのだ。

そのため、私服で出掛ける時は必ず誰かが選んだ服を着ている。

そうなると当然、店に買いに行こうなどという気も起きない。団員に言われて仕方なく買いに行っても、靴は靴屋、アクセサリーは宝石屋、服は服飾店と忙しない。

一度それらを巡って以来、服の買い物は全て本部へ呼ぶか、適当に専属執事に任せる生活だった。


そんなヴェルムだからこそ、何の気無しに言った言葉だったのだろう。

しかし服飾店からすれば青天の霹靂。正に目から鱗だったようだ。


元々、貴族や富豪からのオーダーがあれば、靴やアクセサリーの職人と話し合いデザインが上手く調和するように協力する事もあった。

それを経営を纏めてしまえば、来店した客が気に入った品に合う他の物を薦めることができる。

ヴェルムの言葉はオーナーにとって天啓にも等しい言葉だった。


それからグングンと業績を伸ばしたこの店は、ここに頼めば全て揃う、という安心を客に与え次々と人気が上がっていった。

貴族や富豪だけでなく、市民層や町人層、果ては職人用の服まで揃えたこの店は、大通りに店を構える事が出来る大店の仲間入りを果たした。


これには学園長も喜んでおり、ヴェルムは来ていなくとも学園長から話は聞いていたのだ。自身の面倒くさがりな面を見せただけで喜ばれるのは腑に落ちなかったが。


リクもこの話は知っていたようで、話に華を咲かせる職人やオーナーを笑顔で見ている。ヴェルムにとって友と言えるような間柄ではないが、それでもヴェルムによって人生が変わった人を見るのは楽しいようだ。







「おじちゃんたち面白いね!私も今度あの店でフルオーダーしてもらう事になったの!それが出来たらまた一緒にいこうね!」


店を出て歩き出す二人を盛大に見送ったオーナーたちが店に戻ってから口を開いたリク。

先ほどまではほとんど話していないリクだったが、別に我慢していたという訳でもなかった。ヴェルムが着替えていた間に自身の服も作ってもらえる事になったようで、退屈していなかったなら良いかとヴェルムは思った。


笑顔で次のお出かけを約束するリクに、ヴェルムは笑顔で頷く。

ヴェルムの腕に添えられた手が微かに力んだ気がした。何事かとそちらを見れば、照れたように笑うリクの顔が視界に映る。

どうやら自分で言って照れていたらしい。

ヴェルムはふっと笑うと空いた手で自身の腕に添えられた手をそっと撫でた。


えへへ


そんな風に笑うリクの顔は真っ赤だった。寒さでこうなっている訳ではないと分かっていても、自然と赤らむ顔を抑える事が出来ず俯くリク。見られたくない、でも恥ずかしい。

女心は難しい。だが、だからこそヒトは面白い。

そう思うヴェルムはどこかズレているのだった。







それからしばらく歩き、二人がやって来たのは王城の敷地内だ。一般人では入れない場所も、二人の肩書きがあれば入ることが出来る。

何より、リクが既に申請をしておりすんなり入る事が出来たのも大きいだろう。


「リクが城に誘うなんて珍しいね。」


素直に思った事を口にするヴェルムだったが、隣を歩くリクの楽しみそうな顔を見れば何かお楽しみがあるのは分かる。

ならばどこへ向かうのか聞くのは野暮というもの。

言葉にするのは疑問ではなく感想に留めた。


「実はね、鉄斎のじーじから聞いたんだぁ。この先に見晴らしがいい塔があるんだって!」


グラナルド国王の住まう巨城は、なだらかな丘の上に建っている。その四方を囲うように建つ塔は、城からでもアルカンタの外から来る敵を察知出来るように高い見張り塔としての役割を持つ。現在はその用途で使用されてはいないが、偶に王族や貴族が息抜きに塔を登ることもあるらしい。


今二人が向かっているのは、距離で言えば本部から一番近い塔だ。つまり、登れば本部が隅々まで見えるに違いない。

それは楽しみだ、と期待を胸に歩く二人。

冬ともあって既に辺りは陽が傾き始めていた。




「やっと着いたぁ!長かったよぉ。」


長い長い階段を登る事一時間ほど。急いでいないため一般人と同じような速度で登って来たが、まさかこれほど時間がかかるとは思っていなかった二人。

螺旋階段を只管に登り、偶にある小窓から外を見るたびはしゃぐリクに付き合っていたため普通に登るよりも時間がかかったのは仕方ない。


疲れている訳ではないが精神的になにか負担があるような気がしているヴェルムは、団員の訓練に一日中階段を登らせる訓練を思いついた。

これは忍耐力や集中力の向上に良いのでは。などと考えていると、先に登りきったリクが叫ぶのが聞こえた。


「団長、はやくはやく!すっごいキレイだよ!」


あまりに嬉しそうなその声に急かされ、残り数段の階段をヒョイと登りきった時だった。

目の前に広がる広大な街アルカンタ。それから右手には本部も見える。そして何より、冬の乾燥した気候によって澄んだ空気が真っ直ぐに夕陽を美しくしていた。


思わず言葉を失ってしまうような夕陽の美しさに、二人はただただ眺める事しか出来なかった。

遥か西方に沈み行く太陽は、一日の終わりを告げると共に彼方では一日の始まりを告げるのだろう。


「あぁ、沈んじゃう。もっと見てたかったなぁ。」


正午よりも明るいのではと思わせるほどに輝きをグラナルドに照らした太陽は、遠くに見える山の影にその身をほとんど隠してしまっていた。

それを名越惜しそうに見るリクの顔には、今日最後の陽の光が真っ直ぐに当たっている。

眩しいはずのそれを寂しげに見るリクが、ヴェルムにはとても美しく見えた。


「綺麗だね。」


ヴェルムがそう言えば、リクはヴェルムの方を見ないまま寂しそうに頷いた。まるで今生の別れかと言わんばかりのそれに、ヴェルムは音もなく笑って沈み行く太陽に目を向ける。

冬の日没は早い。まだ午後五時半を廻ったところだろうか。

日没と共に人々の活動は段々と静かになり、街に灯りがぽつりぽつりと灯りだす。


夕焼けの街はものの数分で夜景へと変わる。

自然と遠くにあった視点も眼下の煌めきに移ろい、寂しげな気持ちを感動へと塗り替えた。


「わぁ、綺麗!」


リクの気持ちも見事に塗り替えてみせたアルカンタの夜景は、毎晩国王が私室から眺めるのが密かな楽しみになるほど美しい。

街灯の魔道具が普及した今では、その灯りと二十四時間体制の準騎士による巡回で治安も良い。


何より、陽が沈んでからが本番だと言わんばかりの飲み屋や食堂が、夜こそ我が時間と昼に負けない騒がしさを作り出す。

他国から来た者はまず、夜のアルカンタを見て驚くのだろう。


まだまだ日没と共に仕事を終える者がほとんどだが、夜の闇に怯える者はいない。

辺境や村々ではまだ普及しきれていないが、いずれそうなる日も近いのだろう。それは全て国王の手腕にかかっている。


二人で存分に夜景を楽しみ、様々な会話をした。任務の事、仲間の事、街の事、昔の事。ヴェルムは普段から己の事は進んで話すタイプではないが、リクが尋ねる事は何でも答えた。

特に隠す事ではないからだ。


そんな二人の頭上に星空が瞬き始めた頃、そろそろ帰ろうかとどちらともなくそんな雰囲気になり。

お腹すいた、とリクが言った事でヴェルムがどこの店に行くかを考えていた時だった。


「団長、おうちかえろ?料理長のご飯食べたくなっちゃった。」


二人で外に出た時は大抵どこかで食べて帰るのだが、今回はリクがホームシックのようだ。

ふふ、と笑ったヴェルムは頷くと、それじゃあ帰ろうか、と腕を差し出す。

寒くなってきたからとヴェルムの上着をポンチョの上から羽織っているリクは笑顔で頷き、ヴェルムの腕にしがみついた。


「今日の晩御飯なんだろうね?たのしみ!」


「そうだね。寒くなってきたから、温かい鍋なんかも良いね。皆で囲めばより温かくなりそうだよ。」


「お鍋!良いねぇ!団長は何鍋が好き?」


帰りながらも続く他愛のない話は、二人にとって大事なひと時に違いない。

寒い冬の中でも、二人の周りだけ温かく見えた。

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