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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
150/292

150話

夜、ドラグ騎士団三番隊と五番隊の隊員たちはアルカンタの各地に散っていた。

本部の食堂で料理長率いる調理部手製の夕食を平らげ、気力も体力も万全である。彼らは元気よく出かけて行った。


見送った他の団員たちが呆れる程にワイワイと騒がしかった三番隊は、本部から一歩外に出れば纏う空気を変える。

キリッとした表情に切り替わると、各々所定の位置につく為姿を消した。

今も監視の任に就いている者と入れ替わり、作戦開始の合図を待つ。ここ数日追いかけた任務が終わろうとしている。







現在行方不明とされている若者たちは、アルカンタ内のとある屋敷に全員が集まっていた。

リーダーらしき青年が前に立ち、何やら熱心に話をしているようだった。


「皆んなも知っているように、昼間ドラグ騎士団が訪ねて来た。どうやら僕らとは関係ない事件を追っているようだったけど、それでもこの屋敷の持ち主など調べられては困る。だから今夜別の拠点に移る為に、さっき商会長さんに会ってきた。そして新たな拠点の鍵を受け取ったよ。さぁ、皆んなで移動しよう。荷物を整理するんだ。」


青年はそう言うと、集まった若者たちに行動を促す。しかしそれに異議を申し立てる者がいた。


「ちょっと待てよ。ドラグ騎士団が追ってるのは俺たちとは関係ない事件なんだろ?今も捜査で街を歩いてるかも知れねぇ。そんな中、夜に若者が荷物持って移動してたら怪しまれるじゃねぇか。俺たちは怪しまれてないんだから、明日の昼の方が良いだろ。」


移動に条件付きで賛成、といった意見が他にも挙がる。リーダーの青年より少し歳は上に見える青年たちである。

彼らの意見もまた正しく聞こえ、荷物を纏めようと腰を上げかけた他の若者たちももう一度座った。


議論している暇など無い、と焦るのはリーダーの青年だけであるらしい。


「僕たちは何のために集まったと思ってるんだ。あの善人面した極悪人を止めるために集まったんだろう!ならば僕らが捕まってしまう可能性は少しでも排除すべきだ!今にもドラグ騎士団がここに来る可能性がある以上、移動は急務だ。」


リーダーはそう説得するも、今動く方が不信感を与える、という意見が主流になりつつあった。

流れが完全に変わってしまい、リーダーの意見は彼らの中で異端となってしまう。ドラグ騎士団がいつ来るか分からない、と何度言っても、今来るかも分からないだろうと流されてしまう。

ここにいる若者は皆、商業学校を卒業もしくは在校している者である。

商人に必要なのは時流を見る目、そして即断できる判断力、決断力である。


今の彼らにそれは無かった。意見を出し合うように見えて決断を押し付け合っており、自分が完全に同意出来る意見にしか頷かない。保守的な考えが強く、絶対にこうなる、という保証がないと動けない人物が多いようだった。


リーダーだけは即断し動こうとしたようではあったが、全員を納得させる説得力を持たず、結果話し合いは長引いた。

彼らの運命はここで決まる。


「商会長さんも今夜の移動に賛成してくれたんだ。皆んなは彼の判断が間違っていると言うのかい!?これまで僕たちを導いてくれた商会長さんが!」


リーダーは切り札をきる。僅かに若者たちの表情に迷いが生じるのを、リーダーは見逃さなかった。

ここだ、と更に言い募ろうと口を開いた瞬間だった。


コンコン、とドアノッカーの音が遠くから聞こえた。

時刻は夜九時。深夜では無いが外に人通りは殆どない時間である。

集まった若者全員の視線が、この部屋の扉に集まる。玄関はそちらの方向だ。

誰もが黙って動けないでいる中、もう一度ドアノッカーが叩かれる。


コンコン。


次に視線が集まったのはリーダーだ。これは彼に行けと暗に言っているのだろう。もしかしてドラグ騎士団なのでは、と誰しもが考えた。

ここにいる全員、それぞれの生活の場から何も言わずに姿を消した負い目が少なからずある。

ドラグ騎士団が来たら捕まってしまうのでは、と不安な表情を浮かべる若者たちを見て、リーダーは意を決して頷いた。


スタスタと歩いて部屋を出ていくリーダー。他の若者たちはその姿を追いかける事もなく、ただ視線だけで追った。




「どちら様ですか。」


扉越しに聞こえる青年の声に、ドラグ騎士団三番隊隊長のリクは笑みを浮かべる。

努めて明るい声を意識して、警戒心が滲み出た声の主に向かって声をかけた。


「夜分に失礼しまーす!ドラグ騎士団です。扉を開けてもらえますかぁ?」


子どもの声が聞こえたと思えばドラグ騎士団を名乗る。扉の向こうで混乱する気配を感じたリクは少しだけ苦笑したが、息を吸い込むともう一度声をかけた。


「扉を開けてもらえますかぁ?ドラグ騎士団ですー。」


同じ事を言えば、扉の向こうでも観念したのか意を決したのか、僅かに身動ぎする気配の後、ガチャッと開錠する音が聞こえた。


扉がゆっくり開き、青年が顔を出す。リクはそれを満足そうに見て頷いた。


「こんばんは!ドラグ騎士団です。このお屋敷に捜索願が出されている行方不明者がいる事を確認しました!こちら証書になります!」


リクはそう言うとドヤ顔で紙を青年に突きつける。そこには確かに行方不明者保護の為に屋敷の捜索を許可する旨が書かれていた。


呆気に取られる青年を他所に、三番隊の隊員が玄関からゾロゾロと入っていく。慌てて青年が留めようとするが、隊員がその肩に手を置いて止めた。


「国の許可が降りた捜索を妨害すると、君の扱いが保護対象から捜査妨害の犯罪者に変わるけど。どうする?」


そう言われては青年は動けない。代わりに懸命に頭を使って考えた。この状況を打破するために。仲間を逃すために。

そして口から出たのは彼の悪あがきでしかなかった。


「僕たちは誰もが気付かない悪を倒すために集まったんだ!その邪魔をしているのは君たちじゃないか!君たちは正義じゃないのか!?何故僕たちが起こす正義の行いの邪魔をするんだ!」


急に理論だった考えを捨て正義を語る青年。その態度は正に彼の本質を表しているように見えた。

様々に理論立てて考え、賢しく周囲に語る彼の姿は本質ではないようだ。

彼にとっての正義が念頭にあり、それを裏付けるために理論がある。そしてそれと決めたら容易に意見を変えられない。

周りを巻き込まなければそれでも良いだろう。

しかし商人に向いているかと言われると何とも言えない所だろう。


青年の言葉が急に哲学の様相を見せてきた事に、周囲の三番隊は一瞬眉を動かし、そして鼻で笑って屋敷の中に入っていく。その目的地は他の若者が集まる部屋である。


「知ってる?正義ってね、見る立場によって変わるんだよ。でもね、正義の押し付けってどの立場から見ても正義じゃないんだ。不思議だね?」


十五歳ほどの見た目をした少女から正義について諭される青年。賢い彼はリクが言う事の意味が分かってしまった。

自分が正義を貫いているのだから、正義の体現者であるドラグ騎士団もまた自分の言葉に同意してくれると考えたのは間違いで。

冷静に考えればわかる事を、咄嗟の混乱で思考を曇らせた青年の完敗だった。


リクは項垂れる青年を困ったように見た後、ニコリと笑って声をかけた。


「それとね、君たちが慕う商会長さんだけど。彼、脱税とか色々してたみたいで、さっき捕まったよ。君たちは彼に都合良く扱われて騙されてただけ。残念だったね。」


追い討ちをかけていくリクに、周囲の隊員は呆れ顔である。だが、それをやってこそリクであるという考えもあるため何とも言えない顔をしている者もいた。


こうして無事?行方不明者は確保されたのである。













所変わり時を遡る。

アルカンタ中央に伸びる大通りに面した大店の前に、五番隊の中隊がいた。中にはスタークの姿もある。


彼らはこの大店の主、商会長を確保しに来ていた。


「ドラグ騎士団だ。全員その場で動くな。」


中隊長がそう言うと、何事かと従業員たちは動きを止める。皆一様に驚いた顔をしていた。

その中に一人、焦ったような表情で二階へ続く階段を見た者がいた。

中隊長はそれにすぐ気付き、視線だけで部下に合図を送る。すると二小隊が階段を駆け上がって行った。それを見た従業員は慌てて追いかけようとするも、他の小隊に阻まれて動くことが出来なかった。


「この商会の商会長に脱税及び国家運営の商業学校への妨害行動の疑いがある。其れ等に関わっていないか諸君等も聴取があるため、指示があるまでここで待つように。」


中隊長の言葉に、ほとんどの従業員は困惑した表情を浮かべた。焦った表情をしたのはほんの数人で、他の者たちは何も知らないようだった。


「ここは任せる。一階の封鎖は必要ない。あまり待たせる事の無いよう次の行動に移ってくれ。」


スタークが中隊長にそう言うと、中隊長はスタークに敬礼を返す。

それを見て頷いたスタークは二階へ続く階段を登って行った。







「お前たちは何だ!ここがどこだか分かっているのか!」


二階では大声が響いていた。叫んでいるのはこの店の主、商会長である。

何とも間の悪い事に、彼は二階の私室で隠し金庫の金を纏めている所だった。

それを見事に目撃されてしまった彼は慌てて、積み重なる金貨を隠すように抱きしめる格好で叫んでいる。

まるで入浴を覗かれた女性のように背を向け身体の前を隠すその仕草に、五番隊の隊員が思わず笑ってしまったのも仕方ない事だろう。


「お前には脱税の容疑がかかっているが、その様子だと事実のようだな。」


小隊長がそう言えば、商会長は顔を真っ赤にして怒り出す。

だが、この部屋の光景のせいで何も言い逃れが出来ない状態であった。

こうして商会長はあっさり捕まったのである。

彼と悪巧みをしていた他二人の商会長も、それぞれ三番隊と五番隊によってすんなりと逮捕された。













「とまぁ、そんな具合でね。君たちは騙されていたというのが実情だよ。あの三人が言っている、学園長は生徒の洗脳などしていないし、教え子を使ってアルカンタ経済を乗っ取ろうなどともしていない。彼に教えを受けた君たちがそれを分かってあげられないのは、きっと彼にとって一番悲しい事だろうね。」


行方不明者たちは無事に保護され、今はドラグ騎士団本部にいる。そこで温かい食事を出され、目の前にはドラグ騎士団団長が穏やかな笑みで話をしている。

ほとんどの者がその現実に頭がついて来ておらず、半ば夢の中ではないかと思う者もいた。

それくらい団長は幻の存在である。

国民の中では、団長など存在しないのではないか、という者もいるほどだ。


「彼らは学園長の教え子が、現在アルカンタで繁盛している大店のほとんどに勤務している事に焦っていた。そこで君たちを騙して利用し、学園長の名声に傷をつける事を思いついた。そうなれば彼の名声は地に落ち、更にその教えを受けた君たちに疑念の目を向けられれば、君たちを雇っている大店にも被害を受けさせることが出来る。そうなれば彼らの店は君たちを雇っていないという一点で周囲に先見の明があると思わせられる。その結果は君たちの予想にはなかったのかい?」


穏やかにゆっくり語りかける団長の言葉に、青年たちは真剣に自身の行動を見返していた。

そうして考えてみれば、あの時何故自分がそういう行動をとったのか理解が出来ない。

商業学校(正式名称は国立学園 商業訓練養成学校)で学んできただけあって、決して頭が悪いわけではない彼ら。こうして思考を促されればわかる事だった。


「君たちは第三者に植え付けられた正義によって自身の行動を正当化されたんだね。考える力を持っているのに、考える事を放棄してしまったんだ。君たちが悪かった事はそれくらいで、実際に行動に移す前だったから犯罪にはならない。だけど、もし私たちが止めていなかったら、君たちは国家騒乱罪でお尋ね者になっていた事は忘れないでほしい。懸賞金が掛けられ発見次第拘束か殺害されても文句は言えない。そんな未来もあり得た事をね。」


ゆっくり語る口調は穏やかで。しかしその内容は彼らを震え上がらせるには十分だった。

今になってその可能性に気付いた者は、顔を青くして震えている。

自身の行いが正義だと信じて疑わない者は、それが正義でも何でもない事に気付いてしまえば脆い。

成人しているとはいえまだまだ立派な大人とは言えない青年たちが、自身の正義でとった行動によりどれだけの結果を招くのかを考えるのは難しい事だろう。


ヴェルムが震える青年たちを微笑んで眺めていると、部屋の扉がノックされた。

入室の許可を出せば、入ってきたのは学園長だった。


「あぁ、お前たち!無事だったんだな!」


心の底から安堵した様子で青年たちに駆け寄る学園長。どうした、震えているぞ、と青年たちに声をかけながらも、無事で良かった、と言い続けている。

そんな学園長に申し訳が立たないのか、青年たちは黙ったままだ。

しかし、一人が小さな声を出す。


「学園長、ごめんなさい…。」


それを皮切りにして、学園長への謝罪が波となって押し寄せる。ごめんなさいの大合唱に、学園長は困ったような顔を浮かべた。

一度深呼吸した学園長は手でそれを制し、青年たち全員と目を合わせてからこう言った。


「私に謝る事など一つもない。君たちが無事で本当に何よりだ。皆んなおかえり。二人は休んだ間の課題が溜まっているよ?明日から頑張らねばならないね。君たちも、働いていた店にはちゃんと連絡をしているから。明日からまたしっかり働いて来なさい。ご迷惑をおかけしたのだから、誠心誠意お勤めする事で返しなさい。」


学園長の顔は商人ではなく、教育者のそれになっていた。

泣きながら謝り頷き、また謝る青年たちに学園長は慈愛の笑みで言葉をかけ続けた。


「やはり君は向いていたじゃないか。私の見る目が証明されたじゃないか。」


ヴェルムがポツリと言ったその一言は、青年たちにも学園長にも届かない。

後ろに控えるセトが小さく、ほっほ、と笑った。

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