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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
102/292

102話

「団長、すまんかった…。これは拙者の失態故、責任は拙者一人にある。部下は拙者の命を聞いただけじゃ。」


数日後、ヴェルムは通信魔道具にて鉄斎から報告という名の謝罪を受けていた。

顔を合わせている訳でもないのに、目の前にすまなそうな表情の鉄斎の顔をが浮かんだ気がする。


そんな想像をしながら苦笑したヴェルムは、ゆっくりと息を吐いた。


「…鉄斎。君はいつまで隠れ里の長でいるつもりだい?君は主人を見つけたと、そう言ったじゃないか。」


謝罪とは別のことを言われた鉄斎が、言い淀む気配がする。

事実、通信魔道具の向こう側で鉄斎は息を呑んでいた。


「…勿論じゃ。我が郷は主人と認めた者の命しか聞かぬ。拙者たちは団長こそ主人と定めたのだ。その誓いは違えぬ。なればこそ、此度の失態は拙者の責任だと申しておる。何か間違っておるだろうか。」


最後は段々と自信を無くしたかのように萎れた声になった鉄斎。

ヴェルムが言うからには、確たる理由があるのだという事は分かる。

だが、鉄斎の中で話が上手く繋がらなかった。


「あのね。責任というのは、組織の頂点が取るものだよ。つまり、今回君たちが失敗したのは私の責任。そう、任命責任という奴だね。貴族たちが好き好んで良く使うだろう?大臣が横領したりすると、任命責任だ!なんてね。それと一緒。」


ヴェルムの言葉でやっと気付いた鉄斎。

いつまで隠れ里の長でいるつもりなのか、というのは正にそのままの意味だった。


「こ、これは!しかし、拙者が責任を取らねば!失態は必ず挽回致す!既に部下を散らし探させておるのだ。今暫くお待ちくだされ!」


鉄斎の必死さに、ヴェルムは苦笑いを深める。

責任だなんだと言ってはいるが、鉄斎一人に今回の失敗を押し付けるつもりは元より無い。


そもそも、事の発端は鉄斎隊への指示から始まった。




ヴェルムが鉄斎隊に出した任務は、北の国で囲われた錬金術師による魔物を制御する魔法薬の研究阻止と在庫処分。

完成だろうと試験薬だろうと、その意図で生み出された物は全て破棄する様指示した。


鉄斎隊の動きは速く、錬金術師と打ち解け情報を得て研究の進み具合を確認。その後直ぐに正体がバレぬよう身柄を確保し、魔法薬開発の経緯を聞き出す。


そして研究室にある在庫を全て処理した。


そう、そこまでは完璧だったのだ。

唯一の失敗は、錬金術師の屋敷の警備の甘さだった。


錬金術師としては完成していない物を世に出すつもりなどなく、全ての試験薬は研究室にあると思い込んでいた。

だが、鉄斎隊が錬金術師に確認を取りながら在庫を処分していると、数個足りない事に気付く。


「あれ?おかしいなぁ。ここに置いていたはずなんだけど…。」


寝ぼけた事を言った錬金術師は、隊員がとりあえず殴った。

だがそれで消えた試験薬が見つかるはずもなく、作った者ですら何処にあるか分からないと言う。


鉄斎隊の任務に含まれる在庫の処分。

これは当然、試験薬も含めての事だ。


錬金術師に聞けば、無くなっているのは効果を限定的に絞った、特化品だという。

つまり、魔物を従わせ思いのままに操る魔法薬の、その結果に至るまでの何処かのプロセスに特化させた試験薬だと言うのだ。


どうやら紛失した試験薬は随分前に作られたものらしく、いつからこの棚から消えたのかはわからないらしい。




「鉄斎。君たちに新しい任務を言い渡す。件の錬金術師の支援は後回し。先に何処の誰が薬を持ち出したのか調査し、それを処分しなさい。おそらく、薬だけでなく資料も多少なりと盗まれているはず。全ての可能性を探し出し、この薬を生み出させた事を後悔させなさい。人手が足りないだろうから応援も送る。以上だよ。」


はっ!

鉄斎の声が聞こえる。同時に衣擦れの音もしたので、その場で敬礼したのだろう。

見えぬ場でも団長への敬意は忘れない。正に忠誠心に溢れた忍だった。


ヴェルムは通信魔道具を切ると、苦笑をそのままにため息を吐く。

壁際に立つセトから、憐れみの視線を受ける。ヴェルムはそれに睨み返すだけでセトから出る言葉を封じた。


「まったく。鉄斎は幾つになってもお山の大将気分が抜けないね。カサンドラと喧嘩するのもそのせいなのに。…いや、あれは単純に相性が悪いのか。」


最後は段々と呆れた言い方に変わるヴェルム。

セトも言葉にはしないが同意していた。











「団長!三番隊より報告が!」


またも通信魔道具が光ったかと思えば、今度は三番隊からの報告だった。


「どうぞ。」


書類に通していた目を上げ、通信魔道具に触れて魔力を流すと、報告を促すヴェルム。


その報告は、ヴェルムの額に血管を浮き出させるのに十分な報告だった。


「はっ!先ほど、国境警備の小隊より連絡が。グラナルド北西の小国二国が合同で北の国に宣戦布告!既に国境付近の砦が攻め落とされ、北の国は王都で軍の編成を急いでいる様です。」


「なるほど…。小国から零番隊を引き上げさせてから随分経つからね。あり得なくはないか…。ありがとう。そのままこちらへ被害が来ないか見張っておいて。三番隊は五番隊と連携して、グラナルド北部から西部にかけて戦時体制に。おそらく黒幕は西の国だよ。注意しておいて。」


はっ!

三番隊隊員の了承の声が聞こえた後、通信魔道具の光っていたランプが消える。通信が切れたようだ。


「こちらはどう動きますかな?これは陽動、と捉えますかな?」


セトがヴェルムの執務机に新しい紅茶を置きながら言う。相変わらず好々爺然としているが、その瞳は鋭く光っていた。


「うん。西の国がけしかけたのは間違いないと思う。カサンドラが掴めなかったのは、新しい王子の護衛で忙しかったからだろうし。さて、私はこの事をゴウルに話してくるよ。セトはここで通信魔道具の留守番。おそらく、そう経たない内にカサンドラから連絡があるから。よろしく伝えておいて。」


ヴェルムはそれだけ言うと姿を消した。転移魔法で跳んだようだ。


セトは、給仕したのに飲まれなかった紅茶を寂しそうに見た後呟いた。


「逃げましたな…。」


ヴェルムが急いで転移した理由に気が付いたセト。壁際に無表情で立つアイルが、ほんの少し首を傾げた。


それに気付いたセトは音を立てずにため息を吐くと、アイルを見てニコリと笑った。

そして人差し指を立て、訳知り顔で言う。


「我が主人は、先ほどの鉄斎殿との会話がカサンドラ殿とも繰り返されるのが嫌だったのだろう。つまり、カサンドラ殿も自らの失態だと責任を取ろうとする、という事。分かったかの?」


最後はお茶目にウインクしてみせるセト。

アイルは相変わらず無表情ながら、しっかりと頷く。


その時、通信魔道具が通信を受信した事を告げる。

団長専属執事の二人は顔を見合わせ、片方は無表情、もう片方はニコリと笑った。











グラナルド北西部の小国は、西の国がまだ小国郡だった頃には既に国として統治されていた。

その頃、現在の西の国の皇都周辺は今も残る小国よりも更に小さい、国というより領といった体で数多存在していた。


当然、小国とはいえ領規模の地域に比べれば強国である事に間違いはなく、北方の絶対君主として君臨していたのだ。


だが、それも北の国が今の形で安定し、その後西の国が急成長して各領を統合する事により終わりを迎える。


結果、二国は大国に挟まれ肩身の狭い国となってしまった。

彼らは忘れられなかった。

何も言わずとも各地から貢物があり、自国ではないため管理する必要がなかった楽な時代を。


そんな二国に転機が訪れる。

北の国で研究されていた、とある魔法薬が持ち込まれたのだ。しかも、二国同時に別の効果を産む薬が。


二国の王族はこの薬に飛びついた。

本音を言えば、憎き西の国を攻めたかった。だが、この薬を持ち込んだ者が言ったのだ。


"この薬を渡す条件がある。それは、錬金術師を良いように利用していた国と平民とで心の距離が空いた北の国をまず攻めると約束する事だ。北の国の平民は、今現在、内乱の一歩手前まで怒りが溜まっている。火種さえあれば着火する状態なのだ。こちらは、諸君ら二国の宣戦布告と同時に、民が蜂起するよう仕向けよう。"


二国は話し合った。だが、その話し合いは直ぐに決着が着く。何故なら、憎い西の国は後回しにしてでも領土を広げたかったのだ。


そうして異例の速さをもって宣戦布告となった。











「五番隊より報告致します!北西の小国二国の宣戦布告に合わせるように、北の国の平民が一斉蜂起!更に、旧イェンドル領からも挙兵が確認されました!」


団長室でこの報告を受けたヴェルムは、予想していたのかニヤリと笑った。

その顔を見た五番隊隊員は、内心焦っていたはずなのにどこかホッとした。


彼らが敬愛して止まない団長は、この緊急事態を予見していたのだ、と。

ならば彼らが取る行動は一つ。

団長の指示を速やかに実行する事だ。


組織というものは、トップが動揺すればすぐに崩壊する。もし仮にヴェルムが驚いた表情を少しでも見せれば、この隊員から団全体に多少なりとも混乱が広がっただろう。

そうなれば事態に絡んで動く初動が遅くなる可能性がある。


その点、ヴェルムが一切動じなかった事で結果を変えた可能性がある。


「うん、分かった。ご苦労様。追って指示は出すよ。今は下がって良い。」


はっ!


五番隊隊員が退室していく。

団長室にはヴェルムと執事二人が残された。


「ヴェルム様。どう動きますか?」


珍しく、アイルが疑問を口にする。アイルがヴェルムやカリンの事でなく、ドラグ騎士団全体の動きを気にするのは本当に珍しい事だ。

これも成長かな、などと関係ない事を考えたヴェルムは、思考を切り替えアイルの疑問に更なる成長を促すために意地悪をする事にした。


「アイルならどんな指示を出す?アイルが私の立場だったとして。」


まさか疑問に疑問で返ってくるとは思わなかったのか、アイルは無表情のまま目を少しだけ大きく開く。

弟子の成長を邪魔する気はないのか、セトは黙ったままだ。

アイルはそんなセトに一瞬助けを求める視線を投げかけるも、華麗にスルーされてしまった。


何処かションボリした雰囲気を出したアイルは、その後目を閉じ思考する。

ほんの少しの時間だったが、どうやら自分なりの答えを導き出したようだ。


「僕がもし、この事態を予測していたとするなら。…事前に北の国の民やイェンドルの民に零番隊を仕込みます。もしくは、傭兵として手伝わせるのも良いかと。後は結果をどうしたいかだとは思います。北の国を小国に治めさせたいのか、継続させるのか。…またはイェンドル王国が北の国と呼ばれるようにするのも無くはないです。ですがこれはリク様の名が必要になりますので、僕たち騎士団としては取りえない選択になります。…だから、二番目。北の国に継続して治めてもらう形が良いかと。」


途中で少し考えながらも、アイルは己の意見を言い切った。

ヴェルムはそんなアイルに慈愛に満ちた笑みを向ける。セトも似たような顔をしていた。


二人が微笑むばかりで、アイルの意見について可も不可も出さないため、アイルは己の答えが正しいか分からず。

無表情の中にどこか焦りが見えだした。


そんなアイルが面白かったのか、ヴェルムがクスッと笑う。それからセトを見る。

セトはその視線を受け頷くと、アイルに身体を向けた。


「アイル。凡そ合格だ。三番目の選択肢を浮かべた事も、それを却下する理由も正しい。だが、二番目にした理由まで入っていない。そして、アイルは我が主人の専属執事だな?今仮に主人の立場として意見を求められたが、そこで本当に主人がその選択肢を取った時、己がどう動くべきなのかまでセットで考えられたら完璧だ。私たちは執事だ。主人の思考を理解する必要はない。だが、行動は予測すべきなのだ。その予測を生む根拠は、主人が望む結果だ。つまり、アイルは主人が望む結果のみを言うべきだった。どうだ?間違っているか?」


セトの細かい説明に、アイルは少し考えた後頷いた。

確かに、ヴェルムの立場ならどう行動するかを問われた。だが、いついかなる時も己の役割を忘れてはいけない。

セトはそう言いたかったのだろう。

なんのために今アイルに質問したのか、という意味を考えさせた結果だった。


額面通りに受け取ってその答えを準備するだけでは三流。

セトは一流の執事である。

そして、アイルをセトと同じく一流の執事にするという目的がある。


多少厳しい気もするが、アイルの成長のためにこういう時は厳しめに指導するのがセトの方針だった。


「さて、執事談義は後でしてもらうとして。今回はアイルの言った案で行ってみようか。私としては、北の国の中身がどうなろうと知った事ではないんだよ。つまり、興味がない。ただ、あの国が内乱と戦争を同時に起こし、グラナルドに影響が出る事だけは避けたい。それが私の望み。そして、その望みに最短距離で辿り着けるのはアイルの言った二番目の案になる。さぁ、アイルが取るべき行動は?」


理由、目的、求める結果。これだけ分かれば後は簡単だ。アイルは少しも考える事なく頷いた。


「師匠は零番隊へ行きますよね。では僕は隊長を招集します。招集は夕食後で宜しいですか。」


アイルの言葉に、ヴェルムはニッコリと微笑んで頷いた。


「完璧だ。では行ってらっしゃい。」


ヴェルムの言葉が終わると同時に、アイルは深く頭を下げて転移した。

セトはそれを満足そうに見届け、しみじみと何度も頷いていた。


「ほら、いつまでも孫を見る爺みたいな顔してないで。君も零番隊に伝令だよ。アイルの言う通り、既に仕込みは済んでるからね。追加の指示書を各部隊に。頼んだよ。」


「ふむ。子どもに本部内、爺は外国ですか。年寄りの扱いが悪くないですかな?」


セトの余計な一言に、ヴェルムの眉間に皺が寄る。

そしてヴェルムが魔法を発動しようと魔力を練り上げた瞬間、セトの姿がかき消えた。


「逃げるなら最初から素直に行きなさい。」


ヴェルムは聞こえていないと分かっていながらも呟いた。

特大のため息と共に。

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