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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
110/292

110話

「お、なんか美味そうなもん食ってんな。邪魔するぜ。」


ドラグ騎士団本部、二番隊隊舎の隊長室にノックもなく入る失礼な男がいた。

その男の背は高く、燃えるような赤髪を無造作に伸ばしている。


「やぁ、ガイア。ちょうど良かった。君にも食べてもらおうと思ってさ。まだ焼きたてだよ。」


失礼な男は一番隊隊長ガイア。そんなガイアをにこやかな笑顔で迎えたのは二番隊隊長アズールだ。

ガイアはアズの誘いにヘラヘラと笑いながら、勧められたソファに腰を下ろす。


長い脚を組み腕を背もたれに投げ出すと、空いた手で髪をかき上げた。


「ほら、これなんだけど。そこそこ上手く出来たと思うんだ。後で団長にも持っていくんだけど、その前に味見、するでしょ?」


アズは皿に山のように盛られたマドレーヌをガイアに差し出し、自身は飲み物を淹れに簡易キッチンに向かう。


ガイアは目の前に置かれた山盛りのマドレーヌを見て、ほんの少し口角を上げた。

普段は甘い物を滅多に食べないガイアだが、特別嫌いという訳ではない。

とりわけ、アズやヴェルムの作る菓子は好物の部類に入るのだ。


茶色の焼き目に、一つにつき少量のアーモンドが乗っている。

卵以外の材料を同じ分量で作るマドレーヌは、油分が多く、比較的保存に向いた焼き菓子と言えるだろう。

因みに、卵黄ではなく卵白を使って作られる菓子をフィナンシェと言う。


まだ湯気が出ているところを見るに、焼きたてだという言葉に嘘は無さそうだ。

アズがガイアに嘘をつく理由もないが。


こういった焼き菓子は、日持ちさせるために焼いてすぐ粗熱を取り、油を馴染ませる意味でも冷ます。

だが、アズはそれを魔法でやってしまう為、アズが作った焼き菓子を、焼きたての湯気が出ている状態で食べる機会はそう多くない。


ガイアとしてはなんでも熱々が好きであるため、菓子の類も焼きたてが一番の好物だった。

それを知っているアズが、わざわざ魔法をかけずに待っていたのだろう。


元々、この時間に隊長室を訪れる約束をしていたが故の心遣いだった。


「お待たせ。食べる分だけ取って良いよ。ガイアは熱々のが好きだったから、是非焼きたてを食べてもらおうと思って。残りは冷ましちゃうから。あと、ガイアならマドレーヌにはこの珈琲かなって思ってさ。というか、一番隊は熱々が好きな人が多いよね。やっぱり属性によって好みは分かれるのかな?そうなると、僕たち二番隊は冷たい物が好きな人は多いし、五番隊は歯応えを気にする人が多い。そこまでは良いんだけど、風、聖、闇の人たちはどうなるのかな?研究のテーマとしては面白い気がするよ。」


戻ってきたアズがそう言いながら、ガイアの目の前に真っ白なカップを置く。中には、カップの白さと真反対に黒く濃い珈琲が揺らめいていた。

淹れたてなのか、湯気がたくさん立ち上りマドレーヌの甘い匂いと珈琲の芳醇な香りとか混じり合い鼻腔を擽る。


ガイアの好みが正確に刺激されたのか、その表情は安らかだ。

珈琲の香りをカップを持たずに楽しみ、ゆっくりとした動作で姿勢を前に傾けた。


「あぁ…。こりゃ完全に俺の好みだ。ったくよ、アズといい団長といい、どうしてここまで俺の好みを把握してんだ?料理長とは別に、俺の胃袋を握りしめられている気分だっつーの。それに、その属性による好みの差?は、確かにあるかもしれねぇなぁ。聖属性持ちはスープとか温かい物が好きだし、風の奴らは気分次第。闇は…、団長の手前言い難いが、ゲテモノ好きが多い気はするな。」


ガイアは不満そうに言うが、その表情は真逆である。

既に熱々の珈琲を口にしており、味も好みと合致したのか眉尻を下げている。


アズはそんなガイアをニコニコと笑顔で見ており、同じく自身にも淹れた珈琲のカップを掴んでいる。

好みの話はそれで終わりなのか、アズが特に取り上げる事は無かった。


それに気付いたガイアが気まずそうに眉間に皺を寄せると、アズは、ふふ、と声にならない声で笑った。


「なんだ、アズも俺に合わせて珈琲か?珍しいし、なんか悪いな。」


普段珈琲をあまり飲まないアズに気付いたのか、ガイアは己に合わせてくれたのだと判断したようだ。

確かに、飲み物を淹れるなら同じ飲み物を淹れたほうが見た目も体裁も良い。


だが、アズから返ってきたのはそんな考えとは別の言葉だった。


「ううん。偶には僕もガイアみたいに珈琲とマドレーヌを合わせてみたかったんだ。それに、マドレーヌを焼いたらガイアにこの珈琲を淹れてあげようと思ってたからね。この豆、ガイアが言ってたやつだよ。なかなか手に入らなくて苦労したんだ。」


「あぁ。分かってる。どうやって手に入れたのか聞こうと思ってたとこだ。それに、その、なんだ。アズが俺と同じ事やってみたいってのも嬉しいよ。ありがとな。」


ガイアの言葉にアズは一瞬だけキョトンとした表情を見せるも、すぐに微笑んで頷き、どういたしまして、とだけ返した。

何となく気恥ずかしくなったのか、ガイアは気を取り直したようにマドレーヌに手を伸ばす。横に置かれた皿に三つ取ると、大皿をアズに寄せた。


「それだけで良いの?リクが来ても大丈夫なくらい焼いたよ?」


アズがそのようにガイアに言う。

マドレーヌを口に入れかけていたガイアは、それを聞いて一度口を閉じた。


「おい、食おうとしてる時に笑わすなよ。姫が来たって冷ましたもんが食えなくなる訳じゃないだろ?」


それはそうだ。だが、ガイアはリクを舐めている。


「マドレーヌはさ、リクの好物でもあるんだよ。流石にここまでは来ないけど、団長室に持っていくと何故か来る。嗅覚なのか勘なのか…。とにかく、マドレーヌの時は確実に来る。前に任務があってリクがいない日に団長に持って行ったけど、何故かリクもすぐに来たんだ。任務を早々に終わらせて、ね。」


アズがどこか困ったように言うのを見て、ガイアは固まっていた。

ガイアとしては、熱々のマドレーヌの感想を言いたいのだが、雰囲気がそれを許さない。


「そ、そりゃあ…。姫は犬か何かか…?アルカンタ中のマドレーヌを食い尽くしそうな話だな、おい。」


マドレーヌを咀嚼しながらも、それを感じさせない程普段通りに話すガイア。行動はガサツでも、その食べ方は洗練されており、深い教養を感じさせる。


「まぁ、そうだね。僕もそれは思ったことがある。でも、お散歩って言ってしょっちゅう街に出てる割には外でマドレーヌを食べた話を聞かないんだよね。何でだろう?」


アズは視線を宙に向けながら、世界の謎に挑む学者のように考えを巡らせる。

その姿は民の暮らしを憂う貴公子のようであった。

アズの隠れファンクラブは会員ナンバー一桁の者たちが一気に空席になった為、現在はその席を賭けて激しい抗争が続いているという。


そんな隠れファンクラブも分からないだろう。

まさかこんな絵になる姿で悩む内容が、同僚の食い意地についてだなんて。


ガイアはそんな絵になるアズを見ながらマドレーヌを食べ、珈琲を飲む。

二つ目のマドレーヌを一口齧ったところで、急に何か思いついたように目を開いた。


「そういや、このマドレーヌのレシピは誰に教わったんだ?師匠か?」


レシピについてだった。

アズは宙を見ていたため、ガイアの何か閃いた表情は見ていない。

ガイアの質問に少しも考える時間を持たずに、ニコリと笑って答えた。


「いや、団長だよ。二番隊に入ったばかりで、周りの隊員のように魔法が上手く使えなかった時だね。団長がそんな僕を見つけて、気分転換にって言って教えてくれたんだ。」


アズは昔を懐かしむように微笑みながら言う。アズの頭の中には当時の記憶が思い起こされているに違いない。


ガイアはそんなアズの様子には触れず、顎に手を当て何か考えているようだ。

アズはそんなガイアに気付いたのか、首を傾げてガイアを見た。


「レシピが何だって?…ん、そう言えば、このレシピはイェンドルで手に入れたって言ってたかも…?」


「おう、それだ!正にそれだろ!」


アズの呟きに、ガイアが過剰に反応する。まるで喉に引っかかった骨が取れたような表情をしている。

反対に、アズはポカンとした表情を浮かべていた。何のことかさっぱりなようだ。


「何がそれなんだい?ガイア、僕にも分かるように話してよ。」


拗ねた子どものようにガイアに乞うアズ。昔の記憶に想いを馳せていたせいか、何の会話をしていたか忘れているようだ。

それに気付いたガイアは一度ため息を吐き、珈琲を口に含む。

焦らされているように感じたアズは自分で答えを探そうと必死に頭を働かせていた。


「アズがさっき言ったんだろ?なんで姫がこのマドレーヌにやたらと反応するのか、って。多分、王女時代に食ったことあるんだろ。このレシピのマドレーヌを。あの食いつき方からして、身内か仲良かった人か…。母親である王妃って可能性もあるな。」


「あ、そっか…。そういえばリクはイェンドル出身だったね。皆んなの出身なんて気にしてないから忘れてたよ。でも、おかげで理由は分かったね。流石ガイアだよ。」


アズがのほほんと言うが、ガイアは盛大なため息を吐いた。

この二人、"焔海の双璧"と呼ばれる民に絶大な人気を誇る騎士であるが、内実はこのような関係性である。


凱旋パレードでは怠そうな態度を隠しもしないガイアと、涼しい顔をして民に手を振るアズ。

実際は、ガイアの方が細かいところまで気がつき、アズは若干の天然が入る。


周囲のイメージとあまりに違う二人だが、周囲のイメージ通りの仲良しでもある。

街では、この二人が禁断の愛を貫くというテーマの本も出版されており、二人の隠れファンクラブの会員は全員がこれを所持しているとか。




二人の疑問もある程度解決し、これ以上はリク本人に聞くしかないと結論付けた。

それからはのんびりとしたお茶会が続き、二人はゆっくりとした時間を過ごした。


団長室に行くつもりであった時間を超過し、それに気付かないほど話し込んでいた二人は、ある人物の来襲により最初の会話を思い出す事になる。


来客予定などない二番隊隊舎の隊長室に、唐突にノックの音が響く。

二人は首を傾げるが、その後に聞こえた声を聞き、すぐにテーブルの上のマドレーヌを見た。


「あーちゃん、いるー?」


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