114話
「やぁ、久しぶりだね。皆んな良い具合に焼けているね。偶に休暇でこちらに帰ってきてはいたけど、一時的とは言え皆んなでちゃんと帰ってくるのは久しぶりだからね。まずは君たちの無事を喜ぼう。おかえり。」
ドラグ騎士団本部本館の団長室で、団長のヴェルムがにこやかに部下を労っている。
任務の節目を迎えた零番隊の小隊が戻って来たためだ。
長い長い任務のため今回の任務の中間報告も兼ねて、小隊全員で本部に帰って来ている。
彼らは中央の国グラナルドから南西に位置する騎士の国と呼ばれる小国に十年ほど潜入している。
今回は任務のため闘技大会に出場し、優勝した祝いとして騎士王と謁見してきた。その報告を受けているところである。
「団長ぉ、久しぶりですなぁ。いやぁ、グラナルドは涼しいですよぉ。こちらにいた時は今の時期も暑いと思ってたんですがねぇ。」
「スケールは定期的に帰ってきていたけど、昨年から通信魔道具が出来てこちらには来ていなかったからね。グラナルドは変わらずだよ。騎士の国は暑かったようだね。その日焼けを見れば分かるよ。」
独特な語尾で話す筋骨隆々な男は、この小隊の小隊長スケール。
ヴェルムがブレーメンと呼ぶこの小隊には他に三人の隊員がいる。
「団長、会いたかったです。どうですか?私、十年経っても綺麗なままでしょう?」
「レミ。君は初めて会った時からずっと綺麗なままだよ。日に焼けた君もまた素敵だ。」
団長ったら、とクネクネしている美女はレミ。騎士の国では彼女の持ち味である魔法が公に使えなかったためか、グラナルドに戻った今はとても生き生きとしている。
「急に闘技大会で優勝して堂々と騎士王に会ってこいなんて言うから何事かと思いましたよ。あぁ、ご無沙汰してます。こっちにいる間に模擬戦頼めます?」
「シド。勿論さ。君の挑戦はいつだって受ける約束だろう?闘技大会については悪かったね。だが、宰相に会うために忍び込んだ時とは事情が違ってね。というより、宰相に会ってもらったのはこれの布石だよ。」
訓練をつけて貰いたくても中々頼めない他の団員と違い、堂々と模擬戦の申し出をしているのはシド。周りからはチャラい、軟派、などとよく言われている彼だが、何故かオバさまの人気が高い。
人懐こい笑みを浮かべて気軽に話す姿に、どこか庇護欲でも湧き立つのだろうか。
「団長…我…料理…上達。料理長…挑戦。」
「おや、ファゾーラはまた料理長に挑むのかい?それならまた審査員をしなくては。これだけは譲れないからね。でも、ファゾーラがそこまで言うのなら、審査だけでなく私とも一緒に厨房に立ってくれるかい?」
ヴェルムの言葉に、普段は眉一つ動かさない大男が目を輝かせる。
口数が少なくコミュニケーションを取るのが大変なこの大男はファゾーラ。
小隊の炊事係であり、戦闘では敵の視線を一手に引き受ける壁役として戦う。
それぞれ四人がヴェルムと言葉を交わし、和やかな近況報告となっていた。
だが、本題の任務の内容となると空気が変わる。
小隊長としてスケールが前に出る形で報告を始めた。
「団長ぉ、勿論ですがぁ、今回の任務の意義は解っとりますぅ。だがぁ、どうにも腑に落ちんとこがありましてぇ。」
報告書の内容を補足するように報告していたスケールが、疑問を挟んだ。これは珍しい事で、小隊員の三人は驚いた顔でスケールを見た。
スケールは昔、とある軍で軍師をしていた過去がある。その時の癖なのか、どの様な行動も意味があると深読みする癖があった。
ヴェルムからの指示は全て従ってきたが、そこにどんな意味があるのかは常に考えて動いていた。そうすれば現地でしか判断できない状況で、ヴェルムの求める結果により近い行動を取れると思っての事だ。
だが、今回の任務ではそんなスケールの中でも理由が分からない指示があったようだ。
そのため、本人としては自分たちが取った行動の全てがヴェルムの期待に添うか自信がないのだろう。
「騎士王にわざわざ公の場で会う必要と、宰相に事前に会う意味、かな?」
ヴェルムはスケールが疑問に思っているであろう事を予想して言う。
スケールはそれに素直に頷いた。
「賢い君の事だ。予想はしているんだろう?でも、推測に至らない。それは当然だ。今回の任務は他国が絡むからね。君たちには他国の状況はほとんど伝わってないだろう?」
茶目っ気のあるウインクをしながらそう言うヴェルムに、スケールは眉間の皺を増やした。
ファゾーラとシドは真剣に聞いているが、レミは敬愛する団長のウインクを見て呼吸を荒くしている。
「てぇことはぁ。南の国…いや、西の国に動きがあったんですかねぇ?」
スケールは顎に手を当てて考えた後、彼の中で予測を出したようだ。
ヴェルムはそれに満足気に頷き、続きを話すため口を開いた。
「流石は稀代の天才軍師。少し情報をあげれば答えに辿り着く。じゃあ次の情報だよ。西の国の皇太子が代わった事は知っているね?だが、その皇太子は元々大公の後継。今はその弟が大公の後継となっているね。さて、ここで問題が生じた。皇太子は元々、大公となるために領地運営や社交術を学んできた。だがその弟は、将来兄を支えるためにと剣に没頭した。今では大公領の将軍だね。そんな彼が急に領地を継ぐことなど出来ない。今はまだ大公が必死に教えているみたいだけど、元々そんなに賢くない。それで困ったのは誰だろうね?」
ヴェルムが挙げたのは、西の国で現在起こっている問題についてだった。
ヴェルムが説明した通り、西の国の大公領では問題が起こっており、その原因が先の皇太子交代だった。
レミとファゾーラは考える事を放棄しているのか、真剣に考えるスケールを見ている。
シドは彼なりにヒントから答えを探しているのか、スケールと同じ様に眉間に皺を寄せていた。
「つまりぃ、皇太子を次期大公に戻したい連中がいるってぇ事ですかねぇ?」
スケールの言葉に、シドも同じ事を考えたのか目線を上げた。
ヴェルムはシドとスケールを見た後、ニコリと笑って頷く。
そしてすぐに真剣な表情に戻った。
「そう。その件についてはカサンドラが追っている。だけど、その兄派の貴族が、厄介な事に教皇と接触したんだよ。そして今、大神殿には国王の庶子とされる女の子が隠されている。西の国は女性の王位継承も許される。何故なら、冠を被せるのは教皇だからだ。この庶子の存在を大々的に公表し、なんらかの功績を持って城に入り、王に嫡子と認めさせる。そうすれば今の皇太子は必要なくなるね。元々、大公は政治と宗教は分離させるべきという考えだからね。その血が流れている息子に王位など与えたくないという教皇の気持ちもあるんだろう。」
ヴェルムの話に驚く小隊。だが、スケールはこれも予想していたのか冷静だった。
「天竜国の継承権問題は分かったけどよ、それが俺たちの任務にどう関わってくる?」
ヒントだけでは導き出せなかったシドが、降参と言わんばかりに答えを尋ねる。スケールはそれを受けて、待てと言うように手をシドに向けた。
「もう少しで答えがだせそうだぁ。一回整理するぞぉ。こないだレミが斬った西の国の伯爵はぁ、教皇の息がかかった貴族だなぁ。おそらくぅ、元々は大公の寄子か何かだぁ。城に忍び込んで宰相に会って渡した手紙はぁ、その辺りを教える内容だったはずだぁ。てぇことはぁ、シドが騎士王に渡した手紙もぉ、それに関する内容ってことだぁ。」
「つまり?あの侯爵は西の国のトップに唆されたんじゃなく、教皇に唆されたって事か?」
「話聞いてる限りじゃそうなるわねぇ。でも、なんで宰相はコッソリで騎士王は堂々となの?」
「直接…手紙…重要…?」
「それと、おそらくだがその功績ってのは騎士の国の取り込みだろ。確かに、今まで戦争でも外交でも降伏しなかった騎士の国を手に入れたとなれば継承権が動く程の功績になる。」
「そうね…。その庶子ちゃんがどんな子なのかにもよるけど、女の子で聖属性でも使えれば聖女だなんだっていって担ぎ上げられるものね。その上で国王の庶子だと分かれば…。」
「皇太子…変更…不可避。」
「それが教皇と大公の寄子たちの目的か。利害の一致ってやつだな。」
結局この謎は小隊全体を巻き込んで答えを探していた。
スケールはよく、この三人に好きに意見を出させてそれを黙って聞いている。
そうする事で自身に無い見解からの真実が見えるかもしれないからだ。
彼が一回整理すると言えば、自然と他三人が思う事を言うようになったのは随分と前になる。
今ではこれがこの小隊の自然な形だった。
「手紙は、直接渡す事に意味がある、か。んー。剣術道場の師範って肩書が必要だった訳がねぇよな?となると…、手紙の中身ってまさか…!!」
シドが何か思いついたようだ。スケールもこの時は既に顔を上げており、不安気にヴェルムを見ていた。
ヴェルムはそんなスケールを安心させるように微笑み、シドが目を見開くのを見ている。
「他の立場なんて零番隊である事しか…って、え?待ってよ。騎士王に私たちの正体を明かしてるって事!?」
レミもシドと同じ答えに辿り着いたようだった。
「シドが騎士王に渡した手紙には、君たちがドラグ騎士団だとハッキリ書いてある訳じゃ無い。でも、私の庇護下にある者だとは書いておいたよ。今代の騎士王はグラナルドに来た時に私も何度か会っているからね。彼に私からの忠告を届けて貰ったんだ。宰相に先に会ってもらったのは、その手紙を誰にも検閲させないため。騎士王は世襲制じゃ無い分、敵が多いからね。宰相には貸しが幾つかあったから、その一つを返してもらったんだ。」
ヴェルムがそう言うと、シドとレミは納得した表情になる。スケールはまた何やら考えているようだ。
「ん?だけど、騎士王に手紙を読ませたくないなら、それこそ宰相と同じようにコッソリで良かったんじゃねぇの?」
納得していた所にまた新たな疑問が湧いたらしい。シドが首を傾げてスケールに問う。
スケールは考えていた所だったが、片眉を上げてシドの問いに答える事にしたようだ。
「そりゃあぁ、これから俺たちと騎士王の接触が増えるからだぁ。おそらくぅ、交代で定期的に城に上がるようになるぞぉ。剣術指南役とかじゃあないかぁ?そうすれば今後も騎士王と連絡が取りやすいからなぁ。そのための闘技大会優勝だぁ。優勝者が騎士王に気に入られてぇ、王城を彷徨いてもおかしくないぞぉ。」
そう、ヴェルムがわざわざシドに闘技大会に出て優勝させたのは、騎士王との繋がりを作るためだった。
しばらく西の国は落ち着かないだろう。西の国に騎士の国が吸収されるような事があってはならないのだ。
それは、グラナルドというより南の国のためだった。
もし、武力を国の礎とする騎士の国が西の国となれば。
当然、今までの魔法に頼らない生活は終わりを告げる。そして、魔法と騎士の武力が合わさった精強な軍隊が作られることになる。
西の国は征服した国に番号を付け、その番号が大きい程地位が低くなる。つまり、騎士の国の屈強な王剣騎士団が奴隷の如く戦場に出てくる事になるのだ。
グラナルドにはドラグ騎士団がある。万が一にも負ける事はない。
だが、南の国はそうではない。
将軍たちは強く、軍隊も大きく強い。だが、大国同士が隣接するのは様々な意味で危険なのだ。
現に、南の国は東の国と国境を接して以来争いが絶えない。
グラナルドは全ての大国と接しているが、今も此処にグラナルドがあるのはドラグ騎士団の存在故である。
「じゃあ、もしかして俺が城を出入りするようになるのか…?あんな堅っ苦しいとこやだぞ!?」
シドは自身が城に行く姿を想像したのか、嫌そうな顔を隠しもしない。レミは同情の目で見ているが、ファゾーラの目はそれを確実に面白がっていた。
「いやぁ、おそらくぅ、シドだけじゃなく俺たちも順番だぁ。同じ道場の師範だからとかでぇ、呼ばれるんじゃないかぁ?」
スケールの予想は違ったようだ。その言葉を聞いてレミもファゾーラも顔を青くしている。
シドは仲間が出来たことに喜んでいるのか、ならいいか!などと言って笑っていた。
「相変わらず仲良しで嬉しいよ。この後の夕食は共に出来るかい?他の皆んなも、君たちの話を聞きたがっているはずだよ。」
ヴェルムはブレーメンを微笑まし気に見ながらそんな事を言う。
騒いでいた四人は直ぐに黙ってヴェルムを見ると、満面の笑みでこう言った。
「「「「是非!」」」」