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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
157/293

157話

「もう俺たちの知るアルカンタじゃないんだなぁ。」


「それはそうですよ。あなたも私も随分と此処から離れていたんですもの。」


呑気に昔を懐かしみながらアルカンタの街を歩く夫婦。

民が仕事で忙しくする時間に、夫婦揃って街を歩くというのは存外目立つものだ。

アンカンタに暮らす人々は、一度見れば何故か目が離せない存在感がある二人に注目していた。


夫婦は様々な店に立ち寄り、色んなものを購入していく。夫が腰に提げたマジックバッグに購入した商品を入れる姿を見て、やっと街の人々はこの二人がドラグ騎士団関係者の可能性を思いついた。

貴族の中でも裕福な者しか買えないような金額のマジックバッグを、市民街で見られるのはドラグ騎士団関係者しかあり得ないからだ。


怪しい人物には見えないが、働き盛りに見える夫が日中に妻と出歩けるのも可笑しな話だと思って見ていた人々も、ドラグ騎士団の関係者だという可能性が高まれば急に安心して警戒を解く。

何より大きいのは、巡回中のドラグ騎士団が夫婦に敬礼したのを見た、という事だろうか。

商人は情報の速さが大事だと言うが、噂好きなアルカンタの民たちの井戸端会議がその速さの重要な根幹となっているのは間違いない。

ある意味、こういったゴシップは商人よりも一般人の方が情報が速いのである。


だがそれ以上に人々の警戒を解く理由が目の前で起ころうとしていた。


視界に入る店全てに立ち寄るのでは、という勢いで店を覗き、気になるものを購入して歩く夫婦。

夫婦にしてみれば、金は巡り巡るものという考えがある。生きる上で必要な物しか買わないのもやり繰りの一つだが、夫婦にとって必要な物は少々周囲とは異なる。

荷物は全てマジックバッグに入れているため何を買ったかは一目では分からないが、立ち寄る店に共通点がある訳でもなかった。


そんな夫婦の側に、小さな影が近寄ってきている事に二人はすぐに気付きそちらを振り向く。

振り返った夫婦は笑顔で、近付いてきた少女を出迎える。足音も無く近寄ってきた少女は、薄緑の癖っ毛をサイドテールに束ね、ドラグ騎士団三番隊の隊服を着ていた。


「リクちゃんじゃないか。どうした?今日は休みか?」


夫が話しかければ、少女リクも笑顔で大きく頷いた。

手を背に回して組み、少し前屈みになってから見上げるリク。この上目遣いに心乱される民は多い。


「レクスおじちゃんとフロースおばちゃんの事、アルカンタのオススメスポットに案内してあげようと思って!約束したもんね!」


リクが邪気の無い笑顔でそう言えば、夫婦は揃って孫娘でも見たかのようなダラシない笑みを浮かべた。

本部に来て数日。夫婦は既にリクたち五隊の隊長を含め、任務でいない者以外全ての本部勤務の団員と顔合わせを済ませている。

リクはその時からすぐに夫婦と仲良くなり、いつかアルカンタを案内する、と約束していたのだった。


「じゃあ今日はリクちゃんの貴重なお休みを私たちにくれるの?」


フロースがそう問えば、もちろん!と元気な返事が返ってくる。夫婦は一度顔を見合わせて頷いた。どうやらリクの案内を受けるようだ。


「じゃあ今日はリクちゃんの案内でアルカンタを周ろうか。正直、このままでは全部周るのに何年かかるか、と思っておったところでね。」


ハッハッハ、と豪快に笑うレクス。確かに、一軒一軒見ていてはこの区画だけで一日が終わる。夫婦にとってはそれも楽しい時間だが、アルカンタを良く知る者の案内があっても楽しいだろう。

そんなこんなでリクと初代国王夫妻の街歩きが始まった。





「ここはね、団長が好きな珈琲を売ってるお店なの!私は珈琲苦くて嫌いなんだけど、ガイちゃんとか団長とかは美味しそうに飲むの!私もいつか、皆んなと同じ珈琲飲みながら、美味しいねぇ、って言いたいんだぁ。」


「ここはね、冒険者ギルド!アルカンタ周辺は賊も魔物も少ないから、低ランクの依頼が多いんだ!でも、アルカンタの北側のギルドでは難しい依頼もあるって聞いたよ。」


「このお店は団長のお気に入りなの!東の国料理?が食べられるんだって!」


「ここはね、」


「ここは…」


元気いっぱいなリクに連れられ、夫婦はあちこちを歩き回った。見た目は中年に差し掛かる手前に見える夫婦だが、世界を旅してきただけあって足腰は強い。

無茶に思えるリクの案内も、二人は息も切らさず全部楽しそうに周ってみせた。


今は三人でリクの馴染みの喫茶店に入っている。

ココアに浮かんだ七分立ての生クリームを口に付けたリクは、隣に座るフロースに口を拭かれている。


「いやぁ、リクちゃんはアルカンタに詳しいね!俺たちからすればアルカンタの大先輩だもんなぁ。」


王である事を辞めてから、レクスは砕けた話し方をするようになった。堅苦しい話し方では旅で浮いてしまうからである。

フロースもそれに倣ってはいるものの、どこか丁寧な言葉が出るのは変わらない。元々そんなに言葉が汚くないため、フロースは意識しないと崩せないのである。

すぐ口調が崩れるのは、長年共に歩んだレクスに対してくらいであろう。


「レクスおじちゃんのお話も楽しかった!まさか博物館の場所が元々は兵舎だったなんて!」


そう、夫婦はリクの案内を受けながら、昔は何があったかなどもチラホラ話していた。子どもは昔語を嫌がるものだが、リクは自分の知らない話を聞くのが好きな性分だった。

昔の話をするのは、と一度は止めたフロースも、リクから請われた事で様々な昔話をした。それもまたリクが喜ぶものだから、夫婦はご機嫌だった。


リクはドラグ騎士団に来た頃、まともに人と会話が出来る状態ではなかった。しかし気付けば精神が子ども返りしており、誰とでも明るく話せるようになっていた。

それを危ぶんだヴェルムは、団員でも物腰柔らかな、見た目も歳をとった者を選んで世話を任せた。

そこでリクは老人たちの昔話を聞き、少しずつ心を開くようになったのである。

明るく元気な姿は虚勢である、と直ぐに判断したヴェルムによってなされた処置が、結果的に上手くいったのだ。


今では必要に応じて口調も態度も変えられるようになった。根の部分は明るく元気な少女になってしまったが、これはこれで昔のリク王女の姿であるため問題はないだろう、とヴェルムは判断している。


「一本裏に入るだけでこんなに素敵なお店があるのねぇ。リクちゃん、素敵なお店を教えてくれてありがとう。」


フロースが笑えばリクも笑う。まるで三人家族のようなその光景は、店内の客の視線を集めた。

リクの事を知らない者はアルカンタにほとんどいない。だがリクの親のことを知る者は逆にいないのである。そのため、離れて暮らす親がリクに会いに来たのでは、と噂が駆け巡る事になる。

後日その噂はリク本人によって否定されるが、それまでグラナルドの建国王夫妻は、アルカンタのアイドルであるリクの親認定をされるのであった。













「あぁ、そうだ。リク、昨日はあの二人を案内してくれたんだって?ありがとう。」


翌日、リクが団長室に遊びに来た際。静かにココアを飲んでいたリクにヴェルムが話しかけた。

それは昨日のアルカンタを案内した事に対する礼で、リクは首を傾げながらマグカップをテーブルに置いた。


「どーして団長が私にお礼を言うの?私が案内したかったから案内したんだよ?」


真面目にそう思っている顔でヴェルムが座る執務机の方を向き、真剣な表情でそう言ったリク。

一瞬だけ呆気にとられたヴェルムだったが、フフ、と笑うとリクに同意した。


「確かに。リクの言う通りだね。私が礼を言うのは変かもしれない。でも、リクがあの二人を案内したかったように、私もリクに礼が言いたかったんだよ。あの二人は私の初めての友でね。それまでヒト族と関わった事などなかった私に、様々な初めてをくれたんだ。そんな大切な彼らを、同じく大切な君が街の案内をしてくれた事が嬉しくてね。」


ヴェルムはそう言いながらも可笑しそうに笑う。自分で言っていて可笑しくなってしまってはどうしようもない。

リクも釣られるように笑いながらヴェルムを見た。そして言った。


「それなら礼は受け取るね。どーいたしまして!」


リクはヴェルムの想いを汲んで礼を受け取った。それがどうにも堪らなく嬉しかったようで、ヴェルムは笑顔を浮かべリクに手招きをする。

意図に気付いたリクはサッと立ち上がり、小走りで執務机を回り込む。ヴェルムはそれを椅子を引いて待ち受け、飛び乗って来たリクを抱き止めた。


ヴェルムの抱擁を受けるリクの顔は、ヴェルムの胸に隠れて見えない。だが、えへへ、とくぐもった笑い声が聞こえているあたり、顔はダラシなく緩んでいるのだろう。

リクを抱きしめるヴェルムの顔も慈愛に満ちており、リクの背と頭に回された手はしっかりとリクの身体を支えている。


家族になって長い時間が経つ。当然、建国王と比べればほんの僅かな期間だろう。しかし二人にはしっかりと絆があった。リクがこの世で一番信頼しているのは紛れもなくヴェルムで、ヴェルムもその信頼に応えて同じだけの信頼をリクに寄せる。

彼らは家族であり上司と部下であり。命を預け合う仲間である。


リクはヴェルムに甘えられるこの時間が至福だった。しょっちゅう団長室に遊びに来るのもそれが理由で、ヴェルムもそれを許すのだから甘い。

二人の甘々な空間を、セトとアイルは黙って見ている。セトは見るからに呆れた顔をしているし、アイルは無表情の中に呆れと羨望が混ざっている気がする。

そんな二対の視線を受けるヴェルムは、リクが頭を上げる気配を感じて頭に乗せた手を離す。

案の定頭を上げたリクは満面の笑みだ。


「ねぇ団長?」


「どうしたんだい?」


こうして団長に甘えるリクはいつもの事で、この流れも定番だ。

だが二人にとっては大事な事なのだろう。

執事たちはこれを毎回見せられるのである。たまに、報告やお茶などで一緒になる隊長たちや零番隊もこれを見て笑うのだ。


「だぁいすき!」


「あぁ。私もリクが大好きだよ。」


見てるこっちが小っ恥ずかしいっての。

料理長がそう言ったとかなんとか。そしてこれを見た者はその意見に諸手を挙げて賛成するのだった。

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