131話 西の国動乱
随分と間が空いてしまい申し訳ない事です。
新章始まります。
コツ、コツ、と革靴が石の床を叩く音が響く。
寒々しい程に何の装飾もない石の螺旋階段を登る者がいた。
数十段おきに設置されている小さな燭台は、誰も管理していないように見える。蜘蛛の巣がかかり壁は煤で汚れていた。
しかし蝋燭は変えたばかりのように長く。不思議と蝋も垂れていない。
その人物が登っているのは塔のようだ。
窓一つない階段をゆっくりと登りながら、整ったその顔を醜悪に歪めて笑う。唇からその長い犬歯が見えた。
「クックック…。今に見ていろ。直ぐにこの大陸を私のモノにしてみせよう。」
長い銀髪を全て後ろに流し、黒一色のスーツを着たその男は只管階段を登る。
裏地は赤、外は真っ黒のマントをたなびかせながらも、革靴の音を響かせながら登っていく。
ここは大陸西部、天竜国ドラッヘの領内。ヒトは誰も立ち入らぬ深き森と険しい山に隔たれた場所にそれはあった。
巨城。正にその言葉が相応しい程の石造りの城だ。
四隅には縦に長い尖塔が一つずつ。その塔を繋ぐように真っ直ぐ伸びた城壁は、その上を歩ける程のスペースがある。
禍々しいオーラを持つその城は、いっそ魔王がそこに住んでいると言われれば誰もが納得する程の様相であった。
しかし実際にそこに住むのは魔王ではない。
亜人族の一つとして数えられる、吸血鬼の一族が住む城である。
昔、獣人族の一つとして数えられた頃。その頃は吸血鬼ではなく、蝙蝠族と呼ばれた。
しかし、鳥人族と獣人族とで争いが起きた時、蝙蝠族はどちらの味方もした上、どちらの敵にもなった。
その争いは血で血を洗うような抗争に発展し、最終的にはヒト族の干渉で集結した。
どちらかが滅びるまで抗争が続けば蝙蝠族は勝った方に擦り寄れば良かったのだろう。だが、どちらも同じ程度の力を残して和解してしまった。
そうなると槍玉に挙がるのが蝙蝠族である。
結果的に、抗争を助長したとして追放された。今大陸西部の深い森の奥に住んでいるのは、そういった理由からである。
蝙蝠に姿を変える事ができる吸血鬼。その姿でもって鳥と獣の間を行ったり来たり。
豚のような鼻があるから獣。翼があるから鳥。
どっちつかずのその態度が自らの運命を決めた。
それから数百年が経つ今でも、獣人族の間には蝙蝠族の事は語り継がれている。
当時の獣人族側の見たままに。
ごく稀に街へ出てくる吸血鬼もいるが、あまり良い仕事には就けないようだ。種族として、いつ裏切るか分からないというレッテルを貼られているのが理由だろう。
昔はそうかもしれないが今の吸血鬼には関係がないだろう、と雇う店主もいる。
だが周りに諭されるのだ。
吸血鬼は寿命が長いんだから、あの頃も生きてたに決まってるでしょ!と。
根深い確執は、獣人族と懇意になったヒト族の間にも広まり、より一層の吸血鬼への嫌悪感情が深まっていく。
グラナルド王国首都アルカンタ。アルカンタの北西部に飛び出すように存在するドラグ騎士団本部。その面積はそこらの街よりも広く。多くの団員が今日も訓練に精を出していた。
今日も忙しく街の巡回に出る準騎士。非常時に対応できるよう訓練に勤しむ五隊。
本部で最も大きな建物である本館の一室では、会議が行われていた。
「あぁ?じゃあ最近西部で起こってる事件はどれもその吸血鬼がやってるってのか?」
零番隊の隊服に部隊長の腕章を付けた男が言う。彼の隊服は改造が施されており、背中には大きく"極道"と金の刺繍が入れてある。
極道隊の部隊長、カインだ。
カインはその目つきの悪さを存分に発揮しながら、両の掌を首の後ろに回し足を組んでいる。彼の後ろには極道隊の副部隊長エノクが静かに立っていた。
「どうやらそのようじゃな。カサンドラめの報告ではそう推測されとる。それに、その特徴を知っておれば誰でも予想できるじゃろう。」
カインの言葉に返事を返したのは鉄斎。彼は北西の小国と北の国の動乱の際の責任を感じ、高難易度ダンジョンに部隊全員で潜り修行を行っていた。
今回の会議のために帰還したが、部隊員はまだダンジョンにいる。鉄斎も会議が終われば戻る予定だ。
「しかしまぁ、吸血鬼でしたか。随分と昔に僻地に引っ込んで以来ですなぁ。」
ホッホ、と機嫌よく笑うのはセト。彼は今ヴェルムの隣に座っている。部隊長としてだ。
普段はヴェルムの後ろに立っているが、現在はアイルとカリンがその位置にいる。
時によって己の立場を正確に見抜くのは長年の経験によるものだろうか。
「吸血鬼ってあれだよね。蝙蝠族だよね?確か、西の国ではヴァンパイアって呼ばれてるんだっけ。」
首を傾げながらもそう言ったのはアベル。特殊魔法部隊の部隊長である。
「そうだね。ヴァンパイアは様々な呼び名を持っている。時代によって立ち位置が少しずつ変わったからだね。さて、そんなヴァンパイアが動いたみたいだから。こちらも動かねばならないよ。零番隊にはしばらくこのヴァンパイア騒動について動いてもらうからそのつもりで。先ずは…」
ヴェルムがそう言って各部隊長に役割を振っていく。
零番隊は五隊に含まれぬ特殊部隊。それぞれに特化した得意分野があり、そこに属性は関係ない。
五隊は少しの例外を除いて得意属性でもって振り分けられるが、零番隊は個人の意思を重視して部隊に所属する。
部隊長もその都度変更は可能なのだが、部隊長が変わるといった事はほとんど起こった事がない。新しい部隊が出来る事はあるが。
その部隊の中に小隊が存在し、それが零番隊の最小単位となる。これは五隊も同じで、基本的にはこの小隊で任務を受ける。小隊は冒険者のパーティのように行動を共にし、訓練、任務、休暇など同じタイミングになる。
必然、四人の絆は固くなり連携も向上するため任務には効率的に臨めるだろう。
具体的な例を挙げれば、騎士の国で活動するヴェルムがブレーメンと呼ぶ小隊などが良い例だろう。
ヴァンパイアは何故今動き出したのか。
西の国で起きている事件とは。
様々に話し合いながらもヴェルムたちは全ての事象に対応出来るよう綿密に行動を決めていく。
零番隊の部隊長たちは、これから起こる事はきっと大陸の歴史に大きく名を残すのだろうと予感していた。