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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
10/292

10話

「今回は助かった。心から礼を言うぞ、相棒。」


大森林での討伐と警戒を終え、討伐隊は領都に向かっていた。

ヴェルムと伯爵が乗るのは、大森林の側に停めていた火車である。運転は一番隊隊員だ。


「うん、無事に終わってよかったよ。領都も、周辺の街も大した被害が無かったんでしょう?なら、今回は来てよかった。久々に君の顔も見られたしね。城で君の息子に会うのも楽しみだよ。」


ヴェルムがそう返しつつ、空間魔法からボトルとグラスを取り出す。差し出したのはヴィンテージのワインだった。


「おう、これはなかなかレアな物が出てきたな。最後にこれを飲んだのはいつだったか。相変わらず物持ちがいいのぉ。」


伯爵は大の酒好きである。そして酒豪だ。彼を語る武勇伝の一つに、世界一の酒豪を自称するドワーフ族と飲み比べて勝ち、そのまま歩いて城に帰ったという話がある。

城の私室には酒専用棚があり、大陸中の貴重な酒が並んでいる。


「君と飲むのは好きだけど、その辺の物じゃ驚かないからつまらないよ。あぁ、約束のあのお酒はちゃんとここ(空間魔法)に入ってるから安心しておくれよ。」


約束の酒というのは、伯爵の生まれ年のワインから作ったブランデーだ。伯爵の年齢を考えれば、相当な年季の入った熟成具合であろう。

ヴェルムの空間魔法は、時間が停止している部分とそうでない部分が存在する。肉や酒など、熟成が必要なものは時間が進む空間へと保管してある。これは、空間魔法がそういうものなのではなく、ヴェルムの行き過ぎた拘りからそう改造された魔法だからだ。しかし、空間魔法自体遣い手が殆どいないために、ヴェルムの周りではそういう魔法だと勘違いしている者が一定数いる。


「うむ。いつになるかは分からんが、多少目処が立ってきているのも事実じゃからな。もう何年か待ってくれ。必ず果たす。この約束を果たさずに死ぬ事はできん。何が何でもな。」


伯爵は真剣な顔をして言う。伯爵にとって約束が大事なのか、約束が果たされた時に飲む酒が楽しみなのか。おそらくどちらもだろう。


「楽しみに待ってるよ。このお酒を楽しみにしているのは君だけじゃないからね。」


ニヤリと笑いヴェルムが返す。

一瞬二人して黙り、示し合わせたように同時に笑い声をあげる。

討伐が終わり平和となった領都へ続く街道に、暖かな日の光が差していた。







領都の中心にあるファンガル伯爵の居城の、来賓が使用する客室を断り、普通の客間を誂えてもらったヴェルム。

帰還から数日、持ち込んだ資料仕事をしたり、ガイアと伯爵の手合わせを紅茶を飲みながら冷やかしたり、リクからデートと称して誘われた街歩きをしたりと、忙しい日々を過ごした。


「失礼します。報告に参りました。今よろしいでしょうか。」


客間の扉がノックされ、団員の声が聞こえる。ヴェルムの記憶によれば、その声は一番隊隊員であった。

どうぞ、と声をかけ、読んでいた資料から目を上げる。

扉を開き入室した団員は、ヴェルムの記憶通り一番隊隊員であった。


「報告致します。先程、ファンガル伯爵より一報がありました。明後日には領軍が帰還予定であるとの事です。それを受けガイア隊長より帰投準備の指示を受け、準備開始しております。出発は明日の昼を想定しておりますがよろしかったでしょうか。」


敬礼をして報告する一番隊隊員。どうやらガイアが気を回して準備を指示してくれていたようだ。

準備自体は本日中に終わるであろうが、明日の昼まで時間を作ってくれているらしい。おそらく、引き止めるであろう伯爵を考えての事だろう。もしくは、伯爵の末息子のためかもしれない。

伯爵の末息子は、ガイアの一番隊で預かる事が決まった。ガイアと本人が打ち解け、ガイアが許可を出したのだ。騎士団に指導を受けに来るとは言え、しばらくはこちらに帰る事は出来ないだろう。

急に出発するよりは、という気遣いだろう。

そこまで考えてヴェルムは微笑みながら頷き口を開いた。


「ご苦労様。それでいいよ。ガイアとリクにも、忘れ物しないように言っておいてね。それと、伯爵に会えるか聞いてきてくれるかい?」


承りました、と再度敬礼し退室する隊員。

誰もいなくなった部屋で、ヴェルムは立ち上がり部屋に併設してある、扉続きの小さな給湯室へ向かう。

陶器のポットの蓋を開け、魔法を使い沸騰した湯を注ぎ紅茶を淹れる。茶葉は空間魔法から出した、ヴェルムが自身でブレンドした茶葉だ。

ヴェルムの数多く存在する趣味の一つに、紅茶のブレンドがある。その時の気分や体調に合わせてブレンドした紅茶を飲むのが好きな上、色々なシュチュエーションを想定してブレンドし、いざそんな場面に出くわした時にその紅茶を飲む事も。ブレンドした時の想定は正しかったのかを答え合わせするのが楽しい。らしい。


淹れた紅茶を一口飲み微笑む。その後、部屋の隅に目をやり口を開いた。


「本部に連絡を。帰還予定日を合わせて。頼めるかい?」


そこには誰もいなかった。あるのは部屋の風景だけ。しかし、ヴェルムが声をかけるとその風景が歪み、黒を基調に緑の差し色の隊服を着た騎士団員が姿を現す。三番隊隊員だった。

魔法で姿を消していたようだ。ヴェルムの部屋にいるのは、ヴェルムの警護のためではなく、ヴェルムのお遣いのためだ。姿を消していたのは、ヴェルムの仕事の邪魔をしないためか訓練か、どちらかであろう。どちらもかもしれない。


はっ、と敬礼してから去る三番隊隊員。ちなみに、姿を消さず普通に扉から出て行った。







「というわけで、明日帰るからね。息子くんも馴染んだみたいだし、こっちで面倒見るよ。」


ファンガル伯爵の私室で、ヴェルムと伯爵、伯爵の長子が紅茶を飲んでいた。

ファンガル伯爵の跡継ぎである長子は、物静かだった。何事も冷静で対処するその姿は、本当に伯爵の息子かと周りが疑ったほど。特にヴェルムは母親に似て良かったじゃないかと大いに笑っていた。


「相棒、息子を頼む。今は出立の準備をさせとるが、後でまた挨拶させるからの。それから、コイツの事も目にかけてやってくれ。コイツはワシと違って頭を使える。だいぶ前からじゃが、領の事はもうほとんどコイツが決裁しとる。早いとこ引退したいんじゃが、王から許可が降りん。今回のことで首都に報告に上がるからの。その時に上奏するつもりじゃ。」


伯爵がそう言うと、長子が珍しく慌てた顔をして伯爵に異議を唱える。


「ち、父上!領民や、我が伯爵家を寄親とする貴族たちも、父上だからこそ着いてくるのです。残念ながら私ではまだ力不足です。いつか父上を越えると豪語しておきながら厚顔無恥ではありますが、まだ父上が必要なのです。もう少し待っては頂けませんか。」


客の前だぞ、と伯爵に嗜められても跡取りである長子は落ち着かなかった。

親子でワタワタしているところを見てヴェルムが笑う。

ほれ、相棒に笑われておるではないか!と伯爵が言うが、長子が反論する前にヴェルムが言葉を挟んだ。


「良いね、跡取りくんも立派な男になった。あんなに小さくて、デカい伯爵が抱っこするといつも泣き喚いていたのに。そう言えば、跡取りくんが少年だった頃に相談されたっけ。父上が怖くて意見出来ない、と。間違っているのではないかと思う事も、対面すると言葉が出てこぬ、と。それが今はこんなにちゃんと言い合えるようになって。いやぁ、成長が著しくて良い事だよ。伯爵、良い跡取りを持ったね。」


ヴェルムの言葉の途中から、伯爵は長子を見て、そうだったのか!?と言い、長子は、昔の話を蒸し返さないでください、と顔を赤くし小さくなっていた。


「大丈夫さ。跡取りくんの父上は誰だい?この国の英雄と呼ばれるファンガル伯爵だろう。このドラグ騎士団団長である私を、相棒と呼ぶのはそう多くない。そのほとんどがこの国の英雄や偉人さ。そんな人々と肩を並べる君の父上に、しっかりと立ち向かえる君が、領一つ導けないわけがないだろう。偉大な父を持ち自信が付かないのは分かるが、君はもう既に自分の長所を活かして自分の地位を固めている。もう一度言おう、大丈夫さ。」


ヴェルムは伯爵と長子を交互に見ながら力強く言う。言い切った後、紅茶を飲みソファの背もたれに背を預けた。

伯爵はこの国の英雄だった。それは、先々代国王の時代、初陣にも関わらず多大な戦果を挙げ、この国に海の恵みを齎したからだ。


「ヴェルム様…。分かりました。何時迄も父上に甘えていられません。私は私の長所で、父上から継ぐものを守り栄えさせていきたいと思います。初心を取り戻させて頂きありがとうございます。どうか父と、これからは弟も。そして我がファンガル家の事をよろしくお願い致します。」


そう言って頭を下げる長子。彼の密かな夢が、ヴェルムにいつか名前で呼んでもらう事だ。尊敬する父も滅多に呼んで貰えないらしいが、ごく稀に相棒呼びされている。正直羨ましい。いつか自分も、と思い直した長子の顔は、厳しい冬から春に変わった空の様に晴れ渡っていた。







ファンガル伯爵領に来る時は、速度重視で来た。しかし、帰りは特に焦ってはいないのだ。この時間をただ過ごすのは勿体無い。

という事で帰りは訓練しながらになった。

事前にファンガル伯爵から聞いた、今回の騒ぎで人手不足となった領内の魔物討伐を熟しながらの帰還だ。

遠回りにはなるが、巡回して魔物討伐の手が足りていない町や村で魔物を討伐し帰るだけである。護国騎士団としてこういう時にはちゃんとやらないとね、とはヴェルムの一言である。


「団長!もし良かったら手合わせお願いしていいですか。」


小さな村に魔物討伐のために小隊を残して先に進んでいる一行。

夜を明かすため野営をし夕食を囲んでいた時、ガイアがヴェルムに声をかけた。

食後の紅茶を飲んでいたヴェルムは、ガイアが来た方向へ目を向け頷いた。


「いいよ。定期訓練では手合わせしてるけど。たまにはこうして外でやるのもいいね。」


そう言って立ち上がり、ちょっと待ってて、と残し近くの林に向かい数十秒。木の枝を手にして戻ってきた。


「今回はこれが得物ね。ガイアはそうだなぁ。この枝切るか、私に一撃当てたら勝ち。どう?」


どうやら木の枝は手合わせの武器として使うらしい。誰もそれに異議を唱えないあたり、このくらいのハンディキャップは普段からなのだろう。

既に一番隊は観戦の姿勢だ。ガイアが何分耐えるか賭けている者もいる。


「んー、ただやってもつまらないし、ガイアが負けたら一番隊は私と訓練にしよう。」


ヴェルムがそう言った瞬間、一番隊隊員がヴェルムと訓練出来る嬉しさに湧く。そして何か思い出した顔をして絶望に顔を青くする。気づかず喜ぶ隊員も、他の隊員から説明され何かを思い出して顔を青くする。

全員が顔を青くしたところで、今度はガイアへ一斉に声が降りかかる。


隊長!負けないでください!

兄貴ー!勝ってくれー!

隊長、ファイトですー!

私たちのために勝ってくださーい!


様々な声がかけられているが、皆必死にガイアを応援している。

そこにリクがやってきて声をかけた。


「なんか楽しそうな事やってるー!!私も入れてー!ガイちゃんの次!」


流れを聞いていた三番隊隊員がリクを慌てて止めるがもう遅い。

ガイアがこれ幸いと、リクも同じ条件で!とヴェルムに言う。


「うん、いいよ。じゃあどうせなら時間制限を付けて3分にしようか。この砂時計が落ち切る前に私に攻撃を当てるか枝を切ったらガイアの勝ち。それ以外は私の勝ちだよ。良いかい?」


「大丈夫です。3分しか無いなら、最初から本気で行きますからね。」


ガイアはヴェルムと距離をとり、自身の腕に着けた腕輪に魔力を流す。すると腕輪は巨大な斧槍へと姿を変える。身の丈程の長さのそれを軽々振り回し、よし!と気合を入れる。


リクの合図で始まった手合わせは、ガイアの言う通り最初から全力だからか、目に留まらぬ速度の斬撃の応酬だった。いや、片方は枝である故に斬撃ではないが。


「なぁ、見えるか?」


「いや、正直言ってほとんど見えねぇ。お前は?」


「見えてたら聞いてねぇよ。団長は肘から先以外動いてねぇから見えるんだが…。」


「だよなぁ。隊長なんかたまに斧槍の軌跡が見えるくらいでほとんど見えねぇもんな。」


「いや、逆に肘から先しか消えてねぇ団長の方がやべぇだろ…」


実に様々言われている手合わせだが、砂時計の砂が落ち切る瞬間、急にガイアが吹き飛ばされていった。


「時間切れ。ガイアは動きが単調だから分かりやすいんだよ。力任せを止めなさいっていつも言ってるだろう?ほら、次はリクだよ。おいで。」


息も上がっていないヴェルムがそう言う。ガイアが吹き飛んだ瞬間、ザワザワしていた一番隊を沈黙が包んだ。その後、皆が地面に手をつき崩れ落ちる。

終わった、ワンチャンあると思ったのに、などボソボソと聞こえる。

三番隊はそれを見てからリクへ視線を向ける。隊長、絶対勝って!と念が送られているが、リクは気付かない。そして、ガイアとヴェルムの手合わせの間にこの手合わせに至る経緯を隊員から聞いたリクはヴェルムに口を開く。


「団長!私が勝っても、うちの子たちと訓練してほしいな!団長と訓練出来るのはラッキーだもん!」


え…?と三番隊が固まる。

いや、そうなんだけど…ね?みたいな空気が流れるが、リクは楽しげに笑うままだ。


「うん、いいよ。それじゃあリクが勝ったらご褒美あげるよ。何が良い?」


「んー、じゃあ今度オムライス作って!団長のオムライス食べたい!」


「オムライスかぁ。うん、分かった。じゃあオムライスを賭けて勝負といこう。合図はいらないよ。好きなタイミングでどうぞ。」


周囲を無視した和やかな会話が流れ、ヴェルムが言い切るか否やというタイミングでリクが消える。

本当に好きなタイミングで仕掛けたようだ。それを見た三番隊の隊員が慌てて砂時計を返す。数瞬の遅れだが、砂がサラサラと落ち始めた。


「いってぇ〜。時間切れの瞬間にいいの貰っちまった。あんなヒョロい枝でなんであんな打撃が打てるんだよ…。」


吹き飛ばされたガイアが戻ってきた。木の枝対斧槍だったにも関わらず吹き飛ばされたガイアだが、身体中を押さえてはしきりに痛がっている。一番隊隊員がガイアに救急キットから軟膏を取り出して渡す。

さんきゅ、と言いながら受け取り上着を脱ぐガイア。そのままシャツも脱ぎ上半身裸になると、大きな筋肉に包まれた肉体が露わになる。


「うわ、隊長アザだらけじゃないですか。ここまでアザあるの、虐められてるみたいで怖いっすよ。」


隊員がガイアに声をかけ、背中のアザに軟膏を塗る。


「団長一歩も動いてねぇように見えるのになんで背中に食らうんだよ。意味がわからねぇ。たまに背中に打撃が来るんだよ。誰もいねぇのに。でも団長の両手は目の前にある。ほんとに意味がわからねぇ。」


ガイアが一頻り首を傾げているが、そもそも戦いのほとんどが見えなかった隊員たちは誰も答えを返せない。

軟膏が塗り終わると、リクの悲鳴が聞こえた。

どうした!?とガイアが立ち上がると、ガイアと同じく吹き飛ばされたリクが叫んでいた。しかし、吹き飛ばされた先で魔法で衝撃を失くしたのか、フワッと着地し笑っている。というか喜んでいる。


「わーい!勝った!ガイちゃん、団長に勝ったよ!オムライス食べられる!」


ガイアは驚いてヴェルムを見る。枝は切れていない。服を見ても一撃もらったように見えない。


「うーん。たしかに、葉も枝の一部か。最後の最後で枝から葉を切り落とされたなぁ。私の負けか。うん、おめでとうリク。」


ヴェルムの足元には、確かに先ほどまで枝の途中にあった葉が一枚落ちていた。

そんなのありか…、と額を押さえるガイア。


「しなりを持たせるために強化を少しにしたのが裏目に出たかぁ。私もまだまだ修行が足りないね。」


いやいやまだ足りんのかい、という一番隊の総ツッコミはもちろん、心の中だけだ。実際に言えばどうなるか分かったものでは無い。

リクは手合わせのために先ほどまで握っていた苦無を仕舞い、オムライスオムライス、と踊っている。

リクが勝った事で三番隊は狂喜に湧いていた。リクを崇め奉る勢いだ。勝ち負けに関わらず訓練があることはきっと頭にない。彼らはリクが喜んでいることが一番重要なのだ。

逆に一番隊は葬儀のような顔で沈んでいた。

一番隊と三番隊のテンションの差にヴェルムは苦笑しながら、他に手合わせしたい人いる?と止めを刺した。

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