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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
142/292

142話

「良いぞ、良いぞ!腑抜け共を蹴散らせ!殺せ!駆逐せよ!」


西の国皇都では少数ながらも力あるヴァンパイアが襲来していた。

彼らは何の抵抗も見せない市民を殺し、血を分け与え眷属化していく。

連れて来た眷属もそれを手伝い、数分でヴァンパイアの軍勢が出来上がる。


皇都に存在する自警団や騎士の詰所等を最初に狙った為、即戦力となる眷属が増えた事も脅威となる。

精神支配の魔法陣の効果は今夜中には切れてしまうだろう。しかし、それまでに皇都の住民全てを眷属化してしまえば良いだけの事。

始祖と呼ばれたヴァンパイア含め長老などの力ある者は皆此方に来ていた。


「始祖様!戦闘力のありそうな者は冒険者含め全て眷属化しましたぞ!何名かの長老は大神殿へ向かいました。我らも王城へ向かいましょうぞ!」


興奮冷めやらぬといった風情の長老の一人が始祖へ呼びかける。その後ろには眷属らしき執事服の男が控えていた。

始祖は鋭い目つきを長老へ向けると、鷹揚に頷いて見せる。今こそヴァンパイアの、否、蝙蝠族の本懐を遂げる時。


一斉に黒き翼が羽ばたく。目指すは王城。王族や貴族共を眷属とし、西の国を真に支配するために。













「ほう?やはり精神支配の魔法にかかっていない者もいたか。其奴らは強力な眷属になると始祖様は仰った。無力化せよ!」


大神殿では派手な戦闘が行われていた。

精神支配の魔法陣による効果を僅かながらでも逃れた者が、魔力結界を張って凌いでいたのだ。この結界の中に既に魔法にかかってしまった者を入れ精神支配から助け出し、魔法陣の効果が切れる頃を待っていたようだった。

しかしその魔法陣の効果が切れる前にヴァンパイアによる襲撃があった。

よって結界を張った部屋を拠点とし籠城を続けているのである。


「中々しぶといな。しかしこちらは何人やられようとすぐに補充されるのだぞ?いつまでその抵抗が続くのだろうなぁ?」


長老の顔に嫌らしい笑みが浮かぶ。唇から飛び出した長く鋭い犬歯が、獲物を前に舌舐めずりする獰猛な肉食動物を彷彿とさせた。


しかし、ヒト族が立て篭もる部屋とは違う場所から爆発音が聞こえてきた。

何事か、と眷属に仔細を尋ねるも、返ってきたのは不明という回答。

長老は盛大に舌打ちを鳴らして、眷属の頬を打った。


「使えん奴め!誰か確認して来い!」


怒鳴る長老は焦っていた。何故なら、己の眷属が次々と命を落としている事が分かるからだ。

ヴァンパイアは種族の特性として眷属を作る事が出来るが、己の血を分け与えた眷属が死んでもそれが分かる。自身を幹だとすれば、眷属は自身から伸びる枝葉。

枝葉が折られれば樹も気付くであろう。


そして数秒後、先ほど事態の把握に向かわせた眷属が命を散らした事を知る。先ほどから、今夜即席で眷属化した雑魚ではなく古くから眷属として可愛がってきた古株の眷属が死んでいくのを感じていた。

得体の知れない恐怖が近付いてくる気がして、長老は思わず逃げ出しそうになる。しかしすぐに始祖の恐ろしさを思い出し踏みとどまる。

始祖の恐ろしさは並大抵ではないのだ。任務に失敗すればどの道命は無い。

しかし、長老は始祖の眷属ではない。ならば逃げ切れるのでは…?


その迷いが結果的に彼の寿命を縮めた。

トスッという音と共に、長老の胸に矢が突き立つ。


「な、なんだっ!?どこから…!」


続けて何本も矢が長老の身体に突き刺さる。一瞬でハリネズミとなった長老は声も出せない。


決してヴァンパイアは不死の存在などでは無い。心の臓に矢を突き立てられればその命は呆気なくその活動を終える。本来ならば厄介なのは、昔は獣人族に属した理由であるその生命力と惰力だろう。

だが長老の命はこの数秒で容易く刈り取られた。


ヴァンパイアの一番の強みは、子を産まずともその眷属を増やせるところにあるだろう。

長老が死んだとて、眷属となった者は一生ヴァンパイアとして生きることになる。

しかも、今回は大量の眷属化のために半眷属化という手段をとっていた。血の量が少なくて済む分、後に激痛を伴う。

普通のヒト族であればそれだけで死んでしまうほどの痛みが襲う為、普段はこの方法は取らない。

しかし後で本格的に眷属化すれば良いだけであるため、ヴァンパイアはこの方法を選んだ。まさか反撃に遭うとは、そして殺られるとは思っていなかったようである。


長老が倒れ周囲の眷属も全て地に伏した所で襲撃者が姿を現す。マントを羽織っているが、その内側に着ている服はドラグ騎士団零番隊の隊服。胸に付いたバッジは焔を模っていた。


「おう、こっちは終わったぞ。あそこで隠れてる奴らはどうする?」


「精神支配の魔法から逃れたのか。ま、俺たちの姿を見られるよりマシだろ。撤退だ。」


「い、良いんですか?でも確かに、僕らの任務はヴァンパイアの殲滅…。なら撤退ですかね?」


「そーゆーこと。ほら、イジイジしてないの。さっきヴァンパイアをハリネズミにした人とは思えないわね、ほんと。」


「す、すみません…。」


「おい、お喋りはそこまでにして退がるぞ。合流地点に向かう。」


小隊長が呑気な部隊員に声をかける。そして一瞬で姿を消すと、ほのぼのしていた部下たちも続けて姿を消した。

そう、彼らは零番隊。カサンドラ隊の部隊員である。

カサンドラたちは精神支配の魔法陣が完成した後も皇都に留まっていた。

ヴェルムから特務を受けたからである。

その内容は、ヴァンパイアの襲撃を完遂させない事。言ってしまえば、最初は手を出すなという事である。


この任務を受けた時、カサンドラは大喜びで受けたという。

ドラグ騎士団にとって大事なのは家族の安寧であり、他国の者など知ったことでは無い。自己中心ここに極まれりと言わんばかりの思想であるが、今回は西の国の失態でもある。

カサンドラとてあのまま皇太子が何もしなければヴァンパイアの魔法陣を完成などさせはしなかった。

しかし他ならぬ西の国の王族が、次期国王がその選択をしたのだ。その選択による結末を思い知らせてやるくらいはしないと気が済まない。


ドラグ騎士団は善人の集まりではない。力ある者が全てを護らねばならぬなどと夢物語を言うつもりもない。その力があったとしても、だ。


そんなカサンドラは今、王城でニヤリと笑っていた。













「ほら、もう終わりかい?だらしないねぇ。コウモリちゃんよ。」


「…我らを…!侮辱、するなぁぁ!!」


カサンドラに向けて槍を模った血が降り注ぐ。液体である筈の血が固形となり、鋭い尖端をカサンドラに向け飛来するも、その全てが掠りもしない。

紙一重で避けているにも関わらず、カサンドラが着る炎帝を示すローブにすら当たらない現実に、対峙するヴァンパイアは拳を握りしめた。


特殊魔法属性である血属性。血液を操作する事が出来る魔法だが、ヴァンパイアなら誰でも持つ属性である。

しかしその扱いは難しく、長老クラスにならねば自由自在にとはいかない。

眷属を持つ際にもこの血属性魔法が必要であり、眷属を持つという事はヴァンパイアにとって一人前である事の証と言える。


カサンドラに対峙するヴァンパイアの見た目は若い。しかし彼も長老と呼ばれる力の持ち主である事は間違いない。彼が用いているのは、そこかしこに倒れたヒト族の血だった。

流石にこの量の血は自分で賄えない。

しかし、血があればある程この魔法は強い。仮に戦場に立てば無類の強さを見せつける事が出来ただろう。

だがしかし。相手が悪かった。


冒険者最強の六人。その中でも一、二を争うと言われる炎帝が相手では。

今も悔しさに歯を食いしばるヴァンパイアに、高らかな笑い声が届いていた。


「コウモリちゃんの出来る芸はそれでお終いかい?他にもあるなら見せておくれよ。アタシはまだヴァンパイアの血魔法を見たいんだよ。こないだ皇都に来てた子はちょっと斬ったら死んじまってねぇ。アンタももうネタが無いなら終わりで良いかい?」


カサンドラの言葉と共に強烈な殺気がヴァンパイアを襲う。最早それだけで意識を失いそうだった。今彼が立っているのは意地である。

しかし意地でもカサンドラの殺気に抗うその姿に、カサンドラは認識阻害の魔法がかかったローブの下でニヤリと笑った。


しかしそれも数秒。急にカサンドラの姿が消えたかと思えば、動けないヴァンパイアの首が飛んだ。


「悪いねぇ。もうネタが無いなら終わりだよ。それに、次のお客さんが来たからね。」


そう言ったカサンドラの姿がまたも消えると、先ほどまでカサンドラが立っていた場所に血の槍が一本突き刺さる。

元の位置に戻ったカサンドラは新たな敵の到来に唇を舐める。


「貴様が炎帝か。我が崇高なる計画を邪魔した罪、悔いながら死ぬが良い。」


カツン、カツン、と靴の音を立てながら現れたのは、始祖と呼ばれたヴァンパイアだった。

尊大な口調に偉そうな態度。これは本命が来た、とカサンドラは笑を深めた。


「アンタがコウモリちゃんの親玉かい?部下の躾がなってないねぇ。それに、皆んな弱い。アタシの部隊だけで鎮圧出来るようじゃあ国は落とせないよ。」


戦いを楽しむ前に情報収集。そしてあわよくば相手が激昂して攻撃が激しくなれば尚良い。

そんな下心を多分に含んだカサンドラの言葉は、フン、と鼻で笑うだけで一蹴された。


そして次の瞬間、カサンドラの周囲に闇が広がる。闇属性魔法である。

一瞬で視界を奪われたというのに、カサンドラは動こうとしない。まるで次の手を待っているようだ。


そしてそんなカサンドラに四方八方から次々と襲い来る血の槍。既に床には大量の血が流れており、床からも後ろからも的確にカサンドラを襲っている。

しかしそのどれもが当たらない。まるで舞踊のようなステップで躱し続けるカサンドラ。視界もなく避け続ける事が出来る理由は一つ。気配である。

魔法が発動する気配を感じ魔力を視る事で紙一重の回避を実現していた。


反撃をしないカサンドラは避け続けながらも何かを待っているようだった。

そして、何かを感じたのかローブの下で笑みが深まる。

その瞬間は突如訪れた。


ザシュッという音の後、男の呻き声が聞こえる。闇の中で行われた一瞬の攻防。

始祖の集中力が痛みによって途切れたのか、闇が晴れていく。

部屋は燭台に灯る明るさを取り戻し、何が起こったかを一目で知らしめた。


「貴様…!!あれだけ魔力が見えていながら此方の動きに着いてくるか…!」


血が流れる肩を押さえた始祖がカサンドラを睨む。闇の中の攻防はカサンドラに軍配が挙がったようだ。


「魔力を視ていても、アンタの気配はちゃんと分かってたさ。その辺の魔法使いなら騙せたかも知れないけどね。大体今時、魔力に意識を向けさせて、魔力のこもっていない普通の武器で攻撃なんて姑息な真似、暗殺者でも使わないよ。」


引きこもっているヴァンパイアを揶揄した発言に、始祖の額に青筋が浮かぶ。右手に持った長剣をグッと握りしめ、何やら魔法を唱え始めた。


「コウモリちゃんは無詠唱も出来ないのかい?」


しかしそれも中断させられる。カサンドラの持つ曲刀が始祖に襲いかかる。詠唱を中断し右手の長剣でそれを受けた始祖。

それから激しい剣撃の応酬が始まった。


カサンドラの剣術は、部族に伝わる伝統の剣術である。獣を狩り他民族と戦争をしていた為、その戦闘技術は研鑽を重ねた。

そして辿り着いたのは舞踊のような足捌きと激しい連撃。ドラグ騎士団に入ってからもずっと研ぎ澄まされたその剣術は、型を知っている仲間ですら容易く捌く事は出来ない。


直ぐにカサンドラが優勢となり、始祖の身体に傷が増えていく。

そして始祖が持つ長剣が弾かれ、宙を舞った。


カサンドラはトドメを刺すために曲刀を振り上げるが、華麗なステップで数歩の距離を空ける。直後カサンドラがいた場所に血の槍が突き刺さった。


「お前かっ!炎帝ってのは!」


乱入して来たのは若い男のヴァンパイアだった。その後ろには女のヴァンパイアもおり、魔法を放ったのはその女のようだった。


「おや?また獲物が増えたのかい?少し待ってな。アンタの相手はコイツを仕留めてからだよ。」


カサンドラはそう言って火球をヴァンパイアに向かって放つ。

カサンドラの火球は通常の火属性魔法である火球とは違う。橙ではなく、蒼なのだ。つまり温度が違う。

若い男のヴァンパイアはそれから逃げる術を持たなかった。

二人が現れた通路に着弾した火球は爆発し、轟音を立てる。


牽制程度の算段で放った火球だったが、その威力は桁違いだった。二つあった気配の一つが消えた事でカサンドラは計算を間違えた事を知る。

しかしそれも些事であると片付け、目の前の始祖を見た。


始祖は全身傷だらけにも関わらず、余裕のある態度を崩してはいなかった。


「流石にあの威力では生きてはおらぬか…。だが彼奴が稼いだ時間によって我は勝機を得た!我が計画のために死ねるなら本望であろう。」


そう言い放った始祖の後ろから足音が聞こえてくる。姿を現したのは、天竜国ドラッヘの国王その人だった。


「貴様は国王を護るために此処にいるのだろう?しかし見ての通り国王は我が手中にある。それに先ほどの魔法。あれだけの威力の魔法だ。炎帝とはいえ魔力が少ないだろう。邪魔された怒りに任せて魔力を使いすぎたか?それとも傷ついた我なら魔力など無くとも倒せると読んだか?甘い、甘すぎるっ!我は始祖、我は最強のヴァンパイア!勝つための札は何枚でも持つものだ!」


最後まで言い切った始祖は興奮からか青白い肌が紅くなっている。何も言わないカサンドラに勝利を確信しているようだ。

血で作り出した剣を国王に向け、カサンドラにこれ以上近付くなと目で訴える。

しかしカサンドラは一歩前に踏み出した。


「近寄るな!あと一歩でも近寄ってみろ。この愚かな国王の首に刃が突き刺さるであろう。貴様が速いのは認めよう。しかし貴様が我を斬るより先に国王の首が飛ぶであろうな。」


カサンドラの動きを最大限に注視しながら脅しをかける始祖。

カサンドラは立ち止まると急に力を抜いた。


「そうだ、それで良い。そのまま皇都を、いやこの国を去れ!冒険者ならば何処へでも行くが良い。国王を護れなかった哀れな冒険者としてな。」


尊大に言い放つ始祖へ背中を向けるカサンドラ。漸く諦めたかと笑う始祖に、カサンドラの呟きは届かなかった。


「飽きた。後はアンタにやるよ。」


次の瞬間、人質となった国王諸共始祖の首が飛ぶ。二つの首はどちらも現状を理解していない顔だった。


「まさかここまで三下だとは思いませんでしたな、お嬢。」


双戟を振り抜いた姿勢から身を起こし、ため息を吐いてから言葉を発したのはカサンドラの側近である爺。豊かに蓄えた髭を触りながら始祖と国王の亡骸を見ている。


「ほんとだよ。まさかこんなに小物だったとはね。期待はずれも良いところだよ。どっかにいないもんかねぇ?アタシを満足させてくれる敵は。」


血で汚れていない場所にドカリと座ったカサンドラはやれやれとため息を吐いた。爺はそれを見て同意しつつ、部屋の中央へ歩みを進める。


「して、残りもいただいて宜しいか?」


「言ったろ?後はアンタにやるって。」


「承知。」


そんな会話の後、爺の姿が掻き消える。直後、未だ炎が残る瓦礫の山から悲鳴が聞こえて来た。


「クソッ!なんだってんだ!炎帝なんぞ俺の…」


言葉はそこで途切れる。先ほどカサンドラの火球を切り抜けたヴァンパイアだった。

彼は眷属が盾になった事で爆発から逃れた。そしてカサンドラに一矢報いるために隙を窺っていた。

しかしその居場所は最初からバレており、最後は爺の双戟のサビとなった。


「あぁー、どっかにいないかねぇ。腕が立つ奴。」


カサンドラの嘆きはパチパチと燃える火花のように弾けて消えた。

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