16話
「さて、調査はこの位で良いかな。十分裏付けも出来たし、後は元宰相をどうするかなんだけど。君たちはどう思う?」
皆が調査に出て三日目の夜、最初に到着した旧イェンドル王国首都の零番隊の拠点で、ヴェルムたち四人は集まっていた。
珈琲をガイアが淹れ、ヴェルムが出したマドレーヌと共に食後の時間を楽しんでいた。
「うーん、俺としちゃあお隣さんの大罪人ですし、なにより亡くなった国王は俺の母の親戚筋ですからね。ある意味仇なので、どうしてやろうかと思ってるとこです。それに、それが無くても姫の親の仇ですからね。俺らは家族を傷つける者は赦さない。そうでしょう?」
ガイアは珈琲カップを回し、香りを楽しみながら言う。カップの水面に映るその哀しそうで空虚な表情が、波紋で隠れた。
「師父、殲滅一択です。寧ろ、我ら護国騎士団がどうやって他国で作戦を遂行するかという点に絞って考える方が早いかと。」
カリンもガイアと同じく物騒な事を言っている。しかし、その表情は怒りで染まっていた。そんな二人にアイルがため息を吐き、手を挙げて意見を述べる。
「まずはお二人とも落ち着いてください。僕からは零番隊を招集する事を提案致します。ガイア様は顔が売れておりますし、何よりこの国では有名です。拠点で情報精査か、現状を踏まえてリク様のフォローにまわるか、どちらかを選んでもらう事にはなるかと思います。」
アイルの言葉にガイアが立ち上がりかけるが、思い直して座り直した。個人的にも恨みのある相手だ。自分が最後まで出られない事が悔しいのかもしれない。
「つまり、アイルは冒険者が片付けたら良いと言う訳だね。それが一番世論は納得する形になるかな。じゃあ久しぶりに零番隊を招集しようか。」
実は、零番隊は表向き存在しない。普段から本部にいる者以外、各国に散って活動している。その表向きの職業が、冒険者としての活動だ。中でも零番隊の部隊長は、それぞれ国を代表する冒険者クランのリーダーである。
クランは、冒険者のパーティーが複数集まって名乗る。ギルドからまとめて依頼を受け、クラン内で更に得意分野に応じて振り分ける。
様々な長所短所が存在するが、クランに入れば自分で依頼を探さずとも仕事に困る事がないというのが一番の利点かもしれない。
受けた依頼によっては、完遂度が低いという依頼人のクレームにより報酬が減額したりもする。大手のクランなら、そういったトラブルにも巻き込まれない。その点も冒険者には心強いだろう。
「そう、だな。それが一番だろう。二人とも、頼む。姫の分までしっかり見届けておいてくれ。」
悔しさが滲む表情で、冷めた珈琲を一気に流し込みガイアが言う。
お任せください、と声を合わせ双子が答える。二人は零番隊だ。今回の作戦には実行部隊として参加するだろう。
その様子を見て一つ頷いたヴェルムは、ガイアへとどちらが良いかと問うた。
「そうですね。姫はサイやスターク、アズもついてますからね。俺はこっちで情報集めたり、北の国との折衝をやりますよ。その方が役に立てるでしょう。何かしていないとイェンドル王に申し訳が立たない。」
「分かった。じゃあ、零番隊に召集をかけるよ。作戦は明後日からね。それまでに居場所を絞っておいて。先にそっちを手伝える者から連れてくるから。じゃ、行ってくる。」
ヴェルムはそう言って消えた。話しながら念話魔法も使っていたようだが、話し終えるとすぐ転移魔法で消える辺り、相当に器用だ。
「流石師父…!私たちでも全然居場所を知らない零番隊の方も居るのに。今の数秒で全員に連絡取ったなんて。凄すぎて何も言えない…。」
カリンがそう言って感激していると、ガイアが首を捻って不思議そうな顔をした後、ポンっと手を打った。
「あぁ、お前ら血継の儀からそんなに経ってないのか。まだ馴染んでねぇんだな。団長は、世界中に巡る竜脈を利用して世界中の様子を知る。見知った団員の魔力くらいすぐどこに居るか探し出すぞ。普段は面倒くさいってやらねぇがな。それだけ、団長も本気の案件って事だろ。お前らも学ばせてもらうつもりでやればいい。頼んだぜ。」
な、なるほど、とカリン。アイルは驚いているのか分からない無表情だが、目を開いたまま瞬きしていない。驚いているのだろう。
その後復活した双子は、食器を片付けてまた夜の街に出ていった。元宰相の居場所を探るためだ。
「おやぁ?私が一番かい?団長、ガイアの坊ちゃんがいると聞いていたんだが。それに噂の双子も。」
ヴェルムと共に拠点に転移してきたのは、大柄な女性だった。鋭い眼光に、頬に走る大きな傷が印象的なその女性は、ワインレッドの長い髪を高い位置でポニーテールにしている。
「あぁ、三人とも調査に出ているよ。夜には会えると思うから。それまで君にも手伝ってもらえたらと思ってね。君の次は鉄斎を連れてくるから、出るなら今のうちだよ。」
ヴェルムの口から鉄斎という名前が出た途端、大柄な女性の表情が曇る。
「そうかい。情報を集める奴が先って事だね?なら私も先に仕事させてもらうよ。鉄斎の糞爺には手柄はやらないさ。」
そう言って拠点を出て行った。
ヴェルムは苦笑し、また姿を消した。
「さみぃ〜。ただいま、っと。」
肩や頭に雪を積もらせながら拠点に戻ったガイア。すぐにアイルが近づいて来てコートを受け取る。
そのままカリンがガイアを、地下へと続く階段に案内する。
「あぁ、かなり集まってんな。さすが零番隊。行きたくねぇ〜。」
零番隊が活動するための各国の拠点は、外見こそ一軒家だが、地下に広い空間がある。魔法によって拡張された拠点は、程度の差こそあれ、どこも似たように丈夫で広い。
建物三階分ほど降りた先に、無骨な扉が立ちはだかっていた。
「では、私は上に戻ります。何かありましたらお呼びください。中は今どうなっているか分かりませんが、団長はいらっしゃいません。まだ全員ではないそうです。今回はかなりの人数が招集されているようです。」
カリンはそう言って一階に戻る。残されたガイアはため息を吐いて扉を開けた。
「おう、ガイアお坊ちゃんじゃあないか。元気にしてたかい?少しは団長の役に立ってるのかい?」
大柄の女性が早速ガイアを見つけ声をかけてきた。鋭い眼光に加え、顔中になにやら赤い塗料か何かで模様が描かれており、それが更に彼女の威圧感を増している。
「カ、カサンドラさん…。お久しぶりです。精一杯やってますよ。皆も元気ですよ。」
いつも豪快で堂々としているガイアが、借りてきた猫のようになっていた。190を越える身長も、今はリクのような小ささに感じられた。
「おやおや。ガイアお坊ちゃんは元気がないねぇ。いつになったら堂々と出来るんだい?そんなんじゃいつまで経ってもこっちに来れないよ?」
大柄の女性、カサンドラがガイアの背中をバシバシと叩いていると、ガイアのカサンドラの後ろから声がかかった。
「退け、野蛮人。…斬り捨てるぞ。」
ドスの効いた、血の底から響くような低音の声だった。言っている事も物騒だ。
「あぁん?鉄斎の癖にこの私に斬り捨てると?やれるもんならやってみな。まぁ、姑息な手しか使えない糞爺には無理か?生まれ変わってから出直してきな!」
カサンドラは物騒な声にも言葉にも一歩も引かず、寧ろ挑発し返していた。それを見てガイアは顔を青くしていた。最早小動物サイズまで小さくなっている。
「ふん、雑魚はそこで吠えておれ。野蛮人では拙者の武器を抜くまでもないでな。」
その後は、ガイアには目で追えないスピードのやり合いが続いていた。周りにいる零番隊隊員も、止めるどころか煽っている者もいる。放置か煽っているかのどちらかであった。
「お待たせ。これで最後だ。後は現地集合の者だけだよ。さて、みんなよく集まってくれたね。」
猛者二人の静かで壮絶な戦いが始まってからしばらく、最後の一人を連れたヴェルムが転移してきた。転移してくる直前、二人は戦いを止めていたし、この部屋にいる者全員がヴェルムが転移してくる場所に向かって跪いていた。
「あぁ、楽にしていいよ。早速作戦について話し合おうと思うけど、その前に二点。アイル、カリン、おいで。」
ヴェルムがそう言うと、跪いていた全員が一斉に休めの姿勢で立つ。
その直後、扉が開いてアイルとカリンが入ってきた。
「皆んなも会ったことあるよね?こないだ血継の儀を済ませた二人だよ。二人とも零番隊だから紹介は必要ないだろうけど、皆んなも仲良くしてあげて。」
ヴェルムの言葉と共に双子は同時に頭をさげ、よろしくお願いします、と声を揃えた。
「うん、二人は飲み物を皆んなに。それと、もう一点、カサンドラと鉄斎。喧嘩は程々にね?元気が余ってるなら、私が直接霊峰で指導をつけてあげるから。」
霊峰というのは、大陸北西部に存在する大陸一の標高の山だ。ここには竜脈が重なる場所が存在し、空気中の魔素が非常に濃い。当然、標高が高いと空気が薄く、それでいて魔素が濃いため、常人なら数分意識を失い息絶える。
また、魔素が濃いため、強い魔物が生まれやすい。霊峰では食物連鎖の底辺でも、街に現れたら軍が編成されるレベルの魔物だ。個体脅威度がAを下回る事は、例外を除いて存在しない。
「な、何を言っているんだい、団長。鉄斎とは仲良しさ。腐れ縁だからね。な、なぁ?鉄斎?」
「何故野蛮人と…。い、いえ、拙者も仲良しですぞ。我らは腐れ縁である故。」
どう見ても仲良くはないが、ヴェルムの前では仲良しになれる二人だった。
「じゃあそういう事で。あとは皆んなに任せて良いかい?細々と指示出すより、君ら向きだろう?あぁ、元宰相とその息子、それからイェンドル王を裏切った元将軍だけは殺すな。必ず無傷で連れて来なさい。いいね?」
はっ!と全員が揃い、それを合図に解散した。作戦決行は明日だ。
先程、セトからヴェルムに連絡が入った。元宰相たちクーデターの首謀者たちが見つかったのだ。
「やっとだ。やっと姫が前に進めるようになる。イェンドル王の仇だ。待ってろ。」
ガイアがそう呟きながら部屋を出る。しかしその後、カサンドラに思い切り肩を叩かれ、怒られていた。私情で動くな、と。その後のガイアの顔は、復讐者のそれではなくなっていた。