111話
「錬金術オタクの奴、失敗したらしいじゃん?」
「失敗というより、団長の命に異議を唱えたらしいわよ。」
「ほぉ?つまり、団長の御心を理解出来ていないという事かぁ?そんな馬鹿がウチにいたとはなぁ。」
「精鋭…雑魚…不要。」
「ファゾーラの言う通りだなぁ。俺たち精鋭に雑魚はいらねぇ。団長の命に全力で当たれねぇやつもだぁ。」
「おい、スケール。当たり前の事を言うなよ。てか、そんな事より次の任務をどうするか決めようぜ。レミ、詳細よろ。」
「私ぃ?しょーがないわね。ほら、これよ。今回はシドを軸に計画を立てるわ。さっさと終わらせて団長に会いに帰りましょう?」
「賛成…。敵…壊滅…。迅速…帰還…!」
「だなぁ。久しぶりに料理長の飯が食いてぇ!」
「我…飯…不満…?」
「い、いや、ちげぇってぇ。ファゾーラの飯にはいつも感謝してるってぇの。」
「ふふ、スケールってば慌てて。ファゾーラだって分かってるわよ。冗談よねぇ?」
「…冗談。…スケール…動転…珍事。」
「おぉ?俺を揶揄ったなぁ?やるじゃねぇかぁ、ファゾーラぁ。」
「良いからはやく進めろって…。」
ここはグラナルド南西にある小国二国の内、グラナルドと国境を接していない西側の国。
百年以上前にとある騎士が流れ着いたこの地は当時、部族毎に争いを繰り返していた。
今は亡き国の騎士だった彼は任務でこの地を訪れ、部族たちを交渉や武力によって併合していく。その流れは彼の故郷の国が滅びても続き、いつしか彼は騎士王と呼ばれるようになっていた。
そうして数多の部族をまとめ上げ、その全てに騎士道とは何たるかを説いた騎士王。
隣の小国との国境線を引いた頃には、精強な騎士団を有する国となっていた。
それ以降、王位は騎士から選ばれるようになる。当然、騎士王の遺言である。
よって、王でありながら武に長け、智に長ける王は、西の国と呼ばれるようになった天竜国ドラッヘからの再三に渡る降伏要求を一蹴しつつも、その権威を磐石な物にしていた。
そんな騎士の国とも言えるこの国の首都に、ドラグ騎士団零番隊の支部があった。
各国に様々な形で存在する支部だが、表向きの用途は異なる。
騎士の国にある支部は、剣術道場として存在していた。
騎士の国だけあって、剣術を幼い頃より学ぶのは当然の事。そこに男女の差は無く、更には種族の差も無い。
強いて言うなら、魔法を忌諱する風潮があるくらいだろうか。
そのせいかは分からないが、魔法を得意とするエルフやら小人族といった種族は見下される傾向にあった。
剣術道場として街に溶け込む零番隊の支部には、今は門下生の一人もいない。
中にある会議室で顔を合わせているのは四人。
ファゾーラと呼ばれた口数の少ない大男。
シドと呼ばれた軽い口調が特徴の細身の男。
レミと呼ばれた蠱惑的な笑みを浮かべる美女。
スケールと呼ばれた語尾に特徴のある筋骨隆々な男。
彼らは零番隊精鋭の一小隊である。
今回の潜入任務は既に十年目。零番隊は多くが外国に出たままだが、この小隊もそれと同じように長らく本部に帰っていないようだ。
そんな彼らが話すのは、先の北の国内乱時に起こった細目の精鋭の話。
元より精鋭同士はそこまで仲良くないからか、特に小隊同士で牽制し合う姿が散見される。
この小隊もそうなのだろう。あからさまに彼の悪口を言いつつ、軽蔑の眼差しで宙を睨んでいた。
しかしすぐに話題は修正され、任務に動きがあった事を共有する小隊。
その意識は瞬く間に軌道修正され、先程までの嫌悪に満ちた表情は既にない。四人とも真剣な表情で話し合いを続けた。
「シドせんせっ!今日もありがとうございましたー!」
「おう、気をつけて帰れよ〜!」
剣術道場のいつもの光景。
門下生たちは夕陽の背景に大きく手を振りながら道場を後にする。
子どもだけでなく、老人や働き盛りの大人の姿もある。
ここ数年でこの剣術道場が民の間で話題になり、騎士にはならなかったが腕を磨きたい大人や、現役を引退した老人の老後の楽しみ。将来騎士になるべく自身を鍛えたい子どもや、親から言われて仕方なく通う子ども。中には、既に他の道場で一番になってしまったが故に、より強い相手を求めてこの道場に来た者もいる。
実に多様な年代、性別、そして種族の者が集まるこの道場は、門下生が百人を越えており、四人の師範は国から何度も声がかかっていると噂だった。
「レミ先生。俺が先生から一本取ったら、デートしてくれるって約束!覚えてるよね!?」
「えぇ、もちろん。ちゃんと覚えてるわ。どんな動機でも強くなるための原動力だもの。頑張りなさい。」
「うん!いつか勝って先生をお嫁さんにしてやるからな!」
レミは門下生を魅了する蠱惑的な笑みを浮かべる。
それを偶然見たスケールはため息を吐くが、その哀愁漂う姿に、門下生を迎えに来た母親たちの目の保養になっている事に気付いているのだろうか。
「ファゾーラ先生!これ、母ちゃんが渡せって言ってた!」
「…受領…母君…感謝…伝達。」
「んー、わかった!母ちゃんにありがとって言っとけばいいんだな!じゃあね、ファゾーラ先生!」
口数の少ない大男ファゾーラにも、街の子どもは既に慣れている。
見た目は厳つく声も低いが、接してみれば優しい大男。
門下生だけでなく、その保護者からの人気も厚い。何より、料理が好きという見た目からは想像がつかない趣味があり、たまに剣術道場がある区画、東市民街の寄り合い所にて料理教室をしたりもする。そのため、地域の主婦たちからの信頼は絶大だ。
この小隊はファゾーラ以外料理が壊滅的で、四人が零番隊の精鋭になる前から既に料理に関しては諦めがついていた。
よって、必然的にこの小隊の胃袋を掴んでいるのはファゾーラとなる。
門下生や保護者たちと話す四人は、皆笑顔で楽しそうである。
だが、道場から四人以外がいなくなると、その表情が引き締まる。
今夜は任務で今代の騎士王がいる城へ向かう。
そのためにもまずは腹ごしらえだが、既に気持ちは任務へ向いているようだ。
ファゾーラは厨房へ向かい、三人は各々任務の支度に向かった。
「よし、じゃあ予定を再確認するぞぉ。と言っても、侵入して宰相と面談、ってな感じの簡単な任務だぁ。誰か希望のポジションはあるかぁ?」
ファゾーラ手製の夕食を摂った後、四人は会議室へ集まった。
王城の見取り図を貼り付けた黒板の前に立ち、間延びした話し方で話すのは、小隊長でもあるスケールだ。
スケールの言葉にシドが反応する。
「万が一を考えて、俺は後方支援に徹するけど。良いよな?」
シドはこの小隊で一番の戦闘好きだ。だが、今回の任務は城への侵入。派手な戦闘は無い。
それに加え、シドには別件で任務がある。その任務に支障が出ないよう、今回は後方支援に回るようだ。
「もちろんだぁ。最初からそのつもりだしなぁ。て事で、今回はレミがフォアードだぁ。ファゾーラはその援護で、俺が後詰めに回るぞぉ。」
「だと思ったわ。了解。」
「…委細…承知。」
レミとファゾーラは頷き、やる気に満ちた瞳をスケールへと向けた。
「頼りになる仲間で助かるぞぉ。」
スケールも嬉しそうに笑う。
そして彼ら零番隊の一小隊である四人は王城へと消えた。
剣術道場を隠れ蓑とする零番隊の小隊が、騎士王のいる王城に侵入した夜から一月程経ち。
大陸南西部のためまだ暑さ残るこの国では、年に一度ある国主催の闘技大会が行われていた。
王城のすぐ横にある巨大なコロシアムでは、在野の騎士や騎士王に忠誠を捧げる騎士団、冒険者や腕に覚えのある猛者達が一堂に会し、その武力をぶつけ合う。
中には魔法使いらしいローブに身を包んだ者もおり、この大会の"殺し以外何でもあり"というルールに則った激しい戦いが繰り広げられている。
巨大コロシアムだけでは会場が足りないからか、首都の東西南北にも同じようなコロシアムがあり、そこで予選が行われている。
中央の巨大コロシアムでは、予選から騎士王が見学するとあって、民も多数押し寄せ熱狂の渦を生み出している。
この大会期間中は、首都のどこにいてもコロシアムからの歓声が聞こえてくる。
そのくらい、首都、いや国全体を巻き込んだ大きなイベントなのだろう。
そんな熱狂の闘技大会の予選では、東ブロックで大波乱が起こっていた。
「し、試合終了ー!!試合を制したのは、東市民街の剣術道場より参加のシド選手!強い、強すぎる!これまで全ての相手を一太刀で斬り伏せてきた実力!その全てを明かす事が出来る選手はいるのかっ!次の試合でシド選手の決勝の相手が決まります!乞うご期待!」
拡声の魔道具に向かって捲し立てる司会者。
グラナルドで流通している拡声の魔道具よりも何世代も前の型だが、ここは魔法を忌諱する騎士の国。魔法に頼る魔道具の進化が目覚ましい訳もなく。
寧ろ国主催の大会で魔法に関する物を使って良いのか、などと下らない事を考えながら退場して行くシド。
その背には特大の歓声が贈られた。
「おつかれぇい。どうだぁ?調子はぁ。」
選手控え室に戻ったシドを出迎えたのは、スケール一人だった。
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってやがる。」
いつものように間延びした話し方をするスケールに、シドは器用にも片方だけ口角を上げて笑って見せた。
その言葉は不遜だったが、その表情からは油断は見えない。単に、ここで負ける要素が無いと言いたいようだ。
「お前が負けるとはぁ、思ってないぞぉ。寧ろぉ、調子悪いとか言って負けられる方がぁ、迷惑だぁ。」
スケールはシドを挑発するように不敵に笑う。シドに喝を入れると共に激励の意味も込められているが、当然それはシドも気付いている。
だが、敢えて挑発に乗るような事を言った。
「誰が迷惑だって?そこまで言うなら予定通り余裕で優勝してやるよ。この俺に剣で勝てるのは団長だけだからな。」
言ったな?と言わんばかりの目を向けるスケールにも怯まず、シドはニタリと笑った。
それに満足したのか、スケールは一度頷いてから選手控え室を出て行った。
シドの横を通り過ぎる時に肩を叩かれたが、激励だと思って気にしていなかったシド。
だが、スケールが去った後にポケットに手を突っ込むと、覚えのない紙が入っている事に気づく。
"ルールは何でもあり。いつだって油断するなよぉ?"
紙に書かれた短い文を読み、額に血管を浮き上がらせるシド。
チッ!と盛大な舌打ちをかました後、壁にもたれて瞑想を始める。
どうやら、肩を叩かれた時にポケットに入れられたらしい。
小隊長であるスケールは、戦闘能力こそ他の三人に劣るものの、戦場を把握する力、観察力、交渉力、相手の裏をかく力。どれも一級品だった。
その道のプロである忍の鉄斎やゆいなですら、スケールは相手取りたくないと言う。
してやられた怒りは、次の対戦相手にぶつけよう。
そう考えて切り替えたシドの表情は、既に冷静さが戻っていた。
偶に思い出したように頬がヒクついている以外は。