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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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11話

木々が紅葉した頃、グラナルド王国首都アルカンタのドラグ騎士団本部では、本館横の巨大な訓練所に騎士団の各隊が集まり何やら騒ついていた。


「いやー、最近朝晩そこそこ冷え込むようになって、街じゃ風邪が流行ったりしてるらしいっすよ。先輩体調とか大丈夫っすか?」


「らしいな。俺はなんともないぞ。そもそもこの騎士団に風邪ひくやつ見ないけどな。お前も気をつけろよ。」


「あざっす。気をつけます。先輩も気をつけてくださいね。それより、今日はなんか全体訓練の後、団長から話あるらしいんすよ。なんか聞いてます?」


「いや、知らないな。部隊長たちも不思議がっていたからな。まぁ、我らが兄貴ガイア隊長は、団長が何か思いついたんじゃねぇの、とは仰っていたが。」


「そーなんすか?なら俺らにとっちゃ天国か地獄のどっちかっすねー。」


「あぁ、どちらにせよ楽しみだがな。何でもドンと来いだ。前にあったファンガル伯爵領から帰還後の訓練を経験すれば、なんだって楽勝だろう。なぁ?」


「あー、そっすねー。たしかに。あれはヤバかったもんなぁ…。」


ダラダラと会話している団員は二人とも、黒を基調に真紅の差し色が入った隊服を着ていた。一番隊なのだろう。

会話が止まってから周りに耳を澄ませるが、そこかしこで訓練後の団長の話の内容について予想されていた。

しかし、騒ついていた場が一瞬で鎮まり、隊毎に整列していた団員全てが同時に敬礼する。

その後、本館の扉が開きヴェルムが姿を現す。団員たちの前まで来ると、右手を軽く挙げた。

即座に休めの号令がかかる。一糸乱れぬ動きで敬礼から休めの姿勢に移行する。

それを見て満足そうに頷いたヴェルムが口を開く。


「みんなご苦労様。最近は寒暖差も増えてきたし、ここ首都では風邪も流行してるみたいだけど、みんなは大丈夫かな。しっかり体調管理に気をつけてね。じゃ、とりあえず今回の全体訓練を始めるよ。いつも通り隊列訓練の後は模擬戦だから、組み合わせはサイに聞いてね。サイ、よろしく。」


ヴェルムが口を閉じると、気をつけ、敬礼と号令があり、これまた一糸乱れぬ動きを見せる騎士団。

ヴェルムと入れ替わるように、四番隊隊長サイサリスが前に出る。


「はい、ではいつも通り、私から組み合わせを発表しますが、その前に。みなさん怪我には気をつけてくださいね。手足が取れても仮に死んでも、すぐに元通りにしますので安心してくれて良いですが、怪我はポイント下がりますからそこも気をつけてください。」


サイはそう言って微笑み、次に組み合わせですが、と続ける。定期的に行われる全体訓練では、各隊から無作為に選ばれた隊員が、これまた無作為に選ばれた他の隊の隊員と即席で小隊を組み、その小隊同士で模擬戦をする。今サイが発表しているのは、その小隊同士の模擬戦の組み合わせだった。

団員は訓練所に来る前に籤を引いている。その籤には色と番号が書いてあり、それと同じ籤を引いた者同士が小隊となる。結果、青一小隊、緑三小隊、などといった呼称が使われる。

サイによる発表が終わった後、色と番号が付けられた旗が浮かぶ。団員は自分の引いた籤と同じものを探してそこへ向かった。







「みんな、お疲れ様。優勝した小隊はご褒美があるから、後で受け取っておいてね。さて、じゃあ今後の話なんだけど。」


模擬戦が終わり優勝が決まると、少しの休憩を経てまた整列する。そこにヴェルムが声をかける。団員たちも、さて今回は何を言われるのだろうか、と興味津々だが、休めの姿勢は崩さない。


「秋も深まってきたし、今度二番隊と五番隊は近くの山でキノコ狩りをメインに、秋の実りを採ってきてもらうよ。で、みんなで月見酒といこう。残る隊は、こっちの準備ね。いつも通り、警備は魔法で済ませるから。細かい事は広報に聞いてね。私からは以上だよ。」


団員たちはキリッとした表情をしているが、どこかホッとした顔をした者もいた。

追加訓練か、と予想していた者は特にホッとしていた。

そして、皆同時に頭に浮かぶ。今、団長は月見酒と言ったか?と。

これは全力で準備に取り掛からねばならない。団長が何かを見ながら酒を飲む時、それは、特別なものであるからだ。月見酒、花見酒、雪見酒。実に様々あるが、そのどれもが今まで特別な意味を持っていた。今回は何があるのだろうか。

なんにせよ、団員たちに出来ることは準備だ。団員たちは、最高の月見酒にしようではないか、と密かに気合を入れた。







「こちら六班、予定した地域までの捜索を完了。帰投します。」


黒を基調に茶の差し色の隊服を着る男性隊員が、念話魔法を使用していた。背には籠を背負っている。

ここは、首都近郊の街から歩いて数時間の所にある、小さな山だ。先日のヴェルムの宣言から数日、アズとスタークの指示で二番隊と五番隊が秋の実り採集に来ているのである。


「六班は任務を終えた。我らももう少しで終了予定地域だ。急ぐぞ。」


先ほどの六班とは少し離れた位置で連絡を受けた班は、先を急ぐ。この班が今この地域にいる事を、六班の班長は予想していたようだ。でなければ場所が分かっている相手にしか届かない念話魔法は使えない。

急ぎながらも秋の実りを探すその姿は、歴戦のハンターのようであった。







「師父、只今戻りました。」


団長室で書類仕事をしていたヴェルムの後ろから、ヴェルムを師父と呼ぶ声がかかる。


「あぁ、おかえり。君が帰るのを待っていたよ、カリン。」


団長室の扉はヴェルムの正面だ。しかしその声はヴェルムの後ろからかかった。ヴェルムの後ろにはバルコニーがある。ヴェルムがカリンと呼んだ相手は、いつもバルコニーから帰還する。何度言っても扉から入らないため、もうヴェルムも何も言わない。苦笑して出迎えの声をかけた。


「大変長らくお待たせ致しました。しかと任務完了して御座います。して、アイルは何処に?普段なら扉から入れと魔法か暗器が飛んでくるところですが…。」


どうやらカリンは任務に出ていた者のようだ。しかし、その見た目は零番隊でセトの弟子のアイルにそっくりだった。アイルと同じく藍色の髪に水色の瞳で、髪形や背丈まで一緒だった。違うのは格好であろうか。アイルは執事服であったが、彼女は真っ黒なローブで全身を包んでいる。

カリンはアイルの双子の姉で、アイルがセトに師事しているように、カリンはヴェルムに師事している。主に武器を使った戦闘術についてだ。だから普段からヴェルムを師父と呼ぶ。


「アイルなら今はヴェルム様の命で出ておりますよ。無事のご帰還、お祝い申し上げます、カリン。」


セトが紅茶を淹れてカリンにソファを勧め、無事に帰った事を祝う。


「おじい。ただいま。そっか、アイルと入れ違いかぁ。ありがとう。」


紅茶を飲みながらセトに答えるカリン。


「明日には戻るんじゃないかな。そろそろケリが着くって報告を貰ってから数日経ってるから。そうだね、私の予想では明日の朝一、かな。」


「おや、では私は昼に致しましょう。」


ヴェルムが言いセトも乗る。カリンは人差し指を顎にやり、少し上を向いて考える。


「うーん。夕方って事はないよね。じゃあ朝食後にしようかな。師父、私が当たったら手合わせしてくださいます?」


「手合わせかい?うん、いいよ。どれくらい強くなって帰ってきたか見てあげないとね。あぁ、リクともしてあげて。カリンに負けないように訓練するって張り切っていたからね。」


別に賭けの報酬にしなくてもヴェルムは手合わせを受けてくれるが、そこは敢えて報酬という形にしたカリン。

リクの話が出ると、嬉しそうな顔をした。


「リク様ですか!はい、もちろんお手合わせして頂けるよう頼みに行きます。」


「ふむ、現在何勝何敗でしたかな?」


セトがニヤリと笑いカリンへと聞く。


「もう数えてないよ。どっちがリードしてるかだけカウントしてる。今は私がリードだよ。一勝だけね。」


「ふむ、そうでしたか。ではいつもの流れであれば今回はリク殿の勝ちですなぁ。もちろん、タダではやられないのがカリン、貴女ですよね?」


「おじい、相変わらず意地悪だなぁ。もちろん、今回こそリードを広げるのよ。勝って負けて引き分けてを繰り返してるんだから。」


セトとカリンの応酬が続く。それを見ながらヴェルムが笑う。

ほら、師父に笑われちゃったじゃない!おや、私のせいですかな?と騒がしい。


「カリンも帰ったし、アイルが戻ったら月見酒にしよう。頼んだお酒は手に入ったかい?」


ヴェルムが嬉しそうにカリンへ言う。


「あ、これですよね。持って帰ってきましたよ!任務よりこれを手に入れる方が苦労しましたからね。大事に持って帰ってきました!」


そう言ってカリンは手を翳し、空間魔法から大きな瓢箪を取り出す。カリンは空間魔法の遣い手だった。アイルは転移魔法、カリンは空間魔法である。才能豊かな双子だった。


「あぁ、それだ。うん、ちゃんと聖属性がたくさん含まれた良い酒だ。ありがとう。」


カリンは任務とは別に、ヴェルムからこの酒の調達を頼まれていた。

この酒は、東の国の奥、とある祠で造られる。巫女と呼ばれる者たちが聖属性魔法をかけ続けて聖水にし、炊いた穀物を入れ発酵させる。そして出来た酒を、百年単位で寝かせるのだ。今回カリンに頼んだのは、二百年物の酒だ。


「ちゃんと割符は使えたかい?古い物だからどうかと思ったんだけどね。こっちは新品同様だけど、向こうはそうじゃないかもしれないから。」


「いえ、大丈夫でした。向こうの割符も新品同様でした。むしろ、師父の弟子だと聞いて色々勝負を持ちかけられた事の方が大変でした。」


面倒かけたね、と返しながら紅茶を飲むヴェルム。

あそこは一度行くと中々帰してもらえないのが厄介ですな、とセト。

夕食にヴェルムが席を立つまで、団長室は会話の声が途切れなかった。







その夜、カリンは何故が執事服で夕食を摂るホールに現れた。


「お?カリン、帰ってたのか。おかえり。その格好、またやってんのか?今回はどんくらい引っかかった?」


先に席に着いていたガイアがカリンに声をかける。

本日のガイアが選択した夕食は、ステーキとパン、そしてスープだった。横には赤ワインが入ったゴブレットもある。


「あら、ガイア隊長にはバレちゃいましたか。結構似せてきたんですが…。今回も殆どの方が騙されてくれましたよ。流石に獣人族の方にはバレる事が多かったですが。」


獣人族は、その名の通り獣の特徴を持った人族の事だ。犬の獣人族であれば耳や尾がある。個人によって獣の特徴の強さには差がある。これは、どれだけ獣の血が濃いかが関係していると言われているが、解明はされていない。

獣の特徴が強いため、嗅覚や聴覚に優れる者が多く、匂いでや声の違いでバレるのだと言う。


ちなみに、カリンはしょっちゅう国外の任務で出ているため、本部に帰るとよくこのようにアイルの振りをして団員を騙す。騙された団員は逆に、その後アイルに向かってカリンと呼びかける。それでアイルがカリンの悪戯を知り、カリンを叱るという流れが出来ている。所謂、お約束というやつだ。


「そりゃバレるだろ。歩き方が違うからな。あとは筋肉の付き方が違う。俺は騙せんぞ。」


ガイアも隊長だけあってよく見ている。ひと目見ただけで見破る辺り、相当に注意深く人を見る癖がついている。


「そうですよね。歩き方を寄せようとすると流石にそれのせいでバレそうなのでやってないんですが。私が居なくて寂しい思いをしているだろうアイルに、姉としてちょっとした悪戯ですよ。」


「分かってるよ。だから団長も何も言わないんだろ。なんなら普段から見慣れてるやつに変装して侵入された時の良い訓練だろ。普段から気を抜かねぇようにしとかないとな。」


そう言ってワインを飲み干す。


「団長ももう来られるのか?一緒にいたんだろう?」


ガイアがカリンへ尋ねる。

カリンは頷いてから答えた。


「はい。どうも寄るところがあるらしく、一度別れたので着替えて来たんですが。あぁ、噂をすれば来られたみたいですね。」


カリンが答える途中でヴェルムがホールに姿を見せる。

ガイアとカリンの元へ来ると苦笑して言った。


「またやっていたのかい?今回はどうだった?たくさん騙せたかい?」


「はい、師父。ガイア隊長や獣人族の方々にはすぐバレてしまいましたが。」


カリンも残念そうに答える。

それは仕方ないよ、と答えながらヴェルムは夕食を受け取りにカウンターへ向かう。カリンもついて来た。


「ふむ、カリンの変装も益々レベルが上がりますな。今度アイルにもカリンの格好をさせてみますかな。」


セトが悪戯っ子のような笑顔でウインクしてカリンへ言う。

良いですね!とカリンも乗った。


「程々にね。まぁ、変装の練習になるなら良いけど、遊びすぎるとまたアイルが怒るよ。」


困った顔でヴェルムが言うが、止めたりはしないようだ。


「そうですぞ、カリン。あまり弟を苛めては嫌われてしまいますぞ。」


セトがしれっと言うと、おじいズルい!とカリンの反感を買う。

やれやれ、と肩をすくませ夕食を選ぶヴェルム。周囲の団員は、またやってるよ、と呆れ顔。セトとカリンのいつもの遣り取りだった。

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