表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇竜と騎士団  作者: 山﨑
144/292

144話

大陸に冬が来る。

北の国から順に南に向かって寒くなるこの大陸では、南の国が寒くなる頃には北の国では雪に包まれている。


大陸中央のグラナルド王国では、既に秋の気候も終わり冬到来を実感出来る気温になっていた。

見事な色彩を見せていた紅葉も散り、数多の実りを齎した森も寒風に葉を散らす。


田舎の村々では冬の間に使う薪を調達するのに忙しい。しっかり乾燥させねば余計な煙が立つため、換気のために扉を開けてしまえば寒さが家中を襲うからである。

乾燥のための時間を確保するためには冬が本格的になる前に確保しなければならないが、秋も始まったばかりで集めてはまだ木々に水分が多く、乾燥が難しくなってしまう。

村に風属性や水属性の魔法を得意とする者がいれば話は変わるのだが。


木材の乾燥などの生活に深く関わる魔法を、人々は生活魔法と呼ぶ。

読んで字の如くではあるが、厨房の釜に火を点けるための着火の魔法や、井戸が遠くても飲用水を生み出せる水属性魔法など。

実に様々な魔法が生活魔法と呼ばれ、ほとんどの人々が適性さえあれば使う事が出来る。


しかし、乾燥の魔法は少し原理が難しく、風属性で乾燥させようとする方が比較的簡単ではあるものの、生活魔法の括りに入れて良いかは謎なのである。

よって、乾燥の魔法が使える者がいる村ではその者を大切にし、その分冬前のこの季節からその者は大変忙しくなる。




そんないつもの光景が広がるグラナルド王国。都心部ではまた違ったいつもの光景があった。


都心と言えど、近くに森がある都市は多い。よって薪の入手も困難ではないが、住む人の数が多いためその分薪の消費量も増える。

領主などは村から薪を買うか食糧などと物々交換し、都市にある商会に売る。

領民はこうして互いに助け合いながら生きているのだが、近年は少し違った変化を見せていた。


ドラグ騎士団が国に提出した発明の中に、魔石を用いた暖房器具がある。

それは新作魔道具を発表する学会で発表され、国内の貴族は大金を出して入手したという。

発表されてすぐの頃はまだ市民が簡単に手を出せる金額ではなかったが、その作り方は魔道具師ギルドに金を払えば誰でも見る事が出来た。

その金は発案者に七割、ギルドに三割入る事になる。

そのため、ギルドは懸命に暖房器具の魔道具が生まれた事を喧伝し、貴族のお抱え魔道具師などがこぞって製法を求めた。


そして、製法を見たとある商会の専属魔道具師によって、貴族でなくとも手が届く範囲で買える暖房魔道具が売り出されたのである。


その商会は暖房魔道具を作るための工房を作り、畑仕事などの合間に働けるよう大人数をシフト制で雇った。

魔道具師でなくとも作れる部分のみ村人や町人を雇い、肝心の魔法陣や魔道回路を結ぶ作業のみ魔道具師にさせた。

すると全部を魔道具師が作る必要が無くなり、大量生産が実現したのである。


それを安価に売り出したため、他に製法を見た魔道具師や貴族たちは驚いた。

貴族相手に高く売れると考えていた者は事業の失敗を悟った。そして負債を抱えて潰れた商会もあるが、賢い者は高級ブランドとして富豪や貴族相手に売りつける事を選んだ。

市民向けとして発売された暖房魔道具は装飾など一切無く、素材も丈夫さや安全性に特化しているため安価に出来るものの見た目は悪く機能も数段落ちる。


そうやって自然と棲み分けされた暖房魔道具の販路ではあるが、未だ辺境までは普及していないのが現状である。

どちらにせよ薪が必要なくなるという事は無く、それで生計を立てていた者が困る事はなかった。

それだけが救いかと言えばそうでもなく、一時的に増えた魔石の需要で冒険者たちも懐が温まったのである。


更に言えば、この暖房魔道具に使用される魔石は火属性の魔石。ダンジョンや火山地帯で多く入手出来る魔石だが、そういった場所は不人気で魔物を減らすために討伐隊が定期的に組まれる程冒険者が少ない。

しかしそんな土地に冒険者が増え、街に活気があふれたのである。


何かの産業が隆盛するという事は、それに伴う別の事にも影響が強く出る。

その商会は国内の新たな産業を生み出したのだった。







何故こんな話をしているのかと言えば。

この流れの大元であるドラグ騎士団で本日行われている遠征に少しだけ関わるからである。







ドラグ騎士団はその日、特別訓練の日だった。

冬には建国記念祭もある。また忙しくなる前にしっかり訓練をしておこう、という流れである。

通常の騎士団であれば訓練など喜ぶものではない。しかしドラグ騎士団は少し事情が違う。


今回の特別訓練では遠征訓練だった。

グラナルド北東部にある活火山地帯での討伐訓練である。ここは活火山だというのに何故か火属性の魔石を体内に持つ魔物が少なく、暖房魔道具による特需で更に冒険者が減った。

そのため訓練代わりに二番隊、三番隊、四番隊が来た。

後日、一番隊と五番隊は別の場所で特別訓練である。


「よーし、野営地が設営出来たら見張りを交代して休憩にするよ!設営の間は三番隊の半分は周囲の索敵ね!」


今回のリーダーは三番隊隊長のリクである。

任務ではなく訓練なので多少時間にも余裕があり、諜報隊がリーダーでも問題は無い。

戦場では一番隊か二番隊が指揮を執り、被災地などの支援では四番隊が指揮を執る。

勿論、戦時体制の時は国境線などに五隊が派遣され指揮も三番隊か五番隊が執る事にはなるが、合同の任務で諜報隊が指揮を執る事は滅多にないのである。


元気よく指示を出したリクは、隊長用に建てられたテントに入っていく。

これは三番隊の隊員が現着後すぐに建てたものである。相変わらず三番隊のリクに関する行動は速い。


テントに入ると、そこは外からの見た目とは異なりとても広い空間だった。

錬金術研究所とカリンなどの空間魔法持ちが協力して作られた、空間魔法付与済みテントである。所長はこれをマジックテントと呼んでおり、以前開発されたマジックバッグの派生品だ。


リクのために誂えられたその中は、リクの好きな物で埋め尽くされていた。

リクが持ち込んだ物など一つもないテントであるが、正確にリクの好みを把握している部下たちの全力で整えられたその空間は、リクがのんびりするのに最高の空間である事は確かだろう。


緑を基調とした部屋の中では、可愛くデフォルメされたうさぎやクマの縫いぐるみが多数置かれており、まるで森の中で安らぐ動物たちの楽園のようになっていた。

リクは中央に置かれたふかふかなソファへ身体を沈めると、マジックバッグからクッキーが入った袋を取り出す。

すると横からマグカップが差し出された。


「くーちゃん。任せた仕事は終わったの?」


温かいココアが入ったマグカップを差し出したのは、リク付きの副官クルザスだ。

隊服をキチッと着こなすその姿は、真面目な表情と知的な雰囲気が合わさりアルカンタの女性人気が高い。

しかし基本的にいつもリクの側を離れないため、リクのファンであるアルカンタの男性たちからは目の敵にされている。

本人はそんな事には一切興味を持たないため放置しているが、アイドル的存在であるリクの側にいつもいるイケメン、という認識は間違っていない。


「全て抜かり無く。こちら詳細です。」


静かにスッと差し出された紙には、リクが頼んだ仕事の報告が細かく書かれている。

礼を言ってそれを受け取ったリクは、ココアの入ったマグカップをゆっくり傾けながら読む。

最後まで読んだリクの表情は、ニコニコ笑顔だった。













「あーちゃん、知ってる?今日の訓練、途中から団長も来るんだって。」


リクは二番隊の隊員と話していたアズがその場を離れた事を確認し、後ろから声をかける。

リクが近付いていた事に気付いていたアズは特に驚くでもなく振り返り、しかしその内容に驚いた。


「え、本当?団長が来られるなんて。なら晩のおかずが豪華になるように狩りを頑張らないと。」


アズはそう言って笑顔を見せる。リクも笑顔であるため、外から見ればなんともほのぼのした空間になっていた。

事実二人の会話はほのぼのとしており、とても訓練に来ているとは思えない。

しかし、戦時中であっても変わらない程二人は常日頃からほのぼのしているため、その変わらなさが逆に隊員たちにとって安心材料になっているのも確かだった。


「それでね、もう一個報告なんだけど。」


「うん、なんだい?」


身長差があるため自然と上目遣いになるリク。アズはそれに慣れたもので、諜報隊の長であるリクから次はどんな報告があるのか楽しみに聞いている。

アンカンタの男性たちはこの上目遣いに弱く、屋台の親父など金は要らないから持ってけ、とよくリクに商品を渡してサービスまで付けている。後に隊員がお金を払うのだが。そういう親父は隊員からもお金は断る。最終的に隊員が押し付ける形で払うのである。

隊員が払っているお金はリクの給金であるため、実はリク自身の買い物になっている。だがそれを知っているのは隊員だけのため、街の人々は隊員が払っていると思っている。


リクは元々王女であるため、金の払い方など知らなかった。

ドラグ騎士団に来てからは学んだため知ってはいる。しかし、相手がいらないと言うのに無理に押し付ける事も出来ないため、後で部下に自分の財布から払わせているのだった。


「あっちの方にね、自然に湧いてる温泉があるんだって。地脈に近いから魔力も豊富で、傷や病気にも効くみたいだよ。」


リクの言葉に、アズは一瞬疑問顔になる。しかしすぐに何か思い出したのかハッとした表情になった。


「あぁ!温泉かぁ!良いね、入ってみたいと思ってたんだ。東の国本島にはたくさんあるって聞いてたけど、グラナルドにはあまり無いよね。」


東の国は島国のためか活火山が多く、四十七ある領地のほとんどに大なり小なり規模の差はあれど天然の温泉がある。

しかしグラナルドに活火山はあまり多くないため、温泉という言葉自体が馴染みないものであった。

アズが一瞬疑問を浮かべたのもそれが理由である。


「折角だから、入れるように天幕張ってるよ。男用と女用に分けたけど良かった?一応、個人で入れるように整えた場所も作らせたけど。あーちゃんは好きな方に入ってね。」


男女で分けて何が良かった?なのかは分からないが、アズはリクの言葉に感謝を述べた。流石の諜報隊。事前準備と調査に全力だな、などと考えていたアズは気付かなかった。

リクが見せた笑顔が、普段から偶に見る何かを企む笑みだった事に。







団長であるヴェルムが特別訓練を行う三隊のもとを訪れたのは、夕方過ぎの頃であった。

冬が近付いているため夏より随分と早く陽が落ちる。既に辺りは暗くなり始めており、空には一番星が見えていた。


「団長がいらっしゃったぞ!」


隊員たちは告げられていなかった団長の到着に沸き立つ。狩りに出た中隊は、アズが張り切っていた理由を今察した。

調理を担当した中隊も、アズが手伝った理由を察した。

そしてアズを見れば、とても嬉しそうな笑みを浮かべて団長を迎えている。

二番隊の隊員は思った。隊長が幸せそうで何よりです。と。


三番隊の隊員たちは見た。彼らの姫、リクが満面の笑みでヴェルムに駆け寄る所を。

それだけで彼らは昼間慣れない土木作業が報われたし、厳しい訓練も過ぎた過去になった。

何より、今から団長へ我らが隊長から提案する事を考えれば彼らの頑張りは絶対に無駄にならない。期待で胸が熱くなるのを彼らは感じていた。


四番隊は揃って驚愕した。団長の来訪など予定になかったはず。しかし隊長のサイサリスが驚いていない。

ならば隊長は知っていたのか、と思えばこれはイレギュラーでも何でもない。それに四番隊からしてもヴェルムの来訪は喜ぶべき事だ。

四番隊隊員の多くは隊長のサイサリスをもっとヴェルムに近付けさせたいという下心持ちである。

これはチャンスでは!?四番隊の面々の目が光った気がした。







「へぇ、温泉が?この辺りは地脈もあるし、きっと良い温泉だろうね。火山からの距離を考えても、冷まさなくても入れそうだ。私も後で入りに行こうかな。」


ヴェルムは満面の笑みを浮かべたリクから温泉の話を聞いて微笑んだ。

ヴェルムがここに来る事は内密にしていたが、その話をしている所に身を隠した三番隊の隊員がいた事は気付いていた。そのため、リクは知っていたのだろうと考える。

それと温泉の話がどう繋がるかは分からなかったが、まさか自分が来るからと温泉を探したりはしないだろう。


ヴェルムはのんびりそんな事を考えながら、周りに集まった団員たちに酒樽を提供する。

するとあれやこれやと中央の篝火まで案内され、次々に料理が差し出される。これを見てヴェルムは思った。

リクからアズに私の来訪が伝わったかな、と。

大正解である。リクから話を聞いたアズは狩りに同行し自ら捌き、調理担当と共に調理した。

厨房の主、料理長の弟子であるアズが関わったため、本日の野営飯は大変豪華だった。


「アズ、これ美味しいよ。この肉はバジリスクの肉だよね。だいぶ深くまで狩りに行ったみたいだね。」


ヴェルムにそう言われて、アズは自身が浮かれていた事を悟る。急に恥ずかしくなって顔を赤らめる隊長に、二番隊隊員は悶えた。


「こ、これは…!いえ、その…はい。僕が作ったと分かって頂けて幸いです。」


アズが焦る姿など滅多に見れないため、隊長ラブな二番隊は瞬きすら惜しむようにそれを見ていた。

基本的にどの隊も隊長を尊敬し愛しているため、どうしてもこういう行動を取る隊員が多い。

ヴェルムはこれを、仲が良くて何よりだね、と語るが。その中心は貴方ですよ、という隊長たちのツッコミに照れた事はない。寧ろ、ツッコミを入れた隊長たちに言うのだ。私も君たちを愛しているよ、と。

結局隊長たちが照れる事になるのだが、その姿を隊員達が見た事はない。







見張りを残してほとんどの隊員が温泉を交代で楽しんだ後、時刻は深夜になっていた。

明日も魔物相手に訓練があるため、早々に寝てしまった隊員も多い。篝火に集まって酒を飲む隊員もいるが、それは飲んでも酔わない者だけのようだ。

ドラグ騎士団の五隊には任務中の飲酒禁止など無い。飲んでも酔わない者は兎も角、酔う者も今すぐに戦わなくてはならなくなっても大丈夫な量しか飲まないからである。


ヴェルムはリクから聞いた温泉へと足を向けた。

一人用のを使ってくれと言われたため、一人用に作られた天幕に入る。

零番隊の隊服を脱ぎ、空間魔法に入れる。着ている物を全て脱ぎ裸となったヴェルム。その身体は極限まで鍛えられており、無駄な筋肉など一切存在しない。

筋肉は無駄に付いてしまえば戦闘で足を引っ張る存在になってしまう。

己の求める動きを実現できる筋力さえあれば、他は邪魔でしかないのだ。


傷一つないその身体は白く、紙紐を解いて背中に流した白銀の長髪のお陰で白さが目立たない。そんな白ばかりの身体に漆黒の瞳が浮かび、彼が闇竜である事を瞳のみが証明しているように見えた。


ヴェルムは東の国で各地の温泉を巡った事があり、その中で出会った温泉の楽しみ方を教えてくれた翁には今でも感謝している。


まずは身体を洗うか、と簡易的に設置された洗い場で身体に湯をかける。バシャッという音と共に、冬前の寒さを温める少し熱いくらいの温度が全身に伝わってくる。

どちらかと言えば暑さより寒さの方が苦手なヴェルム。気持ち良い温泉の温度と、懐かしい香りがヴェルムのテンションを否応なく上げた。

しかし、ヴェルムの顔に浮かぶのは苦笑である。

その理由は直ぐに分かった。


カタン、という音がヴェルムの背後からする。敵ならばこんなに近くまで接近する前に亡骸になっているだろう。つまり、身内である。


「ヴェルム様。お背中を流させて頂きます。」


バスタオルで胸元から下までを隠した女性だった。

絹のような滑らかなプラチナブロンド、凹凸のハッキリした身体。普段かけているフレームレスメガネは置いて来たらしい。

そう、四番隊隊長サイサリスである。


「うーん。まぁいいか。お願いするよ。」


ヴェルムは考えるのをやめた。彼女がしたいのならさせてあげれば良い。既に温泉には入ったかと思っていたが、明日の訓練と今日の結果について報告書やらなんやらで忙しくしていたのを思い出した。

ならば彼女にも温泉でゆっくり休んでもらわねば。などとぼんやり思うヴェルムの後ろで、泡立てたタオルで背中を洗うサイ。

彼女は貴族出身で、このような事はした事がないのだろう。手つきは怪しく先ほどから同じ所を洗っている。


「もう大丈夫だよ。流してくれるかい?」


そもそも、清浄の魔法を使えば風呂など入らなくとも衛生的には問題ないのである。

ドラグ騎士団には清浄の魔法を使えない者などほとんどいない。一般的には使用魔力が多く難しい魔法だとしても、特にヴェルムにとってはなんの問題もない。

だが好意で背を流すと言われれば受け入れるくらいはする。例えそれが慣れない事であろうとも。


無事背中を流してもらったヴェルムは、大人二人がゆっくり座れそうなサイズに掘られた即席風呂に入る。

あぁ〜、と親父くさい声を出せば、背後からクスクス笑う声が聞こえた。


「これはね、東の国で学んだんだ。温泉に入ったらまずはこの声を出さねばならない、と。」


ヴェルムとてそれが嘘である事は百も承知である。だが、折角の出会いで教わった流儀だ。受け継ぎたいではないか。

そんな事を考えているヴェルムに、失礼しました、と謝罪するサイ。次いで、くしゅん、とくしゃみをした。

冬前とはいえ山間部で深夜。裸にタオル一枚ではくしゃみも出るだろう。


ヴェルムは困ったように眉尻を下げ、サイに向かって手招きした。

それをサイは一度断るも、ヴェルムの眼差しに負けた。




「その、頭にタオルを置くのも作法なのですか?」


クスリと笑いながら問うサイに、ヴェルムは微笑んで頷く。


「勿論、その翁しかやってなかったよ。でもね、彼にとってはそれが作法なんだ。まぁ、タオルを湯に浸けてはいけない、というのは本当らしいから、それを防ぐ意味では効率的だね。」


そう言うヴェルムの頭の上には、畳まれたタオルが乗せられている。ご丁寧にタオルが濡れないよう結界魔法まで使用して。


それからヴェルムは空間魔法から盆を取り出す。盆を湯船に浮かべると、その上に徳利と猪口を置いた。

これも作法ですか?と問われ、勿論、と返す。そんなわけ無い。だが互いにわかっている。

それに、ここは他の誰かがいるわけでもない。ならば問題はない。


サイが酌をすればヴェルムは笑顔でそれを受ける。クイっと飲んだそれは東の国北部で作られる米を使用した酒である。大吟醸、と大きく書かれた一升瓶から徳利に移されたそれは、領主や皇族が飲むような酒である。


今度はヴェルムが徳利を持つ。サイは猪口を両手で持つとヴェルムからの酌を受けた。

猪口を口にあてゆっくりと酒を飲むサイはとても美しい。

月明かりに照らされ温泉の温度で火照った身体から流れる汗がそれを反射する。

酒を嚥下しコクリと動く喉は扇情的で、名だたる美姫たちが裸足で逃げる程の色香と妖艶さがあった。


「やはり温泉で飲むこの酒は一段と美味しいね。それに今日は隣に君がいる。この酒のもっと美味しい飲み方があったとは思わなかったな。ありがとう。」


ヴェルムの言葉が本心であるとその柔らかな笑みを見れば分かる。

サイはそれが嬉しくもあり、どこか気恥ずかしさもあって笑顔がぎこちない。だが二人ともそんな時間が愛おしくて大切だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ