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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
126/292

126話

「整列!これより一番隊は特別訓練に向かう。隊列を維持しつつ迅速に移動する!」


ドラグ騎士団の一番隊と、四番隊の一班が合同で本部西門に集まっていた。

年に一度ある五隊の特別訓練のためだ。特別訓練とは、グラナルドの各地に存在するダンジョンへ赴き突破するという単純なもの。

隊の連携や新人の実力確認などが目的だが、一番大きな目的としてはダンジョンからのスタンピードを防ぐ事である。


難易度が高く深層まで冒険者が潜れないようなダンジョンだと、深層に生息する魔物が増えすぎる事がある。また、浅層から難易度が高いダンジョンなどは冒険者がほとんど立ち入らない。

そういったダンジョンは偶に自らの存在を主張するように魔物を吐き出す事がある。

そうして起こるスタンピードは、地上で増えすぎた魔物のスタンピードとは違い様々な種類の魔物が同時に溢れ出すため危険度が高い。


それを事前に防ぐためにも必要な訓練だった。




今回一番隊が目指しているのは、アルカンタから北西のとある侯爵領である。この領は貴金属加工と数多くのダンジョンで財政を賄っており、鍛治師と冒険者ばかりの街が多い。

この二つの職種は自由で気難しい者が多く、どの街も争いや喧嘩が絶えない。

そのため、ドラグ騎士団の支部が何箇所かありそこには騎士団が駐留している。




そんな侯爵領に一番隊が到着し、侯爵領に入って最初の街にある支部を本日の宿にしようと解散したところだった。


「よぉし、じゃあ飯でも食いに行くかぁ。」


ここまで隊員たちと共に走ってきていたガイアだが、疲れた様子は一切見せず空腹を主張している。

支部でやる事があるのか、一番隊の親父と呼ばれる副隊長は此処にはいない。

ガイア直属の副官が一名、隣で賛成の意を表していた。

もう一名の副官は今回本部でお留守番である。


何処に行こうか、何を食べようか、などと話しながら街に向かって歩き出したガイアと副官に、一番隊ではない者の声がかけられた。


「俺も行っていいか?この街は初めてっていうか、俺がグラナルドにいた頃はこんな街無かったからよ。」


アレックスだ。今回の一番隊特別訓練について行きたいとヴェルムやガイアに直談判し許可を得て帯同している。

そんなアレックスのやや困ったような表情を見ながら、ガイアと副官は快く同行を迎え入れた。


「もちろんですよ。飯食いながら向こうの話聞かせてくださいよ。」


アレックスが帰還したその日にヴェルムによって互いに紹介を済ませた二人だが、ガイアとアレックスはどこか互いに似た空気を感じたのかすぐ仲良くなった。

出発前は二人でガイア手製の珈琲を飲むくらいには。


「向こうの?あぁ、いいぜ。その分、ガイアのおもしれぇ話も聞かせろよ。」


この二人が仲良くなった事をなんだかんだ喜んで受け入れている一番隊の面々。それは、兄貴、と慕うガイアにどこか似たアレックスも彼らにはすぐ受け入れられたからである。

人当たりが良く笑顔で話すアレックスは、コミュニケーション能力の高い傾向にある一番隊にもすぐに馴染み受け入れられた。

侯爵領までの道中、休憩や野営の時もせっせと隊員を手伝い、暇な時間は雑談や自主訓練も快く付き合った。零番隊として任務を受け単身で他大陸へ向かう程の実力者であるアレックスに手合わせをしてもらった隊員など、ここ数日で何か掴めた、と大喜びしていた。


それを見たガイアも嬉しかったのか、アレックスには感謝し続けている。自身の指導や訓練内容などを考え直す切っ掛けと捉えたのか、アレックスに相談を持ちかける姿も見られた。

ここで外様の能力に嫉妬せずすぐに頼り己の力量を上げようとするところがドラグ騎士団たる所以だろう。

そのような性格の者は入団出来ないか、したとしてもドラグ騎士団で過ごす内にそのような考えは持たなくなる。

組織である前に、一つの大きな家族である事が理由だろうか。




ガイアたち三人が来たのは、裏路地にひっそりと店を構えた定食屋だった。

小柄な身体を更に小さくする様に腰が曲がった老婆と、はち切れんばかりの筋肉がエプロンからはみ出している老人の夫婦がやっているお店だ。

扉を開けて店内に入ると、時間帯を外しているためか客は二組しかいなかった。


チリンチリン、と鳴るドアベルの音で来客に気付いたのか、厨房の奥から腰の曲がった老婆が出てくる。

背の高いガイアから見ると更に小さく見える老婆だが、いらっしゃい、という優しい声は何故かよく通り、客に故郷の母親を思い出させるとしてこの店の人気を高めている。

彼女が着ているシャツには、何故か東の国の文字で"おふくろ"という刺繍がされている。

裏路地で細々と営業しているにも関わらずこの店に常に客がいる程の人気なのは、この老婆の声と家庭料理のような味が決め手なのだろう。


三人はテーブル席に着くと、壁一面に張られたメニューへと目を通す。

ガイアと副官はすぐに決めたのか、水を盆に乗せ運んできた老婆の手伝いなどしている。断られているが。


アレックスが優柔不断なのではなく、ほとんど知らない料理ばかりだったため判断がつかずにいたようだ。

副官にこれは何だ?などと聞きながらメニューを想像し、やっと注文を決める。

アレックスが頼んだのは侯爵領で定番の肉料理だった。


「いい店だな。ガイアもこういうお袋の味ってやつが好きなのか?」


料理が来る前にダラダラと話している途中、アレックスがそう言った。


「いや、俺にはお袋の味とかはよくわかんないんですがね。コイツがこの店を気に入ってるもんで。つまり今回はコイツのオススメって事ですね。」


年齢の差も勿論だが、ただ単に人としてアレックスを尊敬するようになったガイアは敬語を使う。堅苦しい表現を好まない二人だが、ガイアの気持ちも嬉しいためアレックスはそれを受け入れている。


コイツ、と言いながら己の副官を指差すガイア。その手を目で追ってたどり着いた先には照れた様に笑う副官がいた。


「いやぁ、お恥ずかしい。私はこの侯爵領の生まれなんですよ。ドラグ騎士団に入ったのはこの街ができる前ですけどね。もう家族は当然亡くなってますが、この店の煮物がお袋の作ってくれた煮物に凄く似てまして。そう滅多に来れないから食べたくなるんです。お付き合い頂いてありがとうございます。」


一番隊にしては腰が低くヘラヘラと笑う副官だが、その実力は確かである。

戦闘中も同じ様にヘラヘラと笑いながらも、状況把握能力は抜群で魔力も多い。近接戦闘よりも魔法主体で戦い、その気が抜ける笑顔から繰り出される魔法は全てを焼き焦がす火力である。


高い戦闘能力と事務能力を併せ持ち、副官に任命されて百年ほど。ガイアの前の隊長に副官として可愛がられ、今でも副官として活動している。

アレックスが他大陸に行く前からドラグ騎士団にはいたが、零番隊との関わりなどほとんどなかったためアレックスの存在は知らなかった。その点はガイアと一緒である。


「いや、俺もお袋の味なんてものは知らないが、実は興味があったんだ。皆の言うお袋の味とはどんなものなのか。これがそうだと言われて色々な物を食べたんだけどな。未だによく分からん。」


アレックスが眉尻を下げながら言う。心から残念に思っているのだろう。

しかし、お袋の味というのは明確な味が決まっている訳ではない。それすら分かっていない事に副官は気付いたが、言うかどうか躊躇っている。彼にしてみればお袋の味が分からない人イコール高貴な出の者か、孤児だという認識だからだ。


しかしアレックスはどう見ても高貴な出だろう。口調は荒いが所作は綺麗だし、黙って紅茶を飲んでいれば貴族だと絶対に思う自信がある。

だからこそ副官は言えない。

貴方のお袋の味って屋敷の料理人が作ったコース料理じゃないですかね、なんて。




お袋の味が分からない二人と、美味しい、懐かしい、と笑いながら食べる男の組み合わせは異質だった。

だが三人とも共通して美味いという感想は同じだったために違和感は無い。

二人は単純に美味しい料理と思って食べる事にしたようだ。


「そういやぁ、ガイア。お前の使ってるそれ、確か東の島国で使ってる箸ってやつだよな?」


ガイアが食べているのはこの地方でよく食べられる麺料理で、固めに湯がいた麺を野菜と共に炒め濃い味に調えた料理である。

目の前にドンと置かれた肉がほとんど無くなってからガイアにそう聞いたアレックスだったが、実は最初から気になっていた。


グラナルドではフォークかスプーンで食べるのが主流であり、ナイフは格式張ったところでしか使わない。もしくは今アレックスが食べている大きな肉をそのまま焼いたような料理を食べる時くらいだろう。

少なくとも箸は使わない。


「あぁ、これですか?そうです、箸ですよ。東の国の文化も随分入ってきましたしね。これ、慣れると汁物以外なんでも食べれるようになりますよ。」


箸を上手に持ち、指を動かして箸の先をカチカチと合わせて見せるガイア。副官も、私も持ってますよとマジックバッグから取り出してアレックスに見せた。


「ほぉ?良いな、これ。どこで手に入るんだ?工房か?」


アレックスは箸に興味津々のようだ。まるで少年のように瞳を輝かせ、副官から手渡された箸を様々な角度から見ている。


「おやおや。お客さん東の国に行かれた事があるんですか?」


とてもゆっくり、然れどハッキリ発音されたその声は柔らかく高い。老婆の声だった。

まるで幼い息子に呼ばれ、なぁに?と優しく返す母親のような慈愛に満ちた声は決して大きくないのに三人の耳に的確に届いた。

三人が視線を老婆へ向けると、片手で口元を押さえながらクスクス笑う老婆がいた。


「ごめんなさいねぇ。この辺りで東の国の話なんて滅多に聞けないものだから。つい声をかけちゃったわ。」


ゆっくりおっとり話す老婆に三人が体を向けると、厨房の奥から野太いダミ声が聞こえてきた。


「おい、お客さんが食ってるとこだろう。邪魔すんな。」


三人が座るテーブル席からチラリと見えた太い腕の持ち主であろう。老婆の夫である老人のその腕は暑い筋肉と濃い腕毛に覆われていた。


「いえ、結構ですよ。俺は任務で東の国に行った事があります。本島の方にも何度か行きましたよ。こちらの彼も同じく。」


ガイアが丁寧に返すと、厨房の奥から鼻をフンと鳴らす音が聞こえてくる。同時に、老婆からすみませんねぇ、との謝罪も併せて聞こえてきた。


「そうですね。何年か前にグラナルドとの国境にある町でこの箸を買ったんですけど。お婆さんも箸をお持ちですか?」


こちらの彼、と指された副官も同意して見せ、アレックスが持っている箸を示しながら東の国の話をしてみせる。

三人とも、老婆のシャツに刺繍された東の国の文字に気が付いている。きっと東の国に思い出があるのだろうと当たりをつけた。


「そうでしたか。皆さんは揃いの服を着てらっしゃるし、ドラグ騎士団かしら?それなら東の国に行った事があっても不思議じゃないですね。」


嬉しそうに笑いながらゆっくりとそこまで言った老婆。しかしその表情は笑いながらもどこか哀しみが見え隠れしていた。


「ご夫人は東の国に行った事がお有りですか?生憎、私は行ったことが無いのですが。」


アレックスが老婆に合わせて少しゆっくりハッキリと話す。耳が遠くなっている可能性も考えての事だったが、老婆がアレックスを見てニコリと笑った事を思えば必要ない気遣いだったのだろう。非礼を詫びる意味を込めてアレックスが会釈して見せれば、老婆は赦すように笑みを深めた。


「いえ、わたしは行った事がないんです。でも、息子が東の国の料理を学びたいと言ってここを飛び出してもう二十年にはなるでしょうか。一度だけ荷物と手紙が送られてきましたが、今何処で何をしているやら。」


何処か哀しみを含ませた笑顔の理由は息子だったようだ。

東の国に行った事があるかと聞いたのは、息子の事を知らないかと聞きたかったからだろう。

だが生憎三人はそんな息子の行方など知らない。探そうと思えば探せるのだろうが、それにはドラグ騎士団の諜報隊を動かす必要がある。

しかも二十年も前の話だ。多大な労力がかかるに違いない。一市民の人探しを引き受ける訳にはいかない。故にその事は口に出さなかった。


「なるほど…。残念ながら息子さんに関して思い当たる事はありませんが、東の国に立ち寄る事があれば気にしておきます。」


ガイアがそう言うと、副官もアレックスも頷いてみせた。せめてそのくらいはしてあげたい。そんな気持ちが三人に湧いていた。


「そんな…。良いんですよ。すみませんねぇ、わたしがこんな話をしたばかりに。騎士様のお手を煩わせるつもりはないんです。どうか忘れてくださいませ。お詫びに今日の料金はいただきませんので。」


恐縮そうにペコペコと頭を下げる老婆を見て三人は揃って眉尻を下げた。

話しながらも食事を進めていたお陰で既に食べ終わっている。この気不味い雰囲気の店からは早く出た方がいいだろう。

そう判断した三人は早かった。


支払いを断る老婆になんとか支払いをした三人は、逃げるように店を後にした。













「あー、美味かったけど最後が気不味すぎたなぁ。」


「すみません、私が勧めたばかりに。」


「いや、お前のせいじゃない。それに、お袋の味ってのは分からなかったが、お袋さんってのがどんなもんかは何となく想像がついた。ありがとな、二人とも。」


三人でそう口々に言いながら支部へ向かう。

まだ時間があるため三人は武器屋などを冷やかしながら歩く。だが、心はなんとなく落ち着かなかった。

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