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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
135/292

135話

かくして西の国の運命は定まった。

一人の冒険者を手に入れた代償として、国民を巻き込む惨事に発展する運命となったのだった。


その日のうちに炎帝の部下は全員離宮に移動した。その数、百と少し。

街に出てヴァンパイアからの襲撃に備えていた部下も全て呼び戻され、離宮の周囲は冒険者で一杯となった。

彼らは炎帝を頂点に置くクランのメンバー。

冒険者は名が売れてくると複数のパーティーの集合体であるクランを作る。


炎帝のクランは望んでも入れないと有名で、その全容は冒険者ギルドでも把握し切れていない。

それもそのはず、このクランのメンバーは全員零番隊である。カサンドラの部隊員たちが小隊毎にパーティーを組みクラン員となっているからだ。


他の帝にもそれぞれのクランがあるが、ここまで大規模なクランを持つのは炎帝くらいなものである。

流石に百を超える人数が離宮に寝泊まりするのは難しく、ほとんどのクランメンバーが敷地内で野宿である。

夜はそこかしこに焚き火が焚かれ、賑やかな声が一日中響き渡る。


皇太子に対して苦言を申し立てた貴族もいた。

国王の座す王城敷地内で冒険者を飼うとは何事か、と。

しかしそんな意見は皇太子によって封じられる。炎帝を手に入れたのだぞ、と。




そんな日が一週間続いた頃。

そう何度も街に出られるはずもなく、皇太子は離宮にある執務室で公務を行っていた。

執務室の中央には大きなソファがあり、そこにカサンドラがダラシなく座っている。その後ろには爺と若い男。二人は炎帝の側近だからと此処にいる事を許可されている。


「失礼します。殿下、何やら騎士団から報告があるようで。」


ノックと共に入室したのは皇太子付きの執事だった。その執事が言うように、後ろにはフルプレートの鎧を纏った騎士が一人。

通常、皇太子まで伝令に来る騎士は鎧ではなく騎士服を着ている。どうやら緊急の用事であるようだ。


「報告致します!一週間前より毎晩起こっていた殺人事件ですが、今回は貴族街にまで被害が及びました。被害者は伯爵家令嬢です。詳細はこちらに。」


一週間前から毎晩殺人事件が起こっている。これは事実だ。だが、一つ正確でないとするならば、それ以前の事件は未遂で終わっている、というところだろうか。

カサンドラはその報告へ興味を向けず、テーブルに出されている焼き菓子を手に取り口へ放り込む。後ろから物言いたげな視線が二対向けられているのには気付いているが、此処で話をする気にはならない。

何より、カサンドラの上司からは許可を既に得ている。よって今回は放置だ。


「遂に貴族街まで…!警備は何をやっている!」


激昂する皇太子を見る事なく、カサンドラは焼き菓子をモグモグしていた。フードを取ればその顔がニンマリと笑っている所が見られただろう。

後ろからの視線が呆れに変わった事に気付きながらもカサンドラは焼き菓子を食べる手を止めない。


「警備は全員遺体で見つかっております。…その、体の血を、全て抜かれた状態で…。」


報告に来た騎士がそう言い淀みながら皇太子から顔を背ける。遺体を見たのか、その光景を思い出したようで表情は暗い。

それを聞いた皇太子も執事も、揃って驚愕の表情を浮かべた。


「な、体の血を…!?まるでお伽話の吸血鬼のようではないか!」


驚く皇太子が咄嗟に言った言葉に、騎士は頷いて見せた。

この国では吸血鬼と呼ばれているのか、などと若干ズレた事を考えているカサンドラ。しかしその顔はフードのおかげで隠されていた。


「確か、昔は蝙蝠族と呼ばれていたのでしたか。南の国の自治領となっている獣人の国で戦争が起こった際に追放されたとか…。」


執事が思い出すように天井を見上げながら言う。

カサンドラを呆れた目で見ていた側近二人は、一瞬執事に感心の目を向けた。

しかし執事にそれがバレてしまったようだ。執事はニコリと側近二人に笑みを向け、また皇太子へ視線を戻す。

二人はカサンドラからの無言の圧力に耐えなければならなくなった。


「なに?では実在しているというのか!?…蝙蝠族。何故我が国を襲う…?」


皇太子が長考の姿勢に入る。彼は考える時に腕を組み顎に手を当てるのが癖のようだ。


「では私は調査に戻ります。殿下も街に降りるのはおやめ下さいと宰相殿からの伝言です。失礼します。」


騎士の言葉におざなりに返す皇太子。既に考えに没頭しているようだ。

こうなっては彼の耳には何も入らない。それを上手く突いたのは執事だった。


「皆様はこの事件の犯人に心当たりがお有りのようですな。そこから察するに、この事件、実はかなり前から動いていたのでは…?」


執事が炎帝やその部下に話しかける事は稀だった。その全てが皇太子からの言葉を伝える時のみ。今回初めて彼の意思で話しかけられた。

側近二人はカサンドラを見るが、カサンドラは無言で焼き菓子を食べている。彼女に答える気はなさそうだ。


「さて、執事殿は何を言っているのか。儂らがこの事件に関与していると?」


爺の声で我に返った若い側近。今はカサンドラではなく爺が救いの神に見えた。


「いえいえ、そうではありません。逆ですよ。あなた方が夜街に出ていた事は聞き及んでおります。それに、先日殿下が炎帝様にお尋ねになった戦闘について。そして一週間前、そう、あなた方が此処に来られてから毎晩起こる事件。」


執事は鋭かった。その頭脳だけでなく、勘の良さも皇太子付き執事たる所以か。

一度口を閉じた執事はニコリと笑ったまま側近二人からカサンドラに目を向ける。相変わらず焼き菓子をモグモグしているカサンドラだが、ローブの中から執事を見ていた。その目は鋭く険しい。


爺は執事へ無言で続きを促す。その眉間には皺が寄っていた。


「冒険者とは自らの手柄を大々的に誇示するものと思っておりましたが…。炎帝様ほどになればその必要はございませんか。殿下の部下といたしましては、皆様に情報の提供などして頂きたく思いますが。いえ、我が主人の失態ですか…。成程、ではあの時の国が滅ぶという言葉も現実味を帯びる、というところですか。」


言葉の最後で眼光が鋭くなった気がした。そんな執事に側近の若い男が警戒を強めるが、爺が手を上げたことで警戒を解く。しかし疑問が残るのか、若い側近は爺に目を向ける。まるで止めてくれるなと非難しているようだった。


誰も言葉を発さず、部屋が妙な緊張感に包まれた時だった。

フンッ。

鼻で笑う音がソファから聞こえる。カサンドラだった。

革靴のままソファに足を上げ、膝に肘をついて顎に手を当てる。まるで裏組織の幹部のような太々しさだ。


「おい、じーさん。じーさんの想像力が逞しいのは分かった。だがな、それが真実かどうか分かったところでどうする?アタシらが受けた仕事はお坊ちゃんの護衛だけだ。情報提供なんざ知らないねぇ。それとも、お坊ちゃんに言うのかい?」


フードで見えないのに、その挑戦的な目は執事を射抜いているように感じた。

過去、冒険者としてAランクまで上り詰めたからこそ分かる炎帝の異質さ。そしてそれは炎帝程ではなくとも側近二人や今も離宮を囲む部下たちにも言える。

執事は冷や汗をかく己の身体を恨めしく思いながらも微笑みは崩さなかった。

降参だと言わんばかりに両の掌を挙げて見せる。


「いえ、わたくしが予想した通りなら、炎帝様の戦闘は不要なものなどではありません。そうなれば、今回護衛を受けていただくために出した条件の前提が崩れてしまいます。わたくしは殿下の部下。殿下が望んだ皆様の事をみすみす手放すような真似はとても…。」


執事はやれやれと言わんばかりに首を振る。

食えないじーさんだ、と考えるカサンドラは若干不機嫌だ。


「なるほど?じゃあじーさんはコイツらの反応見て蝙蝠族が犯人だという確証が手に入った訳だ。…まぁ、今回はコイツらの手落ちだって事にしてやるよ。で?国が滅ぶ時じーさんはどうするんだい?」


カサンドラは不機嫌さを隠さぬまま執事に問いかける。執事としてはそこに気付いてほしくなかったのだが、このやり取りで犯人の断定が出来た事は大きい。

しかしその事を炎帝に知られたくはなかったのだが、バレてしまっては仕方ない。彼は未だ長考に耽る己の主人をチラリと見た後、深く息を吸い込んだ。


「わたくしとしましては、我が主人と運命を共に致したく。例え国が滅びようとも。」


執事は嘘偽りない言葉を炎帝に投げる。そしてそれは確かに炎帝に届いた。


「ならいい。アタシらは国が滅びるのに付き合う義理はないからね。そもそも、お坊ちゃんが余計な欲を出さなきゃ今頃事件は解決してたんだ。国の方針を決める王家の責任は、その周囲と本人が取らなきゃだろう?」


「えぇ、まったく左様ですな…。」




それからやっと長考から復帰した皇太子が顔を上げると、そこにはいつもの笑みを浮かべたまま炎帝に焼き菓子のお代わりを給仕する執事の姿があった。













夜。時刻は九時前といったところ。

貴族街は物々しい警備体制が敷かれ、昼間と見紛うばかりの灯りが灯されていた。

その理由はやはり、ここ最近皇都を騒がせている殺人事件の被害者が遂に貴族にまで及んだからであろう。


巡回する騎士や兵も多数おり、その手には松明が。物陰で動く気配あらば、すかさず確認に来る警戒振りだった。


そんな仰々しい警備の中、その人物は一軒の屋敷の屋根上に座り込み警備の騎士や兵を見渡していた。

明らかに不審人物だが、その姿は貴族が着るような洋服を着ており、黒いそれが夜闇にその人物を紛れさせていた。


「主。目標地点は警備が凄いです。どうしましょう。」


そんな不審人物に声がかかる。若い女の声だった。


「あぁ?んなもん、いつも通りだ。殺しちまえば問題ない。だろ?」


ガラ悪く座り込んだ姿勢から首だけを後ろに向けつつそう返す不審人物は、若い男であった。ニヤリと笑うその口からは鋭い犬歯が見えている。

そう、ヴァンパイアの長老たちに食ってかかっていた若いヴァンパイアである。彼を必死に宥めていた若い女のヴァンパイアが先ほど声をかけた者だった。


「ではいつも通りに動きます。予定時刻まで後数分です。そろそろ移動を。」


淡々と口にするその姿は、先だって必死にこのヴァンパイアを止めていた姿からは想像がつかない。あまりにも無表情に話し、まるで人形のようであった。


「うし、じゃあ行くか。炎帝とやらも俺に恐れをなして出てこねぇし、今週中には陣の設置も終わる。ったく、あんな陣なんざ無くても俺がいればそれで十分だっつーのに。まぁいい。行くぞ。」


普段よりも何倍も明るくなった夜の街に、闇が踊り出す。

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