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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
125/292

125話

「お?久しぶりだな!任務は無事終わったのか?」


ドラグ騎士団本部の南門に現れた見た目がそっくりな二人を出迎えたのは、その日門番の当番だった準騎士だった。

目の前にいる二人は藍色の髪に水色の瞳は同じで、髪型で個性をつけている。

しかしその努力は意味をなしていないだろう。何故なら、二人を判別する方法は別だからだ。


「お久しぶりです!零番隊特務のアイルとカリン、ただいま帰還しました!」


満面の笑みで元気にそう言うのはカリン。双子の姉である。

その横で頷くだけの無表情な男の子はアイル。

そう、二人を見分ける方法はその表情だ。常に無表情が標準装備のアイルと、気分がダイレクトに表情に出るカリンとでは印象も随分と変わる。最早別人と言える程の印象の違いから、二人が双子なのを忘れる団員もいる。


「おう、二人とも元気そうで何よりだ。通って良いぞ。団長はさっき料理長と菜園の辺り歩いてたから、もしかしたら厨房かもな。」


この二人が帰って直ぐ何処へ行くのかを知っている門番は、その目的であるヴェルムの居場所の予想を伝える。団長室にはいないだろうという予想は、双子には有難いものだった。


「ありがとうございます!着替えたら食堂に行ってみます!」


二人は南門の通用口から入って行く。その背を門番はにこやかに見送った。













自身らの部屋に着きシャワーを済ませ着替えた双子は零番隊の隊服を身につけて二人で食堂を目指す。

朝食が終わった後の静かな時間であるはずだが、そこからは何やら良い匂いがしていた。


「お邪魔しまーす!アイルとカリン、先ほど帰還しましたー!」


食堂ホールのカウンターとなっている場所から元気よく挨拶をするカリン。

二人が立っているのは団員がトレイを持って並ぶ場所である。


「おう!二人とも帰ってきたか!腹は減ってるかぁ?」


中から料理長の声が聞こえる。門番が言っていた通り料理長とヴェルムが一緒にいるのなら、中にはヴェルムもいるはずだ。

二人は十二歳とまだ幼いが、物心ついた頃からドラグ騎士団にいる。そのため自身の食事より報告が先だという意識がある。だがお腹は空いている。迷った。


しかし、そんな迷う二人の心境を理解しているのか、料理長の声が更に飛んできた。


「とりあえず飯食っとけ!さっき出来たやつがあるからよ。次のが出来たらヴェルムと一緒にそっち行く!」


どうやらヴェルムもいるらしい。ならば良かった、とカリンは山積みにされたトレイに手を伸ばす。だが、それに待ったをかけたのは双子の弟アイルだった。


「なに?師父もいるなら食べてから報告で良いんじゃない?私もうお腹ぺこぺこだよぉ。」


無表情でカリンの袖を引くアイルに、カリンはお腹を摩りながら空腹をアピールする。だが、アイルから返ってきたのはカリンが想像していない答えだった。


「僕らが帰ってくる事なんて知らないはずなのに今出来た料理をくれるの?きっとそれは誰か別の人のための料理。朝食の時間は終わってる。」


料理長は確かにさっき出来たのがあると言っていた。だが時間帯は朝食と昼食の間。昼食の下拵えを始める時間には少し早いくらいの時間だ。

アイルの言う通り、誰かのために作った料理である可能性が高い。


「あ、そっか。他に気配は感じられないから、きっと料理長と師父の分だよね?なら今作ってるのは追加?迷惑かけちゃったかなぁ。」


アイルに言われて気付いたカリンだが、二人とも年相応の我儘など言わない性格のため、すんなりとトレイを元あった場所へ戻す。

すると、中々取りにこない二人を怪訝に思ったのか、料理長が厨房から出てきた。


「おめぇらなに突っ立ってんだ。さっさとこっち来い。冷めちまうじゃねぇか。」


口調は乱暴だが、その言葉には愛情が溢れている事を二人は知っている。

空腹なのは事実なので先ほど気付いた事を正直に言ってみる事にした。


「私たちが帰ってくるって分かってた訳じゃないんですよね?なら、その料理は誰かの分じゃないですか?」


カリンが言い終わると同時にアイルも料理長を見上げる。同じ顔が下から覗き込んでくるのを、料理長は鼻で笑って手をヒラヒラと振った。


「なぁにガキがいっちょ前に気遣いなんかしてやがる。おめぇらは大人しく良い子に出されたもん食っときゃいいんだよ。人数より多めに作る、ってのが料理人の基本だぞ?おめぇらみたいなチビが二人増えたって最初から作る量と変わりゃしねぇ。さっさと席に着いて食ってろ。」


やはり口調は乱暴だが優しい。そんな料理長の優しさを断ってはかえって失礼になると判断した二人は、頭を下げて礼を言った。


「よせよせ。俺は仕事してんだ。チビどもを飢えさせたとなっちゃ、俺がヴェルムから首にされちまう。そうだろ?」


料理長は言葉の最後を振り返って言う。そこにはカウンターから顔を出したヴェルムがいた。


「勿論。君が二人に食事を出さなかったら首とはいかずとも、向こう百年は野営料理番に降格するところだよ。」


野営料理番とは読んで字の如く、野営する時の料理番である。

料理長の腕があればどこでどんな食材でも美味しい料理になるだろうが、騎士団の野営は厳しい。狩った動物や魔物の解体から始まり、食材の採取や火おこしから全て料理番の仕事である。

普段は団員が持ち回りでやるこの料理番だが、ハッキリ言って人気がない。碌に戦闘に参加できず、作戦行動中は他の騎士と同じ行動。任務中は普段より多く食べる騎士もいるため量も多い。不味いと文句も出る。


そんな野営料理番を百年やらねばならぬなど、料理長からすれば拷問だろう。

ヴェルムの言葉に一気に青ざめた料理長は、数分前の自分を全力で褒めた。


「今、料理長と懐かしい料理を作っていてね。二人は先に食べていて。既にオーブンに入れたから、すぐに私たちも行くよ。」


ヴェルムからもそう言われたのなら遠慮はいらない。二人はヴェルムにも礼を言ってトレイを取りカウンターへ向かった。


ヴェルムの言う懐かしい料理とはなんだろうか。二人の思考がシンクロしていると、カウンターから出てきたのはグラタンとスープだった。

これが懐かしい料理?と二人で首を傾げるが、アイルが何か違和感に気付いた。


「いつも食堂で出るグラタンと違う。」


「え?…あ、ほんとだ。それにお皿も違う、かも?」


「お皿はアルカンタ焼きと呼ばれるようになった頃の焼き物だと思う。」


「アルカンタ焼き?あ、有名だもんね!グラナルドの焼き物!」


二人が料理を見てあれやこれやと考察しながら席へ向かう姿を、料理長は優しい笑みで見送った。

後ろでヴェルムがオーブンを開ける音が聞こえると、料理長はそちらへ向かって歩き出した。







「うん、これこれ。懐かしいね。」


「左様で御座いますなぁ。これが出てきたという事は、さてはアレックスにたまねぎ事件をお話になりましたかな?」


「うん。料理長と一緒にね。そしたらアレックスが当時のグラタンを食べたいって言うものだから。」


「左様ですか。それで本日の朝食は遅めにとの指示だったのですなぁ。いやぁ、懐かしい。」


今は誰もいない食堂ホールのため、普段零番隊が使う席まで行く事もないだろうとカウンター近くの席に集まったヴェルムたち。アイルとカリンは既に半分近く食べているが、ヴェルム、セト、料理長、そしてアレックスの目の前には熱々のグラタンとスープがあった。


「ヴェルム。グラタンは食べるがよ。先にこの子たちの紹介してくれねぇか?」


アレックスは先日聞いたばかりのたまねぎ事件を引き起こしたグラタンにも興味があるが、目の前に座る瓜二つな双子も気になってしょうがない。しかも、己と同じ黒を基調に白銀の差し色が入る隊服を着ているという事は、己と同じ零番隊なのだろう。

見た目で年齢は測れないのはドラグ騎士団では常識だが、アレックスがここを離れていた百年の間に入った事だけは間違いない。


家族だというのに名前も知らずに食事を共にするのは中々気不味いものがある。アレックスは人当たりも良いので初対面でも緊張なく食事が出来るだろう。


言われたヴェルムは今気がついたとばかりに目を瞬かせ、それから一つ頷いてから口を開いた。


「アレックス。この二人は双子のアイルとカリン。赤子の頃からここにいるから、ここで育ったと言っても過言じゃないね。アイルはセトの弟子として、カリンは私の弟子として育てているよ。」


アレックスはその説明に目を大きく開く。短い説明の中に色々と驚く内容があったからだ。


「待て、赤子がどうとかはこの際置いとくぞ。二人の弟子ってなんだ?爺さんはともかく、ヴェルムまで弟子をとったのか?」


この二人が弟子をとるなどアレックスは初耳だった。寧ろ、想像すらしていなかった。

ほっほ、と笑うセトに舌打ちを贈るが流された。


「アイル、カリン。彼はアレックス。百年ほどここを離れて西の大陸を調査してもらっていたんだ。こちらの事に関しては君たちの方が詳しいだろうから、是非色々教えてあげておくれ。きっと浦島太郎だからね。」


「うらしまたろう?」


「東の国の昔話ですか。確か、海から帰ると数十年経っていたとか。」


「そう。アイルはよく勉強しているね。」


「恐縮です。」


「むぅ。アイルだけズルい。」


双子とヴェルムのやり取りを驚いたまま見るアレックス。確かに男の子はセトの弟子らしく冷静で知識についてもかなり有しているようだ。

女の子の方は知識より実践派なのだろう事は見れば分かる。だが、男の子もその動きから暗殺系の戦い方をするのがアレックスには分かった。


幼い頃から二人の指導を受けて育つなど、どんな化け物なのか。

戦々恐々とするアレックスだったが、きっと二人の年齢を聞けば更に驚くだろう。十代前半でこの実力なのか、と。




「いやぁ、やっぱり今のグラタンの方が色々改良されててうめぇな。試作品は試作品かぁ。」


グラタンを食べ終えた料理長がそう言いつつも満足そうな表情を浮かべている。

ヴェルムやセトも同じように満足そうなので、昔を知る二人からするとそんなものなのだろう。


「そうですか?私こっちの方が好きかも。こだわって追求した味じゃなくて、なんていうか、こう…グラタンそのものを作り出すのに頑張った、って感じがするんですよね。」


カリンは言いながらも上手い表現が見つからないのか、頻りに首を傾げている。


「そうだね。そもそもグラタンという料理が存在しない頃にこれを作った訳だから、ある意味雛型だね。これを基に改良を加えて美味しくしても、きっとこれが生まれた瞬間を越える事は出来ないのだと思うよ。」


ヴェルムはカリンに微笑みかけながら言う。カリンは自分の思いが伝わった事に安堵したのか、ホッと息を吐いている。


「僕はこちらのグラタンが好きです。喫茶店などで食べるグラタンは色々と工夫がされていますが、まだ子ども舌なのかどれもクドく感じます。」


「あぁー、確かにアイルの言う通りかもな。当時は今ほど香辛料やら調味料が多くなくてなぁ。あるもん合わせて作ったんだよ。今は手軽に色々手に入る分、その組み合わせ考えるのも大変だな。それに比べりゃこれは選択肢がねぇ分シンプルな味だろ。」


アイルの言葉に料理長が同意を返す。セトも同じ意見なようで、微笑んで頷いていた。




片付けに行った料理長以外はテーブルに残ったまま、双子は任務の報告に入る。

カサンドラとは面識があるアレックスも、その話を嬉しそうに、懐かしそうに聞いていた。


アレックスがドラグ騎士団に入団したのはカサンドラより少し後だが、その時から変わらず元気でいるようだ。

カリンが元気に話しアイルが補足をする。そんな形で繰り広げられる報告会は、早めの昼食を摂るために食堂へ団員が来始める頃まで続いた。

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