12話
お読み頂き有難う御座います。山﨑です。
今回は少々血が流れますので、苦手な方はお控えください。
ドラグ騎士団にとって、なんとか見酒と呼ぶものは特別だった。団長が皆と酒を飲むのが好きなのもあるが、花見酒はワイワイ盛り上がり、雪見酒は寒さを吹き飛ばすように踊ったりもする。そして、普段の宴会とは少し違う重大なイベントがあったりする。
前回は春の花見酒で、零番隊が一人増えた後すぐの事だった。新しく入隊した隊員は、東の国の"侍"と呼ばれる剣士だった。剣士と言っても、この辺りで言われるような両刃の直剣ではなく、刀という片刃の刀身が少し反った物を使う。
彼はヴェルムが東の国の本島に向かった時に連れて帰って来た。
東の島国は、40年と少し前にこの大陸に攻め込み、元々あった国を滅ぼした。そして本島とこの大陸の東側の一帯を支配していたが、グラナルド王国が戦後処理に追われる新たな東の国に攻め込み、その領地を半分ほど海に向かって真っ直ぐ切り取り、分断された領地も吸収した。
その時の戦で先陣を切ったのが、当時伯爵を継ぐ前のファンガル伯爵だ。
「やぁ、みんな。良い夜だね。東の国本島では、秋のこの月を、中秋の名月と言うそうだよ。」
本部の敷地内の芝生の広場に、敷物を敷きテーブルなどが設置され、篝火もたくさん焚かれていた。テーブルには酒や料理がこれでもかと並べられている。
また、敷物は何重もの円形に敷かれており、中央に近い円の敷物には、隊長や副隊長、少数だが零番隊、各部署の上層部などが座っている。セトもその中にいた。中心から二つ目の円には部隊長クラスなどの中間管理者。更に外になると一般隊員などが座る。
そして、円の中央には一際豪華な敷物が敷かれており、まるで儀式の祭壇のように篝火が四方に焚かれ、敷物の上には三人分の皿。フルーツの盛り合わせも置いてある。
そんな広場にヴェルムがカリンとアイルを連れて現れ、月を見上げて言った。
事務方なども含めた全ての騎士団員がこの場におり、皆が月を見上げる。各所から、綺麗だな、などと感嘆する声が漏れ聞こえる。
「さて、今日アイルが帰還したよ。そしてカリンも昨日。この二人に課した課題と修行が修了したのと、二人の希望で今日は血継の儀をするよ。みんなは新たな家族が増えるのを見届けて貰う。」
そう言ってカリンとアイルを連れ、中央の豪華な敷物のもとへ向かう。
「あぁ、カリンとアイルもようやくか。しかし、あの見た目でやるのか。もうちょっと待てば良かったのによ。」
ガイアがボソっと呟くと、隣にいたアズが苦笑した。
「どうも、団長もセトもだいぶ止めたみたい。せめて身体の成長が止まるまでって。でも、二人とも今のままで良いって。だから課題と修行を出したんだけど、こんなに早く終わると思ってなかったって団長が言ってたよ。課題と修行が終わったらすぐに、っていうのが二人の希望だったんだって。」
アズはどうやら二人の経緯を聞いているようだ。
ガイアはため息を吐いてから、無造作に髪をかき上げた。
「姫の時だって早いって言ったんだぞ?それよりちびっ子増えるのかよ…。まぁあいつらどっちも精神年齢は年齢より遥かに上なとこあるから良いけどよ。」
そうだね、と答えながらアズも困り顔だ。
そうして話していると、ヴェルムとカリン、アイルが中央の敷物に座り込んだ。
ヴェルムが空間魔法から漆黒のナイフを取り出す。そして自身の手首を切った。噴き出す血を盃で受ける。
二つの盃に血が溜まり、そこに魔法をかけた。そしてカリンとアイルに手渡す。
カリンとアイルは正座で座り、頭を下げ両手で盃を受け取ると、胸の前で盃を持ち、頭を上げて口を開いた。
「我ら双子は、ヴェルム・ドラグを父とし、終末来ようとも眷属として支える事を誓う。」
「我ら双子は、ヴェルム・ドラグを母とし、この身を家族に捧げる事を誓う。」
「「幾久しく。」」
言い切った後、盃に入った血を一気に呷る。
飲み切ってすぐ、アイルとカリンの身体から漆黒の靄が溢れだす。二人は苦しそうに何かを堪える表情をしているが、飲み切った姿勢のまま動かない。
やがて靄がアイルとカリンの身体に戻り始めた。全ての靄が二人の身体に吸い込まれ、荒い息を吐きながら盃を置く。
「新しい家族の誕生だね。これからよろしく、愛留、香凜。君たちを拾って10年以上かな。よくここまで成長したね。」
ヴェルムが空間魔法から、カリンが持ち帰った酒が入った瓢箪を取り出す。二人は置いた盃を再び手に取り、両手で酌を受ける。
アイルがカリンの盃を受け取り、カリンはヴェルムから瓢箪を受け取ってヴェルムに酌をする。
三人の手に盃が持たれると、ヴェルムが口を開いた。
「我ヴェルム・ドラグは、汝ら双子を子と認め、ここに親子の盃を交わす。流れる血の一滴まで全てを我らが家族に捧げよ。これより汝ら双子は我が子である。」
そう言って片手で盃を一気に呷る。カリンとアイルも両手で盃を一気に呷った。
その瞬間、今まで黙って見守っていた団員全員が、歓声と拍手を贈る。中には叫んでいる者もいて、おめでとうー!と騒いでいる。
カリンとアイルは静かに涙を流していた。
そして二人は盃を懐に入れ、両手をついてヴェルムに頭を下げる。
「さぁ、二人とも皆に挨拶を。」
ヴェルムが声をかけると、二人は頭を上げ立ち上がる。背中合わせに左右を向き、声を揃えて張り上げた。
「「これからよろしくお願い致します!」」
言ってからまた頭を下げる。
再度広場は歓声と拍手に包まれた。
「カリンもアイルも立派になったわねぇ。団長が拾ってきた時はあんなにちっちゃかったのに。あの子たちは本当に騎士団の子どもみたいなものだし、嬉しいわ。」
ワインを飲みながらサイが言う。
カリンとアイルの二人は東の国でヴェルムが拾ってきた。赤ん坊だった二人は、双子という理由で捨てられたのだ。それをヴェルムが見つけ拾った。
本部に連れてこられた二人はまずサイに預けられた。健康状態のチェックだ。そして厨房の協力で食事を与えられた。と言っても乳であったが。
二人とも賢く、五歳の頃には歴史書や魔法書を読んでいた。
また、二人が騎士団に来たのは、リクが騎士団に来たのとあまり時期が変わらないため二人はリクとも仲が良い。
愛留と香凜は、ヴェルムが付けた名前だ。東の国の生まれであるため、東の国で使われる漢字という文字で名前を付けた。こちらで発音しやすいようにアイル、カリン、と呼ばれているが。
「そうだね。可愛かったよね。小さい二人。今でも可愛い二人なんだけどね。あぁ、嬉しいなぁ。」
サイの言葉にアズがのほほんと返す。その表情はこれでもかと言うほど緩んでいる。嬉しさが溢れ出している。
「リンちゃんもアイくんも、ほんとに良かったね!二人とも本当の家族になれたね!」
リクもそこに加わり、サイが微笑んで頷く。
「なんか捨てられてたから拾ってきたよ、って団長が仰るから、最初は犬猫の類かと思ったのよ。そしたら人族の子どもでしかも双子。まぁ、双子だから理由はすぐ分かったけれど、準備する道具が違うんだから最初に仰ってくださいって怒っちゃったわ。」
サイが昔を思い出し、頬に手を当てため息を吐く。他の隊長も皆笑っていた。
すると、中央にいたヴェルムの方から声が届く。
「サイ、聞こえているよ。あの時はちゃんと悪かったって謝っただろう?そんな呆れた顔をしないでくれよ。私が悪かったから。」
困った顔でサイに言うヴェルムは、双子(特にカリン)から、そうだったんですか!?と詰め寄られている。
血継の儀が終わってから宴会に突入していた広場は、まだまだ盛り上がり続けていた。
宴会の途中から双子は団員の座る敷物を周り、挨拶をしていた。皆からおめでとうと声をかけられ、普段は無表情のアイルも笑顔だった。
騎士団の宴会は基本的に、時間が経つと最初に座っていた場所を移動する者が多くなる。それは団長であるヴェルムもそうだ。
団員は、誰かに相談出来たら、と思っている事がある時は何故か団長がテーブルに来て話しかけてくれると言う。なので、急ぎでない悩みがあったりする時は宴会を待ったりする。もちろん、必ず団長が自分のテーブルに来る訳ではないが、それならその時は後日誰かに相談すればいい。
今日もヴェルムはアイルとカリンがいない方の様々な敷物を周り、団員に話しかける。こういう時は大体、近くで飲む者たちが集まるので、全ての場を周る必要はない。
四番隊に所属したユリア第二王女も、同僚に誘われ、隣の敷物に来ていたヴェルムの元に来ていた。
「あぁ、ユリア。久しぶりだね。訓練は順調かい?そろそろ治癒魔法が使えるようになったんじゃないかな、と思って。」
突然ヴェルムに話しかけられて挙動不審になるユリア。あの、えっと、とモゴモゴしている。同僚から揺さぶられてやっと落ち着き、唾を飲んでから口を開いた。
「お恥ずかしい姿をお見せしました。お陰様で日々充実した生活をさせて頂いております。仰る通り、治癒魔法の使用が安定してきました。まだまだ制御が必要ですが、精進したいと思います。」
「そうか。君の父もそれを聞いたら安心するよ。まぁ怒られるから会いに行かないし、君の様子を伝えない方が面白そうだから内緒にしとくよ。」
茶目っ気たっぷりに笑いながらヴェルムが言うと、周りの団員たちも笑う。ユリアもクスクスと笑った。
ユリアは魔力量が多く質も良いため、魔力制御を学ぶところから訓練していた。最近は治癒魔法を使えるほどに成長したらしい。
次は遠征だね、と同僚から声がかけられるが、ユリアは治療班として遠征に参加したことがまだ無い。
ファンガル伯爵領にはついて行ったが、伯爵との顔合わせがメインであった上、領都には怪我人はほとんどおらず、また、その時はまだ治癒魔法が使えなかった。
「遠征も経験すればまた伸びるよ。一度の実戦と実践は、時に百の訓練に勝るものだからね。」
ヴェルムがそう言うと、ユリアも頷く。精進致します、と返した。
それからヴェルムは各所を周っていた。アイルとカリンも挨拶が済んだのか、零番隊が数人いる敷物にセトと共に座っていた。
ガイアら隊長たちは、各々隊の者と飲んだり、事務方と飲んだりしている。
ヴェルムはそんな団員たちを広場の隅から眺め、満足そうに頷く。
「あぁ、良い気分だ。君は今どうしているだろうね。まだ寝ているのかな。はやく起きておいで。私の家族を君に見せたいんだ。」
ひどく淋しそうな顔でそう言って、月に献盃し飲み干した。
夜空に浮かぶ月は、数多に煌めく星々の輝きを呑み込まんとするほどに、爛々と輝いていた。
団長ー!こっちですよ!というリクが呼ぶ声に苦笑し、手を軽く挙げる事で返して歩きだすヴェルム。
先ほどの表情はすでに無く、いつもの笑顔だった。
「さっきの、血継の儀?って結局なんだったんでしょうか。皆さんはご存知なんです?」
ヴェルムが去った後ユリアが同僚たちに聞く。答えたのは四番隊の同僚たちではなかった。
「ユリアは初めてだったわね。これからこの騎士団にいるのなら、他にも様々な儀式を見ることになるから、覚えておくといいわ。」
あ、隊長!いらっしゃいませ!と同僚から声をかけられるサイだった。篝火の光がサイの金髪に反射して輝いている。フレームレスの眼鏡を人差し指で軽く上げながら座り、ユリアに説明する。
「今回のは血継の儀。その名の通り、団長の血を身体に取り込みその力を受け継ぐの。別に団長から能力が減るわけじゃないんだけど、受ける側もかなり負担がかかる儀式だから、本来は大人になってやるものよ。」
「ということは、あのお二人は何か力をヴェルム様から頂いた、という事でしょうか。」
ユリアが更に質問する。サイはそれを受け、そうなんだけど、と言って、一瞬考えてから続きを話す。
「今日のは、双子が団長の眷属になる儀式なの。力を受け取るのはむしろついでだと団長は仰っているわ。寿命も伸びるけれど、その分見た目が今のままで変わらないから、もう少し待ってはどうかって言ったんだけどね…。双子が頑なだったのよ。」
「だから隊長もいつまでも美人なんですよね!あぁ、でも老けた隊長も美しいんだろうなぁ。見てみたい気もする…。」
ユリアの同僚である四番隊隊員たちも口々に言っている。あなたたち…、とサイは困り顔だった。
「ちょ、ちょっと待ってください。寿命?見た目が変わらない?それに隊長もって…?」
混乱の極み状態のユリアを、隊員が宥める。水を差し出して飲ませ、サイを見た。
「私もあの儀式をしたのよ。騎士団にはそういう人がたくさんいるわ。実際、四番隊はあなた以外全員がそうよ。あの儀式を受けるには、魔力制御の能力が高いことなども必要だけど、何より騎士団に全てを捧げる心が必要になるの。例えば、街に家族がいる者はこの儀式を受けたら、いつか家族を見送らなくてはいけなくなる。自分は若い見た目のままね。それが嫌で受けていない者もいるわ。まぁ、騎士団は一人者が多いし、何より団長に救われて入団した者が大多数だもの。ほとんどが儀式を受けるわ。入団から10年くらいが普通かしら?例外はいくらでもいるけれど。」
サイの説明にユリアは衝撃を受けていた。では、隊長のサイも見た目通りの年齢ではないのか、と考えたところで周りを見て気付く。もしかして、同年代だと思っていた隊員たちも実は物凄く年上なのでは、と。
「あ、気付いた?私は今年で70になったわ。こいつなんか92だっけ?だからこの騎士団は年齢はあまり考えないのよ。三番隊がリク隊長なのも分かるでしょ?」
隊員から言われて愕然とするユリア。ユリアと目が合う隊員は皆、口々に自身の年齢を言う。最後に目が合ったサイは、人差し指を立てて口に当てる。
「私の年齢はヒミツよ?そうね、あなたのお祖父様を治療した事はあるわ。彼が子どもの頃ね。」
え、え?とまた混乱するユリア。それを見て笑う隊員。
ユリアにはまだまだ分からない事だらけだが、知っても謎が深まる謎もあるのだと今日学んだ。