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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
143/292

143話

グラナルド王国首都アルカンタ。民の間では今、とある噂が話題になっていた。


「ちょっと聞いた?西の国の皇都が崩壊したって話!」


「あれ?国王と教皇が変わったって話じゃなかった?」


「お前、情報が古いなぁ。」


「そうだぜ。皇都は今人が全然いないらしいからな。」


「あっちに行ってる冒険者も音信不通の奴が多いんだとよ。」


「まじか!?知り合いがいるんだよ!大丈夫かなぁ…?」


「さぁな。炎帝様によって敵は滅ぼされたらしいけどよ。」


「敵?一体誰が皇都を襲うんだよ。周囲の都市には何万も軍勢がいたはずだろ?」


「それがどうも、南西の小国を侵略してる間に攻められたとか。」


「俺が聞いたのは違うね。小国を滅ぼした後、南の国に攻めてる間にやられたって話だ。」


様々な情報が飛び交い、どれが本当の噂か分からなくなっている。グラナルドの民たちはそれでも噂話を好んだ。そして誰が一番新鮮な情報を握っているのか見抜こうとする。

当然、そんな民たちの関心はドラグ騎士団にも向く。

巡回中の準騎士に声をかける民が多いのはそういった理由だろう。


そんな中、逆に民たちから情報を収集するドラグ騎士団の団員がいた。


「へぇ、お姉さん詳しいね!ところで、その話は誰から聞いたんだい?」


街娘から話を聞いているのは三番隊の隊員。爽やかな見た目と軽やかな話術を武器に若い女性から話を聞き出している。

隊服は着ておらず、街の人に紛れる形での諜報活動だ。


「私はあっちの定食屋さんでその話をしてる人がいたから聞いただけよ。隣のテーブルで食べてた人なんだけど、声が大きいから聞こうと思わなくても耳に入ったわ。」


隊員による称賛の嵐に機嫌を良くした若い女性たちは、ペラペラとその口を軽くする。

一人が証言をすれば、それに続けと言わんばかりに誰々がどんな情報を言っていた、と証言が出てくる。


話を聞き出すのが上手い隊員だが、実はすぐ近くにバディが潜んでいる。何故隠れているかと言われれば、単に会話が得意ではないからである。

しかし、一度聞いた事は忘れない為、話題を釣り出す者と記憶する者で役割分担をしている。

女性たちの証言を真剣に覚えようと聞いてしまえば、警戒されて話さなくなってしまうかもしれない。ならば気持ちよく囀ってもらう為にも、彼の役目は只管煽てる事なのである。


「ありがとう、お姉さんたち。とっても幸せな時間だったよ。また会えたらその可愛い笑顔で挨拶してくれたら嬉しいな。」


目的の情報を集めると、少しだけ別の話をして別れる。情報収集だと気付かせないためである。

最後にはリップサービスを忘れない。しかし彼女たちがこの隊員とまた会う事はないだろう。

何故なら、今の格好は諜報用の変装だからである。カツラやメイクによって雰囲気を変え、風属性魔法によって声も変えた。

仮に変装を解いて話しかけても気付かないであろう。


三番隊の二人は少し離れた路地裏で頷き合う。そして魔法を使用し姿を消した。













「では、残すはこの事態を利用しようとした貴族だけだね?」


ドラグ騎士団の団長ヴェルムが目の前の人物に問う。執務机を挟んで反対に立つのは、薄緑の癖っ毛が今日も元気に揺れる小柄な少女。

隊服の差し色は緑で、隊長を示す腕章を着けている。


三番隊隊長、リクだ。


今リクは部下に探らせた街に出回る噂について報告している。内容、出所などが調査されており、更には噂によって利を得た商会や貴族のリストまである。


「いつでも確保出来るように部下を二十四時間体制で見張らせてるよ。この子爵?と仲良しの貴族も。それ以外はスタークのとこが見張ってるから、団長が号令をかけたらすぐ動けるよ。」


情報を取り扱う諜報隊では通常、指示された事にのみ情報を集める。それに付随して様々な情報を集める事になるため、結果的に仕事量が増えるからだ。

しかし、ドラグ騎士団はそれで満足しない。

団長であるヴェルムにとって最善の結果を齎すために、彼らはその情報をどう使うのかまで考えて集める。

全ての基準はそこにあるため、余計な真似は一切しない。だが必要かもしれないと思えばどんな些細な事でも追求し明らかにする。

その姿勢は諜報隊だけでなく、他のどの部隊でもそれぞれの役割に応じた事で発揮される。


「流石だね。じゃあ、良い加減ゴウルを待たせてるし決着を着けてしまおうか。」


執務机に置かれた皿に乗ったクッキーを一つ、リクの口へ差し出しながらヴェルムは言う。

満面の笑みで頷いてからパカッと口を開けたリク。あーん、と言いながら口を開けるのはあざとく可愛らしい。

本人は無意識だが。


クッキーを嚥下してからホッと息を吐いたリクは、満足そうな笑みを浮かべた。


「今指示出したから、直ぐにこっちに連れてくるんじゃないかな。だから…ここで待ってて良い?」


リクはクッキーを咀嚼しながら念話魔法で指示を出していた。

当然、目の前にいるヴェルムもそれに気付いてはいたが。しかし部下が戻るまで団長室に居座るつもりだとは。

ヴェルムは苦笑しながらも許可を出した。


「わぁい!ありがと、団長!」


許可を得たリクに遠慮は無い。スタスタとソファへ向かい、フカフカのそれに身を沈める。そこに間をおかずテーブルにカップが差し出された。

リク専用となっているウサギが描かれたマグカップである。中にはリクの好物であるココア。小さなマシュマロがぷかぷかと浮いている。


「マシュマロ入りだぁ!ありがとっ、あっくん!」


最近まで別の呼び方であっても急に変わることがあるリクのあだ名。今はアイルをあっくんと呼ぶのに拘っている。

ヴェルムに対する呼び方だけは何故か変わらないが、スタークなど最初はすーちゃん呼びであった。

しかしリクの副官が新たなすーちゃんとなり、スタークは今呼び捨てされている。


スタークとしては、それを宣言されずに急に変えられたものだから当初は困惑した。すーちゃんがね、とスタークに向かって話されても、最早誰のことか分からなくなったのである。


「先程厨房からマシュマロを頂きましたので。リク様がお好きかと思いお出ししました。喜んでいただけて何よりです。」


変わったと言えばアイルもそうであろう。無表情なのは変わらないが、言葉数が増えた。今までであればこのような状況で、頭を下げただけで終わっていたであろう。

弟子の確かな成長に破顔する好々爺は置いておくにしても、ヴェルムとしても双子の成長は喜ばしいものだった。


アイルとカリンの二人は、リクと並ぶとリクより小さい。百三十センチほどの身長しかないため、百四十センチ程のリクより小さいのは仕方ない。

しかし言動は完全に見た目と逆であり、リクは十に満たない精神年齢の時がある。

双子は育ちが特殊なためか、かなり大人びた考え方をする。普段からヴェルムやセトの近くにいてはそうなっても仕方ないのかもしれない。


双子を拾った時、ヴェルムはグラナルド国王ゴウルダートから散々笑われたものだ。

お前に子育てなど無理に決まっている!そう断言されてから十年あまり。特別何かせずとも、双子は立派に育っている。身体が大人になる前に血継の儀を行ったため、見た目はずっと変わらないだろう。

しかし、リクもいる。大人になってから儀を受けたのに未だに子供扱いされる特殊魔法部隊のルルもいる。

他にも団内には子どもの見た目をした者はおり、もっと言えば小人族やドワーフ族も身体が小さいためあまり気にならない。


勿論、子どもの見た目という事で起こる問題はあるだろう。だが、それすらも跳ね退ける力は既に二人とも身につけた。

何も心配する事はない。二人とも健全に育っている。

いつか双子を連れてゴウルに会いに行こう。そして立派になった二人を見せて笑うのだ。

見ろ、私にも子育てくらい出来る、と。


ヴェルムが密かな目標としてそんな事を考えているとは知りもしない双子は、今日も元気に己の役割を果たしている。

アイルはヴェルムの執事を。カリンは特務隊の部隊員と任務に出ている。


セトもヴェルムも似たような顔をしていた事に気付いたのか、アイルが無表情のまま小首を傾げる。

だが二人は笑うばかりで何も返さなかった。

まぁいいか、と壁の隅に戻るアイルを見て、二人はまた笑った。













「では、この騒動は落ち着いたのだな?」


グラナルド国王は目の前の人物に確認を取る。何度確認しても頷くだけのその人物に国王はやっと安堵の息を吐いた。


ここはグラナルド王城の最上部。国王の私室である。扉の前には近衛騎士が二人立ち、隣の部屋では女官が呼び出しに応じる為待機している。

基本的に来客など無いのが王の私室だが、実は護衛も女官も把握していない来客が度々あっている事など国王以外は知らない。

今宵もそんな日の一つであった。


「報告書を読む限りでは、南の国は獣人国含め国境も民も無事。しかし西の国は大損害ではないか。お前ならどうにか出来た筈だ。理由があるのだろう?ヴェルムよ。」


国王は手に報告書を持ったままソファへと移動する。既にそちらに移動していた来客ヴェルムは、空間魔法からウイスキーを取り出してグラスに注いでいた。

二つのグラスにウイスキーを注ぎ、更に空間魔法からナッツなどの摘みを取り出す。ヴェルムは対面に座った国王へグラスを滑らせると、何時もの穏やかな笑みを国王へ向けた。


「前にも言ったけど、その辺りは現地の者に選ばせたよ。皇太子があんな選択をしなければカサンドラがヴァンパイアを駆逐していただろうね。」


ヴェルムはそう言って一度口を閉じると、グラスを口元に運び香りを楽しむ。濃厚で豊か、そしてスモーキーな香りが鼻腔を刺激した。

国王もそれに釣られるようにグラスに手を伸ばす。試しに舐めるように舌に乗せれば、純度の高いアルコールが口内を乾かす。次いで一気に鼻に抜ける熟成された香りが、この一口の幸福を齎した。


「美味いな。西方の希少酒か。しかも二十年物。」


飲んだだけで産地と熟成年数を当てる国王。このウイスキーは二十年熟成された物が一番美味いと言われている。

出荷できるのは三年寝かせたものだが、それを更に熟成させる事で味に深みが増す。

しかし二十年以上経ってしまえば急に味が単調になるのだから酒とは不思議なものである。

醸造家たちの研究により高みを目指した結果、麦芽を作る段階から細心の注意を払った製法で作られたこのウイスキーは金貨を何十枚も払わねば手に入らない。銀貨が数十枚あれば一般家庭が一月過ごせる事を考えれば、贅沢の極みであろう。


「このナッツも食べてみてよ。このウイスキーに合うナッツを生み出したんだから。私の家族がね。」


そう、摘みに出されたナッツはスタークの菜園で採れた物である。スタークもウイスキーを好むため、二人であーだこーだ言いながら最もウイスキーに合うナッツを探したのだ。

お酒大好きな錬金術研究所の所長もいつの間にか話に加わり、品種改良という荒技でもってこのナッツは完成した。


口に入れればまずナッツの香ばしさに驚く。次いで噛み砕けばその食感と旨みに二度驚く。口内に残るカスをウイスキーで洗い流せば、また食べたくたくなるのである。

二人はしばらく無言で酒と摘みを楽しんだ。

ポリポリ、ゴクリ、そんな音しか聞こえない空間だったが二人はそれすら楽しんだ。




「あぁ、これはダメだ。十分に味わって飲んでいても直ぐに無くなってしまう。お前たちは本当に碌な物を作らんな。」


これは最大限の褒め言葉である。ヴェルムとてそれを理解しており、彼と家族の頑張りを認めて貰えたようで嬉しい。

何より、家族が褒められれば嬉しいものだ。

機嫌良く飲むヴェルムが、ふと空間魔法を発動する。中から出てきたのは先ほどの報告書とは別の書類だった。


「はい、これ。さっきの報告書はちゃんと頭で処理出来たでしょ?これはもうちょっと深掘りしてるやつだよ。さっきのは宰相にも見せて良いけど、これは駄目。」


国王はヴェルムの言葉と共に差し出されたそれを受け取りつつ、やはりあったか、と眉尻を下げた。

こういう事をするから気が抜けないのだ、と心の中で愚痴ってみせはするものの、確かに先ほどの報告書ではわからない部分があったのも事実。宰相にすら見せてはいけないというのも、見れば国王も同じ意見になるに違いないと思った。


「なっ…!!」


だが予想出来ない事もあるらしい。

報告書を読みながら驚愕に目を見開いた国王。片手がグラスに向かっていたのに宙で止まった。


「ヴァンパイアではなかったのか…?」


かろうじてそれだけ言った国王に、ヴェルムはポリポリと噛んでいたナッツを嚥下してから頷く。


「始祖、と呼ばれていた者だけは蝙蝠族じゃなかった。かれはヒト族だよ。君たちと変わらない、ヒト族だ。どうやって長年生きていたのかは調査中だよ。血属性の特殊魔法使いなのは確かだね。それに彼は闇属性魔法を使っていたらしいから。獣人と鳥人の戦争があった時代に生きた人物なのは分かっているけどね。」


「なんと…!では、蝙蝠族はこの始祖なる者に唆されて…?」


報告書には始祖と呼ばれたヴァンパイアを率いる者についての考察が書かれていた。

ドラグ騎士団の中には当時の戦争を知る者も多く、ヴェルムもその一人である。しかしヴェルムは戦争には関わっておらず、当時獣人側と鳥人側それぞれで戦った団員から話を聞くことが出来たのだ。


「その頃の当事者曰く、戦争が本格化する前に蝙蝠族の集落に住み着いたヒト族がいたのは確からしい。その人物が何故両陣営に味方するような意見を出したのかは分からない。でもそうなると、住み着いた流れすら計算の内だった可能性はあるね。」


ヴェルムの言葉に、国王は言葉を失う。そして読み進めた報告書にもう一度驚いた。


「…なっ!そういう事か…!だから街に噂が広まるのが早かったのだな?」


次に書かれていたのは、始祖と呼ばれた人物の出身。それは西の国のとある貴族家であった。

当時は貴族ではなく魔法の大家であったが、時代が進むにつれ情報操作などの方面で活躍する諜報一家となっていた。

そして現代、その貴族から嫁入りした家がグラナルドにある。

そう、五隊の隊長たちの会話に出ていたワイズマン子爵家である。


既に当主や妻、使用人に至るまで全て捕縛されており、今回の件と関係ない者は釈放されている。

妻によれば、実家では絶対に逆らえない者がいた、と。それが始祖と呼ばれた人物である事は確認が取れている。


始祖は獣人国に恨みがあった訳ではなかった。寧ろ、西の国にこそ恨みがあった。

彼が獣人の集落に来た理由。それは母国がまだ小国であった頃、魔法を嫌う国王により家が取り潰しの危機にあったからであった。

彼は当主だった。彼の追放で何とか家の存続を赦され、一家は世の目から隠れるようにして命を繋いだ。

やがて小国が西の国に吸収された。そして小国の国王は西の国の貴族となった。

それから一家は名を変え貴族となる。諜報一家として周囲の小国の情報を売ったからである。


「そしてその地位と情報網を利用して生き延びていたという事か…。」


国王はため息を堪えて報告書から目を離し、少し温くなったウイスキーの最後の一口を飲み切った。


「では復讐は果たせたのだな。小国の王の子孫を殺したのだから。」


小国の王の子孫は現在、西の国の伯爵家である。

精神支配の魔法陣を刻む過程で、伯爵令嬢が殺された。この令嬢の家こそ、小国の王の血筋であった。


「そうだね。復讐とワインは寝かせる程美味い、か。なるほど、言い得て妙だね。」


「なんだ?それは。」


国王が報告書を読んでいる間に、ヴェルムはワインを開けていた。そしてそのグラスを手に取り光に透かしながら言った言葉に、国王は首を傾げた。


「始祖が言っていたそうだよ。物語では血を飲むというヴァンパイア。ワインが好きだとも書かれているけど、本当にワインが好きだったのかもしれないね。」


何故始祖が言った言葉をヴェルムが知っているのかは謎である。しかし、ワイングラスを見つめるヴェルムの目には哀愁があった。

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