154話
季節は冬。グラナルドは大陸中央にあるため、北部と南部では冬の過ごし方が少々異なる。
旧イェンドル王国と国境を接している領などの北部では、雪に閉ざされ隣の村に行く事も出来ない。
大きな町では結界が張られており、町中では雪に悩む事はない。しかし村程度の規模では結界を作り出す魔道具の購入と維持にかかるお金が準備出来ず、屋根や道にこんもりと雪が積もるのである。
どちらにせよ、冬はほとんど家の外に出る事はなく、家で出来る手仕事をして過ごすのが基本となる。
だが、家から一切出られない村でも、冬の間数回は外に出る事が出来る。その日は一日中村に結界が張られ雪も溶かされる。炊き出しが行われ温かい食事を摂る事が出来る上、都市の商人が食材などを売りにも来る。
全てはドラグ騎士団の協力の元に行われている物で、主催は王家である。
領地を持つ貴族はこれに少なくない金額を払っているが、基本的にそれは王家への印象を良くするためであり村人のためと本気で思っている貴族が少ないのが現状ではあるものの、それでも村人たちは領主が自分たちを支援してくれているという事実に感謝している。
ドラグ騎士団は五隊の混合編成を作り国中へと散る。そこで様々に支援をして周り、領主にも会わなければならない。はっきり言ってしまえば不人気な任務である。
村や町に支援をするのは寧ろ率先して行う癖に、領主の館へと招かれると急にテンションが下がるのは見ていて面白い。
基本的には中隊長クラスの者が誰かしら小隊長を一人犠牲にして二人で行くが、部下たちはそれを励ますだけで後は放置である。
アルカンタから北西の伯爵領でも同じ事が起こっていた。
「ちゅ、中隊長…。私も行かないとダメですか。」
「当たり前だ。お前は小隊長だろうが。」
「だってぇ。他にも小隊長はいるじゃないですかぁ。」
行きたくないと駄々を捏ねているのは女性の小隊長。所属は二番隊である。
伯爵領へは中隊で訪れており、領都から地方へは小隊に分かれて活動する予定である。
「お前は今日だけだろうが。俺はこれからお前たちが戻ってくるまで続くんだぞ?いいか、さっさと戻ってこい。移動にかける時間は最小限だ。」
「無茶言わないでくださいよぉ…。というか、今からの方が私には問題ですぅ…。」
「ええい、気持ち悪い話し方をするな!行くぞ!」
「そんな、ご無体を…!」
中隊長と小隊長のやり取りを黙って見ていた他の中隊員たち。今回は五隊から一人ずつ参加する五人編成の小隊になっているが、一番人気がないのが中隊長である。
複数小隊を纏めるリーダーだと言えば聞こえは良いが、領都に留まり領主の歓待を受け、何か問題があれば小隊毎に指示を出し。全小隊が戻れば帰還出来るが、どこかトラブルでもあれば駆け付けたりとで忙しくなる。
何より厭われるのは領主との関わりである。グラナルドの貴族はほとんどがドラグ騎士団を疎ましく思っている。
それは国と騎士団の契約を知らないからであり、国軍や近衛があるのにドラグ騎士団が存在する必要は無いと本気で思っている貴族も多い。
そんな中、この毎年冬の支援の時だけは酷く丁寧にドラグ騎士団を接待するのだ。
ドラグ騎士団から見れば、それはそれで気持ち悪い。
準騎士が貴族街を巡回しないのは貴族から疎まれているからであるというのに、この時ばかりは貴族特有の思惑の見えない笑みでヘコヘコと持ち上げてくるのである。
理由は単純。この支援が王家主催の物だからである。
行く領によっては、領主から嫌味を言われる事もある。王家から騎士団に支援の護衛を頼まれていると思っている貴族から言われるのだ。
確かに、領都の商人を連れて雪の中を進む事もある。
寧ろ北部ではほとんどがそうである。しかし、ドラグ騎士団がやっているのは護衛ではない。
雪を退けながら進み、村では雪を退け炊き出しをして、魔物に困っていれば討伐する。商人の仕事は品を売って村人から冬の仕事の成果を買い取る事である。
そんな実態を知らない貴族から騎士団に嫌味を言われるのも仕方ない事だろう。
それでも彼らが毎年この任務に就くのには理由がある。
それは昔、貴族の嫌味に耐えかねた当時の二番隊隊長がヴェルムに泣きついた事が発端になった。
女性だった隊長は貴族から小隊が戻るまでの間、執拗に夜這いをかけられたのである。因みに今でも隊長は支援に参加しており、似たような被害に遭う隊長もいる。
この当時の女性隊長に、ヴェルムはこう言った。
「それで何もやり返さずに帰ってきたのかい?分かった。私から王に言っておくよ。でもね、君たちにも言っておく。私たちは護国騎士団だ。外敵や魔物からだけでなく、己の力ではどうしようもない冬の寒さや飢えからも護ってこその護国騎士団だと思わないかい?貴族ではなく、民を見てくれ。君たちならそれが出来ると思って任せているんだ。勿論、貴族に何かされたら殺さぬ程度に反撃して構わない。責任は私が取るよ。私にとっては貴族よりも民よりも、君達が大事なのだから。」
隊長は涙を流して喜んだし、団員はその場にいた者は勿論、後で聞いた者たちも皆が喜んだ。
団長の言う通りだ!と誰もが考えを改め、今でもその考えは団員に活きている。
そんなこんなで百年以上続く冬の支援。他国民がこの支援の存在を聞き、大層羨ましがるという。
大国ならではの隅まで目の届かぬ物に、敢えて手を出した王家を支持する声が増えているのは言うまでもない。
今年も冬の支援が各地で行われているが、やり難い貴族だけでもない。
王家と騎士団の契約を知る数少ない貴族であるファンガル伯爵の領地でも、冬の支援が行われていた。
ファンガル伯爵の領地はアルカンタ南西。冬でも雪など滅多に降らず、冒険者や商人も街道を夏と変わらず行き来している。
そのため支援は必要ないと思われがちではあるが、冬というのは実りが少ないのである。雪に覆われる北部に比べれば食糧は豊富であるものの、グラナルド南部は全体的に魔物の出現が多いのである。
北部は雪に覆われ行動を阻害するため魔物被害もそこまで多くない。しかし南部は雪が積もるほど降らず、しかし山や森の食糧が減り魔物が人里まで降りてくる。
結果的に魔物被害が増えるのが冬という季節だった。
「今年はファンガル領か。当たりだな。」
「そっすね。くじ引きで今年の運全部使った気分っす。」
「なんだそれは。それを言うなら、私はドラグ騎士団に入れた事が人生の運全てを使ったと言っても過言じゃないな。」
「あ、それは狡いっすよ!」
五番隊隊長のスタークと、一番隊の中隊長が賑やかに騒ぐ。
ファンガル領は魔物討伐が主な支援内容になるため、二中隊が支援に来ている。それを率いるのがスタークである。
一中隊は既に領の奥へと向かって出発しており、残る一中隊とスタークは領都でファンガル伯爵と顔合わせをした後、スタークは領都に残り中隊は村々を周る。
魔物討伐と食糧支援、どちらもやらねばならないのが南部である。
「今年はマジックバッグあるから楽っすよね。いや、マジで今までで最高の発明っすよ。」
中隊長が明るく言うと、周囲からも同意が得られる。荷物をたくさん持って運ぶのは地味に大変なのだ。
「お前は隊服についても同じ事言ってなかったか?」
スタークが突っ込むと、周囲から笑いが起こる。彼は明るく部下の面倒見も良い。隊員に不調があればすぐに気付く程よく見ており、戦場でも周囲の把握能力に優れる。それでいて偉そうにならないのだから頼れる中隊長である。
一番隊では彼の中隊が負傷率最低の優秀部隊である。とりあえず突っ込んで後は臨機応変に、という作戦とも言えないプランで突っ込む一番隊の中隊が多い中、彼はそれをやりつつ細かく指示を出し怪我を最小限に抑えさせている。
今回の支援でもその把握能力を期待されている。一番隊の中では、時期に大隊長に昇格するのでは、と噂だ。
「ファンガル伯爵の城でのんびり出来るスターク隊長は良いっすよ!俺らはこれから商人の機嫌取りながらお散歩っすよ?」
突っ込まれたのが恥ずかしかったのか、スタークを羨ましがって見せる中隊長。
スタークもそれが分かっているため、上官への侮辱だとか、私は私でやる事がある、などとは言わない。中隊長も分かって言っているのだろう。
和気藹々な雰囲気で伯爵の居城を目指す一行。
冬の寒さも明るさと楽しさで吹き飛ばせる気がした。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
皆様のおかげを持ちまして総PVも12000を越え、ブックマークを付けてくださる神のような方も14名に…!
最近は仕事の関係で何度も更新ペースが乱れ、楽しみにしてくださる方には大変なご迷惑をおかけしております。
ページ内の文字数も平均すると減っておりまして、心苦しく思うこの頃で御座います。
投稿頻度が極端に減るより文字数が少なくとも投稿したいという作者の勝手な想いから、文字数が少ないままの投稿となっております。
最近1ページが早く終わるなぁ、とお思いの貴方。その通りで御座います。申し訳ない事です。
これからも読んでくださる皆様にヴェルムたちの物語をお届け出来るよう、時間を見つけて更新して参ります。どうぞ、懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。
本作品が、皆様の日常の一つの華となりますよう。
山﨑