158話
ここ最近のアルカンタは妙にソワソワした雰囲気が街を支配していた。道行く人々は笑顔で、何かを楽しみにしているようだ。
アルカンタ中央の大広場から十字に伸びる大通りでは、至る所に飾りが付けられている。
"350"と書かれたペナントや旗、横断幕などが店を飾り、街はお祭の始まりを今か今かと待ち望んでいるようだ。
今年で三百五十周年を迎えるグラナルド王国。十年おきに規模を大きくして記念祭を行い、キリの良い五十年と百年の年は更に大規模になる。
長命種でもない限り一生に一度しか見られない区切りの記念祭だけあって、街の宿は既に満員。まだ始まっていない記念祭だが、もう例年より人の集まりが多いようだ。
三日かけて行われる建国記念祭の目玉といえば、やはり他国から祝いに駆けつける王族や重鎮のパレードだろう。
民の間では、今年は騎士の国から騎士王が来ると噂されている。
西の国は現在復興中で来られないだろうという予想もあるため、より騎士の国への期待が高まっている。
パレードがある日は決まっておらず、各国の使節団が到着次第、である。
既にアルカンタの民はそれに慣れており、だからこそソワソワと浮ついた雰囲気が漂っているのであった。
「おぉ?今日はなんだかいつも以上に落ち着かないな。何かあるのか?」
レクスが街へ出て最初に言ったのがこれである。建国記念祭があると伝えているはずなのにこれはどういう事か。
隣に立つフロースは呆れた顔をして夫を見た。
「建国記念祭ですよ。もうすぐ始まりますからね。」
だがフロースの言葉にレクスが納得する事はなかった。疑問が解決しないとばかりに眉間に皺を寄せている。
「いや、確かにそれは聞いたんだが。記念祭はもう少し先だろう?こんな早くソワソワしてちゃあ、本番までに疲れてしまうじゃないか。」
何がわからないのか分からない、といった視線を夫に向けていたフロースだったが、この言葉で夫がちゃんと話を聞いていなかったことを悟った。
そして、その説明をしてくれたのは誰だったか思い出して納得する。どうやらこの夫は二百年会っていなかった孫から聞いた話を忘れているらしい。
呆れてため息を吐いたフロースに、レクスが首を傾げる。
しかしフロースが口を開く前に、レクスに文句を言う者がいた。
「爺ちゃん。そりゃねぇよ。俺が教えただろ?招待国のパレードがいつ来るかわかんねぇから街は浮ついてるぜ、ってな。」
「おお、アレックス!そういえばそんな事言っとったなぁ!」
ハッハッハ、と笑うレクスと、額に手を当てため息を吐くアレックス。フロースとしては孫の気持ちに完全に同意である。
アレックスが言いたかったのはパレード云々では無い。寧ろ、パレードがいつあるか分からないからこそ、街に出るのはお勧めしない、という話だったはずだ。
「あぁ、この話忘れてんなら何で街に出てんのかって質問も野暮か…。」
アレックスの格好は零番隊の隊服で、どう見ても任務帰りだ。本部南門から出てきた二人を見かけて声をかけに来たらしい。
「アレックス、ごめんなさいね。私たち、今日は観光じゃないのよ。ドラグ騎士団が所有しているお店?というのに行きたいの。用事があってね。」
笑っていて用事を話さないレクスに代わり、フロースがアレックスに外に出た理由を話す。するとアレックスは少しだけ考えた後、何かを思い出したようにポン、と手を打った。
「あぁ、あれか?大通りに面した店。スタークなんかが余った野菜売ったりしてる店だろ。よし、じいちゃんもばぁちゃんも、俺が連れてってやるよ。人が多いけど、ドラグ騎士団だって見りゃ分かる俺が一緒なら大丈夫だからよ。」
アレックスが機嫌良くそう言うと、フロースは柔らかい笑顔でアレックスを見た。レクスも笑いを収め頷き、孫の頼もしい姿に感心している。
「アレックスも最近帰ってきたんだろう?俺たちを案内出来るのかい?」
挑戦的なレクスの言葉に、フロースはまた呆れた顔をするが、アレックスは至って普通だった。寧ろ、逆に誇るようにレクスを見た。
「爺ちゃん、俺は任務で他大陸に行ってたんだぜ?知らない街に来たらまずはどこに何があるか全部把握するのは当たり前だろ?ブラついて陶器焼いてた爺ちゃんとは違うんだぜ?」
挑発には挑発を。この国の王族大丈夫か、と言いたくなる荒さだが、今の時代とは違う、当時の外交はこのようなものだったのだ。とにかく相手に舐められてはいけない。今とは違いグラナルドも大国とは呼べなかった時代では、喧嘩腰になる事も多かった。当然、国王や王族は外向きの姿勢は強気になる。
そう、二人は何百年も離れていたせいで外向きな態度しか取れなくなっていた。
まるで戦場から帰った父が幼い息子に忘れられていたかのようだわ。
フロースはそう思ったが敢えて口にしなかった。
「お?じゃあ爺ちゃんと婆ちゃんが作った焼きもんが売られるんだな?おいおい、そりゃあこの店パンクしちまうんじゃねぇのか?」
ドラグ騎士団所有の店に着いた三人だったが、用があるのは夫婦のみ。アレックスはここで初めて目的を聞いたのだった。
そして出た言葉には、祖父と祖母の作品が貴族で大人気の有名陶芸家の物であると知っている事が含まれていた。
「ん?なんだ、アレックス。お前、俺たちの事知ってたのか?」
レクスが意外そうな顔でアレックスに言う。フロースも同じだったようで、少し驚いた顔をしていた。
「当たり前だろ!爺ちゃんと婆ちゃんが作品に入れるあのマーク。ありゃあ、ヴェルムとセトの爺と一緒に考えたやつだろ?俺が子どもの頃にはもうあったじゃねぇか。寧ろ、俺や親父、兄貴たちも皆んなあのマークを見て育っただろ。それ焼いてんの爺ちゃんと婆ちゃんだって知ってんだから。他国で高額な取引されてんの見た時はビビったぞ?」
アレックスの説明で夫婦は十分理解したようだ。その説明の全てが正しく、何も訂正する事は無い。国王となる前から焼き物を焼いていたし、アルカンタ産だというマークを決める際に、己らオリジナルのマークも決めた。四人で頭を捻って考えたものだ。
「そうか、アレックスが子どもの頃にはもう俺らが使う食器は全部自分で作ったもんだったな。よく覚えとるなぁ。」
レクスは嬉しそうにそう言って笑った。ハッハッハとご機嫌なその笑い声は、店に響き渡るのだった。
「じゃあ、俺はこの辺で帰るぜ?爺ちゃんと婆ちゃんも帰る時は気をつけな。もしパレードが始まってたら、おとなしくここで待っとけ。危ねぇから。」
そう言って店を出て行ったアレックス。夫婦は孫を見て微笑んだ。
「一丁前に気遣いなんぞして。俺たちの知らない事を正確に見抜いてくる辺り、孫で一番ヴェルムと仲が良かったアレックスらしいと言えばいいのか。」
レクスがボヤくと、フロースも僅かに同意して笑った。アレックスとしては夫婦でやっている事に自分がついて回っても仕方ないと思ったのかもしれないが、こちらは夫婦で三百年旅をしているのだ。今更夫婦の時間を大切に、などと気遣いをされても困る。寧ろずっと離れていた孫と一緒にお店をやるチャンスだったのに、と落ち込むフロースは気付いてしまった。
夫婦水入らず、ではなく。手伝わされるのが嫌で逃げた?
この可能性については胸の奥に仕舞い込み、後で直接二人だけの場所で問い詰めるとしよう。
フロースはそう決意した。
ぶぁっくしょい!!!
「さみぃな。風邪かぁ?ゾクゾクするんだが。」
帰り道のアレックスの背筋に悪寒が走った。