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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
127/293

127話

グラナルド王国首都アルカンタの商業区の一画にその店はある。

まだグラナルドには完全に受け入れられたとは言い難いが、それでも一定の人気があり今日も入ってすぐのテーブル席などはほとんど埋まっている。


ある時、ドラグ騎士団の団員がこぞってこの店に訪れた事があり、有難い事にそれ以来一般の客層も増えたのだ、と筋骨隆々の店主は言う。

店主の義娘である黒髪の女性も、今では看板娘として人気があり客からナンパされない日は無い。それに関しては店主の怒りが爆発しかける事が多々あるが、義娘は常にこう言って聞かせている。


「お義父さん。これも店に人気が出てきたおかげだよ。それに、いつもドラグ騎士団の人達が助けてくれるじゃない。私の見た目でもそう言ってくれる人がいるんだから、有難い事だよ。」


しかしこう言われると困ったような悲しいような表情に変わる店主。義娘は確かに東の国の特徴が濃く出ている。顔立ちは平坦だし髪も黒い。背も低いし身体に凹凸は少ない。グラナルドではあまり見ない女性だろう。

店主としては、顔ではなく中身を見てくれる男と結婚してほしい。そして料理の腕があり、この店を継いでくれたらもっと良い。


だが、果たしてアルカンタに東の国料理を出すこの店を継ぎたいという若者はいるのか。

店に人気が出てきたことでそんな事を考える余裕が出てきたのか、店主の最近の悩みは多かった。


そんなある日の事だった。




「おぉ、ほんとだ。東の国料理の店だってすぐ分かるな。」


「君が東の国料理を食べたいだなんて言い出すから。ここの料理はアルカンタで一番美味しい東の国料理を出すからね。楽しんでくれると嬉しいよ。」


「アズに聞いてはいましたけど、良い店ですね。俺も早く来れば良かった。」


男が三人、暖簾を潜り店に入ってきた。時刻は昼過ぎ。一番忙しい時間は過ぎているため、席にも余裕がある。

看板娘のいらっしゃい!という元気な声がかかると、三人はそちらを見た。


店に入ってすぐは土足のままテーブルに着く事が出来るようになっており、その周囲を囲うように小上がりがコの字にある。

小上がりで靴を脱げば、板張りの廊下が小上がりを囲むようにHの字に設置されており、店の入り口左右の小上がりと廊下を越えた先は障子の部屋が幾つか。


店の中央に広めの厨房があり、そこからテーブル席の広間と廊下どちらにも出られるようになっている。

看板娘はテーブル席に出る所から暖簾を潜って現れた。

下を向いて突っ掛けを履くその姿は、どこか小動物を連想させると人気がある。


「あ、ヴェルムさま!どうぞ、いつものお席に。」


「ありがとう。繁盛しているようで何よりだよ。」


「はい。全てヴェルムさまのおかげに御座います。どうぞ、こちらです。」


ヴェルムたちは案内されるままに小上がりで靴を脱ぎ、板張りの廊下を進む。

テーブル席からも見えるため、数組残っていた客の視線が突き刺さった。それには原因がある。

以前、アルカンタで力を持つ豪商がこの店を訪れた。奥に部屋があるだろう、それを使わせろ。そう言った豪商に店主はキッパリと断ったのだ。奥は予約席だ、と。

手前の個室なら使って良いと言う店主に、豪商はキレた。

この私に一番良い席を用意するのが当たり前だろう。そう当たり前のように言った豪商は、心からそう思っていたに違いない。

だが、店主の厳然たる態度に折れたのか豪商は何やら不穏な事を言い捨てて帰っていった。


今残っている客はそれを見ていたのだ。

個室に案内されるのは見た事がある。若者や壮年、子どもなど個室に通される者の年齢層は広い。だがそのほとんどがドラグ騎士団の団服か隊服を着ていた。つまり、ドラグ騎士団に何か恩でもあるのではないか、という予想に着地していた。


だがしかし。途中から視線が急に厳しい物に変わる。

それは、ヴェルムたちが個室の前を通り過ぎたからだった。

テーブル席のある広間から見えなくなると同時に視線が切れると、三人の男の内一人がため息を吐いた。


「なんだ?あれ。食い終わってるのに帰らないで、話してる訳でもねぇ。かと思えば俺たちの事親の仇でも見るような目で見やがった。」


目つきの悪い男がそう言うと、隣を歩く燃えるような赤髪の男は苦笑いを返す。

ヴェルムは変わらず微笑んでおり、男の言葉を聞いた看板娘がひどく申し訳なさそうに半身を後ろへ向け頭を下げる。


「申し訳ない事です。あちらのお客様方は、いつも昼営業が終わるまで残られるんです。早く片付けたくとも、皿を下げに行けば身体を触られるものですから、お客様がお帰りになるまでテーブルは片付けられません。…あ、ヴェルムさまになんて話を。失礼致しました。」


気にしていない、というように首を振るヴェルムを見てあからさまにホッとした様子の看板娘。その姿はどこか疲れを感じさせる。

先ほど本人が言ったように、未だ席に残る客に苦労しているのだろう。


店の一番奥、広間の声もほとんど届かないような場所に予約席はある。

別にヴェルムがここを予約している訳ではなく、店主と看板娘の意向である。

ヴェルムが静かで落ち着いた場所を好むため、それを知っている店主がこの部屋をヴェルムのための予約席としたのだ。


店の裏には二人が住む家があるため、店との境に中庭がある。予約席からはその中庭を見る事が出来、ヴェルムはこの部屋が気に入っている。


「では、ご注文がお決まりの頃また伺います。」


スッと障子を閉めるその姿は美しい。足音もほとんど聞こえないのはヴェルム達に配慮しての事だと知っている。他の客が個室に入っている時は態と足音を立てる事も。


「これが東の国文化、"おもてなし"の精神ですか。」


赤髪の男が関心したように言う。目つきの悪い男もしきりに頷いている。


「そうだね。ここまでされる程何かしたつもりはないんだけどね。でも、有難い事だから気持ちは受け取っているよ。」


ヴェルムがあまりに自然に言うため二人は気付かない。

この店を開店するために別の街に東の国の食材を栽培する畑を作り、温室も作ったのはヴェルムだ。もっと言えば、東の国でしか手に入らない調味料を作る工場を建てたのもヴェルムだ。

この店が営業を開始するまでに驚くほどの金貨が出て行っている。店主もそれを知っているためこのような特別扱いをする。

頭が上がらないからではなく、本心でそうしたいと思ってやっている行動にヴェルムは文句をつけない。初めてこの店で食べた時は店主に押し切られ無料で食べたが、次回以降は多めに払っている。予約席代だと言って。そうでもしないと受け取らないのだから仕方ない。

ヴェルムとしては、気軽に来られる顔馴染みの店でいて欲しいのだ。

そんな思いを知っている店主は、理解は出来るものの色々と葛藤が生まれ、その結果が注文に付け加えてサービスを出す事にした。苦肉の策である事は否めない。


「これが畳か。固い癖になんだか気持ちがいいな。それに干し草のような香りがする。」


「これは、い草だよ。東の国の南西部で作られているのがこちらに来ているね。東の国は小さな島の集まりだから、い草を作っている所は本島の少し南西。因みに、この畳は有事に食料にもなるそうだよ。」


「え!?この床が?いや、畳か。食えるのか…?」


びっくりして畳を嗅ぎだす目つきの悪い男。それを見てクスクス笑うヴェルムに、鋭い視線を送った。


「おい、まさか嘘か!?騙したな?」


「違うよ、騙してないさ。アレックスが何も知らないのが可笑しくて。」


アレックスはヴェルムを睨んでいる。だがヴェルムは気にしない。今もクスクスと笑いながらアレックスを見ている。


怒り出しそうなアレックスの横から声がかけられた。赤髪の男だ。


「確か、そのままじゃなくて煮るかなんかするんじゃなかったですかね?まぁ、上手いかどうかは分かりませんけど。」


「ん?あぁ、なるほど。煮るのか。確かにこのままじゃ食えねぇよなぁ。ガイア物知りだな!」


「いや、俺くらいで物知りって言ったら怒られますって。東の国文化に関しては、出身者にいくらでも聞いてください。うちには国の中枢から隠れ里まで色んな出身がいるんで。」


ガイアが堂々とそう言えるのは、周囲に誰もいないからだ。聞き耳を立てている者がいない事は常に把握しながら暮らしている。それが分かっているため他所では言えないような事もここでは口に出来た。


ガイアの説明を興味深そうに聞くアレックスだが、ここで一つガイアが疑問を浮かべた。


「そういえば、アレックスって服が好きでしたよね。さっきの娘さんが着てた東の国の着物は気にならないんですか?」


そう、アレックスは本部に帰還した際に新たに支給された零番隊の隊服を大事にしている。団服も支給されたが、こちらも同様に大事に着ているのをガイアは知っていた。

先日まで共にダンジョンを攻略して回っていたのだ。一番隊は皆それを知っている。


全ての攻撃をオーバーに避けて見せるアレックスに、ガイアが尋ねたのが切っ掛けだった。

その時、彼はこう言ったのだ。


「ちゃんと避けないとこの服が汚れるじゃないか!」と。


浄化の魔法を使えば、この服は滅多な事では傷つかない、などと色々言われたアレックスだったが、終始服が汚れる、傷つくと頑なだった。


あれだけ服を大事にするのだ。服が好きに違いない。そう考えたガイアはおかしくない。だが、アレックスが服を大事にする理由は別の理由だった。


「気にならん。あれは普通の服だろう。俺が大事にするのはヴェルムがくれた服だけだ。」


どうやらそう言う事らしい。

ガイアはそんなアレックスに引く訳でもなく、ただ納得した。なるほど、そりゃそうか。と。

次いでヴェルムを見ると、言われた本人は照れるでもなく緑茶を啜っている。


「初めてアレックスにプレゼントしたのが服だったんだよ。それからアレックスは服を大事にするようになってね。」


「あぁ、そういう事でしたか。分かりますよ。俺も団長がくれたもんは大事にしてますから。」







三人は注文を聞きにきた看板娘に各々注文を告げ、再び厨房へ去っていった足音をその良すぎる耳で聞きながら、東の国について話を広げていく。

ヴェルムは東の国の文化を特別贔屓という訳でもないが気に入っており、それに興味津々なアレックスの事を微笑ましく見ていた。


彼は自身の知識や好みを押し付ける事を良しとしない。そのため、アレックスが気になって逐一聞いてくる事にのみ答えるようにしていた。

ガイアはそれに偶に自身の疑問などを挟みつつ聞いており、三人での食事が初めてとは思えないほどゆったりした時間が流れる。


それが破られたのは広間から大声が聞こえてきた時だった。

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