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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
141/292

141話

かつて起こった戦争。その切っ掛けを知る者はもういない。

戦争を見て、体験した者でまだ存命の者もいるが、原因となった事象を詳しく知る者は皆、その戦争で死ぬか寿命が尽きている。

つまり、誰も知らない。蝙蝠族が辺境の地に追いやられた原因となった戦争の理由を。

しかしそんな事は今の状況にはなんの関係もなかった。

目の前に迫る脅威を取り除く事が最優先だからだ。


蝙蝠族が獣人国に迫っていると報告を受けた領主は、西の国の異変が蝙蝠族によるものだと気付いていたため昔の資料を読み漁っていた所だった。

遅かったか、と呟くも、報告に来た部下へは届かない。

指示を待つ体勢をとる部下に、領主は威厳ある声で告げた。


「既にドラグ騎士団より救援は来ておる。取り決め通りに動き対処せよ。奴らは蝙蝠の姿になるが、地上から来れぬ訳ではないという事を覚えておけ。」


蝙蝠族にどのような伝承があるかは知らないが、獣人国にも蝙蝠族についての言い伝えがある。

彼らは裏切り者。獣の鼻があると言って我らに近寄り、鳥人族に情報を渡した。

決して赦すべからず。彼らが辺境へ行ったのは我らが追いやったからではない。自ら引きこもったのだ。


そう伝え聞く口伝は、獣人国では寝物語にも使われるほど有名な話である。

よって獣人国出身の者はスパイのような活動を毛嫌いしている者も多く、そのように思われる事も極端に嫌う。

我らは蝙蝠ではないっ!と殴りかかり殺してしまう事件がある程には、獣人国の者にとってスパイとは悍ましいものであった。




「来たぞっ!北に蝙蝠の群れ!」


獣人国に多く住む獣人族は、獣の特性を活かした索敵、奇襲、連携で狩りをして過ごしている。

無論、その特性は戦闘時に大きく活かされる。

闇夜に紛れて飛来する蝙蝠族の群れを発見するのも早かった。


「予定通り投網を使え!捕獲した所を一網打尽にしろ!奴らは蝙蝠の姿では大した戦闘力を持たん!」


指揮官による迅速な指示で、獣人国を囲む土壁の上からバリスタが群れへと照準を定める。

魔物が襲撃してきた時への対処として設置されているバリスタだが、今回は巨大な矢ではなく投網に換装されているようだ。


「てぇぇ!!」


獅子族の司令官の雄叫びが闇夜に木霊する。

その瞬間、何機ものバリスタから一斉にバシュッという音が鳴った。

数瞬後には蝙蝠族の群れが投網に掛かり落下する姿が見える。しかしバリスタを操作する者は皆、それを見る事なく次弾の装填を急いでいた。

よく訓練された兵だ。彼らは己の役目を十分に理解している。

結果を確認するのはそれ専門の係の仕事だからだ。


「八割が命中!蝙蝠族、依然此方へ向かってきます!」


「よし、次弾装填後もう一度斉射する!その後は装填次第順次撃て!」


一斉に撃つ強みと、散発的に撃つ強みを指揮官はよく分かっていた。的確な指示を出し装填を待つ。二射目の合図を出せば、バリスタから一斉に投網が発射された。

そして落ちて行く蝙蝠族。二射目によって半数近くが落とされた。

それからは疎な射撃になる。そして蝙蝠族も攻めるだけの魔物とは違い賢かった。

散開して的を絞らせず、少しでも土壁より内側へと向かう。

バリスタを操作する兵の周囲には護衛の兵がいたが、彼らが剣を抜き蝙蝠族の襲撃に備える意味は無かった。


「なっ!我らを無視して街へ向かうだと!?撃ち方止め!内部へ侵入した蝙蝠族を叩く!総員抜剣!」


そう、蝙蝠族は壁にいる兵を無視して街へ飛び込んでいったのだ。壁の上での戦闘になると読んでいた指揮官もこれには驚愕したが、すぐに平静を取り戻し部下へ指示を出す。

そうして獣人族対蝙蝠族の戦闘は市街地戦へと移行した。













「ゆいなちゃん!こっちは六人ヤりましたぜ!」


「こっちは八人だ!」


ゆいな率いる亜人部隊の獣人族は、獣人国の中を元気に走り回り蝙蝠族を討伐していた。

基本的に魔法が得意ではない獣人族だが、彼らは零番隊である。当然、厳しい訓練によって魔法も息をするように扱える。

そうして生み出された彼ら独自の魔法が、獣の特性を活かした索敵魔法である。

風属性の索敵魔法の精度を下げ、より遠くへ魔力を広げる。当然把握がし難くなるのだが、そこは獣人族としてのヒト族より優れた聴覚でもってカバーする。

魔法が得意ではないが身体能力は高い。そんな一般常識を覆す存在が零番隊だった。


「ゆいなちゃん、おかしい。雑魚ばかりだ。長老やら始祖やらがいねぇ。」


簡単に倒せる蝙蝠族ばかりな事に違和感を覚えた部隊員がゆいなに意見する。

ゆいなも同じ事を考えているのか、ポーションによって生えた猫耳をピコピコと動かしながら腕を組み頷いた。


「西方の国境砦は囮、こちらが本命だと思わせておいての二段構えか。おい貴様。では本命はどこだと考える?」


西の国の軍勢が囮である事は最初から予測がついた。それもあって、西の国で活動している零番隊が辺境の地まで赴き蝙蝠族の動向を探っていたのだ。

それによって分かったのは蝙蝠族の群れが獣人国を襲撃するという情報のみ。しかしそれも囮となれば、一体蝙蝠族の本命は何なのか。


「いや、わかんないっすね。俺たち考える担当じゃないんで。」


「頭脳労働はエルフ共にやらせときゃいいんですよ。」


「お?そんな事言って良いのか?後でどうなってもしらねぇぞ?」


「お、おい。ここだけの話だよ。分かってるだろ?」


「さぁなぁ?」


数が少なくなっているとはいえ、まだ襲撃は終わっていない。にも関わらず呑気に話す部隊員にゆいなの額がピクリと動く。

気配を読むのはお手のものである獣人族は直ぐにゆいなの機嫌を察知し黙る。なんとも言えない雰囲気になった。


「単純な話、最初の目標が実は本命だった説は?」


「と言うと?」


「いやほら、西の国の皇都は堕ちたけどよ。精神支配の魔法がかかってるだけだろ?それもいつまでも続くもんじゃねぇし、なんなら今頃解けててもおかしくなくね?ならよ、折角他の都市から纏めて軍隊送って減らしたんだからよ。西の国落とすなら今じゃね?と思ってよ。」


狼人族の男が自信なさげに言う。その耳は垂れており、本当に自分の意見に自信がないのがよく分かる。

しかし、ゆいな含め周囲の隊員は皆固まった。

考えれば考えるほどそれしか考えられなくなる。こんな時程冷静に多角的な思考を、と訓練している零番隊でも、他に無いのではと思うだけの予測だった。


「なるほど。ならば我らに出来ることは無い。さっさと蝙蝠共を駆逐して寝るぞ。」


ゆいなは一度息を吸い込んでから言う。その言葉に部下たちは一斉にその場を離れた。


「全く。気付いていながら放置とは、お前たちは上司への態度がなっとらんな。」


ぶつぶつと呟くゆいなの周囲には誰もいない。既に部下は皆散った。今頃索敵しながら街を飛び回っているだろう。

はぁ、とため息を吐いたゆいなの背中に、闇属性魔法が迫る。

しかしその魔法はゆいなへは届かなかった。


魔法を放ったのは勿論、蝙蝠姿からヒト族のような見た目へと変わった蝙蝠族である。

着弾した、と思ったのも束の間、次の瞬間背中から熱い感覚が。数瞬後にはそれが己の背中に突き立てられた刀だと知る。

何故。最後の思考はそれで終わった。


ゆいなは引き抜いた刀から鹿皮で血を拭うと、残心を取って納刀する。

その刀は月明かりに反射しないよう黒く、ツヤ消しがされている。影に潜めば目視が困難となるその刀の材料はヴェルムの天竜としての爪である。


零番隊の部隊長はヴェルム自身を素材とした武器を持っており、ゆいなの持つ刀はそれである。

暁の部隊長が持つ大太刀もそうであり、ヴェルムの爪とアダマンタイトを混ぜ合わせてある。


「あぁ、こちらが本命であればもう少し楽しめたのだが…。」


月を見上げながらポツリと呟くゆいな。

その姿はまるで、黒髪が月明かりに照らされ夜の女神のようであった。













「あぁ!?急いできたのに…!もう撃退しただとっ!?」


次の日、西方の国境砦からほとんど休まずに獣人国へと向かった虎人族の将軍が到着した。

しかし蝙蝠族の襲撃は既に行われており、しかもその全てを撃破、若しくは捕縛している。

数百の蝙蝠族は半数程が死に、残りは地下牢にて捕えられていた。

尋問しようにも上手くいっておらず、今回の目的は獣人族への復讐だと口を揃えて言っている。


「遅かったじゃねぇか。将軍様は鍛錬も出来ない程忙しいですぅ、ってかぁ?」


虎人族の将軍へ声をかけたのは、熊人族の大男だった。

その言葉に即座に反応し、メンチを切りながら振り向く将軍。しかし言葉を発したのがその大男だとわかると破顔し牙を見せて笑った。


「なんだ、お前か!どこのバカが俺様に文句言ってやがると思ったぜ!お前がいるって事は、蝙蝠共の襲撃はお前が片付けたのか?」


どうやら知り合いのようだ。いや、知り合いというよりも親密に見える。身体は熊人族の方が大きいが、将軍も虎人族としてはかなり大きい方である。巨大な二人が並べば、その存在感も更に増した。


「いや、俺じゃない。どうも中央の国からの救援に来た部隊が街へ侵入した蝙蝠共を殺ってくれたらしい。今地下牢にいるのは最初の投網で捕まえたやつばっかりだ。」


「中央の国…?あぁ、零番隊か。クソ、こっちにも来てやがったのか。」


「なんだ、知り合いか?あんな美人と関われるなんて、流石将軍様だなぁ?」


二人は肩を組み歩き出す。懐かしい再会であるようだと気を遣った将軍の部下たちは、キビキビと行動を始める。

獣人隊だけとは言え、全体は数千である。本隊は王都へ向かったが、此方には二百程が来た。そんな数は街へ入れても泊まる所を確保出来ないだろう。土壁の周囲に野営する許可を取らねばならない。

何せ、今回は任務で此方に来たわけではない。将軍が自己判断で此方に来たのだ。

これは王都に帰って王様に怒られるぞ、と将軍の部下は思った。

だが久しぶりの帰郷。折角なら楽しみたい。未来の恐怖より現在の快楽だった。

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