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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
100/292

100話

「皆んなお疲れ様。逃げた魔物の処理が終わったら撤収するから、今日はここで野宿だよ。」


ドラグ騎士団とスタンピードの戦いは無事終結した。

今は五番隊が逃げていった魔物を追い掃討しているところだ。


戦功一位である一番隊は、その命綱を護った二番隊と共に休んでいる。

まだまだ元気な三番隊は野営の準備をしており、円を組むようにテントを建てたその中心には、巨大な篝火が設置されている。


また、テントの合間にも多くの篝火が設置され、野営地は昼の如く明るく照らし出されている。

中央の篝火周辺には多数の敷物が敷かれ、倒した魔物の中でも美味な肉を集め調理が開始されていた。


「どうだった?物理的に国を護るという事が、このような光景だと知って。戦争ともなれば、この屍の山が人に変わるんだよ。」


中央の篝火の前で、丸太を倒して少し手を加えただけの椅子モドキに腰掛けながら、隣に座る国王へと話しかけるヴェルム。

国王は先にヴェルムから渡された珈琲のカップを両手で持ちながら、膝に肘を置いて揺れる珈琲の波紋を見つめていた。


「これ程とは、な。魔物は民にとって恐怖を齎すと同時に、その素材や肉、魔石によって人々の暮らしを支えている。分かってはいるつもりだったのだ。だが、実際に見ると命をかけて魔物を倒す冒険者の苦労がよく分かる。命懸けの仕事だ。我ら王家や貴族たちは、そのような者たちの力によって生かされている事を認識せねばなるまい。」


国王にとって、今日の命のやり取りは強烈な印象を与えたようだった。

娘であるユリア王女も、遠征に救護班として同行した時に同じような事を言ったと報告を受けたヴェルム。親子だね、などとのんびり夕暮れの空を眺めた。


「そうだね。でも、だからといって謙る事はない。冒険者や民たちは、君や貴族が責任を果たしより良い治世にする事で暮らしを豊かにしていく。どちらかだけではヒトは生きて行けないんだ。だから面白いんじゃないか。文化的で幸せな生活のために、それぞれの役割をキチンとこなす。そうやってヒトの社会は循環しているのだろう?そこに貴賤は無い。皆、己の信じる幸せに向かって生きているんだよ。ゴウルも自分の役割を見つめ直す良い機会になったかな。」


ヴェルムの言葉を真剣に聞く国王。

二人は幾度も語り合い酒を酌み交わした仲だが、思えばその関係はもう何十年と続いている。

時にヴェルムが国王を揶揄い、国王が激怒する。かと思えば次の日には紅葉を見ながら酒を酌み交わす。


最早、先祖と子孫と言って良い程に歳が離れた友は、いつだって思いの丈をぶつけられる関係だった。


「なぁ、ヴェルム。私がこの国を、子どもたちが笑って暮らせる世にするのだと言った事を覚えているか?」


変わらず珈琲を見つめたまま問う国王に、ヴェルムは片眉を上げた。


「勿論。君の目標は、君の父と敢えて反対を行く理想だったからね。仲が悪いわけじゃないのに、不思議だったよ。反面教師という奴かな?」


ヴェルムは笑いながらもそう言って珈琲を飲む。

その姿を見ている訳でもないが、国王も同じタイミングで珈琲を飲んだ。


「茶化すでない。私は今でもその目標を忘れた事など無い。だが、私は自身の子どもすら育て方を間違えた。お主の言うように、父への反発心から出た言葉である事も間違いではない。結局、私は引退しようかというこの時になって、国王としてどれ程の事が出来たのかと考えるのだ。思えば、お主がおらねば私の代で国が滅んでいた可能性すらある。事実、お主は私まででこの国を去ろうとしておった。」


国王はここまで言って言葉を切ると、視線を上げ篝火をぼんやりと見る。既に辺りは暗くなりかけていた。


「私がこれまでやってきた事を、間違いだと言うつもりはない。そんな事は国民全てに対する冒涜であるし、私を信じ着いてきた家臣たちを裏切る事になる。だがな、あの時こうすれば良かったのではないか。そう考えてしまうのは仕方ない事だろう?完璧になりたかった訳ではない。だが、間違えてはならんのだ。国王というのは。人は間違うもの。だが国王は間違えてはならん。では国王とはなんだ?神だとでも言うのか?そんな事はない。国王とて人間だ。そんな答えの出ない疑問と戦い続けた日々だったよ。」


国王はそう言って珈琲を飲み干した。空になったカップを掌で転がすその仕草は、彼の心中の複雑さを現しているようだった。


「あんなに剣と馬にしか興味がなかったゴウルが、国王みたいな事を言っているよ。知っているかい?東の国では身内のお祝いは赤飯を炊くそうだよ。明日城に帰ったら赤飯を炊こう。そうしよう。」


ヴェルムが敢えて茶化すように言う。だが国王はいつものように激昂しなかった。

ふぅ、とため息を吐いた後、カップをヴェルムに差し出す。


空間魔法から冷たい珈琲の入ったポットを取り出してカップに注ぐ。

何処となく責めるような国王の眼差しに、ヴェルムは苦笑いを浮かべた。


「しょうがないなぁ。真面目な話をしたいのかもしれないけど、私にしてみればそんな物は一人で考えるべき事だよ。何せ、今代のグラナルド国王はゴウルしかいないのだから。寧ろ、使えない王妃と王太子に囲まれながらも大きな問題を起こさずに国を治めた賢王だろう。国民を襲う不埒な小国郡を潰し、南の国との国交を深め、稀代の女王を産む。先代や祖先と比べる必要など何処にもないじゃないか。君は君の王道を歩んできた。グラナルドは君一人が犠牲にならねば存続出来ない程柔な国じゃない。そして今も多くの民が幸せに暮らしている。それが答えじゃないのかい?それとも、ゴウルは言われないと分からない駄目な国王だったかな?」


ヴェルムの挑戦的な視線を肩越しに受けながら、国王はゴクリと唾を飲んだ。火を見ていた事で目に焼きついた影を消すように、目を閉じて首を振る。


次いで開いた目には、力が戻っていた。

彼はいつだって悩み、迷い、恐れながら選択してきた。その選択が何万、何十万の民の命に関わると知っているからだ。

その重圧を両肩に乗せて生きてきた。


後少し、ユリア王女に冠を被せるまでは負けてなどいられない。

国王としての矜持と誇りを再度燃やし、今日の経験も活かしていくのだと決意した。


「すまぬ。弱音を吐いた。もう大丈夫だ。…さて、ヴェルム。野営ではどんな食事をするのだ?そろそろ腹が減ったぞ。」


気持ちを切り替えた国王はニヤリと笑う。立ち上がって振り返り、ヴェルムを見て言った言葉には、彼の前を向いた気持ちが現れていた。


「ん?野営に興味があるかい?なら向こうに真っ直ぐ行けば良い。そこで同じように隊員に聞いてごらん。手取り足取り教えてくれるよ。」


「手取り足取り…?まぁいい。向こうだな?では行ってくる。また後でな。」


国王は気持ち晴れやかな表情でヴェルムが示した方へ歩いていく。

その後ろ姿を、ヴェルムはニヤニヤと笑いながら見送った。

もしここで国王がこのヴェルムの表情を見ていれば止めたかもしれない。


彼は国政において選択を間違えずに生きてきた。

だが、その他では悉く間違えては痛い目を見てきたのである。


「国王が?野営の飯に興味があるって?んじゃ、スープでも混ぜさせとけ。他にも使えそうならコキ使って良いぞ。」


野営食の準備を統括していた三番隊の中隊長によって、国王の騎士団体験が決定された。

彼は最終的に、スープの火の番、ステーキの切り分け、パンの温め直し、器へ注ぎ分ける係と、まるで下っぱのように使われた。


「ヴェルムめっ!まさかこれのために私をこちらへ向かわせたのではなかろうな。…まぁいい。これも現場経験の一つだ。どうせなら一つでも経験し吸収してやろうではないか。」


何を言ってもチャレンジしようとする国王の姿勢を見て、三番隊が調子に乗ってアレコレ言い付けたのは当たり前の流れである。











翌朝、国王とヴェルムは転移で王城に戻っていた。これから数日、北の国が何かアクションを起こした時に指揮を執れるよう、表舞台には顔を出さずにこっそり政務をこなす。


何も問題がなければファンガル伯爵領に戻り、馬車で首都を目指す事になる。

国王が城にいる事は、国の中枢であるごく一部にしか知らされない。よって、ほとんどの者は王がファンガル領にいると思っている。


そのため、近衛騎士を護衛につける事が出来ない。よって零番隊がいつも通りに護衛する事を明かした。


「おかえりなさいませ、お父様、ヴェルム様。ご無事に戻られホッと致しました。」


現在、国王の私室でユリア王女と三人でティータイムである。


「あぁ。ユリアも元気そうで何よりだ。こちらは変わりないか?」


ヴェルムが淹れた紅茶を飲みながら、国王はユリア王女へ一人の間の話を聞く。

どうも、国王がいないからとユリア王女に言い寄った貴族がいたようで、国王は怒りに顔を赤くした。


「ユリア王女は次期女王として指名されているからね。王配として権益にあやかりたい貴族は多いだろうね。これも、さっさと婚約者を決めないからこうなるんだよ。父親の怠慢だよ。」


ヴェルムはシレッと国王のせいにし、ユリア王女もそれを否定しない。苦笑いを浮かべてはいるが、己に婚約者がいないからこその今回の件だというのは分かっているようだった。


勿論、国王とてそのような事は分かっている。

だが、ヴェルムとくっつけようにも断られ、かといって国王のおめがねに叶う貴族もいない。

というより、誰にもやりたくなかった。


こと王配の件については国王より父親の顔が出てくるゴウルダート。

ヴェルムとユリア王女は、ぶつぶつと何かを呟く国王を尻目に、目を合わせ笑い合う。


白銀の長髪に黒い瞳のヴェルムと、金髪を緩くウェーブさせ下ろした髪に琥珀色の瞳を持つユリア王女。

二人の美男美女が並び紅茶を飲む姿は、まるでそこだけ絵画から抜け出したような世界だった。




「そうだ、約束のお土産だよ。」


ヴェルムは思い出したようにカップをソーサーに置き、空間魔法から小箱を取り出す。

その小箱をユリア王女に手渡すと、ユリア王女は花が開いたような笑みを見せた。


「まぁ!ありがとうございます!実を言うと、楽しみにしておりました。ヴェルム様がわざわざ約束してくださったお土産はどんなものだろうか、と。開けてみてもよろしいですか?」


嬉しそうに言いながら小箱をさまざまな角度から眺め、楽しみだったと正直に告げたユリア王女。

小箱は堪能したのか、小首を傾げて開封の許可を求める。


「勿論。気に入ってくれると良いな。」


ヴェルムはテーブルに両肘をつき、両手の指を絡めて顎を乗せる。

国王は変わらずブツブツと言いながら窓の外を眺めていた。


「…まぁ!素敵…!タイガーアイとブラックダイヤモンドですか…?二つの宝石が一つになっているネックレスなんて、素敵です!ありがとうございます!」


喜ぶユリア王女を温かい目で見るヴェルム。そこでやっと国王が復活し、ネックレスを見て目を見開いた。


「まさか!それは約束していた土産か!?…タイガーアイとブラックダイヤモンドか。タイガーアイは幸運を呼ぶ石。高貴、知識、独立などの言葉があったな。ブラックダイヤモンドは、希少な石だな。成功、不屈、カリスマの意味があり、災いを跳ね除け幸福へ導くという話もある。正にこれからのユリアに相応しい。」


国王は見ただけでなんの宝石かを言い当てた。その上、石言葉や由来などもスラスラと出てくる。

流石は国王。様々な宝石を目にしてきただけはあるだろう。


反面、離宮で慎ましく暮らしてきたユリアは宝石をあまり見た事がない。王族としてはほとんど見た事がないと言って良いだろう。そのため、タイガーアイとブラックダイヤモンドは分かっても、その意味までは知らないようだった。


「二つの石が形作っているのは、東の国で用いられる太陰太極図という形だよ。これは、世の中の全ての事は、陰と陽に分けられるという意味。例えば、聖と闇、熱いと冷たい、強いと弱い、といった風にね。途中の穴は、陽中陰もしくは陰中陽と言ってね。陽の中にも陰があり、陰の中にも陽があるという意味。つまり、何が陽で何が陰か分類する意味はないということ。国を治めるには、陰も陽も飲み込まねばやっていけない。だからこそ、ユリア王女の選択が、人によって陰にも陽にもなり得る事を覚えておいてほしかったんだ。」


国王とヴェルムの話を、ユリア王女は真剣に聞いていた。

そしてネックレスを大事そうに手で包み、胸に抱き入れた。


「ありがとうございます。一生の宝と致します。何か大きな決断をする時は、このネックレスに祈りわたくしの決意と致します。本当にありがとうございます。」


ユリア王女は目に涙を浮かべながら礼を言った。


その後、少し話してからユリア王女は政務のために退席した。

再び二人となった国王の私室に静かな空気が流れる。


そんな静けさを破ったのは、国王だった。


「ヴェルム。先ほどのネックレスだが。タイガーアイとブラックダイヤモンドは、お主とユリアの瞳だろう?それに、ブラックダイヤモンドの石言葉は他に、不滅の愛がある。やはりお主がユリアの伴侶となってくれるのか?」


いつにない真剣な表情で言う国王。

ヴェルムは飲んでいた紅茶から口を離し、苦笑いを浮かべた。


「この国は、建国の時から王と私の二人が主軸で護ってきた。次代は私とユリア女王だね。だから二人の瞳を現した。石言葉に関しては、彼女のグラナルドへの不滅の愛を忘れないでほしいと思ったからさ。私じゃない。でも、私も君たちを愛しているよ。知っているだろう?ユリア王女も、ゴウルも。騎士団の皆んなも、等しく愛しているよ。…おや、どうして赤くなるんだい?照れてしまったのかな?ゴウルは可愛いねぇ。ほら、その照れた顔を見せておくれよ。」


国王はヴェルムからの不意打ちに赤くなってしまい、ヴェルムに揶揄われる羽目に。

しばらくヴェルムに揶揄われていたが、遂に我慢出来なくなり叫んだ。


「やかましいー!!!」


久方振りに、国王の私室に怒鳴り声と笑い声が響いた。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。


この作品も、遂に100話に到達する事が出来ました!(ドンドンパフパフ)


これも全ては読んでくださる皆様のおかけで御座います。

本当にありがとう御座います。


毎年、夏が大変忙しいため更新が不定期を極めるかと存じます。

楽しみにしてくださる方には大変なご迷惑をおかけしますが、生温かい目で見守って頂ければ幸いです。


本作品が、皆様の日常の一つの華となりますよう。

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