147話
ドラグ騎士団三番隊は今、任務の最中である。
召集がかけられたのは昨日の昼。任務内容はアルカンタで起きている市民の失踪事件を追う事だった。
この事件、不思議な点が幾つかあった。
調べれば調べるほど出てくる疑問点に、情報を纏めている中隊長は首を傾げた。
そこで隊長であるリクの元へ報告へ向かうと、リクは隊長室で趣味の裁縫をしながら副官から報告を聞いているところだった。
「…以上になります。隊長、次はどうしましょう。」
中隊長が任じられたのは、商業学校周辺の聞き込みである。
そこから分かったのは、生徒が二名寮に帰っていないこと。二名は普段から真面目で、友人も多く何も言わずに勝手にいなくなるはずがないという周囲の証言が取れた事。彼らの親はアルカンタ在住ではなく、田舎から出てきた者である事。
これらの情報から、二人は何かしらの事件に巻き込まれたのではないか、という予測が立った。
だが、それだけではない。
ここ最近人身売買などに手を染める裏組織は南方戦線以来更に厳しく取り締まられており、ドラグ騎士団主導でそのほとんどが壊滅し生き残りは他国へ逃げた。
つまり、人身売買の可能性はかなり低い。
では勉強が辛くなっての逃亡かといえば、それも周囲の反応を見る限りではあり得ない。
一体何故二人が消えたのか、その理由が浮かび上がってこないのが不気味だった。
中隊長から次の指示を求められたリクは、糸を玉留めし糸を切る。布を膝に置いてからやっと中隊長を見た。
「ご苦労さま。とりあえずこのまま今の任務を続行して。各中隊からの情報が揃い次第、また指示をだすよ。よろしくね。」
リクの落ち着いた笑顔を向けられ、中隊長は破顔を返す。
深く頭を下げた後敬礼をして部屋を出ていった。
「くーちゃん、その綿ちょうだい。」
リクは副官に綿が大量に入った袋を要求する。頼まれた副官は満面の笑みで袋を持ちリクの元へ運ぶ。頼まれた事が嬉しそうである。
リクは礼を言って袋を受け取ると、先ほどまで針を通していた布に綿を詰めていく。見る見るうちに立体的になっていく布。パンパンに詰められた綿によって生まれたそれは、黒く雄々しい竜の形をしていた。
しかし本物とは程遠いくらい、その威圧感は無い。寧ろデフォルメ化されて随分と可愛らしくなったそれのモデルは、当然ヴェルムである。
リクの身長に比べれば随分と大きいそれは、綿を詰めてみればやはりデカいと再認識できる程だった。
床に立たせてみれば、立ち上がったリクの胸の辺りまでくる程の大きさに、リクは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
仕上げに背中を縫い、綿を入れた穴を閉じる。
団員なら分かる、どこからどう見てもヴェルムだった。
副官二人から拍手を貰いつつ、何度もぬいぐるみを様々な角度から見てチェックするリク。
本物からすれば卵から孵ったばかりの子竜より小さいそれは、本物より随分と可愛くなったその瞳でリクを見つめているようにも見える。
チェックが終わったリクはぬいぐるみを抱きしめると、腰のマジックバッグに収納する。
リクの手のひら程の穴に巨大なぬいぐるみが吸い込まれていく光景は、一般人が見れば悲鳴をあげたかもしれない。
最近見慣れた光景ではあるが、それでもまだ不思議なものだと見入ってしまう副官二人がここにいた。
「そういえば、先日は良かったのですか?隊長も団長と一緒に温泉に入れば良かったのでは。」
副官クルザスがリクに尋ねたのは、三隊合同の特別訓練での事だった。
リクは温泉を探し整備させた。しかしそこまでで、リクが心から大切にしているヴェルムと共に入浴したのは四番隊隊長サイサリスだった。
実は、お膳立てばかりして隊長に益が無いのでは、と三番隊で一悶着あったのだ。
副官としても、同じような思いがあったため隊員を宥めるのに苦労したのだ。だからこそ、しっかりとリクに聞いておかねばならなかった。
どのような意図であんな事をしたのか、と。
しかし返ってきたのは副官二人が予想していない言葉だった。
「え?あぁ、あれ?そりゃもちろん、さっちゃんへの恩返しだよ?」
リクのあまりに当たり前だと言わんばかりの返事に、副官二人は首を傾げる。
普段、リクはサイから受けた恩は個人的に返しているのである。それが何故今回部下を使って恩返しなどすることになったのか、二人にはこれが分からない。
だが、次いで放たれた言葉に二人は揃って感激する事になる。
「ちょっと前に、四番隊から差し入れ貰ったでしょ?短時間の睡眠でもしっかり眠れるようにってアロマを。あれのお返しだよ?」
二人は思い出した。西の国の騒ぎの件でアルカンタだけでなく様々な都市を噂の元を突き止めるべく走り回っていた時の事だと。
当時、五隊で一番忙しかったのは三番隊である。四番隊は王城に詰めかけた国民が怪我でもした時のために本部待機となっており、三番隊は民の誘導と諜報で駆け回っていた。
五番隊は貴族をあたっており、三番隊は民を中心に活動していた。
当然三番隊の方が大変で、理由はその数の違いだ。貴族はそこまで数が多くなく、貴族に仕える平民を探ったとしても大した数では無い。
しかし一般市民から情報を集めるとなると、誘導をしながら同時進行するのはかなりの重労働であった。
それを心配した四番隊が、待機するだけでは勿体無いと三番隊と五番隊に差し入れをしたのだ。
その礼に、リクは温泉で疲れを癒す事を思いついた。
三番隊は自ら整備した温泉でワイワイと賑やかに温まり疲れが取れたし、何より四番隊には風呂好きが多い。
礼と部下への労りを同時に行える、リクにとっては最高のプランだったのである。
序でに、サイへの礼として個人用の温泉を作りヴェルムと共に入浴出来るよう手配した。
だが、これを聞いて副官二人は首を傾げる事になる。
「では何故隊長もご一緒しなかったのでしょう。お二人で団長の背中を流して差し上げれば良かったのでは…?」
そう、リクもまた当時忙しくしていた者の一人である。
しかしあの日リクはさっさと就寝しており、温泉は女湯に部下たちと共に入った。
一番隊や四番隊の女性隊員と仲良く湯に浸かり、もっと言えばリク提案で皆で円になり前の人の背中や髪を洗うなどして楽しんだのである。
「え?だって、私お酒飲めないもん!」
リクから返ってきたのは二人が予想しない答え。
そしてその答えを聞いても理由がよく分からない二人の生まれは、ここグラナルドである。
「団長は温泉入るのに、細かい作法を気にするんだよ!一緒に入る人にそれを強要したりしないけど、団長は温泉に入ると必ずお盆にお酒乗せて飲むの。前に一度一緒に入った時、私がお酒飲めないの知っててココア出してくれたんだけどね?その話を源ちゃんにしたら、"風情がないですなぁ"って言われたの!ふぜい?ってよく分からないけど、団長が大事にしてるやつだよね?なら、私と一緒に入ってもふぜいが台無しだから止めたんだよ。団長にもゆっくりしてもらいたかったもん。」
そう言うリクの表情は悲しそうというわけでもなく。ただただそこには団長への深い敬愛と、仲間に対する愛があった。
つまるところ、サイへの礼と言いつつもヴェルムが一番寛げる環境を準備したかった。そういう事なのだろう。
普段精神年齢が一気に一桁年代まで落ちる事があるリクのそんな発言に、副官二人は感涙でその顔を見る事が出来なかった。
なんて健気なんだ!やはりうちの隊長は世界一!
そんな気色悪い事を考える二人の脳内はシンクロしている。
涙のせいで見えないリクの表情が、二人の考えが手に取るように分かってしまったため頬がヒクつく程引いているとも知らずに。
アルカンタ某所。
貴族街にある屋敷では、三人の男が集まって話をしていた。
「計画通り二人が次の段階に入った。このまま我らも次の段階へ進む時だ。」
一人の男がそう言うと、左斜向かいに座る男が頷いた。彼らは三角形で均等な距離を空けて座っており、その距離が互いの立場を平等だと現していた。
「学生を騙すのは楽なものだ。私の手にかかればな。」
偉そうに言う男は足を組もうと何度も右足を上げるが、その足は短く更に太っているため腹の肉が邪魔で上手く組めずにいた。
「フン、二人しか騙せずによく言う。たかが若造二人でどうにかなるのか?卒業生は何人か騙したようだが、卒業しても大成の見込みなしの使えん者たちではないか。」
痩せて背の高い男が言う。それに腹を立てた太った男が、足を組むのをやめて肘置きを拳で叩いた。
「貴様に何がわかる!この私の言葉を受け入れん事が愚かである証明だろう!あの二人は私の言葉を受け入れた未来ある者だぞ!」
三人は罵り合いながらも今後の計画を詰めていく。
仲が良い訳では決してない。何より、普段は滅多に顔を合わせない関係である。
表ではあり得ない三人の組み合わせだが、ここでは同志と言えた。
その話し合い(罵り合い)は深夜にまで及ぶ。
三人の計画はまだ途中。だが彼らの目標人物が動いた事で事態は確実に動き出していた。