108話
「チッ!折角の夕飯が台無しだよ!コイツらドラグ騎士団だ。少しずつ距離を作って逃げるよ!」
「そ、そんな!無理言うなよ…。うぉ!?」
小人族と象人族の凸凹コンビは、瓦礫となった立派な家から飛び出し、所持していた剣を抜いてドラグ騎士団と交戦していた。
口にしているように、まだ逃げる気でいるようだ。
それはドラグ騎士団が少人数だからか。それとも、余程腕に自信があるのか。
話の最中に斬りかかられた事で驚きの声をあげる象人族の大男。
彼の手には、人族が両手で持ってやっと持ち上がる程の巨大なバスターソードが握られている。
しかも、それを片手で悠々と振り回している。
象人族は皆力が強く、そして温厚な性格の者が多い。
身体も大きく目立つ彼が何故盗賊ギルドにいるのかは不明だが、この場にいるという事は実力も確かなのだろう。
反対に、小人族はその小さな身体からは想像出来ないほど強力な魔法を使う者が多い。
だが、この場にいる小人族の女性は身体強化の魔法しか使用しておらず、ヒト族が扱うダガーを両手で持って交戦している。
二人はジリジリと屋敷跡から離れており、"コンダクター"とは距離を空けている。
それにより包囲も少し歪になっていた。
包囲していた四小隊とは別の、上空に待機していた小隊から念話が届く。
『盗賊ギルドの二名が逃亡を図っております。早急にどちらかの決着を着けて包囲を完成させてください。』
この指示により、遂にスタークが動く。
スタークが"コンダクター"の方へ向かったのを見て、リクは凸凹コンビの方へ向かう。
隊長が合流してからは早かった。
"コンダクター"は魔法を使い過ぎたのか、既に肩で息をしている。
スタークによる魔法の練撃。小隊による援護。
それを一時でも防いで見せたのだから、異名持ちの元Aランクは伊達ではない。
しかし、それでも決着は着いた。
スタークが魔法攻撃の影から接近し、"コンダクター"の頸に手刀を当てる。
"コンダクター"は、ガッ!と声を発して崩れ落ちた。
「よし、捕縛しろ。尋問は帰ってからだ。目が覚めぬよう薬も嗅がせておけ。」
スタークと連携していた小隊がすぐに動く。
"コンダクター"は、あっという間に縛り上げられ猿轡を噛まされた。今は隊員により薬を嗅がされている。
この薬は、錬金術研究所が開発した強力な眠り薬である。
睡眠を誘発する睡眠導入剤のような物ではなく、強制的に身体の機能をダウンさせ、睡眠というより失神に近い状態にさせる。
定期的に嗅がせる事でその失神状態を維持できるため、長距離の輸送などに重宝している。
また、この薬とは反対の効果の薬も同時に開発されており、すぐに起こして尋問する事も可能だ。
この睡眠薬の恐ろしい点は、睡眠ではなく失神に近い状態にする事である。
何故なら、睡眠は人間だけでなく多くの生物が体力を回復させたり身体の機能を維持するために行う必須の行動。
だが、この薬によって失神状態になると、睡眠ではないため身体の疲れが取れない。更に言えば、魔力の回復も遅い。
これは、睡眠と失神の違いによる副作用である。
尋問するにしても、たっぷりと睡眠を摂って元気になられても困る。
寝ていた筈なのに疲れが蓄積している、という状況こそ望ましいのだ。
この薬が開発され諜報部隊に配備された時、ゆいなはこう言った。
「これはまた…、随分と恐ろしい薬を創ったな、所長殿は。」
忍として多くの凄惨な尋問、拷問を行ってきた過去を持つゆいなが、この様に評価した。
それだけで非人道的なのは他の者にも伝わった。
ほとんど同時。リクが加勢した凸凹コンビとの戦闘は、二人の見事な連携も虚しく呆気なく決着が着いた。
「なんだってんだ!隊長が来てるなんて!人数が少ないから舐められてると思ってたのにこれだよ!」
小人族の女性が悪態を吐いている。象人族の大男は黙って項垂れており、悲しそうに折れたバスターソードを見ている。
これは先ほど、リクが魔法をぶつけて折った。
大男にとっては大事な得物だったのだろう。
両手にバスターソードの破片を乗せて、目を潤ませている。
「ほら、大人しく拘束されてろ。…破片は見つけられるだけ袋に入れといてやるから。」
三番隊の隊員がそう言って象人族の大男を縛り上げる。
力の強い種族でも引き千切られる事の無いように、竜の髭を使って作られたロープだ。
「い、良いのか…?ありがとう。恩に着る。この剣は俺の宝なんだ。出来たらで良い。全ての破片を回収してくれ…。」
戦闘中はその巨躯を活かしてバスターソードを振り回していた大男だったが、そのバスターソードが折れてしまってからはすっかりと大人しくなった。
「なに?この剣の破片全部集めたら何でも言う事聞くの?」
そこに、このバスターソードを破壊した張本人が来て軽く問いかけた。
象人族の大男はビクッと肩を震わせ、怯えた目をリクへ向ける。
「も、もちろんだ…。俺ぁ、この剣を自分の命と同じくらい大切にしてる。鍛冶屋に持ち込むためにも、破片は集めたいんだ。」
リクはその返事に満足したのか、にっこり笑顔で頷いた。
「じゃ、集めてあげる。誰か袋ちょーだい?」
リクが言い終えるかどうかというタイミングで、横からスッと袋が差し出される。
リクはそれを受け取り礼を言ってから、人差し指を立ててクルリと回した。
すると、地面から細かい金属の破片が集まり袋へ入っていく。
戦闘していた場所から少し離れた所からも金属が飛んできた。
リクがバスターソードを破壊した時、見事に砕けて散ったのが確認されている。
その時に遠くに飛ばされたのだろう。
金属が宙を舞い袋に集まるという光景を、大男は目を見開いて眺めていた。
やがて金属が飛んで来なくなると、大きな瞳から大粒の涙を溢しながら泣き出した。
「この剣が魔法付与された剣で良かったね。同じ魔力を繋ぎ合わせて拾えば良かったから。ただの剣だったら少し難しかったかも。」
リクは笑顔のままで袋の口を閉じ、横にいた隊員に渡す。
隊員はその袋と、バスターソードの柄が入った袋の二つを纏め、腰のマジックバッグに入れた。
マジックバッグは、最近五隊にも支給された。
他にも、調理部や内務官といった内向きの部署にも配備され、準騎士は今か今かと配備を待っている。
「よし、じゃあ戻ろっか。とりあえず全員集落の外に集合。最後にお片付けしてから帰ろう。」
リクがそう言うと、三番五番混合編隊は移動を開始する。
捕虜となった三人も集落の外に出され、上空に待機していた小隊も警戒を解いて集合した。
「んじゃあ、今回の任務の本目標である集落跡の破壊に入ります。終了後直ちに帰還します。」
リクは言いながら指を回す。言い終える頃には魔法が発動しており、集落の上空には巨大な炎の球が浮いていた。
それが集落の中央付近に着弾すると、集落跡は一気に燃え始める。
端まで届いていない火も、追加で発動した風魔法により燃え広がる。
数秒で集落跡は炎に包まれた。
しかし、それでは終わらない。リクは更に炎の火力を上げ、集落を焼く炎の色を変えた。
蒼く燃える炎は、揺らめく事なく空に向かってその身体を起こし、最も高い位置のみがオレンジに揺らぎ、集落の全てを灰燼に帰す。
僅かな時間で全てを燃やし尽くしたリクは、スタークの合図を受けて魔法を止めた。
すると今まで周囲を照らしていた炎がパッと消え、目の前には何もない場所だけが残った。
盗賊ギルドの凸凹コンビは、その光景にあんぐりと口を開けて固まっている。
ドラグ騎士団は見慣れているため普通だが、圧倒的な火力と持続力を持つリクの魔法が見られたためか機嫌良さそうに笑っている。
「では撤収!」
号令によって撤収に入る混合編隊。
辺りは既に陽が落ち、月と星の明かりに頼る事でしか見渡す事が出来ない。
そんな中を混合編隊は捕虜三人を連れて走り出した。
「ほう?やはり逃げておったか…。暁からも国境警備の三番隊と五番隊からも逃げたその能力は気になるのぉ。だがまずは、こちらの任務を最後まで進めてから、じゃな。ここからはゆいな嬢の指示に従おう。この老骨をこき使ってやってくれ。」
翁が杖に両手を乗せて言う。
その目の前にはゆいなが立っており、周りにはエルフや獣人族の部隊員たちがいた。
「あぁ。リク王女とスタークが無事に任務を果たしたようだ。イェンドル領については団長の指示通りに誘導する。翁の力、頼りにさせてもらう。」
ゆいなは真面目な表情を崩さずにそう言うと、周りにいた部隊員たちに指示を出していく。
イェンドル領は今、領主がいない状態になっている。
暫定的に領軍のトップがその位置に就き、元々政務を行っていた元領主の部下が継続して内務を取り仕切る事でなんとか混乱も少なく機能している。
ゆいな隊は今回、このイェンドル領の内乱を成功させるために陰から様々な手を打った。
そしてそれで終わりではなく、未だ混乱の中にある北の国との関係を改善させる事も任務に含まれる。
今はその作業に入るところであり、諜報部隊としては寧ろこれからが本番だ。
「では翁。貴方にはやってもらいたい事が幾つかある。」
「働き過ぎで死なぬ程度で頼むぞ?」
作戦本部とした建物に、翁のカッカ、という笑い声が響く。
言葉とは裏腹に、その瞳はやる気で満ちていた。