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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
153/292

153話

「っしゃあ!訓練終わりだ!宴!宴だぁ!」


ドラグ騎士団本部内の訓練所の一つが騒がしかった。

ここは一番隊隊舎横の訓練所。今まさに訓練を終えた一番隊隊員が、今日の夜に予定されたドラグ騎士団恒例の宴に思いを馳せている。

彼らが騒ぐのは、この宴に理由がある。


そもそもお祭り騒ぎが好きな者が多い一番隊だが、そうでない者も宴には喜ぶ。

団員が集まり飲めや歌えやの大騒ぎする宴は、団員にとって貴重な憩いの時間だ。珍しい酒などが提供される事もあり、それを楽しみにしている者もいる。


他にも、毎日の食事よりも更に手の込んだ料理が並ぶ事も大きな理由だろう。

世界中で活動するドラグ騎士団だが、本部の食事に勝るものは無いと皆が宣言する程美味い。

そんな食堂で毎日腕を振るう料理長が、宴の度に渾身の料理を出すのだ。それは楽しみにしない方がおかしい。

更に言えば、団長であるヴェルムも宴では何かしら団員に振る舞う。酒であったり手料理であったりと、その時によって様々ではあるが。


私からの差し入れもあるから是非楽しんでおくれ。


そう言って毎回振る舞われる物は団員に大喜びで受け入れられ、いつもすぐに無くなってしまうのだ。

今回の差し入れなにかな、などと話す一番隊は既に宴に頭が引っ張られており、すぐ後ろに立つ厳しい顔をした"一番隊の親父"に気付かなかった。


「お前たち、弛んでるぞ!訓練一セット追加!本部一周の後素振り百回!終わった者から身を清め宴に参加しろ!」


えぇー!

そんなぁ!

あんまりだぜ親父!


様々なブーイングが飛んでくるが気にしない。

彼は一番隊で愛され畏れられる親父なのだ。正式な肩書は一番隊副隊長。ガイアの片腕として働く中年の男性だ。

中年とは言っても、ドラグ騎士団に見た目通りの年齢の者などほとんどいない。彼もその一人で、歳は既に百歳を超えている。

ガイアより歳上だが、彼は副隊長という職を気に入っており、また、隊長は自分に向いていないと言ってガイアを推した。

ガイアの前の一番隊隊長の頃には既に副隊長だった事から、次の隊長は彼だと皆んなが思っていた。

しかし、前隊長と副隊長がガイアを推し、隊員もそれを認めたため今の形となっている。


零番隊には五隊の隊長を経験した者が多いのは確かである。

だがそれ以外でも零番隊に所属する事は出来るため、全員が無理に隊長を目指したりなどはしない。

五隊に百年所属して零番隊になった者も、五隊で何か役職に就いていた訳ではない。


一番隊が口々に文句を言いながらも走り出す様を見ていたガイアは、副隊長に呆れたような顔を向けながら話しかけた。


「宴なんだからしゃあないだろ?まぁ俺も少し弛んでたとこあるし、もうひとっ走り行くかぁ。んじゃ、後でな。」


ガイアより歳上の隊員が多くいる一番隊で、彼が隊長と認められるのはこういう所が大きな理由だろう。

ガイアは隊長になる際、表には出さない不安をヴェルムに見抜かれ相談した事があった。

その際にヴェルムから言われた言葉を実践していると、こうして部下が着いて来てくれた。ガイアは今でもその言葉を覚えている。


「隊長というのは、ボスじゃなくてリーダーなんだよ。違いは分かるかい?」


ガイアは走りながら何人も隊員の肩を叩いて追い越し、遥か後方から走り始めた副隊長をチラリと見ると隊員たちに大声で叫んだ。


「お前らぁ!親父に抜かれたら団長の差し入れは俺が貰うからなぁ!」


ガイアの突然の宣言に、ダラダラと走っていた隊員が急に速度を上げる。先ほどガイアに抜かれた隊員も、凄まじいスピードでガイアを抜いて行った。


「ボスはドッシリと座って指示を出すのが良い。でも、リーダーは皆んなの先頭に立って行動するんだ。苦しい事も、嫌な事も、楽しい事も、その全てを。」


ヴェルムの言葉はガイアに根強く残っている。今までもこれからも、ガイアはこの言葉を光にして歩くのだろう。

ニヤリと笑ったガイアは直ぐ近くに追いついてきた副隊長に視線を遣り、それから前方を必死に走る隊員を猛禽類が獲物を見るような目で見た。


「私をダシに使うとは、隊長も偉くなりましたな。当然、隊長も私に抜かれたら団長の差し入れは没収ですな?」


「ったりまえよ。だが、俺を抜けると思ってんのかぁ?親父は俺を抜けなかったら団長の差し入れ没収にするか。っし、じゃあお先!」


互いにニヤリと笑いながら交わす会話は不穏だ。言い終えると同時に急加速したガイアは、既に前方を走っていた隊員の肩を叩いている。

くく、と笑い声を漏らした副隊長は思う。ガイアが隊長になってからの成長を。


「あぁ、大きくなりましたな。身体ばかり大きい子供のようだったのに。だが、私から逃げ切れると思っている所はまだまだ甘い。今夜の宴で私の周りは団長の差し入れが溢れ返るでしょうな。」


一人ごちた副隊長は、それから急加速する。魔法は一切使わないそれに、次々と抜かれる隊員は目を見開く。


親父、待って!

なんだそのスピードは!?

親父速すぎぃ!


後ろから色々聞こえるが、無視だ無視。

今宵の差し入れは私が貰う!と執念を燃やした副隊長に勝てる者などいない。

一人、また一人と抜かれては顔を絶望に染めていく。


俺の差し入れがぁ…!


怨嗟のこもった叫びが本部を囲う壁付近から聞こえたとか。













「んで?アンタが大量に隊員抜いて差し入れを手に入れた結果がこれかい?面白すぎるだろう!」


零番隊の隊服を着た大柄な女性が、一番隊が集まって座る敷物に来ていた。

今は宴も終盤。ヴェルムの差し入れが先ほど給され、酒か菓子かと楽しみにしていた団員は、珍しい差し入れに驚き、口にして納得した。

そう、今日の宴の差し入れは豚汁である。


一番隊副隊長が胡座をかいて座る周りには、まるで東の国の一地方の名物わんこ蕎麦のように椀が並んでいた。

その数、数百。

団員たちからは好奇の目で見られている上、副隊長と強烈な駆けっこして無事逃げ切ったガイアは勝利の余韻と笑い過ぎた事による涙で瞳を濡らしている。


そんな一番隊の元に来て呆れた顔で物申しているのはカサンドラだ。

後ろには彼女の部隊員も付いてきており、皆呆れ顔やら驚きやらで忙しい。


ゲラゲラと笑うカサンドラは腹を押さえている。笑い過ぎて腹が痛くなる程に笑い、なんとか止めようとヒーヒー言う姿は、昔一番隊の隊長をしていたとは思えない。

副隊長はカサンドラが一番隊にいた頃は生まれてもいない。だが同じ火属性同士通じる物があり、カサンドラが本部にいる時は部隊員と混ざって酒を酌み交わしたりしている。


カサンドラとその部下たちがゲラゲラと笑うのを横目で見ていた副隊長。果たしてどうやってこの椀の山を片付けるか。特に悩むでもなく周囲の一番隊隊員に目を向けた。


「よし、お前たち。私一人では団長の折角のご厚意を無駄にしてしまう。仕方ないからお前たちにも分けてやろう。飲んで良いぞ。」


そう言う副隊長の表情は複雑そうで、だが残すという選択肢も無い。マジックバッグに入れれば保存は出来るが、宴で食すのが一番だと考えるヴェルムに合わせたい。


「親父ぃ、親父が飲みきれないから俺らに頼んでるんしょ?ならもうちょっと言い方あるんじゃなぁい?」


意地の悪いニヤニヤした顔でそういう隊員に、副隊長の額がピキリと音を立てた気がした。

しかしそれに気付かず他の隊員も煽り始めた。


「それ、親父のっすよ。しっかり全部飲みましょーよ。」


「私はさっき一杯貰いました。もうお腹いっぱいですー。」


隊員が口を開けば開くほど副隊長の額の筋が増えていく。そろそろ爆発するか、とカサンドラが思って見ていると、副隊長の前にドシリと座る者がいた。


「爺…。」


カサンドラ部隊、副部隊長。カサンドラの側近である。


「困っとるようじゃな。どれ、儂も御相伴に与らせてもらうかの。」


そう言ってマジックバッグから樽を取り出した。書かれた銘柄は"竜殺し"。東の国で作られる焼酎という酒の一つである。

竜に飲ませて酔わせ、その間に首を斬った、という伝説が基になっている酒だ。度数は強く、飲み比べに使うにはお値段が張る。一般人でも手が出せない値段では無いが、一月の給料が吹き飛ぶくらいの値段はする。


「お?じゃあアタシもやろうかねぇ。」


カサンドラが参戦を表明すると、カサンドラ隊の面々も次々に座り始める。樽から杓で升に注ぎ、座った者たちにどんどん回していく。それと一緒に、並べられた大量の豚汁も配られる。


「くぅ!さっきも飲んだけど、この豚汁美味いねぇ。汁もんに酒なんか合うかと思ったけど、なんだい、合うじゃないか。」


カサンドラが機嫌良くそう言うと、爺はニヤリと笑って飲もうとしていた升を宙で止めた。


「お嬢。さっきセトから聞いたんだがな。その豚汁、団長とアイル坊が一緒に作ったらしいぞ?」


言ってからクイっと升を傾ける。喉に焼けるような感覚が心地良い。

カサンドラは驚いて何度も豚汁を見る。そしてニヤッと笑うと叫んだ。


「そりゃあアタシが飲まなきゃだね!ほら、アンタも困ってないで寄越しな!アイルが作ったんならお残しなんて許されないよ!綺麗に全部食べて後で美味しかったって褒めてやらないとねぇ!」


アイルとカリンを随分と気に入っているカサンドラ。アイルが作ったと聞けばこうなるのが分かっていたのだろう。この爺、やはり策士である。


そんなこんなでカサンドラ隊が盛り上がり始め、ガイアもそれに参戦。すると次第に、先ほどまで副隊長を煽っていた一番隊隊員たちも大勢参加してきた。

一番隊が集まる敷物周辺は、こうしていつも通りの大宴会に突入した。


ドラグ騎士団の人数の関係上、端から端までが見えないような範囲で宴会をすることになる。そのため一応の区画整理として所属毎に敷物は分かれている。

どこからでも中央の敷物は見えるようになっており、血継の儀がある時は地属性魔法で周囲の高さを上げ、半ばコロシアムのようにして中央を見守る。


今回は通常の宴であるため高さは変えられていないが、料理を溢さないように地面を綺麗な平らにはしてある。

そこに魔物素材で作られた分厚い敷物を大量に敷いて即席宴会場の出来上がりだ。


始まる時は所属毎に分かれている団員たちも、今では好きな場所へ散り散りになり各々自由に楽しんでいる。

後は適当な所で宴会は締められ、朝までは飲みたい者や騒ぎたい者が残る。朝方になれば騒いだ勢いで模擬戦なども始まり、それを観戦しながらの賭けなども行われたりもする。

兎に角楽しければよかろうの精神で騒ぐドラグ騎士団は、この宴会で英気を養い、また次の任務に向かうのだ。


今宵は寒くなった影響で月がより綺麗に見える。

団員たちが思い思いに浮かれ騒ぐ姿を見て、ヴェルムは手に持った猪口を月に捧ぐ。


「あぁ、楽しいね。君も元気でやっているかい?」


団員たちの熱量と、酒で火照った身体が寒さを忘れさせる。

一人また一人と就寝しに部屋へ戻る中、ドンチャン騒ぎは朝まで続いた。

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