148話
アルカンタの大通り周辺に店を構える大店は、商業ギルドでも発言力のある商会が経営しており、ギルドで会議などあれば毎回口論になる者もいた。
そういう者は大抵、商売敵であったり似た客層を持つ商会で、ある意味仕方ないものとして半ば会議の恒例行事となっていた。
昔、商業学校の学園長もこの会議に参加していた。その時は数多の大店から話しかけられ、人が周りに溢れていた。
彼の人柄が出るのか、または前商会長である彼の父からの付き合いか。様々に理由があったにせよ、商会長が変わって付き合いのある商会も変わるというのはよくある話のため、前者が大きな理由である事は確かだろう。
しかし、そんな人に囲まれた学園長を良く思わない者もいた。それは人が生きる上で当たり前の事であり、全ての者に好かれる者などいないという現実だった。
中でも、特に彼を目の敵にしていた商会長が三人いた。
三人同士も仲が良い訳ではなく、一人一人が彼に口撃をするのも見慣れたものだった。
そんな情報を拾ってきた三番隊の隊員がいた。
その情報はすぐに上に伝わり、中隊長クラスから上が集まる会議にて重要情報として精査された。
諜報隊が最終報告書を作る前に、必ずやるのがこの会議である。他にも様々な会議があるが、各中隊が集めた情報を持ち寄り必要なものとそうでないものに選り分ける。
団長が任務を出した理由を考え、それに添った情報を集める。彼らにしてみれば必要ない情報でも、最終的にその情報が鍵を握るかもしれない。そんな思いで複数の頭脳で考える事で精度を上げるのである。
隊員が拾った情報からすぐに商会長三人が特定され、家、家族構成、趣味、交友関係、取引先などの全ての情報を集めた。
そこから分かったのは、三人は別業種であるものの学園長の前職である雑貨屋に恨みを持っているという事だった。
そして、三人が何度も屋敷に集まり話をしていた事も突き止めた。
「以上の事から、行方不明事件との関わりを考慮し三名の周囲から情報を探っています。ただ、関係者が多く三軒の大店から探るとなると中隊規模では追いつかないため、他中隊の助力をいただければと思います。」
そう言った中隊長が周囲に目を向けると、何名か中隊長が手を挙げている。
すると大隊長がスッと立ち上がり声を発した。
「では二中隊を新たにつける。三中隊で協力し情報を集めろ。」
指差しながら言った大隊長が座ると、指名された中隊長二人が立ち上がり敬礼をする。発案した中隊長が敬礼を返すと三人は座った。
その後も様々な内容が話し合われる。
情報というのは鮮度が命であるため、こうして会議で多くを決める暇などない。ほとんどが現地判断で動いていくため、この応援にしても数が足りなければその場で他中隊を呼んでも良かったのだ。
だがこの中隊長はそうせず、まずはやってみようと挑戦した結果人不足を感じてこの会議にかけたのである。
それぞれ中隊長の判断に誰も文句を言わないのは、絆からか信頼からか。どちらでもない。単に、それで失敗しても取り戻せるからである。
今回の行方不明事件、行方不明者の生存はほとんど確定していた。
行方不明のはずの者が様々な場所で目撃されているのである。
つまり、誘拐ではない事が分かった。そして同時に、自らの意思で行方を晦ましている事も分かってしまった。
団長から学園長にその事を伝えるのを想像し、三番隊は何とも居た堪れない気がした。
しかしそれもほんの数瞬の事。すぐに切り替え仕事に励んだ。
現在は行方不明者の拠点を探るべく動いており、見つかるのは時間の問題だと思われる。
会議は恙無く終わり、ずっと黙って見ていたリクに視線が集まった。
中隊長以上が集まる会議である。当然隊長のリクもそこにいた。
だが毎回、進行は大隊長に任せている。視線が集まったのは最後に言葉をもらうためだ。
「おつかれさま。一つだけいい?君の中隊でこの建物の所有者と居住者を調べて。他は決まった通りに動いてね。んじゃ、解散〜。私も部屋に戻るね。いこ、くーちゃん、すーちゃん。」
リクから指名された中隊長は首を傾げていたが、命はしっかりと受了した。地図で示されたその物件の外観を思い出しながら、何故そんな事を言われたのか考えていた中隊長は気付かなかった。
周囲にいた全ての中隊長から自分が見られている事に。
さっさと出て行ったリクの姿が見えなくなって数秒。一斉に会議室が騒がしくなった。
おい、なんでお前が指名されてんだよ!
代われ!
さっき手上げなきゃよかった!
など。ほとんどがリクから指名された事に対するブーイングである。
何故そんな事になっているかといえば、リクから指名されて受けた任務は当然、報告もリクに直接するのである。であればリクと会え、言葉を貰えるではないか。
いつでも会えるし話せるといえばそうなのだが、三番隊はそういうところに拘る者が多いようだ。
真面目に会議をしていたかと思えばわちゃわちゃと騒がしくなる三番隊。
彼らはどこまでいっても彼らだった。
リクに命じられた物件を調べる中隊。その情報は一日と掛からず集まり、中隊長は命じられた理由を知った。
「なるほど、つまり所有者と販売者そして仲介者が例の三人という訳でしたか。」
隊員から報告を受けた中隊長が呟く。
学園長を昔嫌っていた三人の商会長がこれで繋がった。
しかし何故リクがこの物件を調べるように指示したのかが分からなかった。
それでも調査は続き、彼は手柄を挙げる事になる。
そう、行方不明者の拠点がここだったのだ。
現在、公にこの建物に住んでいる者はいない。しかし生活の痕跡があり、建物を監視して数時間で行方不明者の一人が何処からかやって来て建物へ入って行った。それから何人も行方不明者が集まって来て、ほぼ全ての者がこの建物を拠点としている事が分かった。
すぐに報告されると、リクは満足そうな笑みを浮かべた。
中隊長が気になっていた事を聞けば、リクはキョトンとした後こう答えた。
「皆んなが集めた行方不明者の目撃証言から予想しただけだよ?」
と。
リクは街歩きが趣味の一つであり、何処にどんな店があるか大体把握している。実際に歩いて視界に入れており、行方不明者の行動目的さえ予想すればその拠点は簡単に分かるものだったという訳だ。
情報を集めるだけでなく、精査するとはこういう事だと見せ付けられた中隊長。
彼の心にあるのは、更に膨らむ隊長への尊敬と自身への叱咤であった。
この日から一気に捜査が進む事になり、三番隊は更に忙しくなった。
そして日が経ち、最終報告書がリクの元に来る。
リクはそれを持ってルンルンと鼻歌を歌いながら団長室へ向かった。
その姿を、副官二人は笑顔で見送った。
「なるほど。じゃあ後は行動に移すだけだね。でもその前に、彼にどうするか聞かないといけない。少し待っていられるかい?」
そう言ったヴェルムは団長室を出て行った。待ってる、とだけ返したリクはソファに座りアイルが出したココアを笑顔で飲んでいた。
すると団長室に来訪者が訪れた。
「あ、リク様!お久しぶりです。お元気でした?」
カリンだ。任務明けで休みの日なのだが、ヴェルムが出て行って暇だろうとアイルが呼び出した。
自分ではリクを楽しませる事が出来ないと判断しての事である。
「やっほ〜!元気元気!リンちゃんも元気してた?」
最近はリンちゃんと呼ぶのにハマっているリク。双子が赤子であった頃は、あーちゃんとかーちゃんであった事を考えればカリンはだいぶ違う呼び方をされている。アイルはほとんど変わっていないが。
今ではあーちゃんはアズールであり、アイルはあっくんだ。
「お陰様で元気ですよ!あ、そうだ!先日まで北の国に行ってたんですけど、これお土産です!」
カリンはそう言ってマジックバッグから大きな箱を取り出した。
美しく絵が彫られたその箱は、それだけで価値がありそうな見た目をしている。
ココアが入ったマグを傍に置き、目を輝かせて箱を受け取るリク。
開けていい?と聞かれる前に、カリンは掌を上に向けどうぞと示して見せた。
「わぁ、すごい!きれーい!」
箱から出て来たのは北の国の名産品である織物だった。
キラキラと光る生地は魔物素材で出来ており、肌触りが良く温度変化に強い。
刃物には強くないのだが、それは魔法付与でどうにでも出来るため、魔力の通りが良いこの織物は最高級品として大陸で有名なのである。
何よりその色鮮やかな生地が人々の目を楽しませる。見て良し、触れて良し、着て良し、そして高い、という性能と見た目から納得出来る品である。
服を一つ作るために必要な織物の値段は金貨で数十枚。
材料費でそこまでしてしまえば、服になっている物を買えばもっとするのである。
そのため、貴族たちはこの布を一部使用するなどして財力をアピールする。
しかしカリンはそんな事のために買って来たのではなかった。
「実は、リク様に一つお願いがありまして。」
遠慮がちにそう言ったカリン。リクは首を傾げて、なぁに?と返した。
言うか悩んでいるカリンはもじもじしており、後ろからアイルにジト目で見られている事にも気付いていない。
目を閉じて深呼吸してから開いた目には力があった。覚悟を決めたようだ。
「前にお約束してくださった、師父人形をこれで作って貰えないかと思いまして!」
先ほどより気持ち大きな声が出た。誰も何も言わない団長室にそれはやたらと響いた気がして、カリンは言ってから恥ずかしくなって身を縮こませる。
恐る恐るリクを見れば、リクは呆気に取られた表情から少し考える仕草をした後、急に目を輝かせた。
「いいね!やろうやろう!黒の生地は!?」
リクが急に元気よくそう言うものだから、アイルとカリンは驚いたような表情で固まった。
アイルは無表情が標準装備であるため、親しい者にしかその変化は分からなかったが。
箱の一番上にあった織物を退け、一番下にあった黒が白銀に光る生地を取り出すリク。
ラメが付いたように煌めくその生地は漆黒で、まるでヴェルムの瞳のようだった。
「これ!これで作ればいい?サイズは?どのくらいがいい!?」
リクの上がりきったテンションに即対応したカリンは様々に要望を伝え、女子二人の姦しい話し合いが始まる。
その頃にはアイルの表情は無表情以上の無表情になっていたし、部屋の隅で何やら書き物をしていたセトは、ほっほ、と笑い声をあげていた。