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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
164/292

164話

グラナルド国王への挨拶が終わると、舞踏会はメインイベントが始まる。フロアの中央はダンスが出来るようスペースが空けられ、隅には宮廷音楽士たちによるオーケストラが並んでいる。

先程からもずっと静かに演奏を続けている楽団だが、ダンスが始まるとその音量を上げるのだ。


一時期、グラナルド王国お抱えの錬金術師による発明の中に蓄音機なるものが有り、それが貴族の間で流行した事があった。楽団の演奏を録音し、音量を好きに調整しながらどこでも聴く事が出来るという画期的な発明だ。

新しい物好きな貴族たちはそれに飛びつき、蓄音機の自慢をするために舞踏会が流行した。

だがしかし、国王はそれを王家主催の舞踏会で使用せず、あくまで生演奏に拘った過去がある。


それは、音楽士たちの仕事の場を奪わないための事だった。

最終的には個人的に楽しむための物として普及し、今では小さな茶会などで部屋の隅に置かれるようになったり、貴族や富豪の寝室に置かれるなどの需要がある。

楽団としても、蓄音機に音を吹き込む仕事が来るようになり、何々楽団が演奏した何て曲、などといった触れ込みで売られるようにもなり、臨時収入として喜ばれているようだ。


こういった事態を想定していた国王は最初から蓄音機を使用していなかったが、持っていない訳ではない。

と言うより、世界に一つしかない蓄音機を持っているのだ。

収録された曲はどれもヴェルムが演奏したもの。天竜による演奏の録音を持った人物は、世界広しといえどゴウルダートくらいであろう。


そんな事を知ってか知らずかは分からないが、貴族たちのお抱え楽団や宮廷音楽士たちは国王に深く感謝したのは当然の流れだった。

彼らは自分たちの存在価値を保ってくれた国王に深い感謝と敬意を胸に、今日も最高の演奏をする。


グラナルドの宮廷音楽士による楽団は、少しだけ変わった所がある。

それは、オーケストラの並びだ。


通常、指揮者から見て左手前にヴァイオリンの一番が並ぶ。これは宮廷音楽士も変わらない。しかし、そこから右に行くにつれ並びが違った。


貴族たちのお抱え楽団からは、この並びを宮廷編成と呼ばれている。

通常の並びが左からヴァイオリン一番、二番、ヴィオラ、チェロという並びなのに対し、宮廷編成は左から、ヴァイオリン一番、ヴィオラ、チェロ、ヴァイオリン二番なのだ。

音楽の事など詳しくないという貴族は実は多い。だが、宮廷編成はやはり違いますなぁ、などと訳知り顔で語るのだ。

話す相手もそれがどう違うかなど分からず頷く。一通り知ったかぶりの会話が続いた後、別の話題に移っていく。

貴族とは知らない事を知られるのを嫌う、面倒臭い生き物であった。


この並びには勿論意味がある。ヴァイオリンとは頬と肩で挟んで固定しながら演奏する楽器であり、楽器の胴体は共鳴板である。弦を弓で弾いた音を拡張させ響きを追加するためにある共鳴板は、その姿勢の関係上、音が奏者の右前に飛んでいく。

そうなると、指揮者の右側にいるヴァイオリン二番の音は客ではなく管楽器や打楽器などの方へ飛ぶ。そこに意味があった。


宮廷音楽士が演奏する場所は基本的にはこのダンスホールである。

彼らが演奏するための小さな舞台があり、そこに指揮者を中心とした半円で並ぶ。角であるため壁は近く、そこに当ててフロアへ音を飛ばす事で生音よりも柔らかくなるのだ。

ヴァイオリン二番はメロディラインを演奏する事は多くなく、一番のハモリを担当する事が多い。そのため生音ではなくより豊かに響くように後ろに音を出すのだ。


ダンスホールで演奏するということは、演奏曲目はほぼ全てワルツやマズルカといった舞踏曲である。

そういった曲のヴァイオリン二番の楽譜は伴奏だらけのため、宮廷編成と呼ばれる編成が生まれた。

演奏を聴くのが主目的であるコンサートでやるには向かない並びでも、場所や目的が変われば並びや表現を変える。

長い年月で考えられた、彼らの集大成である。




音楽という文化はヒトにしかないものだ、と喜んで学んだヴェルムは、当然この編成の意味を知っていた。

目についた楽器全てを経験し、変に凝り性なヴェルムはその全てを一定のレベルまで習熟した。

そんなヴェルムだが、演奏するのは勿論、聴くのも好きであった。今も騒つく会場の中で、目を細めて嬉しそうに楽団の演奏を聴いている。会場の端には聴こえないような音量の演奏だが、天竜たる彼にはその程度が聴き分けられないはずもない。

穏やかな笑みで演奏を楽しむヴェルムをセトは優しい表情で見ていた。


「亡き母の想ひ出。良い曲だよね。私、この曲大好き。団長も好き?」


ヴェルムに話しかけたのは、緑のマントを着け隊服をギッチリと着こなしたリクである。舞踏会ならばドレスで来るのが慣わしだが、今回は護国騎士団として任務の一環で来ている。

食事も飲酒も自由な任務とはいえない状況だが、ドラグ騎士団はその程度で気を抜いたりしない。話していても会場の隅から隅まで動きを把握していた。


リクが言う"亡き母の想ひ出"とは、現在楽団がひっそりと演奏している曲に付けられたタイトルである。

グラナルド出身の有名な作曲家が作曲したこの曲は、彼の音楽人生に多大な影響を与えた彼の母親との想い出を表現した曲だ。

タイトルを聞かずに演奏を聴けば、何処か物悲しくも温かい旋律に、涙してしまう者もいるだろう。

母親どころか、血のつながった家族は全員亡くなったリクだが、この曲には何やら思い入れがあるらしい。


ヴェルムはピタリと横に寄り添ったリクをチラリと見ると、穏やかな笑みを浮かべてリクの肩に手を置いた。


「私には母というものが分からない。父もだ。しかし父のような存在としてセトがいる。だからまだ良いんだけどね。母というのはこの曲のように、温かく包み込んでくれる存在なんだそうだね。私も母を知っていれば、この曲が更に好きになれたのかもしれない。もっと違う感情で聴けたのかもしれない。そう思うと、経験できないというのも寂しいね。」


大して寂しそうでもなく言うヴェルムだが、リクはその感情を正確に読み取った。

そして肩に置かれたヴェルムの手を取ると、両手で包み込んだ。


「団長。そんな役割に当て嵌めなくても、団長は団長だよ。母親は時に優しく時に厳しいって、知識で知ってれば良いの。そこらの母親よりももっと団長を愛してる家族が、団長にはたっくさんいるんだから。勿論、私も愛してるよ。」


リクが静かに語る姿を、ヴェルムは優しい目で見ていた。リク程の美少女から愛してると言われて落ちない男もいないが、ヴェルムは例外のようだ。

慈愛に満ちた表情のまま黙って頷くと、己の手より随分と小さなその手を握りしめて言う。


「そうだね。私には母などいらない。君たちがいればね。ただ、気になってしまったんだ。どれだけ願っても手に入らない物を見つけた時、ヒトはどうするのだろうね。…ない物ねだりか。だけど私には君たちがいる。幸せだよ。そして、私も愛しているよ、リク。」


既に楽団の演奏は舞踏曲に切り替えられている。中央で踊るのは国王。相手は南の国王女アイシャだ。

同盟国として二人が踊るのはアピールに丁度よく、ファーストダンスを踊るのはその場で最も高貴な者。他国の王族もいる中、政治的にも意味のあるダンスだろう。


そんな中央を横目で見ながらもリクとヴェルムの会話は続いていた。

だがそれに割り込む者がいた。


「あのよ、なんで姫ばっかり団長と良い雰囲気出してんだよ。」


紅いマントを着けたガイアである。副隊長の姿は無いが、隣に副官を連れている。

大柄なガイアは髪も赤いため非常に目立つ。同じく背の高いヴェルムもそうだが、リクは小さいためセトに隠れていた。

だが見つかってしまったものは仕方ない。そもそも、気配を読める隊長たちから隠れようなどとも思っていないが。


リクは先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みを消し、ガイアをジト目で見る。無言の非難にガイアがどこ吹く風で流すと、リクは頬をプクッと膨らませて拳による抗議にでた。


身長差のためガイアの腰に何度も突き刺さるリクのチョップ。大して力が込められていないため痛くも痒くもないが、ガイアはリクの不機嫌さを笑って見ている。


「おや、リクに拗ねられてしまったようだけど。リク、ガイアがお詫びにとっておきのココアを後で振る舞ってくれるそうだよ。」


「え、ほんと!?ガイちゃんありがとぉ!」


「あ?いやいや、ちょ、団長!」


腰に打ち込み続けていたチョップが止まり満面の笑みを浮かべたリクがガイアを下から覗き込む。

ヴェルムによる突然の悪戯に困惑するガイアだったが、はぁ、とため息を吐いて受け入れた。ヒトは諦めが肝心である。


何より、美少女から上目遣いで見られては何でもお願いを聞いてしまうのが男の性。ガイアは悪くない。

一歩後ろで呆れたような目でガイアを見る副官には気付かないフリをしておく事が一番だろう。




「ねぇ、ガイちゃん。」


「あ?どうした、姫。」


ファーストダンスの途中であまり騒いでもいけないため視線を中央に戻した所だった。

ヴェルムは二人を見ていないが、聞こえているのは間違いない。大事な話でもあるのかとガイアは少しだけリクの頭に顔を寄せた。


「あのね?男のヤキモチはみっともないってさっちゃんが言ってたよ?」


言葉と同時に、ガイアの体がピシッと固まった。

リクに合わせて身体を屈ませていた姿勢のまま動かないガイア。やはり聞こえていたのか、ヴェルムは堪え切れずフッと息を吐いた。


ガイアの一歩後ろからは、くっく、と笑いを堪えた声が聞こえる。そしてガイアの半歩前では小さく、ほっほ、と聞こえる。

固まったガイアの顔が怒りで赤くなる。そしてリクの頭を掴もうと腕を上げた時だった。


「なんてね。ガイちゃんも愛してるよ。ココア、楽しみにしてるね?」


もう一度耳に届くリクの声。ヴェルムから悪戯されリクからは揶揄われた。

だがウインクしながら言われた愛を告げる言葉に、騙されない男はいない。まぁいいか、と流したガイアに呆れた視線が一つ。そしてほっほ、という笑い声。

なんだかんだドラグ騎士団は仲良しだった。

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