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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
162/292

162話

建国記念祭の最終日には、王城で大きな舞踏会が行われる。祝いに駆けつけた他国の王侯貴族やグラナルドの貴族、大陸に名を馳せる冒険者や傭兵、大商人などが集まり、パーティー会場は政治の場としても利用される。


ドラグ騎士団からは、ヴェルムとセト、五隊から隊長と副隊長とそれぞれの副官。零番隊からも数名参加している。

ドラグ騎士団としてではなく、冒険者や傭兵、商人として参加している者もいた。


彼女もその一人だ。彼女が側近と共に会場入りすると、その場の視線が一気に集まるのを感じた。


「なんだい、鬱陶しいねぇ。そんなに帝が珍しいのかね。」


認識阻害の魔法が織り込まれたローブによってその表情は隠されているものの、発した声は小さいながらも不機嫌さは滲み出ていた。

ローブを深く被った者など、入口で止められるのが当たり前なのだが、彼女は違う。背中に焔の紋章が描かれたローブはこの世に一つしかなく。その紋章を背負えるのはこれまた一人しかいない。


炎帝。数いる冒険者のトップ六人の一人である。

そうは言っても、ドラグ騎士団からすれば仲間であり家族である。何せ、ローブの中身は零番隊部隊長。もっと言えば、炎帝のクランは全員その部隊員だ。


「まだ団長たちも来ていないようだな。お嬢、先に何か食べるか?」


隣に立つ側近は顔を出している。流石に帝以外がローブを被って入場は出来ない。

炎帝、カサンドラの最側近である爺は周囲を軽く見渡して言った。


「ふん、王宮の食いもんなんざ不味くて食えるかい。酒なら多少はイイもんあるだろうさ。」


近くにいた貴族はカサンドラの言葉に眉を顰めている。当然だ。その言葉は国王を、ひいてはグラナルドを侮辱する言葉である。

他人になんと思われようと気にしないその姿は、正に自由を掲げる冒険者のトップそのものだった。


二人は周囲の視線をモノともせず会場の端に並ぶ華やかに飾られた料理を素通りし、近くにいた給仕に声をかけ酒を受け取る。

グラナルドでは一般的に、パーティーが始まる前の飲み物にシャンパンが出される。

そんなシャンパンを受け取ったカサンドラは、クイッと一息に飲んでしまい、給仕が持つトレイにグラスを返し、また一つグラスを取った。

しかし流石の王宮勤めの給仕。驚きを面に出さずに澄まし顔のままだ。


「ごゆっくりお楽しみくださいませ。」


更にはそう言ってのける彼女は給仕の中の給仕だろう。

大抵、カサンドラがこういう型破りな行動をすると驚かれるのだが、王宮ではそうもいかないらしい。僅かに機嫌を浮上させたカサンドラはグラス片手に歩いて行った。







「ドラグ騎士団、団長並びに団員の方々の来場です!」


パーティーでは入場者の名を呼ぶ。パーティー初参加でも誰が誰だか分かるようにするためだが、一番の目的はそれによって無用な衝突や無礼が起こらないようにするためだ。


今までで一番のどよめきが起こった。先頭はヴェルム。後ろからそれぞれ隊長や副隊長、副官が続く。本来ならば一人ずつ名を読み上げるのが習わしだが、ドラグ騎士団は来る者がいつも同じのため、役職に入れ替えが起こった時のみ呼んでもらうようにヴェルムが頼んでいる。

単純に、全員の名前が読み上げられるまで扉前で待たされるのが嫌だから、という理由である事は団員しか知らない。


全員が正装で、隊長格はマントを纏っている。肩の留め具は揃いの装飾がされており、各隊の属性を示す色の魔石が嵌め込まれている。

宝石や装飾に目のない貴族たちは、それが誰の作品なのかすぐに分かった。これ程までに精巧な造りをした装飾は、きっと他では見られない。

顔立ちの整った者たちだからこそ、着けていて悪目立ちしないという事が嫌でも分かるその装飾は、豪華でありながら着ける者を更に惹き立たせる魔性の魅惑を含んでいた。


そんな美形揃いの騎士団が入場すると、人が綺麗に割れる。まるで彼らのための道を作るかのような行動は無意識で、己が何故避けたのか分からない、といった顔をしている者もいる。


広い会場を軽く見渡し、何やら見つけた様子のヴェルム。柔かに笑うと、そちらに向かって軽く手を挙げた。

それを見ていた周囲は釣られるようにそちらを見て、驚いた表情でもう一度ヴェルムを見た。


「団長、誰?」


身長が足りず周囲が見えないリクが、飛び上がって周囲を見ようとした所をスタークに肩を押さえられて止められている。

それに苦笑したヴェルムは少しだけ屈み、リクに顔を近付けて言った。


「カサンドラだよ。今日は炎帝として招待されていると言っていたからね。」


答えが分かって満足したリクは、破顔して頷いた。


「他にも知り合いいる?」


そして尋ねたのは、他の知り合いの有無だった。するとヴェルムが答えるより先に、既にその質問を予測していたスタークがカサンドラとは別の方を示した。


「あっちにモリソンがいるぞ。」


「え!?もっちゃん!来てるんだぁ。珍しいね!」


モリソンとはドラグ騎士団の団員である。しかしそれを国王以外には隠して王宮に勤務している。役職名は、宮廷魔法師。

実力を隠して生活するのは大変だが、彼には重要な任務がある。他の宮廷魔法師たちが危険な研究をしていないか、違法な物に手を出していないかを見張るのだ。

宮廷魔法師は言ってしまえば研究職。だがその研究室には他人を入れず、部屋に篭りきりの者も多い。

しかしモリソンはそんな研究者たちの信頼を得て、研究の助言などをする立場に収まっている。

そのため、誰がどんな研究をしているかなどは常に把握しているのだ。


宮廷魔法師は平民でもなれる。そして、宮廷魔法師になれば子爵相当の地位が与えられるのだ。

本当に貴族になれるわけではないが、その地位を持つ事が目標で宮廷魔法師を目指す者もいる。

しかし根が研究者であるため、こういう場に宮廷魔法師が出て来る事自体稀なのであった。


「モリソンがこちらに気付いた。手を振っているぞ。後で話しに行くといい。」


スタークがリクの代わりに軽く手を振ると、モリソンは朗らかな笑みを浮かべて去っていった。




「おぉ、相棒!最近会っとらんかったな!元気にしとったか!」


賑やかさが戻ってきた会場に、大きな声が響いた。近くにいた者は何事かとそちらを見るが、その人物を確認して周囲に知らせる。

またもヴェルムたちは注目の的になるのだった。


「やぁ君か。私はいつでも元気さ。君もいい歳なんだから酒は程々にね。」


ヴェルムは後ろから話しかけられたにも関わらず、然して驚くでもなく穏やかに微笑んで振り返る。話しかけてきたのは老人で、そちらに苦言を呈す余裕まであった。


「なぁにを言っとる!儂から酒を取ったら何も残らんではないか!」


この男はグラナルドで過去、英雄と呼ばれた男である。名をフォルティス・ラ・ファンガル。アンカンタ南西の辺境を守護する伯爵家の者だ。今は息子に家督を譲り、ドラグ騎士団に入団。準騎士として活動中である。

他国の王侯貴族はこの英雄を見たいという者も多く、こうして会場に呼ばれた訳だ。


「あぁ、確かに。酒を飲んでいない君の魅力は半減してしまうね。」


対するヴェルムの言葉は辛辣だ。しかし気を許した友である故にこうした発言が出来る。

案の定、フォルティスは気を害した素振りすら見せず、それどころかガッハッハ、と笑ってみせた。


「相変わらず相棒はキツいのぉ!それでは嫁が来んぞ?」


タダではやられないフォルティスも、お返しとばかりに嫌味を返す。だがそれに反応したのはヴェルムではなかった。


「失礼ですが、団長に其処らの令嬢では役不足ですわ。団長には団長の全てを慈しみ愛す事が出来る方でないと。」


「そーだよ!フォルじぃが口出す事じゃないの!」


「お、おい、お前ら…。団長が話してんだから邪魔すんな。」


いつの間にか近くに来ていたサイ、リク、ガイアである。ガイアの後ろではアズが心配そうにこちらを見ている。

やや遅れて、副官達が集まってきた。


「まぁまぁ。私は今、こんなに素敵な家族に囲まれているんだよ。フォルティス。私に嫁などいらないのは見れば分かるだろう?」


ヴェルムの解答は百点満点ではなかった。寧ろ、一部にとっては零点だと言っていい。フォルティスはそれを察して、敢えて一部を見ないフリしてニヤリと笑う。


「それでは先が思いやられるのぉ。なんとか儂が死ぬまでに相棒の結婚式を見たいもんじゃ。」


そう言ってガッハッハ、と笑うフォルティス。周囲が見れば普通の会話だろう。だが、ドラグ騎士団側から見れば彼が期待していない事が分かる。

血継の儀を経たフォルティスが死ぬのは随分と先だからだ。おそらく、寿命のような物は無いと思われる。

フォルティスは六十代。ドラグ騎士団では若者だ。セトなど、ヴェルムが生まれる前から生きている。数百年生きた者がいる中、百年も生きていない彼はまだまだヒヨコだろう。


「ふむ。では君が死なないよう、私も全力で護らねばならないね。そのためにも、君の実力を上げなくては。帰ったら訓練しよう。」


ドラグ騎士団にしか通じないジョークで逃げたつもりだったフォルティスだが、予想を超えたヴェルムの切り返しにウッと詰まる。

以前、フォルティスとヴェルムが訓練した時の記憶が蘇ったのだ。


南の国で鉄壁将軍と呼ばれたバルバトスと、フォルティスは同期になる。二人は準騎士の中では武力と指揮という面で秀でていた。

しかしそれはあくまで準騎士の中の話。ドラグ騎士団に所属する内務官や研究員など、裏方の者にも勝てないのだ。

英雄もこれでは形無し、とヴェルムから直接指導を受けるも、それは地獄の様だったとフォルティスは後に語っている。


致命傷かと思われる傷を付けられ、すぐに回復される。何故か体力も回復するその魔法で延々と回復されては斬られ。次第に精神が折れそうになる中、休む事すら許されない。

毎回こんな訓練じゃないよ、などとヴェルムは言ったが、嬉々として二人を斬るヴェルムに恐怖したのは記憶に新しい。


「う、うむ。儂は他にも挨拶せねばならんからな。これで失礼するぞ。」


即時撤退を決めた英雄は、引き際を見誤ったようだ。あと一息早く撤退していれば手痛い反撃を受けずに済んだというのに。

ヴェルムを揶揄えると判断した数秒前の自分を殴りたい気持ちで一杯なフォルティスだった。

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