14話
五番隊隊長スタークは、今日も早朝から本部内の菜園で畑仕事をしていた。めっきり寒くなった最近、畑は夏と表情を変える。初冬に旬を迎える野菜を収穫しつつ、厨房へ運ぶための籠に詰める。
今年からはユリア第二王女が四番隊に加わり、野菜を大きく瑞々しいものに変える魔法を使うようになったので、例年とはサイズや艶、重みも変わった。そのため、データを取るために重量や糖度なども計り、記録に残す。
そんな作業を新人騎士たちやユリアとしていると、珍しくサイがやってきた。サイはスタークを見つけると、にこやかに微笑んで挨拶し、探していたのよ、と言った。
「どうした?俺に用があるなんて珍しい。それもこんな早くに。もう少しで終わるから、先に食堂に行っててくれ。そこで話を聞こう。」
スタークはサイの用事に心当たりは無かったが、畑で立ち話するような内容でも無いと思い、朝食を共にしながら聞く事を提案する。
「えぇ、そうね。じゃあホールで。待っているわ。」
サイはそう言って去った。
「いやぁ、四番隊隊長はいつも美しい…。あの人に治療してもらえるなら俺、死んでもいいなぁ。」
そんな事を言う新人騎士に、スタークが反応する。
「無理だな。サイに治療されるって事は、絶対に死なせて貰えないって事だ。そしてあいつの治療は滅茶苦茶痛い。身体中の細胞を活性化させて、瞬時に回復させるからな。お前もいつかサイの治療を受けたら分かる。死にそうな傷を負ってただてさえ痛いのに、その痛みより治療の方が痛いんだからな。死にたくなっても死なせてもらえん。正しく、死ぬほど痛いぞ。」
それを聞いた新人騎士は、顔を青ざめさせて縮まった。周りの新人騎士たちは笑っているが、ユリアは真顔で頷いていた。
「なんだ、ユリアはサイの治療を受けたか?もしくは見たのか?」
驚いていないユリアを見て、スタークが聞く。
ユリアは、違うんです、と言ってから説明した。
「他の隊員達から聞いてるんです。息をするのもやっとのような傷を負った騎士が、隊長の治療を受けて絶叫して…。痛みで気絶して、また痛みで覚醒するのを繰り返していたそうでして。それだけでも怖いのに、隊長が、叫ぶ元気があるなら大丈夫よね?って言ってまた違う箇所を治療し始めて。そんな話を聞いてましたから、スターク隊長のお話を聞いて、やっぱりかと思っただけなんです。」
ユリアのその話は、顔を青ざめた新人騎士だけでなく、他の新人騎士たちも恐怖に叩き落とした。やべぇ、やべぇ、と繰り返している者もいる。
「あー、そうだな。そういうこともある。ま、お前らが怪我しなきゃ良いだけの話だ。実際、サイの治療を受けた奴は怪我しなくなるからな。良い事だ。さて、俺は行くぞ。すまんが後片付けを頼む。」
そう言ってスタークは五番隊隊舎へと向かった。一度着替えてホールへ向かうのだろう。
「で?相談ってなんだ。俺が助けになれるような事ならいいが。」
朝食のトレーにどっさりパンを乗せ、別のトレーにおかずを乗せたスタークがサイの横に座ると、早速相談について聞いた。
既にサイは朝食を取っている途中で、残りは果物だけになっていた。
「スターク。あなた朝からよく食べるわねぇ。一仕事終えた後だし、仕方ないのかもしれないけど。そんなに食べられるのは尊敬するわ。」
毎朝の事ではあるが、スタークは朝からしっかり食べる。スタークが食べる量を基準とし、大食いにチャレンジする団員は、"厨房にスターク盛り"と注文する。別に景品があったりする訳ではないが、完食した者はホール中から拍手喝采を浴びる。
この食堂ホールは、自分で食べたいものを取っていくスタイルだ。トレーを取り、カトラリーを取ったらおかずを取る。そこで皿におかずをよそい分けるおばちゃんがいる。厨房の女神と団内で呼ばれるそのおばちゃんは、スターク盛りを注文した団員が、それを食べ切れるかどうかを見分けられる。
実際、完食出来なくても、残り一口だったりするため、スターク盛りが食べたい者はまず、おばちゃんの審査を通る必要がある。
「まぁ朝だからこんなもんだ。昼はトレーが一つ増えるからな。それに、俺がこれだけ食べるのは昔の反動だよ。サイも知ってるだろう?」
スタークは南の国出身で、実家は農家だ。色々あって今は騎士団にいるが、過去の事が原因で食に貪欲だ。
「知っているわ。まぁ、遠征の時なんかはちゃんと一般的な量で足りているみたいだし、健康にも害がないなら私から言う事はないわ。それで、相談なんだけど。」
サイはスタークの過去も把握している。というより、スタークよりサイの方が騎士団に来たのは早い。緩くウェーブした金髪を耳にかけ直し、少し落ちたフレームレスメガネを上げた。
スタークはパンを咀嚼しながら頷き、先を促す。
サイは指をクルリと回して魔法を使った。どうやら盗聴防止結界のようだ。身内の騎士達にも聞かせられない内容なのかとスタークは身構えた。
「実はね、北の国から騎士団に連絡が来たのよ。リクを渡せって。北の国境の街にある支部は、うちとガイアくんのとこがメインじゃない?だから伝令は足の速いうちの子が来たんだけど…。今朝一番の話だから、まだ団長にも上げてないのよ。」
確かに盗聴防止結界が必要になる話だった。問題は、リクの生まれにある。リクが生まれたのは、今は地図に載らない北の小国だ。まさか、リクの家族が生き残っていたとでも言うのだろうか。
「ふむ。リクの親戚筋は全滅したのではなかったか。それとも、重鎮たちだろうか。確かに、行方が分からない上層部が何名かいたはずだ。その者たちだろうか。」
パンを飲み込んでスタークがそう言うと、サイも困った顔で首を横に振る。兎に角会ってみなければわからないし、団長に相談するのが先だ。しかし、これを何故スタークに相談したのかが分からない。
スタークが素直にそう聞くと、サイから返ってきたのはキョトンとした顔だった。
「だって、スタークはリクと一番仲がいいじゃない?それに諜報部だから何か掴んでるかもしれないって思って。まぁ、リクの周囲に関しての事は団長が引き受けておられたから、スタークに聞いたのは一応だったのよ。ありがとう。」
サイはそう言って食後の紅茶を飲んだ。
その時、食堂ホールの大きな両開きの扉が開き、ヴェルムが入ってきた。セトも後ろにいる。
ヴェルムは朝食をトレーに乗せ、そのままサイとスタークの元にまっすぐやって来た。
「おはよう、二人とも。一緒にいいかな。」
そう言って二人から確認を取り、着席した。そしてまずは紅茶を一口飲み、二人を見て言った。
「あのさ、今日の会議でも言おうと思ってるんだけど、その前に二人に言っておこうと思って。リクの故郷の、宰相が見つかった。今リクを探してて、うちにいるのも知ったみたい。来るなら恐らく、国境の街だと思う。だから、サイとガイアには最初に話が上がると思うんだよね。スタークには、この話がなるべくリクの耳に入らないように、諜報部全体で統率しといてほしい。リクには私から話すよ。」
二人は驚いて顔を見合わせた。なんてタイムリーなのだろうかと、先ほどまでしていた話をサイが説明する。
「あぁ、そっちが先だったか。四番隊の伝令も優秀だね。あぁ、あの光を使って移動する子かな。いやぁすごいね。瞬間的なスピードは団内でもトップクラスだからね。」
別のことに納得するヴェルム。じゃあ頼むね、と言うと、二人は頷いた。
「あ?姫のとこの宰相?あぁ…、あの妖怪ジジイか。まだ生きてたのかよ。」
ダルそうな顔を隠しもせずそう言うのは、燃えるような紅い髪をボサボサのまま会議室に現れたガイアだ。
隣にいるアズも苦笑している。
「という訳で、ガイアには北の国に私と一緒に行ってもらおうかと思ってね。予定は空けられるかい?」
リクがまだ来ていない会議室で、リク以外の隊長は既に集まっていた。ガイアはスタークが起こして連れてきた。
「大丈夫ですよ。俺の故郷に戦争吹っかけようと画策した宰相なんで、よく覚えてます。でも、俺で良いんですか?戦闘くらいしか役に立たないですけど。」
ガイアは後頭部をボリボリと掻きながら言う。構わないよ、とヴェルムが言うと、なら行きます、と返した。
それからリクが来ていつも通り会議が行われたが、リクへはこの件は伏せられた。理由は幾つかあるが、別に悪意あっての事ではない。
「アイル、カリン。二人も着いておいで。とりあえず旧イェンドル王国まで跳ぶよ。」
団長室でヴェルムは、ガイアとアイル、カリンを連れてバルコニーに立つ。
セトからの、いってらっしゃいませ、という声に手を振ってから、転移魔法を発動させた。
一瞬で景色が変わり、身を刺すような寒さが四人を襲う。そこは一軒家のようだった。
「団長、ここは?」
ガイアがそう訊ねると、アイルが代わりに説明する。
「ガイア様。こちら、零番隊が北の国で活動する拠点の一つです。ヴェルム様は零番隊の全ての拠点に転移のポイントをつけておられますので、ここもその一つになります。現在地は旧イェンドル王国首都です。」
転移魔法は、遣い手がほとんどいないためにあまりその内容を詳しく知られていない。基本的には、自身が行ったことがあればそこに跳べるのだが、自身の魔力によってポイントをつける事で、より詳細に周囲を調べ、転移しても大丈夫かを知る事ができる。イメージした場所に物や人がいると、魔法がそもそも発動しないのだ。なので、転移魔法の遣い手はまず、見える範囲に跳ぶ練習をする。アイルも転移魔法はヴェルムに教わった。
「あー、なるほど。それでこんなさみぃわけだ。中央の国が初冬なんだから、北の国はもう積もってるわな。」
中央の国というのは、一般的にグラナルド王国を指す。大陸中央の一番大きな国だからだ。
大陸北部は、一年の半分以上雪が積もっている場所が多く、作物もほとんど実らないために食品の値段が高い。逆に、鉱石などがよく採れる鉱山が多く、宝石などは安かったりする。その宝石を加工する職人も、大陸では一番腕が良いため、北の国以外の国で北の国産のジュエリーを持つ事は、貴族にとってステータスとなる。
アイルとガイアが話す間に、カリンが暖炉に火を入れた。
ヴェルムは椅子に座って何やら資料を空間魔法から取り出している。
「ガイア、ちょっと良いかい?これが元宰相の今の活動記録。これを見て気付いたことがあったら教えてほしい。」
ヴェルムがそう言って渡した資料をガイアが読むと、分かりやすく眉間に皺が寄った。
「なんだこりゃ?つまりあれですか。姫をほんとに姫として戻して、新たなイェンドル王国の復活。そんで自分は姫を傀儡にして国を牛耳るって寸法ですかね?上手くいくはずねぇだろ、これ。」
ガイアの言う通り、資料に書かれた元宰相の行動を見ると、そうとしか言えない事が載っていた。他国の貴族に渡りをつけ、旧イェンドル王に恩のある商人や貴族から金を集め。人を集めて武器防具、糧食などを買い集めている。
現在、イェンドル王国だった地は、北の大国が支配している。イェンドル王国が滅びたのは、別に大国が滅ぼした訳ではない。宰相率いるクーデター軍が突如蜂起し、混乱しているイェンドル王国に隣の国が攻め込み滅んだ。
結局、イェンドル王に恩のあった北の大国は、イェンドル王国を滅ぼした国滅ぼした。その大国が、ガイアの出身国である。
「事情はわかりました。俺にアイルを貸してください。ちょっくら故郷に行って話聞いてきます。」
ガイアがそう言うと、アイルがヴェルムを見た。ヴェルムは二人に頷き、頼んだよ、と返す。
ガイアが資料を読む間にアイルが淹れた紅茶を飲んでから、アイルの転移魔法でガイアとアイルは消えた。
イェンドル王国が滅びて十五年以上になる。当時、イェンドル王の末娘で、第一王女だったリク。滅びる前に当時既に騎士団で隊長をしていたガイアに、王がリクを預けた。
リクはクーデターのその日、10歳の誕生日だった。城で盛大にパーティが開かれ、貴族からの祝いの品に囲まれていた。そこにクーデター軍が現れ、王族は皆捕まり、しばらく軟禁生活を強いられていた。
しかし、隣国が攻めてきた事によって状況が変わる。結局、宰相たちクーデター軍は、隣国の勢いに押し負け、遂には国が滅んだ。
そのドタバタした空気の中、王族が全員協力し、リクを逃す事にしたのだ。リクは当時から魔法が上手く、15歳になったらガイアの国へ留学をする予定だった。国の後の事とリクを頼むと、ガイアの国に手紙を書き、ガイアに預けた。
それから、滅びるくらいならばと宰相から王を始め王族は皆は殺された。
その時既に城にリクはいなかったため、宰相はリクの生存を知っていたのだ。
リクが実年齢20代後半にも関わらず、子どものような性格をしているのには理由がある。リクは、クーデター当日から時間が止まっているのだ。その事が分かった時、健康診断をしたサイは涙を流したという。
「さて、カリン。君にもお願いがあるんだ。頼んでもいいかな。」
そう言ってヴェルムが別の資料をカリンに手渡す。カリンはそれを読んでからヴェルムに返すと、では行って参りますね!と元気に飛び出して行った。
「私もやる事を済ませるか。これ以上、悲劇は繰り返してはならないからね。」
そう言って姿を消したヴェルム。
暖炉に着いたままの火が、薪を燃やしてチロチロと鳴っていた。