115話
暑い夏の季節。
暦の上では既に立秋だというのに、未だ暑い日が続いている。
中央の国グラナルドの護国騎士団である、ドラグ騎士団の団長ヴェルムは、そんな暑い日にグラナルド東部の廃村に来ていた。
辺りは朽ちた建物しかなく、至る所に焼けた跡の残る家だった物が、この場所が人の住まぬ廃村である事を否応無しに知らしめている。
アンデットやゴーストの住処とならぬ様、聖属性魔法使いにより浄化が為されており、人も魔物も立ち入らぬ場所となっていた。
そんな廃村の端、丘となっている場所にひっそりと佇むように立つ二つの墓があった。
誰かが参ったのか、花が寄り添う様に活けてある。
ヴェルムは墓に近づくと胡座をかいて座り、空間魔法からワインとグラスを取り出した。
「やぁ、久しぶりだね。そちらで仲良くしているかい?いつまでも子どものような喧嘩をしているのかな?こちらは皆んな元気さ。君たちのように毎日騒がしくて退屈しない日々でね。相変わらずの二人だけど、それぞれのパートナーと共に上手くやっているようだよ。」
グラスにワインを注いだ後、墓にも順に残りのワインをかけてから話すヴェルム。
その表情は寂しげで、時に楽しそうに、時に懐かしむ様にコロコロとその色を変えた。
しばらく墓に語りかけていたヴェルムだったが、グラスのワインが無くなると魔法でグラスを綺麗にして立ち上がる。
一瞬、名残惜しそうな表情を見せたが直ぐに消したヴェルム。
見る者を安心させる微笑みを墓に向けた後、丘から見える景色に視線を向けながら目を細めた。
「また来るよ。私がそちらに行く日が来るのはまだ先だけど、その時は是非私を覚えていておくれ。とびきりのワインを持って行くよ。」
ヴェルムがそう言うと、温かい風がヴェルムの頬を撫でる。
気持ちよさそうに目を閉じたヴェルムは、風が止むと振り返る事なく丘を下った。
「父様、母様、皆んなも。久しぶりだね。団長がね、この季節だからこそ行っておいで、って言ってくれたんだ。此処に来るならって、スタークが菜園で育てたお花も持たせてくれたんだよ?綺麗でしょ?…もうあれから随分経ったよ。まだイェンドル王国を復興したいって人はたくさんいるみたい。でも、私やりたい事があるの。だからね、王女には戻らない。親不孝な娘でごめんなさい。でも、父様や母様たちが笑えなかった分だけ、私がたくさん笑顔になるから。団長とも約束したの。父様、団長は父様の言う通り変な人だったよ。母様、団長は母様の言う通り意地悪な人だったよ。そして、お二人の言う通り、優しくてあったかい人だった。あ、人っていうのはちょっと違うかも。こないだも…」
ドラグ騎士団三番隊隊長、リク・ラ・イェンドルが立っているのは、旧イェンドル王国の王都が見渡せる丘の上である。
彼女は当時の宰相や貴族たちによって起こされた内乱によって殺害された、国王と王妃、王子や王女、大公一家の墓に来ていた。
墓と言っても立派なものではなく、その下に彼らの亡骸が眠っている訳でもない。
イェンドル王国を脱出しドラグ騎士団に保護されたリクが、内乱から数年後にヴェルムと共に作った墓だ。
当時、子ども返りをしていたリクは何もわからずヴェルムの言う通りに墓を作った。
だが、症状が落ち着き過去も己の物と出来た今はしっかりとこの墓の意味を理解している。
見事に咲いた百合の花を墓に供えると、三番隊の隊服が汚れる事も気にせず草の上に座り、墓に向かってドラグ騎士団での生活を語る。
それはほとんどがヴェルムとの話であり、たまにカリンやアイル、五隊の隊長や零番隊の面々、三番隊の部下の話も入っていた。
「さて、そろそろ行こうかな。ずっと来れなくてごめんね。思い出してからも、此処には皆んなは居ないんだからって言い訳して、ずっと避けてた。…でもね、団長が教えてくれたの。きょ、今日なら皆んなに、私の声が聞こえるから、って。なんかね、東の国では盆って言うんだって!み、三日だけ、こっちに、皆んなが帰ってくるって…言ってたの。…だからね、わ、私、わたしは、幸せだよって、皆んなに伝えたくて…。」
最後の方は涙が溢れ、殆ど掠れた声となっている。
しかし、それでも最後まで言い切ったリクは鼻水を啜りながらも墓を見た。
そこには、イェンドル王国最後の王族の名が刻まれている。
その中にはリクの名もあった。しかしその字は真新しく、最近彫られたばかりだということが分かる。
あの日、イェンドル王家は滅びた。今此処に立っているのはドラグ騎士団三番隊隊長のリクだ。
その決意を込めてリクの名を彫ったのはリク本人である。
さめざめと涙を流すリクだったが、不意に強い風が吹きリクの薄緑の癖毛を乱す。
その風が止んだかと思えば、今度は別の方向から強い風が吹く。それを数度繰り返してから風は止んだ。
その風が吹いた回数と、墓に刻まれた名からリクの名を抜いた数が同じな事は偶然か。
しかし、リクの瞳から溢れて止まなかった涙は、気付けば止まっていた。
腫れた目を墓に向け、微笑んだリク。
もう彼女の目に憂いは見えない。あるのはいつもの天真爛漫な輝きだけだ。
リクは墓へ向かって見事なカーテシーを見せる。隊服のためスカートではないが、その姿は豪奢なドレスに身を包んだ王女を幻視させる。
しかしそれも一瞬で、また直ぐにいつものリクへと戻る。
ニカっと笑った彼女は墓に背を向けて歩き出す。が、数歩進むと立ち止まった。
そして墓に向かって振り返ると、元気いっぱいに叫んだ。
「皆んな、行ってきます!!」
その言葉に返事を返すように、一陣の風が丘を通り過ぎた。
「スターク!!」
リクはドラグ騎士団本部に戻ってくるなり、スタークの菜園に走って来ていた。
五番隊隊長のスタークは、夕食に使用される野菜を収穫しているところだった。
しゃがみ込んでいたその大きな身体を起こすと、自身を呼ぶ元気な同僚の声が聞こえた方を振り返る。
身体が完全にそちらを向いたと同時に、小さな身体が飛び込んできた。
それを安定感のある鍛えられた体幹で難なく受け止めて、小柄な少女の両脇に手を差し込んで持ち上げる。
リクの顔がスタークの顔の前まで来ると、満面の笑みを浮かべてスタークの茶色の瞳を見つめる。
「おかえり。たくさん話が出来たか?」
「うんっ!スタークのくれたお花、きっと皆んな喜んでくれたよ!ありがとっ!」
そんな会話をしたかと思えば、感謝の印だろうか、リクがスタークの頬にキスをする。
まるで親子の触れ合いのような場面だが、その年齢差は孫と曽祖父といったところだろうか。
それを言ってしまえば、リクとヴェルムでは子孫と祖先だが。
周りで収穫を手伝っていた準騎士や調理部の団員たちも、そのやり取りを微笑ましく見守っている。
「あ、そうだ!スタークにね、お土産があるの!」
リクはスタークに持ち上げられた格好から、降ろして、とアピールして降ろしてもらうと、腰に提げたマジックバッグから何やら包みを取り出した。
「ん?土産か?一体なんだ?」
「えへへ、なんだと思う?」
そんなやり取りでさえも周囲に温かい目線を送られる原因となっているが、渦中の二人はそれを気にしない。
リクが差し出した包みをスタークが受け取ると、丁寧な手付きでそれを開封した。
「種、か?花の種だな。なんの花だ?」
中から出て来たのは黒くて小さな粒。少し土が着いているのは、拾って来たからだろうか。
「これはね、イェンドルにしか咲かないお花の種なんだよ!スタークなら此処でも育てられるんじゃないかって思ったから!」
土いじりに関して絶対的な信頼を寄せているその瞳に負ける事なく、ただただ嬉しそうに微笑んだスターク。
少しだけ考えた後、リクを見て頷いた。
「あの花か。よし、リクがいつでもこの花を見て故郷を思い出せるように、私が咲かせてみせる。楽しみに待っていてくれ。」
「うん!スターク、ありがとっ!」
後に、この花だけが咲き乱れる区画が作られることになる。
菜園の敷地では狭かったため、従魔たちが暮らす飼育エリアの一画に花畑が作られた。
花畑の横にはスタークの魔法でガゼボが建てられ、そこでは頻繁にリクが茶を飲む姿が見られた。
放し飼いされている従魔たちもこの花畑が気に入ったのか、様々な種の動物、魔物が入れ替わり立ち替わりこの花畑を訪れるようになる。
そしてリクに自然の恵みを置いて行くようになり、リクが帰る時にはいつも両手に一杯の花や木の実が抱えられるようになったとか。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
今回は短いですが、お盆という事で短編を書かせて頂きました。
ヴェルムが訪れたのは誰の下なのか、それは後々分かるかと思います。
リクは少しずつ前向きに日々の幸せを噛み締めながら生きています。それが亡き家族に伝わったかは分かりませんが、彼女が幸せならそれで良いのです。
最近、本業の関係で投稿がかなりの不定期となってしまっている事をお詫びします。
夏は予定も疎な為、楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ない事です。
これからも不定期にはなると思いますが、どうぞヴェルムとドラグ騎士団の仲間にまた会いに来てくださると行幸に御座います。
本作品が、皆様の生活の一つの華となりますよう。