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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
13/292

13話

その日、ヴェルムはグラナルド王国首都、アルカンタを歩いていた。

アルカンタは、王城を中心の小高い丘に置き、その周囲が貴族街である。貴族街と言っても、貴族だけが住んでいる訳ではない。富裕層向けの服飾店やレストラン等もあり、王城まで伸びる本通りの周囲は、そういった店が並ぶ。

貴族街をぐるっと囲う白塗りの石壁があり、数箇所に門が設置されている。ここは国軍の騎士が立っており、主に貴族街に入る者を選別する。

門を出るとそこは市民街。貴族街に近いところから順に富裕層が住んでいる。住人は、貴族に仕える者が多く、また城に仕える住人も少数いる。

市民街もまた、白塗りの石壁に囲まれており、門を出ると商業区になる。市民街にも商業店舗はあるが、商業区はもっと庶民向けだ。市場であったり、敢えて商業区に店を構える店も存在するので、市民街や貴族街から客が来ることもある。

更に外には庶民街。一角には貧民街が存在するが、ここは食うに困る生活をしている者ばかりだ。


ヴェルムは今、商業区を歩いていた。隣にはアズがいる。そしてヴェルムの三歩後ろにはアイルがいた。


「団長行きつけのお店はこの辺りでしたよね。そろそろ何のお店か教えて頂けませんか?」


アズがヴェルムに問いかける。

ヴェルムは微笑み、内緒、と返した。


「アズール様。その角を曲がれば見えますので、もう分かるかと思います。」


アイルが無表情で助け船を出した。アズは期待に満ちた顔をしている。

どうやら、ヴェルムの行きつけのお店にアズを連れて行く所であるらしい。アイルはその店を知っているようだ。


「ほら、あれだよ。長年の友がやってる店さ。アズをいつか連れてこようと思っていたんだけど、私が来るのもいつも突然だし、アズは忙しいからね。やっと連れてこれたよ。」


ヴェルムの長年の友がやっているというその店は、東の国の料理屋だった。ヴェルムは、東の国の料理が好きなのだ。アズはそれを知っているため納得し、暖簾を潜るヴェルムに続く。


「やぁ大将。久しぶりだね。今日は連れがいるよ。」


「いらっしゃい!ん?ヴェルムじゃねぇか!よく来たな!丁度客も少ない時間だ。奥のいつものとこ座っててくれ!」


大将と呼ばれた男は、割烹着から溢れそうな筋肉が印象強い、筋骨隆々な壮年の男だった。

ヴェルムがいつも座る席は店の奥、襖が閉められた先にある部屋だ。普段は誰もそこを利用しない。ヴェルムが連れてきた者が再度来た時以外は、ヴェルム専用となっている。

別にヴェルムがそう頼んだ訳ではなく、大将が勝手にそうしているだけだ。


「雰囲気の良いお店ですね。東の国の本島では、部族同士の和を大事にすると言いますし、結束を強めるための食事を、和食と呼ぶのでしたか。」


アズが店の内装を見ながら褒める。ヴェルムも、そう。よく知っているね、と返しながらブーツを脱ぎ、襖を開ける。店内は土間だったが、ここからは板の間になり、その先に畳の部屋がある。そこがヴェルムの専用部屋だ。


「私は今の東の国がまだ島国だった頃に、本島に行ってこの和食の文化を聞いたんだ。味も香りも、そして見た目も気に入った。そして何より、その由来に共感したんだ。飲食をコミュニケーションの一部に落とし込む力が東の国の力だよね。」


そう話すうちに畳の間に着き、障子を開け中に入る。

この国では引き戸は珍しい。東の国の文化が多少入るようになったとは言え、建築にまでその文化が入るには時間がかかる。

なにせ、グラナルド王国と東の国は仲が良くない。当たり前だ。折角攻め滅ぼした旧東の国を、三割ほどグラナルド王国が掠め取った形となる。大規模な戦こそないものの、小競り合いは頻発している。


部屋に入り、ヴェルムが座る。その対面にアズが座り、アイルは部屋の隅で正座した。

それを見たヴェルムが、アズの隣へと指示する。


「いえ、僕はここで。」


そう答えるアイルだが、ヴェルムの、今は家族の食事だよ、の一言でアイルは頷き、失礼します、とアズの横に座った。


「待たせたな。これ品書きな。とりあえず先に茶を持ってこさせてる。今日はほうじ茶なんだが良かったか?」


アイルが座ってからすぐ、大将が部屋に現れそう言った。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう。」


ヴェルムがそう返すと、おしぼりを置いて大将は下がった。

ホカホカのおしぼりが気持ち良い。冬が近付く季節、昼間でも肌寒さを感じるようになっていた。


「なるほど、お手拭きですか。濡れているのは確かに良いですね。温かいというのも気持ちが良いです。夏は逆に、これで顔を拭きたくなってしまうかもしれません。」


アズがおしぼりを見て言う。アイルがそこへすかさず言った。


「アズール様。顔を拭くのは東の国でもマナー違反だそうです。しかし、同じ考えに至る方が多いのか、居酒屋では労働者がおしぼりで顔を拭くのは当たり前の光景だとか。」


「そ、そうなのか。気持ちよさそうだが…。まぁそもそも男性しか出来ないよね。女性はメイクが落ちてしまう。こんな気持ちが良さそうなこと男性の特権にしてはいけないな。」


アズが少しズレた事を言う。アイルは首を傾げるが、自分で無理やり納得させたのか、頷いた。


「アズ、これは湯につけ絞るだろう?だからおしぼり。こちらのお手拭きとはまた少し違うね。まぁ、これの準備も片付けも手間だからね。うちでは採用してないけど。」


ヴェルムも情報を追加する。

そのような事をしていると、障子の向こうから若い女性の声が聞こえた。


「ご歓談中失礼します。お茶をお持ちしました。」


障子が開かれ、姿を現したのは黒髪の二十歳ほどの女性だった。三角巾で髪を覆い、ワインレッドの割烹着を着ている。


「ありがとう。アズ、彼女は大将の娘さん。」


ヴェルムが女性を紹介する。それよりも、筋肉の鎧をガッチリ着込んだ大将の娘とは信じられない。が、それもそのはず、二人は実の親子ではなかった。女性は大将の養子なのだ。


三人は大将の娘に注文を伝える。

ヴェルムはお任せ、アズは蕎麦。そしてアイルはカツ丼だ。


「アズは蕎麦が好きだね。あぁ、知ってるかい?東の国では、美味い蕎麦屋の親子丼やカツ丼はハズレないそうだよ。」


「どういうことでしょう。蕎麦屋なら蕎麦が美味しいのでは…?」


アズが聞き返す。それを見て、ヴェルムはアイルへ視線をやった。


「予想にしかなりませんが、蕎麦には出汁が必要です。ざる蕎麦にせよ、かけ蕎麦にせよ。となると、出汁はとことん研究されているのではないでしょうか。その完成された出汁を使った親子丼やカツ丼も、結果的に美味しくなる。というのではどうでしょうか。」


「な、なるほど。出汁か。確かに師匠も出汁が肝心だといつも仰っていた。アイル、流石だね。正解な気がするよ。」


アズの言う師匠とは、騎士団本部の料理長だ。

アイルの予想にアズも納得、感心している。ヴェルムも頷いている。しかし、アイルが更に疑問を加えた。


「何故蕎麦屋だけなのでしょう。うどん屋もそうであるべきではないでしょうか。それに、和食は出汁が命。であるならば、蕎麦屋の、となるのは理解できません。」


確かに、とアズもまた考え込む。その様子をほうじ茶を飲みながら微笑んで見守るヴェルム。この姿勢に入ったらしばらくは答えを教えてもらえない事を二人は知っている。

その内、二人であーでもないこーでもないと相談していた。


「お?なんか白熱してるな。なんの話題だ?」


そう言って障子を開け入って来たのは大将だった。手には蕎麦の乗った盆。後ろにカツ丼の乗った盆を持つ大将の娘が続く。


「大将、蕎麦屋は丼が美味いという話は分かりますか?」


煮詰まってきていたアズは大将に問いかける。


「蕎麦屋?あぁ、確かに、言うなぁ。なるほど、なんで蕎麦屋だけなのか、って話か。」


そう言ってアズの前に盆を置き、娘から盆を受け取りアイルの前に置く。


「ヴェルムのも持ってくるからよ。答えは娘に聞いてくれや。」


そう言って大将は下がっていった。大将の娘は、ヴェルムにほうじ茶のお代わりを注ぎながら、私も聞いた話でしかありませんが、と前置いて語り出す。


「東の国本島では、地方によって調味料の味が違うんです。例えば、お汁に入れる醤油。これは本島西側では甘い物が多く、色も薄めです。東側では逆に、味も色も濃く、甘さより塩っ気が強いです。これは単純に、東側は労働者の街が多く、汗水流して働く人が美味しく感じるのが塩味だからでして、西側は都がありますから、上流階級の方は高級な甘味などを食べますので。そういった地方ごとの味がどうしても存在します。」


ここまで話して娘は一度話を切った。


「なるほど、そういうことですか。いや、しかしそれと蕎麦屋の話はどのような繋がりが…?」


アズが聞くと、ヴェルムが口を開く。


「二人とも、現時点での予想は?」


アイルとアズは顔を見合わせ、アズが口を開いた。


「蕎麦とうどんの違いを考えました。うどんは小麦です。蕎麦は蕎麦の実。本島では小麦をあまり生産していないと聞きますので、もしかしたらうどんの方が高価なのでは、と。ですので、出汁にこだわって、より上を目指す事で結果的に丼が美味しくなった。というのはどうでしょう。」


「僕は、蕎麦はもしかしたら上流階級の方々は食べないのではないかと考えました。ですので、安さを追求するなら醤油など調味料は多く使えない。ならば出汁で、となるのではと。」


二人の答えが出揃い、娘はふふっ、と笑ってから答えた。


「そんなに難しい話じゃないんですよ。単に、醤油が地方ごとに違うのに、ざる蕎麦は基本、濃い醤油を使うんです。かけ蕎麦は薄い醤油。だから、どの地方で食べてもあまり変わらないんです。そうなると、差を出すために出汁に拘るお店が多くなり、結果的に丼が美味しくなる、という訳です。あとは、うどんも同じですが、一緒に食べる物も関係するかも知れません。やはり蕎麦は一緒に天ぷらなどの揚げ物を食べるのが美味しいですから、丼に揚げ物も多いですし、共通点は多いのかも知れませんね。」


明確な答えがあるわけではないが、どうやらそういうことらしい。


「あぁ面白い。まさかこんなに白熱するなんて。私は旅人に聞いた話だったから、結局もう少し突っ込んで聞いたんだけどね。うどんは醤油で味がガラッと変わるから、地方によって種類が違うんだよ。それに、麺の太さも違う。材料は同じでも、一番細い物を素麺、次に太い物を冷麦、更に太い物がうどん、とね。つまりうどんは食感を大事にしているところが多い。その点、蕎麦は太くすると食感が悪いし、醤油で変える事もあまりしないから出汁が命になってくるんじゃないかって。」


ヴェルムが笑ってそう言うと、娘も含めて三人が、へぇ、と声を漏らす。

そこへ、大きなお盆を二つ持った大将が現れた。


「おう、答えは出たか?なんだそりゃ、って内容だったろう?ほれ、お任せだよ。皆んなで分けて食ってくれ。」


大将が持ってきた盆には、様々な料理が乗っていた。天ぷら、煮物、刺し盛り、茶碗蒸しなど。いつもヴェルムは一人でくるため、ここまで多くはない。しかし、今回は三人だったため気を利かせたのだろう。


「あぁ、美味しそうだ。さぁ食べよう。娘さんもありがとうね。また一つ彼らが賢くなれたよ。」


「いえ、私の方こそ勉強させて頂きました。どうぞごゆっくりお召し上がりください。お茶のお代わりはこちらに置いて置きます。ご飯のお代わりも後ほどお櫃でお持ちしますので。」


そう言って頭を下げ、大将と共に下がった。

東の国の食材が、まだ庶民に流通する程出回っていないために、和食屋は高級店となる。しかし、この店はヴェルムの協力で、首都近郊の街に工房を置き、畑も作っている。そこで調味料や薬味、野菜などの食材を調達しているため、安価に提供できるという訳だ。

しかし、和食屋自体が馴染みが無く、あまり流行っているとは言えない。それでも、この店の味に惚れ込んだ客が定期的に通うため、昼食や夕食時は混雑している。今は14時なので、逆にほとんどいない。


三人は、それぞれ料理に舌鼓を打ち、料理が好きな三人は、調理法などを話しながら食事を楽しんだ。

客が居なくなったと言って乗り込んできた大将も共に話に入ってからは、より料理談義に花が咲いていた。


料理を食べ終わった頃、障子の向こうから声がかかる。


「失礼します。甘味をお持ちしました。」


そう言って入って来たのは、やはり大将の娘だった。手には盆があり、その上には綺麗なガラスの器が三つ乗っていた。


「おや、わらび餅じゃないか。あの街では作っていないよね?まさか、取り寄せたのかい?本島では帝にも献上されるって物だけど、随分と高いものを準備したね。どうしたの?」


ヴェルムがその正体に気付き、大将に問いかける。事実、わらび餅はわらびという植物の根を乾燥させ砕いた粉を使う。わらび自体小さな植物で、根も大きくない。この三つの器に入れるほどの粉を集めるのに、わらびが大量に必要になる。

それ故大変高価なのだ。


「おう、さすがヴェルム。よく知ってるじゃねぇか。実はな、向こうのお師匠さんが送ってくれたんだよ。わざわざ飛竜便使って。他にも色々とな。だったらヴェルムに食わすのが一番だろと思って、お前さんが来るのを待ってたんだよ。つっても、中々こねぇから、作ってから呼ぶかと思って今日作ったら偶々来たってわけさ。」


なんともタイミングの良い事だ。だが、自分に作られた物なら遠慮なく頂く事が出来る。


「では、こちらは大将と娘さんの分では?僕らまで頂いてしまっては、大事なわらび餅が無くなるのでは…?」


アズが大将に聞く。しかし、返ってきたのは笑い声だった。


「なぁに言ってんだ!ヴェルムの家族なら俺の家族も同然よ!あんたらは心配せんで良い。ヴェルムの分から三つに分けただけだからな!俺らの分もちゃんとある。和食を作る者として、食べた事ないのはいただけねぇからな!特に娘は初めてだから、食わせなきゃならねぇよ。しっかり確保してあるさ。」


ほら食え食え、と言う大将。それなら、とアイルとアズも器に手を伸ばす。


「美味しい…。モチモチとした食感が堪りません。黒蜜もきな粉も、甘すぎないためわらび餅の味がよく分かります。これがわらびの根の粉なんですね。わらび自体は食べられないのでしょうか。」


無表情の中に感動が見え隠れするアイルがそう言うと、大将が笑う。


「ヴェルムの盆に乗ってた天ぷらと、煮物にも入れたぞ。細いやつがあっただろ?あれだ。根も茎も、どことなく匂いが近いんだよ。こうして別のもんになるとわかんねぇかも知れないがな!」


ガハハ、と笑いながらそう言ってほうじ茶を飲む。

その時、ヴェルムが店の入り口の方角を見て口を開いた。


「大将、お客さんだよ。男性が二名。」


ここは店の奥で、同然入口など見えない。ヴェルムは気配で気付いたのだろうか。


「ん?そうか。なら行ってくる。ゆっくりしてってくれや。」


大将はそう言って娘と下がった。しかし、数分してまた戻ってきた。


「すまねぇ。店の客というより、二番隊隊長に会わせろってやつだった。アイルの坊ちゃんはちげぇだろうし、そっちの青い兄ちゃんか?どうする?無視してもいい。」


どうもその男性二人組は、アズに用があるらしい。アズはヴェルムを見ると、好きにして良いよ、と返される。ならば、と立ち上がり、大将に向け口を開いた。


「どのような用件か分かりませんが、僕に用事でしたら対処致します。このように美味しい料理を頂けるお店にご迷惑はかけられません。先に出ますね。あぁ、それと大将さん。自己紹介が遅くなり申し訳ないです。ドラグ騎士団二番隊隊長、アズールと申します。また美味しい料理を頂きに来てもよろしいでしょうか。」


「おう、ヴェルムの家族なら大歓迎だ。いつでも来い。一人でもな。奴らは表に待たせてる。今は娘が相手してるが、行ってくれるなら助かる。」


大将もそう言って頭を下げた。


「支払いはこちらでしておきます。アズール様は気にせずお先に。支払いが済みましたら僕らも行きますので。女性が一人で相手をするのは怖いでしょうし、お急ぎください。」


アイルもアズに声をかけ、アズはしっかり頷いた。


「アイル、ありがとう。団長、お先に失礼します。」


そう言ってアズは部屋を出た。困った顔の大将が、テーブルの食器を片付ける。


「あぁ、それは良いから行こう。アズなら心配はないけど、どのような用件かは気になるから。幾らになる?」


ヴェルムが大将に問うと、大将は慌てて言う。


「いつも言ってるだろう!俺はヴェルムから金は取らねぇって。今日のわらび餅だって、元は貰いもんだぞ。気にすんな。」


ヴェルムは呆れ顔で笑い、料金を言わない大将に続けた。


「大将、私もいつも言ってるだろう?私は兎も角、連れがいる時は必ず払うと。君が私から受け取らないと言うのは君の誓いだからまだ良いが、連れはそうじゃないだろう。だから受け取っておくれ。」


そう言われると弱い大将は、渋々料金を口にする。しかし、どう考えてもわらび餅の代金が含まれていないそれに、ヴェルムがもう一度料金を聞くと、観念したように少し増えた金額を口にする。それすらも随分と値引きされた料金だったが、ヴェルムもこれ以上は譲歩しないだろうと考えアイルに頷く。アイルは端数切り上げで払った。ヴェルムが、釣りはいらないからね、と念を押して。

アイルが払ったのは、ヴェルムのお金である。ヴェルムが直接渡すより、アイルやアズの方が大将が受け取りやすいだろうと言う事で事前にアイルにお金を渡していた。


「では、アズール様の様子を見に行きましょうか。娘さんは解放されたようですが、軒先で揉めているようです。」







「とりあえず店に迷惑ですから、どこか移動しましょう。」


そう言うアズに対し、逃げるつもりか!など言って聞かない男二人。

ため息を吐いて、後ろにいる娘へ謝るアズ。


「まぁ良いです。話があるなら着いてきなさい。」


そう言って後ろを向き、ご馳走様でした、また来ますね、と娘に挨拶する。

またのお越しを、という娘の声を聞きながら、アズは店を出た。二人組の男も着いてくる。


「あちらの公園にでも行きましょうか。話はそこで。」


そう言ってスタスタと歩き始めたアズを追いかける二人組は、なにやら騒がしくアズを非難している。

その非難を聞くに、どうやら女性関係のようだ。


アズは普段あまり街歩きをしない。それは、女性たちが群がるからだ。以前ガイアと二人で街を歩いた時、騒ぎが大きくなり過ぎて騎士団が出動した。自身の部下たちから説教されたため、あまり出歩かなくなった。

今回はヴェルムの誘いでもあったし、自身も寄りたい店などがあったために出てきた。しかし、まさかこのような問題がぶつかって来るとは思わなかった。


公園に到着すると、設置されたベンチに腰掛け、正面に仁王立ちする二人組を見る。


「お待たせしました。ご用件を伺います。お二方とも同じご用件ですか?」


アズがそう問いかけると、男たちは顔を見合わせたあと、アズから見て右の男が代表して話し始めた。


「お前だろう、アズってやつは。確かに凱旋パレードで何度か見た顔だし、整った顔してるのも認めるがな。だからって、俺の婚約者を奪って良いって訳じゃないだろう!」


「そうだそうだ!俺の婚約者にも手を出しやがって。そんな顔してるならわざわざ相手がいる女に手を出さなくともより取り見取りだろうが!」


男たちの言い分に全く心当たりがないアズは、首を傾げるばかりだ。次第に、その騒ぎを聞きつけ人が集まり始めたが、それに気付かず二人は更に白熱している。

野次馬で周りが見えなくなってきた頃、一人の女性が慌てて駆け込んできた。


「アズ様!あぁ、お会いしとうございました!前回の凱旋パレードの時のアズ様のアイコンタクトでの指示通り、彼と別れてお待ちしておりました。今日は私をお迎えに来てくださったのですね!さぁ、どこへでも連れてってくださいませ。」


アズは最早意味が分からない。この女性が何を言っているのか、アイコンタクトとは何か、連れて行くってどこへ、などと頭を駆け巡る。頭がパンクしそうになってきた頃、人混みを掻き分けてヴェルムが姿を現した。


「アズ。まだ終わらない?次は市場に行こうかと思っているんだけど、先に行っていた方が良いかな?アズを一人にするとすぐ囲まれるから、合流は絶望的だけど。どうする?」


ヴェルムは別にアズを助けに来たわけではないようだ。こういう時、ヴェルムは身内が困るのを観戦し楽しむ事がある。本当に困る前に助けもするが。

アズは正直、ヴェルムについて行って買い物がしたい。この場はこのまま放置したいくらいだった。問題を解決するために、周りに説いてまわっても、この様子では話は通じないだろう。逃げるか残るか、究極の選択を迫られていた。

しかし、そこに救いの女神が現れる。


「あーちゃん?なにやってんの?あ、団長とアイくん!三人でお出かけ?良いなぁ!」


野次馬が集まっている、と通報を受けた巡回の騎士が上に報告し、リクがそれを受け確認に来た。騒ぎの中心がアズだったのも大きい。

リクは街のアイドルと化している。リクを知らない者はほとんどいないし、リクが美味しいと言った店は流行る。特に市民街と商業区では人気の高さは国王以上だ。

そんなリクの登場で騒ぎが一瞬静まる。そして、ざわざわとした雰囲気に変わった。


「リク様だ。リク様がお仕事をなさっているぞ。あぁ、尊い…。」


そう言った声が漏れ聞こえるが、リクは無反応だ。アズに事情を聞いている。


「いや、僕にも何がなんだか。その女性が言っている事が何一つ理解できない。」


そう漏らすアズ。


結果、リクが全て解決した。

アズから直接女性に、アイコンタクトなどの事実は無い事、そもそも目が合った記憶も無い事を伝え。男性へはリクが、振られたのにアズに突っかかるのは器が小さい、と一喝。

野次馬からは拍手喝采。

その後、アズがその時に、もう街を出歩くのは止める、と言ったのを聞いた野次馬の女性が、今回の騒ぎの元の女性二人へと、アズ様が街で見られないのは二人のせいだ、と街に広め、女性二人は肩身が狭くなったとか。







「リク、ありがとう。助かったよ。団長もアイルも、ご迷惑をおかけしました。大将と娘さんにも迷惑をかけてしまいました。今度お詫びに行きます。リクはお礼は何が良い?」


ヴェルムとアイル、そしてリクとも行動を共にしているアズ。騒ぎが落ち着いた後、市場に四人で来ていた。


「んー、あーちゃんの新作お菓子!食べた事ないやつがいい!」


リクの要求に少し考え、わかった、と頷く。

団長とアイルは何が良いですか、との質問に、二人は首振って返した。


「ほら、アズ。あそこの粉問屋は質がいい小麦粉を売ってるよ。行こう。」


ヴェルムはそう促し、少し沈んだ顔のアズに気にするなと背を叩く。

アイルも側に寄り、


「アズール様の美しさはアズール様の武器であり、盾であります。それは決して、アズール様が厭うべきものではありません。寧ろ誇るべきものかと。」


と言った。アイルの慰めは独特だった。


「あーちゃんは気にしすぎだよ。私は可愛い可愛いって言われても気にしないよ?たまに変なおじさんが来るけど、吹っ飛ばしてるもん。」


リクもアズの右手にしがみ付いて言う。

ありがとう、と呟くアズ。


「あ、リク。こないだリクが吹き飛ばした変なおじさん、財務大臣だった。あまり貴族を吹き飛ばされると後処理面倒だからさ、せめて近場に飛ばしてくれないかな。山まで飛ばされると、捜索に騎士が出る羽目になる。二度手間も良いとこだよ。」


リクに向けヴェルムの要求が来た。それは確かに気をつけねばならない。自分で吹き飛ばして自分の部下が捜索せねばならないなど、上司失格だ。

はーい、と手を挙げて返事し、四人で粉問屋へ向かう。アズももう笑顔だった。


粉問屋だけでなく、青果店や服屋を周り、そのたびにリクとアズ、そしてアイルがたくさんのお土産を貰うのは別の話。

お読み頂きありがとうございます。山﨑です。

今回は少し長くなってしまいましたが、分けるほどの話ではないため1ページに納めております。

途中で出る説明に関してですが、この物語はフィクションです。

そういうものだと思って読んで頂ければと思います。


読者の皆様の生活に、私の作品が少しでも華を添える事が出来ればと思います。

これからもお付き合い頂けると幸いです。

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