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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
134/292

134話

西の国で精神支配の魔法陣を敷く計画は、強敵出現により困難となってしまった。

毎日現場から連絡が途切れ、一週間もすれば手駒が足りなくなった。


炎帝という強大過ぎる力の前に、古くより生きる長老達が話し合いを重ねる。

そしてヴァンパイア一族が出した結論は、計画の方向転換だった。


「俺が行けば炎帝なぞ瞬殺だって言ってんだろうが!」


しかしまだ諦められない者もいた。

ヴァンパイアにしては若い個体である長身の男が咆哮をあげる。だがそれに対し言葉を返す者はいない。

向かい合う形で置かれた長机に並ぶヴァンパイアの長老たち。彼らはこの評議会で権力を持つ力あるヴァンパイアだ。


そんな長老たちに噛み付かんばかりの勢いを見せる若い男だが、隣に立つこれまた若い女のヴァンパイアに宥められている。

しかし激昂した彼の耳には届いていないようだ。


「長老たちは耄碌したか!?ヒト族なぞ俺の手にかかれば雑魚しかいねぇだろう!そもそも、精神支配の魔法なんざ使わずとも俺がいればそれで十分だったんだ!それをこんな形で失敗して。無駄に警戒させただけじゃねぇか!」


彼の言うことは一部正論だった。

長老たち全員が満場一致で採決したこの計画が、まさか冒険者によって阻止されるとは思ってもいなかったのだった。

仮に、皇都にいたのが炎帝ではない別の帝であればまだ可能性はあったかもしれない。

だが長い時を辺境の地で閉じ籠って過ごしたヴァンパイア一族にその差は分からない。


「おい、始祖の前だぞ。口を慎め。」


やっと口を開いたかと思えば、若い男の意見に対する言葉ではなく、ただ非難するだけの言葉が飛び出す。

当然、若い男はこの言葉を受け額に青筋を浮かべる。

最早子どもの口喧嘩のような有様であった。


「よい。ではお前が最後だ。お前も失敗すれば計画は方向転換するとしよう。炎帝とやらの力、お前が見届けて来い。それと、万が一のために別働隊も動かせ。」


始祖と呼ばれた男が、低い声で指示を出す。それを受け一斉に頭を下げる長老たち。そこには先ほどまで騒いでいた若い男の姿もあった。


「へへ…。始祖のこの威圧感に比べりゃヒト族なんて…!」


彼が溢した呟きは、誰の耳にも届かなかった。













「あぁ?皇太子が呼んでる?なんでまた。」


炎帝の屋敷ではカサンドラが報告書を見ながら部下の伝令に眉を顰めていた。

どうも、西の国皇太子がカサンドラを呼んでいるらしい。

これまで何度か呼び出しはあったが、行けば必ず緊急でもない用事ばかり。いい加減勘弁してほしいというのがカサンドラの本音だった。


「その、今回は緊急だから、と。正式な招喚状もここに。」


部下が懐から出したのは丸められた羊皮紙。綴じる際に使われた蝋は高級品で、そこに押された印は正しく王家の物であった。

チッと舌打ちを決めた後、ひったくるように部下から招喚状を奪う。

乱暴な手つきで蝋を剥がし、丸まった羊皮紙を開いた。


「ほぉ…?良い度胸じゃないか。カウントダウンの始まりだね。」


招喚状を読んだカサンドラは機嫌良さそうに笑う。しかしそれは声音だけで、目付きはまるで獰猛な獣の様に鋭かった。


「登城の準備を!他は屋敷で待機!いつでも城に向かえるように準備だけしときな!」


部下にしてみれば意味が分からない。だが命令は下された。ならばそれに従うのみ。

ハッ!と元気よく返し敬礼してから部屋を出て行った。

カサンドラは羊皮紙をもう一度見た後、部屋の隅に立つ側近の爺に投げ渡す。

爺はそれを受け取りサラリと流し読むと、露骨に眉尻を下げた。


「なんのカウントダウンかと思えば。滅亡の方じゃったか。」


呆れた様な諦めた様な、どちらともつかない表情を浮かべながら言う。

カサンドラはそれに対しニヤリと笑うだけだった。













「これは炎帝様。本日登城の予定は聞いておりませんが…。」


「あぁ?お前のとこのお坊ちゃんがコレを送りつけて来たんだよ。通さないなら帰るけど。良いのかい?」


最初の被害者は門番だった。

皇都の城とはつまり王族の住まう城で、同時に政の中心でもある。

多くの貴族や庶民が出入りするため、門番は抜け目なく全ての人通りをチェックするのである。

それ故に何事も疑って見る癖がついており、普段はそれによって怪しい人物を捕える事が出来る長所となる。しかし、今日だけはその長所が短所に早変わりした。


今日炎帝が登城するなどと聞いていない。それだけで門番にとっては疑うに十分な理由だった。

だが、目の前に突き出されたのは王家の印が押された招喚状。中身の見えぬそれに一瞬でも本物かと疑ったのが彼の運命を分けた。


「よし、帰るよ。後でお坊ちゃんの遣いが来ても、門番に追い払われたって言っときな。アタシは出かける。」


門番が真偽を図りかねている隙に、カサンドラは呆気なく立ち去ってしまった。

着いてきていた部下たちもニヤニヤしながらそれを見送り、ごく少数が門番に憐れみの視線を向けた。




それから数時間後、なかなか登城しないカサンドラに痺れを切らした皇太子が遣いを出す。

だが屋敷では建物に入れてもらえず、城の門番に追い返されたとだけ伝えられた。


その日、城に勤めて十五年のベテラン兵が一人解雇されたという。













「やっと会えたな。私が呼び出しても全く顔を見せぬとは。お主は皇太子である私を馬鹿にしているのか?」


後日、改めて呼び出されたカサンドラが登城すると、何やら豪華な馬車が待機しておりすぐに乗せられた。

向かった先は離宮。

現在の皇太子の棲家である。


離宮に着くとすぐに皇太子が待つ部屋へと案内される。何時間待ったのかは知らないが既に皇太子が紅茶を飲みながらソファに座っていた。

そして開口一番が先ほどのそれである。


カサンドラは態とらしくため息を吐きながら、テーブルを挟んだ向かい側のソファに腰を下ろす。

炎帝を拝命した時に冒険者ギルドより贈られた、炎帝を示す全身を覆うフード付きのローブがパサリとソファに流れる。

皇太子と会う時はいつもこうして顔を見せぬままだ。

通常では絶対に許されないその行いも、帝の立場から赦される。


顔を出して歩いてしまえば、帝の個人情報が筒抜けになってしまうからである。

下から覗き込んでも顔が分からぬよう、認識阻害の魔法が織り込まれたローブであるため、顔、声、容姿が分からないようになっている。

分かるのは背丈のみ。性別すら、言葉を変えてしまえばわからなくなってしまう。


冒険者ギルドは世界でも屈指の武力を持つ。その中でもトップクラスの冒険者に与えられる帝という地位は、国家の貴族も凌ぐ権力があった。


「で?アタシを呼び出した理由は?言っとくがお坊ちゃんに構ってる暇はないんだ。アタシと遊びたいなら、国が滅ぼされても良い覚悟を決めてから呼ぶんだね。」


カサンドラは行儀悪く足を組み、出された淹れたての紅茶を冷ましもせずに呷る。

王城の離宮で給される紅茶だ。安物の筈がない。

だがカサンドラにはそんな事は一切関係なし。認識阻害で見えないのを分かった上でニヤリと笑って見せた。


「滅ぶ…?いや、冒険者に何を言っても仕方ない、か。今回呼び出したのはな、先日街で戦闘しただろう?その詳細を報告してもらおうか。」


高い紅茶を味わいもせず!巫山戯た態度をとりおって!

言いたい事は山ほどあるがその全てを飲み込んだ皇太子は務めて平静に言う。

だが若干の怒りが言葉に乗ってしまったのは、彼がまだ皇太子となって日が浅いからであろうか。

元は大公家の跡取りであった筈なのだが。


「報告…?何故だい?アタシが何処で何をしようがお坊ちゃんには関係ないだろう?」


明らかに不機嫌さを滲み出しているカサンドラに、表情も見えないのに何故こんなに不機嫌なのが分かるのだろう、と見当違いな事を考える皇太子。

だが彼には聞かねばならない理由があった。


「当然、プライベートを報告せよと言っている訳ではない。お主は炎帝であろう。その戦闘力は他の追随を許さぬ。だが、それ故に街で不要な戦闘を行ってはならないはずだ。であるのに先日戦闘をしたであろう?必要であったならばその理由を言え、という訳だ。」


確かに、冒険者ギルドからそのような約束はさせられている。あくまで冒険者は街や村、国を魔物の脅威から守るためのもの。守るべき対象である街の人々を恐れさせてはいけない、という理由から作られた決まりである。帝は戦闘力が高過ぎるのだ。


皇太子の正論を、それでもカサンドラは鼻で笑った。

カサンドラの答えを待つために紅茶に手を伸ばしていた皇太子の頬がヒクッと動く。

だがそれはカップを持った右手で上手く隠れた。


「で?アタシが戦闘した理由が不要な理由だったらどうするんだい?」


あくまで挑発的な態度を崩さないカサンドラ。そこには謎の自信が透けて見える気がした。


「勿論、不要な戦闘であったのなら冒険者ギルドに報告せねばなるまい。だが、そうなれば帝の地位は剥奪されるだろう。そこでだ。今回の戦闘にお主が関わっておらぬと証言してやっても良い。どうだ?」


今回の呼び出しの理由はこれのようだ。つまり、隠蔽してやるから言う事聞け、という事である。

カサンドラは予想通りだったようで、へぇ、とだけ声を返した。


「証言の代わりに、お主とその部下全員私の護衛に就いてもらう。私には探さねばならない者がいるからな。街に出る。その護衛をやってもらうぞ。」


国家のためではなかった。皇太子の探し人が誰か、カサンドラには容易に想像が出来た。だがその人物は既に西の国から出ている。

見つからない探し人を探すお坊ちゃんの護衛など、カサンドラには時間の無駄だ。

だが、此処でカサンドラが選んだ結果によっては西の国が滅ぶ。

さて、滅んでも構わないんだがねぇ、と内心で計算するカサンドラを見た皇太子は、己の提案に乗るか反るか考えているのだろうと当たりをつけた。


「炎帝。」


その時、カサンドラの後ろから声がかかる。カサンドラと共に入室しずっと後ろに控えていた爺だ。


「あぁ?どうした。」


カサンドラは振り返りもせずに不機嫌そうな声で返す。あまりに怖い声に皇太子は手に汗を握ったが、その声を向けられた本人は至っていつも通り。


「戯れはその辺にしておかんか。皇太子の価値も分かっただろう。付随して、この国の価値も。」


皇太子の前でする話ではない。不敬罪だと斬られても文句は言えまい。

炎帝ならまだしも、その部下から向けられて良い言葉ではなかった。

しかし皇太子とて炎帝とその部下は手に入れたい。鋼の精神でなんとか耐えた。


「そうさねぇ。まぁアタシはちゃんと警告はした。それでどうなろうと知った事じゃないね。それで良いかって伝えといてくれ。」


「あぁ。承知した。」


二人の会話の意味は後半何も分からなかった。だが、それを問いただす前にカサンドラが皇太子の方へズイッと乗り出した。


「お坊ちゃん。アンタの提案、乗ってやるよ。だがその前に一つ確認だ。」


紅茶を置こうとテーブルに伸ばした手が動かせない。

カサンドラと皇太子の距離は数十センチ。武力など持ち合わせていない皇太子からすれば、ソファに背をつけていようと危険な距離なのに変わりはない。

だが今この瞬間、己の全てを試されているような気分になった。慎重に答えなければならない。それだけは本能で察した。


「…なんだ。」


なんとかそれだけ言った皇太子。声は震えていなかっただろうか、と気が気でない。


「本当に、良いんだね?」


カサンドラの確認はそれだけだった。

果たして何が良いのか。皇太子は考えた。

証言してくれるのか、という確認だろう。そんなもの、炎帝と部下が手に入るならば安いものだ。

彼は鷹揚に頷いて見せた。


「もちろんだとも。」


西の国の運命は決まった。

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