15話
「ガイア様。とりあえず北の国の王都に着きましたが、まずはどちらに向かいましょう。ご実家に伺いますか?」
ヴェルムの依頼を受け、アイルとガイアは北の国に来ていた。
北の国は、王都がある位置が国内の南よりで、中央の国、つまりグラナルド王国の国境に比較的近い位置にある。しかし、国境と王都の間には高い山が存在し、行き来には山を貫通しているトンネルを使うか、厳しい山越えをするしかない。
今回、アイルの転移魔法で北の国の王都内にある、零番隊が使用する一軒家に直接跳んだため、ヴェルムがいる旧イェンドル王国からここまでの森を越える行程を踏まずに来た。
「あー、そうだな。むしろ、手分けした方が早いかもしれないな。人脈も違うだろうし、俺は貴族辺りを探るわ。アイルは住民やらに声かけてくれるか?お前の魔法を頼るのは帰りになるんじゃねぇかと思う。連絡は一日一度、夜にこの拠点で。」
ガイアはそう言うと、しっかりコートを着込んで家を出て行った。アイルもコートを羽織りタイミングをズラして外に出る。裏通りに存在する一軒家は、入った者がいないのに二人を吐き出し、また静かになった。
「おう、俺だ。いま当主はいるか?」
ガイアは一際大きな館の前で、立派な鉄門の前に立つ武装した門番に声をかけていた。
「なんだ?お前は。この館が誰の物か分かって言ってるのか?そんな汚い風貌の男が近寄れる場所じゃない。憧れるのは分かるが、さっさと帰れ。」
二人いる門番のうち、若い方の門番がガイアを胡散臭気に見て吐き捨てた。どうやら苛ついているらしく、ガイアの事をしっしっ、と手で払う仕草をしている。
「良いから良いから。ガイアが来たって言ったら通して貰えるからさ。ちょっと行って聞いてこいよ。待ってるからさ。」
しかし、門番のあまりな態度にもガイアは気にした様子がない。すると、訝しげにガイアを見ていた、言葉を発しなかった方の中年の門番がすぐに目を見開き、頭を下げた。
「あ、貴方様は…!ようこそお越しくださいました。直ぐに当主をお呼び致しますので、中でお待ちください。おい、今すぐ門を開けろ!」
急に丁寧に対応されたガイアは苦笑しつつ、頼む、と言って門が開くのを待つ。怒鳴られた若い門番は意味が分からないと首を傾げながらも、中年の門番の言う事を聞き門を開けた。
門が開き館の敷地内に入るとすぐ、館の方から従者服を来た若い男が駆けて来た。
「ガイア様!またお会いできて光栄です!ご当主より案内を仰せつかって参りました。ご案内致します。」
そう言ってガイアの一歩先をまた館の方へ歩き出す従者。
「おう、久しぶりだな。元気にしてたか。急で悪いな。」
「いえ、ガイア様がいついらしても大丈夫なよう、普段からお出迎えの準備は出来ておりますので。さぁ、どうぞ。」
ガイアが謝ると、歩きながらのため半身で振り返りながら従者も返した。
話す途中で館の入口に到着し、扉を開けて腰を折った。すると中から壮年の執事が現れ、ガイアに向け丁寧に礼をする。
「ようこそおいでくださいました。門では大変失礼を致しました。あの門番はまだガイア様にお会いした事のない新人でして。どうぞお許し頂ければと。」
「あぁ、気にしちゃいないから大丈夫だぞ。二人とも元気にしてたか。当主は執務室か?」
ガイアは気前良く許し、二階の東側を指差しながら聞く。
「有難う御座います。二度とこのような事がないよう指導しなおしておきます。当主は現在書斎にて資料を集めております。ガイア様の用件に必要だと思われる物を探しておりまして。先に執務室にご案内するよう申し付けられておりますので。」
どうやら当主はガイアの来訪を聞き、用件を予想したらしい。行動が早くて助かる、とガイアは頷き、執事の後について執務室へ向かった。従者も後ろを着いてきた。
「ガイア様、お久しぶりに御座います。お待たせしてしまい申し訳ない事です。こちら、必要かと思いまして。」
挨拶もそこそこに資料を渡してきたのは当主だった。ガイアと同じ燃える様な紅い髪を伸ばし、首の後ろで束ねて流している。齢四十ほどの男性だった。
「あぁ、久しいな。急に来て悪いが、よく用件が分かったな。」
ガイアが驚くと、当主は首を振って苦笑した。
「いえ、イェンドルの元宰相が中央の国に接触を図った話は聞いておりますので。あの事件の折、我がイグニ家も関わりましたので。当時の資料と、ここ最近の宰相の動き。そして我が国の動きをまとめたものがこちらになります。この件に関してガイア様がいらっしゃる可能性を考え、その者に調査は全てさせておりますので、どうぞ直接話を伺っていただければと。」
そう言って、門から館まで案内した従者を示した。それを受け部屋の隅に待機していた従者も頭を下げる。
「あー、何もかもすまないな。助かる。イェンドル王には姫を託されたしな。今ではだいぶ元気になったが、まだ心が10歳のまんまなんだよ。あの時のトラウマが心の成長を拒んでるらしい。まぁ仕方ねぇのかもしれないがな。」
「そうでしたか。お労しい事です。我が国はもちろん、イグニ家も協力は惜しみません。現在騎士団の方は街で情報を集めていらっしゃるのでしょうか。そちらに人手が必要でしたらこちらがお手伝いしますので。」
ガイアの悲しそうな顔に、当主も眉尻を下げる。ガイアが一人で来たのではないと分かっているのか、アイルの手伝いをかって出るが、ガイアは首を横に振った。
「大丈夫だ。団長は大凡全ての成り行きを予測してる。今回はそれの裏付けやらなんやらで来ただけだからな。珍しく団長も怒ってた。今回は姫が身内になってから起きた事だからな。徹底的にやるんじゃないか。」
「ヴェルム・ドラグ様がですか。それは…。私共ではお力になれる事は無さそうですな。」
ヴェルムが怒っている、という言葉に当主も全てが解決したかのような顔を見せる。団長と面識あったか?とガイアが問うと、当主は首を横に振り否定する。
「いえ、お会いした事は御座いません。しかし、ガイア様が一番厚く信頼される方。我らイグニ家がガイア様の信頼を受ける方に対し、信頼を置かないというのは有り得ません。どうぞいつでもどんな用件でも我が家をご利用ください。そのために我らはおりますので。」
そう言って当主は頭を下げた。
大陸北部の大国の大貴族にそうさせる理由がガイアにはある。そもそも、ガイアはここイグニ家の出だ。現在は母方の姓である、ランフォードを名乗ってはいるが。それでもイグニ家というのはガイアが産まれた家なのだ。
「助かる。じゃあ後はこいつに話を聞いて出るから。忙しいのに悪かった。また何かあったら来る。」
ガイアはそう言って席を立ち、またいつでもお越しください、という声に手をあげる事で返し従者と共に退室した。
ガイアと従者がいなくなり、当主と執事だけになった部屋はしばらくシンと静まり返っていたが、少しして当主が動き出す。
「あぁ、ガイア様とたくさんお話ができた…!私が持ってきた物はあまり意味が無かったかもしれないけど、少しでもお役に立てただろうか…。あぁ緊張した。手がびしょびしょだよ。なぁ、私は上手く話せていたかい?」
先程までと大きく変わって、早口に言い切った当主。執事は呆れ顔で頷き、ご立派でしたぞ、と当主を褒めた。
「何度見てもガイア様は格好いい。私にも彼の方と同じ血が流れているかと思うと、畏れ多くもあり誇りにも思う。なんともむず痒い気持ちだ。あぁ、私もガイア様のようになれるのだろうか。いや、ならねばなるまい。これからも私を助けてくれ。」
最後には緩み切った表情を引き締めて、執事に言う。執事も、お任せを、と一礼して動き出し、紅茶のお代わりを淹れに移動した。
顔を引き締めても未だ興奮が冷めないといった状態の当主は、茶請けに出されていたクッキーを囓り、ガイアが飲んだ紅茶のカップを大事そうに眺めていた。
「おつかれ。先に戻ってたのか。どうだった?」
零番隊の拠点である一軒家に、肩に乗った雪を落としながら入ってきたガイア。すでに暖炉に火が入っており、部屋は暖かい。アイルがコートを受け取りハンガーにかけた。
「こちらは民の噂を拾ったのと、商人の話を聞いたくらいです。やはり民は兎も角、商人で聡い者は皆イェンドルには近づかないようにしています。行商などは困っているみたいですね。逆に、商機を見てイェンドルへ向かう者もいるみたいですので、トントンといったところでしょうか。運ぶ商品は武器防具に食糧と、平時とは別の物のようですが。」
ガイアの問いかけにアイルが返しながら、暖炉と別に設置してある薪ストーブで沸かしたお湯を使い紅茶を淹れ、ガイアに差し出した。
「助かる。内から冷えたからな。商人は敏感なやつは気付いてるか。だが、民がまだならもう少し時間はあるな。その間に片付けねぇと。んー、だったら明日もう一度情報探して、明後日には団長と合流した方が良さそうだ。」
紅茶を飲みながらガイアがそう言うと、アイルも頷いた。
「明日はガイア様はどうなさいますか。僕は裏の情報を漁ってこようかと思いますが。」
「そーだなぁ。ここではほとんど、団長が持ってる情報の裏付けにしかならなかった。やっぱり、この国はイェンドルの事に多少意識が強いからな。それでも団長が持ってる情報と変わらないなら、それを基に現地で本人直接探した方が早いだろ。てことで、俺は明日資料を纏める。お前が戻り次第、あっちに戻るぞ。」
「分かりました。ではそのように。あぁ、食事は出来ておりますが、すぐに食べますか?」
次の日の行動が決まると、二人は夕食を摂った。アイルは執事見習いだけあって、料理も熟す。というより、料理はヴェルムやアズと一緒にやる程好きな、趣味である。
「昔は食えりゃなんでもよかったお前が、料理上手くなるもんだなぁ。団長のは言うまでもないが、お前の料理も俺は好きだよ。ありがとな。」
ガイアがアイルを誉めると、無表情ながら少し照れるアイル。いえ、と返事は素っ気ないが、お互いそれで満足していた。