119話
騎士学校での話の前にちょっとした閑話です。
ヴェルムの弱点って無いの?という質問が本作品を読んでくれている友人から来まして。
今週はほとんど投稿できておりませんでしたので土曜に投稿させて頂いております。
「団長の弱点?うーん、聞いた事ないなぁ。」
誰かに聞かれれば剣を抜かれそうな事を言うのは、ドラグ騎士団三番隊の隊長であるリクだ。
収穫祭も最終日、間に一日休みを貰える団員で半休二回という誰も思いつかなかった方法を取ったため、今日は午後から休みである。
今はまだ午前中だが、隊長は緊急時に報告を受けるため隊舎に詰めている。周囲にいる隊員たちも同じく、緊急時に増援として駆けつけられるよう待機しているだけなので、要は暇を持て余していた。
そんなリクに恐ろしい質問をしたのは三番隊の隊員で、別に本当に団長の弱点を知りたい訳でもなく、ただ雑談ついでに聞いてみただけだったりする。
それが分かっているリクも虚空を見つめながら思い返してみるが、どれも完璧にこなしているイメージしか湧かない。
というより、全て自身が望む様な結果になるよう事態を動かしている印象だった。
それもそうか、などと納得出来てしまう辺り周りで聞いていた隊員たちも同じ様な印象なのだろう。
隊長ともなれば弱点の一つや二つ、知っていてもおかしくないと思っての質問だった様だが。
「団長の弱点って程じゃないけど、苦手なもんなら知ってるぜ。」
そう言ったのは三番隊でも古株の男だった。彼の発言に周りにいた隊員は勢いよく食いつく。
「いつだったかな、昔すぎてあまり覚えてねぇが。確か北東の侯爵領に遠征しに行った時に森で野営したんだよ。そん時にさ、綺麗でデカい川があったから釣りでもして飯の種増やそうぜってなったわけ。団長もやるかって当時のウチの隊長が言ったら、なんか苦笑しながら断ってたんだよな。なんか、毒がどうとかって言ってたけど。あん時は俺も下っ端だったし、団長にそんな近付ける訳もなくてよ。あんま覚えてねぇが。だが、釣りは苦手なのかもしれねぇな?」
そんな説明を受け隊員たちはふーんと納得の顔を見せる。すると、同時を覚えていた隊員もいたのか数名から同意を得られた。
「毒ならどんと来い!蛇の獣人である俺ならどんな毒でも効かないぜ?」
そう言って騒ぐのは本人の言う通り蛇の獣人族である男だ。種族の特徴として犬歯の裏にある分泌腺から毒を出す事が出来るため、大抵の毒は効かない。
蛇の獣人の全てが毒を出せる訳でもないが、彼は猛毒を使うタイプの蛇の特徴を持つ。他にも毒を使用する獣人族はいるが、有名なのは蛇の獣人だろう。
毒というワードだけで過剰に反応する辺り、毒には一家言あるらしい。
はいはいアンタは黙ってなさい、と隣の女性から引っ叩かれて大人しくなるが、それを見て周囲は笑う。騒がしい三番隊の中でもムードメーカー的位置にいるようだ。
その後も色々と団長の話で盛り上がるが、彼らの中の団長はどんなイメージかが良く分かる雑談となった。
出てくる話題は団長の戦闘力、思考力、容姿、人脈など理解の及ばない凄さについてばかり。つまるところ、隊員皆が団長を尊敬し憧れているという事が分かっただけだった。
そんな中、ふんふんと頷きながら聞いていたリクが唐突に手を挙げ思いついた事を口走る。
「私、午後からやる事決めた!」
好きに話していた隊員たちは一斉にリクを見る。こんな突拍子もないリクの行動は三番隊なら誰もが慣れたものであるため、特に驚いた様子は無い。
寧ろ、リクが楽しそうに笑顔でいる事に全員が満足した。
「散歩って言うからてっきり収穫祭を一緒に回ろうというお誘いかと思ったけど…。あぁ、水で冷やされた風が心地いいね。」
ドラグ騎士団団長のヴェルムは、特にこれといって決まった休暇は無い。いつも執務机に向かっている印象ではあるが、それは誰かが来るだろうと予測して団長室にいるだけであり、誰も来ないと分かっている時はほとんど本部にいない。
専属執事であるセトが、我が主人はジッとしていられない、などと言う程には出かけている。
今日も午前中は何かあった時のために団長室にいたが、昼食時に食堂でリクから外出に誘われて快諾した。
ヴェルムとしてはてっきり収穫祭を共に歩こうという誘いかと思っていたが、毎度想定外の発想をするリクの思考を今回も読めなかったようだ。
任務でのリクの行動は読めるのに、休暇の行動は一才読めないヴェルム。別に読む必要も無いため放置しているし、何ならそれに振り回されるのもまた楽しいと思っているため深く考えていない。
今回も連れ出されたのがまさかの首都外で最寄の巨大河川で、木々が疎に生える河川敷にマジックバッグから折り畳みの椅子を出したリクをその漆黒の瞳で興味深く見ている。
椅子に次いでパラソルまで引っ張り出したリクを見て、まさか河川を眺めながらのんびりするために連れ出したのだろうか、などと考えていたヴェルムだったが、次にリクが取り出した道具を見て目を見開いた。
「これ、隊員の皆んなに借りて来たの!団長も一緒にやろ!」
邪気の無い笑顔でそう言われヴェルムは固まった思考を無理やり働かせる。色々な断り文句が浮かんでは消え、そしてその笑顔に押し切られた。
一度ため息をコッソリと吐いたが、その後は覚悟を決めた表情でその道具を受け取る。
彼女は亡き友の忘形見。今は自身の娘だ。この無邪気な笑顔でどうして断れようか。
ヴェルムは不倶戴天の敵に挑むような面持ちで、用意された椅子に座る。受け取った道具を見ればやる事など聞かなくとも分かる。だが、最後の抵抗とばかりにリクに問うた。
「リクは私と"釣り"がしたかったのかい?」
「うん!そーいえば釣りってした事ないなぁって思って!たくさんの初めてがあったけど、やっぱり団長と経験したいなって思ったから!」
そんな事を言われては、己が嫌だと言うわけにはいかないだろう。
しかし、ヴェルムとしてはあまり知られたい事ではない。どうやって誤魔化すかを何百通りと考えその全てを却下する。
最後に残った選択肢は一つ。大人しく全てを受け入れる事だった。
零番隊の部隊長であるゆいなは、忍である。幼少より里の掟として忍となるべく訓練をしてきた。その中には武術の訓練は勿論、情報を扱う忍だからこその拷問に耐える訓練や毒に身体を慣らす訓練などがあった。
そのどれもが幼い子どもにする事ではなく、一般的な家庭から見れば一族郎党児童虐待で捕まっていてもおかしくない。というより、確実に捕まる。
そんなゆいなであるために元より感情の起伏が少なく、どんなに驚く様な事があっても取り乱したりはしない。少なくとも、今まではそうだった。
同じく零番隊の暁との訓練を終え、その日の夕食を摂りに食堂に入った時の事だった。
「おう、ゆいな。お前はあっちだ。既に料理は並んでるからよ。」
いつもの様にトレーを持ち夕食を受け取ろうと列に並ぶと、調理部の頂点である料理長が声をかけてきた。
今までそんな事は無かったはずだが、今日はどうした事かと料理長が指差す方を見る。
そこには、この場の誰もが尊敬し愛す我らが団長と、諜報部隊という関係から個人的にもゆいなと仲の良い三番隊隊長リクの姿が。
そして何故か、普段では絶対に見ない組み合わせの面子が揃って席に着いていた。
「お前だけお呼びかと思ったが、お前の部隊の奴らも数人いるな。だが共通点が全くわからん。うちの奴もいるのが不思議でならん。」
ゆいなの隣に立つのは暁の部隊長。共に訓練後の話し合いをしていたために食堂へ来るのが遅くなったのだが。
ゆいなにも理由は分からないし、何故か暁の部隊長はお呼びでないらしい。だが彼の部下や己の部下もいる。他には錬金術研究所の所員や、三番隊の隊員など。
ここで考えても分からない、と混乱する頭を振り歩み出すゆいな。その背中はどこかおっかなびっくりであるように見えた気がした。
「ゆっちゃん!ゆっちゃんで最後だよ!ほら、一緒に食べよう!」
明るく元気なリクにゆいなの心は若干癒された。だがまだ分からない。
テーブルを見れば、並ぶ料理は魚のフルコース。とにかく魚ばかりが並ぶそのテーブルは、いっそ異様ですらあった。
だが、流石は忍のゆいな。その共通点に気付いてしまう。そしてその瞬間、このテーブルに着く面子の理由に思い至った。
そうとなれば何故この様な事になっているのかという疑問が浮かび、自身も知らぬ内に失敗でもしたかと、今は修行のし直しと言ってある場所に修行へ行ってしまった同僚の鉄斎の姿を思い浮かべる。
そんな彼女がとった行動は一つ。ヴェルムへ対し跪く事だった。
しかし、そんな彼女の思考を読んだかのように頭上から温かい声が降ってくる。
「ゆいな、違うんだよ。寧ろ謝らねばならないのは私の方だ。」
ヴェルムからの言葉に混乱が深まるゆいな。だが、その後から席に着く団員たちからも同様に声がかかる。
「ゆいなさん、これ全部団長が釣ったらしいんですよ。俺たちなら毒効かないし、食べれるんだから勿体無いって事で集められた訳っすよ。」
三番隊の隊員がそう説明するとようやく経緯が伝わったようだ。ゆいなは騒がせて申し訳ないと謝った上で席に着く。
それをヴェルムは困った様な表情で見ていたが、リクの明るく元気なさぁ食べよう!という言葉に表情を苦笑へ変えカトラリーを取った。
「凄いんだよ!団長、何匹も釣れてるのにぜぇんぶ毒持ちなの!私は逆に毒持ちは釣れなかったんだけど、団長の半分くらいしか数釣れなかったの!」
「初めてでそんだけ釣れたらスゴイっすよ。てか、何処で釣ったんすか?こんなに毒持ちいるとこありましたっけ?」
「近くのおっきい川だよ!南門から出てちょっと行ったとこ!」
「え、てことは河川すか!?…あそこ、毒持ちの魚とかいたんすね…。今度釣り行こ。」
体内で毒を作る蛇の獣人である彼は、定期的に毒を摂取している。身体に取り込んだ毒の種類が多いほど、自身が生み出す毒の種類も増える事があるからだ。
そう、今回のこの騒ぎも見方によっては寧ろ必要な事だった。そのため集められたこの面子に文句などない。誰もがそれぞれの事情で定期的な毒の摂取が必要で、しかしこの忙しい時期に個人の事情で動く事など出来ず後回しにしていた。
つまり、渡りに船である。
「ほら、みんな喜んでるよ?団長はなんで困った顔してるの?」
リクの疑問にヴェルムは更に眉尻を下げ、テーブルに集った毒が必要な面子は一様にヴェルムを見る。
諦めたようにため息を吐いたヴェルム。毒入りスープを一口飲みテーブルに置いた。
別にヴェルムには毒の摂取は必要ない。リクもだ。
リクは自分の釣果である普通の魚料理を食べているが、ヴェルムは他の面々と同じ毒入りを食べている。毒など天竜であるヴェルムには効かないが。
単に罪悪感から同じ物を食べているだけだ。
「いや、実はね。昔釣りを教わってやってみたら、同じ様に毒持ちしか釣れなくてね。その時随分とセトに笑われてね。確か一月くらいはそれをネタに笑われたよ。それ以来やってなかっただけ。」
ヴェルムが口を閉じると、テーブルを囲む団員は一斉にセトを見る。しかしセトはいつもいるはずの場所におらず、慌てて探す。
見つけたのはゆいなだったが、セトは丁度食堂を出て行くところだった。
何時もの様に賑やかな食堂のはずだったが、ほっほ、という笑い声がやけに響いた気がした。