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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
140/292

140話

「では我らは敵部隊の殲滅に向かう。全て薙ぎ払って良いのだったな?」


「うん、大丈夫だよ。確かに敵には奴隷や農民も含まれるけど、今回は殲滅で大丈夫。」


「承知した。ではこれより暁は敵側面から突貫する。撤退は合図をくれ。」


「分かった。派手な合図を送るからね。見逃さないように。」


「ふ、言われずとも。お前たち、聞いたな?合図より後に攻撃した者は帰還後特別訓練だ!では行くぞ!」




南の国西方の国境砦から暁が出撃する。言動は粗雑で気品の欠片もない荒れくれ達だが、その動きは機敏で既に部隊は遠くに移動している。

今も国境砦を破ろうと必死に攻撃している西の国の軍勢はそれに気付くことはなかった。


国境砦の石壁の上では、今日もたっぷりと睡眠をとった女性将軍が自身の率いる魔法隊と共に元気に魔法で敵軍勢を攻撃している。

西の国の軍勢も投石機や攻城櫓を用いて攻撃してきており、激しい遠距離戦が続いていた。

つまりは戦況が膠着しており、互いに相手のミスを誘おうと読み合いが繰り返されている。


互いに主力たる歩兵はまだ損害を受けておらず、このまま籠城が続くのであれば南の国側が有利である。

その理由は勿論、兵糧である。

数で言えば西の国の軍勢が圧倒的に有利ではあるが、万を超える数の兵を毎日食べさせなくてはならない。当然、それに必要な兵糧は膨大な量になる。

後ろから本国の援護があれば良いが、西の国の後ろは自らが滅ぼした小国である。


反対に南の国は王都からの厚い援護があるため、兵糧が途切れることはない。仮に王都から兵糧を送る事が厳しくなっても、グラナルド王国が支援を約束している。

つまりは耐え切れば勝ちな南の国と、国境砦を落とせば補給が出来る西の国の戦いである。


しかし、南の国へ援軍として来ている零番隊は早期の決着を具申しそれは許可された。

それはアベルが伝えた情報が決め手である事は間違いない。


今回の侵略の黒幕、蝙蝠族ことヴァンパイアの一軍が南の国領土内の通称獣人国に飛来する、という情報だった。

獣人が数多く住む自治領は、南の国にとって大事な隣人。

そして獣人族である虎人族の将軍は、その自治領出身であり、次期領主だ。

更に言えば獣人隊は獣人国から派遣された軍なのである。


言葉で言えば同盟関係。しかし南の国と獣人国はそれ以上に互いを信頼し合う。

そのため、獣人国が襲撃されると言われれば直ちに取って返したい所なのだ。


ゆいな隊が現地入りしているとはいえ、自らで護るにこした事はない。

ならばまずは目の前の敵を。

そこで決定されたのが暁による側面攻撃と、それに合わせた歩兵による突撃である。

敵もまさか砦から打って出る等と想像もしていないだろう。

全ては暁の行動にかかっていた。













「なんだ…?後方が騒がしい…?報告を!」


戦場を見渡せる位置に建てられたテントでは、西の国の将軍が違和感を感じて部下に報告を求めていた。

しかし、その報告を聞く前に将軍は事態を把握出来てしまった。それもそのはず、テントの外から聞こえる数々の悲鳴と敵襲を告げる叫び声。そして魔法が撃ち込まれているのか激しく爆発する音も聞こえる。


「チッ!さっさと陣形を整えて反撃に出ろ!前方の砦にも注意を向けておけ!こちらが混乱すれば相手の思う壺だぞ!」


そんな将軍の叫びは轟音でかき消された。指揮所であるテントに火球の魔法が撃ち込まれたのである。

当然、零番隊が使う火球である。その威力や規模は一般常識とはかけ離れたものである。


ドゴォォォォン、と轟音を轟かせた後は暁の部隊員が突撃する。

名のある将を討ち取っては雄叫びをあげ、味方を鼓舞し敵を萎縮させる。最早敵地の真ん中は大混乱だった。


「お?そこにいるのは親玉かぁ?よっしゃ、俺の獲物だぁ!!」


鬼人族の男が巨大な棘付き棍棒を振りかぶり突撃する。振り下ろした先には砕けた剣と、血塗れで横たわる将軍がいた。


「おいおい、雑魚しかいねぇのかぁ!?天竜国だろ?ほれ、天竜様助けてぇ〜って言わねぇか!」


言動は極道隊と変わらないレベルで最低ラインを彷徨う暁。勿論、全ての部隊員がそうではないが。


「ほい、おーわり。また来世に期待しな。挑戦待ってるぜ。」


各地で敵兵に囲まれながらも士官級の首を挙げていく暁。小隊毎に分かれて行動を指示されているが、その必要がないのではないかというほどの戦果をあげている。


零番隊特攻隊の面目躍如である。

部隊長である男も大太刀を振り抜き首級を挙げた所だった。


「リーダー!予定していた首級はそれで全部ですよ!後は合図があるまで暴れてください!」


ドワーフ族の青年がリーダーに叫ぶ。大して離れていないが、こうでもしないと戦場では会話もままならない。

リーダーは副部隊長であるドワーフの青年に頷くと、また大太刀を振るう。その一太刀で四人の首が飛んだ。







「歩兵隊が敵に取り付いたら少しして合図を上げるよ。なるべくここで数を減らしておかないと。」


アベルは部下に指示を出した後、石壁の向こうに歩兵を引き連れて出撃した若い将軍の背を見送る。

その横には獣人隊も右翼として展開している。暁が攻め始めた方向とは逆側である事から、そちらにまだ敵が多いと予想して将軍が自ら右翼を希望した。

女性将軍は今は砦内の指揮所で部下の報告を聞きながら万が一に備えている。

乱戦になってしまえば魔法隊の出番は無いからだ。


アベルが見送るその背中は、作戦開始後に見た悲壮感漂う姿ではない。

戦場に立つと鬼神が如き働きをするという若い将軍は、確かに凛々しい背中をアベルに見せていた。


歩兵隊が混乱中の敵にぶつかると、敵も死に物狂いで反撃を返す。当然だろう。後ろは混乱中で上司が生きているかも分からないが、目の前の敵を倒さねばどの道己の命は無いのだから。


そこかしこで剣撃の音が鳴り響く。魔法や投石の重低音は無いが、偶に西の国の軍勢後方から魔法らしき派手な光と音が飛んでくる。

兵たちの気合いの入った雄叫びと、斬られた者の叫びとが混ざり合い、まるで大合唱団の中にいるかのようだ。


互いに命をチップにした戦いは、時の進みを遅く感じさせた。

南の国国王から賜った双剣を振り回し敵を斬り捨てる若い将軍がふと周りを見れば、そこは死屍累々という言葉も軽く感じるほどの地獄だった。

しかし動きを止める訳にはいかない。ここは戦場、いつ己の命の炎が鎮火してもおかしくないのだから。


砦から出撃した歩兵隊と獣人隊は無我夢中で敵を斬る。そして一瞬敵が途切れたかと思えば、こちらに駆けてくる統率を失った軍隊。

新手かと思えば、その後ろに僅か四人で軍隊を追いかける姿が目に映った。


「おらぁぁぁ!死に晒せっ!」


身体中返り血で真っ赤に染まったその四人をよく見れば、援軍に来た零番隊ではないか。

そこで将軍たちは気付く。殲滅は成ったのだ、と。

その瞬間、砦から派手に火球が空へと打ち上がった。


ヒュ〜、も甲高い音を立てながら空へ昇り、僅かな間をおいて激しい轟音が鳴り響き爆風が兵を襲う。


ドゴォォォォン…!!!


鼓膜が破けたのではないかと錯覚してしまう程の轟音の後、キーーーンと耳鳴りが鳴る。

撤退の合図だ、と若い将軍は理解したが、アベルの言う"派手な合図"に怒鳴りたい気持ちをグッと堪えた。


「うるせぇよ!派手すぎるだろうが!!」


いや、虎人族の将軍は堪えられなかったようだ。

既に剣は腰に提げているが、空に向かって怒鳴っている。その周囲の獣人隊も同様で、それぞれに文句を砦に向かって叫んでいた。




ともあれ、国境線の戦いは南の国の被害も少なく終戦した。

二万を超える西の国の軍勢は一万以上の死者を出し、指揮を執る士官クラスの者はその全てが地に沈んだ。

数千が亡国に逃げたが、果たしてどれほどの数が西の国まで辿り着けるだろうか。しばらくは亡国の地に盗賊が増えそうである。


「おい!なんだあの合図は!味方のほとんどが耳と平衡感覚に異常を報告してるぞ!」


指揮所に怒鳴り込んで来たのは虎人族の将軍。どうやら空に向かって怒鳴っただけでは物足りなかったらしい。


「いやぁ、済まないね。ただの火球じゃあ端まで見えないと思ってね。」


アベルはにこやかに笑いながら悪びれもせずに言う。寧ろ、面白がっているようにも見えた。


「済まないね、じゃねぇ!あれがただの火球じゃねぇのは見れば分かる!一体何の魔法だ?あれが街に落ちりゃ一発で壊滅するぞ。」


虎人族の将軍が言うことは正しい。先ほどの派手な合図が地上に当たれば、街一つ壊滅するのに数秒もかからないだろう。

将軍が怒鳴っているのも、獣の本能でその危険さを感じているからかもしれない。


「言ったでしょう?うちの部隊は特殊魔法部隊。つまり、特殊魔法の一つだよ。」


アベルはそう言うが、特殊魔法に巨大な火球を生む魔法など無い。今回使用したのは、強化魔法という魔法しか使えない部隊員の魔法だ。

どんな物でも強化出来る、と言えば聞こえは良いが、強化魔法は強化する対象が無いと使えない。普段は己の身体強化に使用しているが、普通に身体強化魔法を使う方が使用魔力も効率も良い。

しかし、他人が使用する魔法を強化する事が出来る。今回は火球を強化したのだ。

アベルの指示により、全力で。

因みに火球を撃った部隊員は、火球が苦手である。出せるだけマシ、というレベルなので殺傷力は無く、火傷させられたらラッキー、という規模だ。

それが街一つ滅ぼす威力になるのだから強化魔法は恐ろしい。


アベルの説明に納得した様子は見せないが、それでもなんとか頷いて見せた虎人族の将軍。

理解は出来ないし納得もしないが、今回零番隊に助けられたのは事実。以前にも零番隊には助けられているため、これ以上文句を言うのは躊躇われた。

それに、彼にはそんな事より優先する事があった。


「まぁいい。さっさと準備して自治領に戻らせてもらうぞ。こっちの処理は任せたからな!」


虎人族の将軍は近くにいた女性将軍に言い放ち指揮所を出て行く。

女性将軍は何か言葉を返そうとしたようだが、ちょ、ま、と言う間に扉が閉まる。虚しく空を切ったその手が下ろされると同時、ため息が漏れ出した。


「僕らも移動するよ。残党はこちらには来ないだろうから、しばらく将軍一人で大丈夫だよ。じゃあね。」


そしてアベルも指揮所を去った。暁は既に次の任務に向かっている。


「…え、"一人で"って言った?ま、まさか!」


砦内を駆け部下から聞いたのは悲しい事実。

若い将軍も動ける歩兵隊を連れて砦を出ていた。

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