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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
138/292

138話

「ではこれから来るべき任務に向け特別訓練を行う!各員、連携等を正確に把握しておくように!」


とてつもなく巨大な空間。天を仰げば遥か上方に天井が見える。

ここは地下であるとその天井が教えてくれるが、一度前を見れば壁まで随分と距離がある。


本日零番隊の複数部隊が集まり訓練を行うのは、本部の地下訓練場である。

特攻隊である"暁"、諜報隊であるゆいな率いる"亜人部隊"、そしてアベル率いる"特殊魔法部隊"が整列し、前に立つアベルの指示に傾聴していた。


集まる隊員たちは零番隊の隊服を着ており、胸元に着けたバッジが所属部隊を表している。

隊服の基本の作りは五隊と一緒だが、差し色は白銀である。

これは団長であり零番隊隊長のヴェルムの髪を表しており、隊員はこの白銀を身に纏う誇りを胸に日々任務に勤しんでいる。


余談ではあるが、当初白銀の差し色にする事はヴェルムから反対意見が出た。しかし他の隊員全員から白銀が良いと言われてはヴェルムも黙るしかない。

数の暴力によって決定された差し色は、ヴェルムが見る度気恥ずかしくなる原因となっている。

ただの白銀ではなく己の色として刺されたその色は、ヴェルムとしては羞恥の対象になるようだ。




この三部隊が集まったのは、今後合同任務が控えているからである。

特に特殊魔法部隊の使う魔法は六大属性に属していない魔法も多く、連携の訓練は必須であった。

その昔、雷属性の魔法も特殊魔法に分類されていた事がある。しかし、風属性に適正のある者が辿り着く事が多く、また摩擦によって雷を生み出す事が出来ると判明してからは風属性の派生属性として扱われるようになった。

氷魔法が水属性の派生なのと同じである。


しかし、エルフ族などが得意とする植物属性は地属性の派生とはいかず、今も特殊魔法の扱いを受ける。この辺りは学者の研究が進み次第、といったところだろうか。


ともあれ、アベルも含めた特殊魔法部隊の面々は六大属性以外の魔法を使う者が多いため、滅多にお目にかかれない魔法ばかりである。

アイルやカリンの転移魔法や空間魔法も特殊魔法に属する。そのため特殊魔法部隊に所属するか意見が分かれたが、本人たちの希望により特務隊として働いているのである。




「よし、こんなものか。次は模擬戦に入る!小隊を組み替えながら最低三回は模擬戦をしろ!余ったやつは私たち部隊長と戦ってもらうからな!」


アベルの指示に、慌てて動き出す隊員たち。普段はこれで特殊魔法部隊はさっさと動くのだが、今回は逆に態とのんびりしている者たちがいた。


「アベル。その言い方ではうちの連中が喜ぶ。見ろ、俺たちと戦いたい奴が列を作りそうだ。」


暁の部隊長がアベルに苦言を呈す。見れば暁の部隊員たちは部隊長三人をジッと見ていた。

アベルの口から乾いた笑いが出る。しかしすぐに目に火を灯すと、ゆいなを呼び寄せ訓練場の真ん中に立った。


「そんなにやりたいならほら、かかって来るといいよ。その代わり、負けたら任務後の休暇返上で。」


アベルの威勢の良い発言に、暁の部隊は大盛り上がり。

挑発されるならそれに乗らねば零番隊の恥。本気でそう考える暁には火に油である。

早速一小隊が前に出て部隊長三人に襲いかかる。開始の合図など無い。いつだって敵は合図などくれないのだから。


「その太刀筋では敵は斬れん。ましてや当たる事などないぞ。」


二人から同時に斬りかかられても背中に目があるのではと錯覚する程正確に避けるゆいな。彼女に攻撃を当てるのは並大抵の技術では無理だろう。

しかし、零番隊に並大抵な者などいない。それでも届かないゆいなの身のこなしに、暁の部隊員は内心驚いていた。


「ほら、そこで大きく振ると斬られる。敵は一人じゃない。」


ゆいなの言葉に部隊員が動揺した瞬間、後ろからザックリと大太刀の一撃を浴びる。極限まで手加減されたそれは、強靭な防御力を誇る隊服を容易く斬り裂き、背中に大きな太刀傷を残した。

飛び散る血飛沫に目もくれず、もう一人の首に小太刀を添えて試合終了。


ゆいなが二人を引きつけている間に、暁の部隊長とアベルは一人ずつ倒していた。

背中をバッサリ斬った姿勢から残心をとり大太刀を納刀する暁の部隊長は、二人倒したとは思えぬ程体力を消耗していない。


ゆいなの部下が倒れた暁の部隊員たちを治療するのを横目で見ながら、ゆいなはアベルへ顔を向けた。


「見事なものだ。アベル殿の魔法は。最早芸術と言っても良い。」


賛辞の言葉を投げられたアベルに照れは無く。ただ事実として受け止めているようだ。


「ありがとう。僕にはこれしかないからね。ゆいなも見事な体術だね。そんな動きをされたら僕だって剣は当てられないよ。」


そして賛辞には賛辞を。互いに本音を言っているだけで、そこに社交辞令など存在しない。ただただ事実のみがそこにある。




「やってるね。ちょっと良いかな?」


そこに第三者の声がかかる。

そこかしこで行われていた模擬戦も急に動きを止め、全員の顔がそちらに向いた。

そしてその直後、三部隊全員が最敬礼の姿勢をとった。


「団長!お越し頂き有難う御座います。何かご用でしょうか。」


今日の訓練は後の任務でリーダーを務めるアベルが指揮を執っている。そのため代表でアベルが第三者、団長のヴェルムに敬礼したまま声を返した。


片手を挙げ楽にしなさいと合図するヴェルムはいつもの笑みを浮かべている。どうやら深刻な話ではなさそうだとアベルが安心した瞬間だった。


「予定変更だよ。君たちには今すぐに任地へ向かってもらわなくてはいけなくなった。予想ではもう少し時間があったはずなんだけど…。どうもせっかちな者が率いているみたいだね。」


緊急事態だった。いつもの笑みで告げられる身にもなってほしい。

そんなボヤきは脳内で済ませ、すぐに任務を受ける。黙って頷けば部隊長たちはすぐに部隊員を整列させにかかる。

ヴェルムが空間魔法から取り出した指示書をアベルが受け取れば、零番隊は既に整列を終えていた。


「悪いね。連携確認も十分じゃないかもしれないけど、このまま現地に入ってもらう。詳しい事は指示書を見て。さて、忘れ物はないかい?」


ヴェルムは最後に零番隊を見渡して言う。主に暁の部隊員はそれをニヤニヤと見ており、他の二部隊はしっかりと頷いた。

それに満足そうに頷いたヴェルムは、頼むね、と一言声をかけて魔法を発動する。

大規模な転移魔法。地面に突如現れた魔法陣は一人の漏れなく零番隊を包んだ。


「気をつけて行ってらっしゃい。」


ヴェルムが言った言葉は消えゆく零番隊に聞こえただろうか。

ヴェルムのみがポツリと立つ地下訓練場に痛い程の静寂が訪れる。誰も言葉を発さずとも、二百を超える人数がいたのだ。何より気配が騒がしい。

だがそれも急に消えると寂しく感じるのだから不思議なものだ。


ヴェルムは南へ視線を向けながら一度深く目を瞑る。

そして自身も転移魔法で姿を消した。













「ヴェルムちゃんや、ほんとに良いんかの?あれ程例外だと言っておったのに。」


団長室に置かれた通信魔道具の灯りが灯っている。

そこから聞こえる声は老人の声だった。


「あれは本当に例外だよ。今回は例外に値しない。普段から零番隊の活動範囲は世界中だからね。当然、この大陸も零番隊の活動範囲さ。」


そう答えるヴェルムの声は明るく、政治的に難しい話をしているとは思えない。だが、内容はかなり繊細な話だった。


「そりゃ助かるがの。倅も礼を言っておった。事前に情報をくれたのもな。まさか騎士の国が反応出来ん速度で隣国を陥とすとはのぉ。」




そう、つい先日の事である。

グラナルドから見て南西には小国が二国あり、グラナルドと国境を接している小国の方が西の国の大侵攻に遭い滅亡したのだ。

降伏ではなく滅亡。読んで字の如く、軍の通った跡は何も残らなかった。


王侯貴族だけでなく、一般市民ですらも無惨に殺された。

西の国の軍勢は皇都を護る軍以外、南東方面全ての軍が動員されている。

騎士の国は隣国と同盟を結んでいたが、宣戦布告もなくただ蹂躙していった西の国をただ見ている事しかできなかった。

騎士の国にとって幸いだったのは、西の国の軍の目的地が騎士の国ではなかった事である。


西の国の軍勢は小国を滅ぼした後、そのまま南進を続けた。その先にあるのは勿論、南の国である。

西の国の軍勢には、民をも殺す軍勢であるが故その狂気に恐れをなして逃げた兵もいる。しかし命令なのだ。

士官とて殺したくて殺しているわけではない。

だが皇都にいる元帥からの命令は皆殺しであり、ご丁寧に国王と教皇のサインまであった。


長年将官として務めた、この軍を率いる大将軍も流石に困惑した。こんな命令、今まで一度も受けたことがない。

寧ろ、今まではなるべく街に被害を与えず傷を少なくして降伏させろと無理難題を押し付けられもした。


士気が全く上がらない数万の軍勢を引き連れながら、大将軍はこれから始まる大国との戦争に嫌な予感を感じていた。




「もう部隊はそちらに入っているからね。君たちはしっかり国境を護ってくれたら良いよ。あくまで君たちが撃退したという事実が必要だからね。」


ヴェルムがそう言うと、通信相手からは分かっておる、とだけ返ってくる。


「あぁ、今回の事は一応、ゴウルには伝えておいたから。グラナルドへの貸しにはしなくて良い、って言ってたよ。」


ついでに付け加えたその言葉に、通信相手は大層喜んだ。


「本当か!?いやぁ、助かるのぉ。じゃ、ヴェルムちゃんへの借りじゃな。もう既に我が国はヴェルムちゃんに借りがあるというに…。また増えてしもうたの!」


カッカ、と笑う老人の声は全く困ったようには聞こえない。

しかしその心にあるヴェルムへの感謝は本物で、それを疑う事はヴェルムもしない。

ヴェルムにとっては友なのだから、力を貸すのは当然だと考えている。

十年と少し前、老人の孫を助けた時も同じ理由だった。

今回も友の暮らす国を守る為、そして大陸に混乱を招かないために動いただけである。


西の国がヴァンパイアによって支配されるまで放置したのは、かの国がその道を選び取ったから。

今回の西の国の侵攻理由を考えれば、南の国が巻き込まれるのは分かっていた事だ。

ヴェルムは選択肢を二つ持っていた。西の国が墜とされぬよう動くか、南の国で守るか。

その選択肢を選ぶ権利を西の国皇太子に預け、結果が今だ。


皇太子は知らぬ事とはいえ、国が滅ぶ可能性に辿り着けなかった事は自身の命を使って学ぶ結果となり得た。

今はまだ支配されている状況だが、ヴァンパイアの今後の行動によってはその命がいつ尽きてもおかしくはない。


それら全ての運命は、これから始まる戦闘によって定まるだろう。


「君ももう若くないんだから。前線を見に行ったりしないように。先代国王が来ても喜ぶのは敵だけだよ。」


ヴェルムの発言に老人の笑い声が止まる。どうやら考えを見抜かれたようだ。


「な、何を言うとる?儂はそんな真似せんぞ…?」


先代国王の苦しい言い分にヴェルムは笑う。先代国王とてそんな事は分かっている。本当に前線に行ったりはしない。

…多分、おそらく。

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