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二十三日 惨劇

     # # # #


 連想したのはオムライス。『卵』という薄皮に包まれた『チキンライス』が『スプーン』によって食い破られ、『卵』の表面にかけられた『ケチャップ』によって赤く色づいている。

 ちょうどこれも、そんな感じだった。

 全長およそ160センチの、『オムライス』。

『卵』が大きく開かれ、その下に存在する玉葱とチキンが交じり合った米に『ケチャップ』を混ぜ込んだ『チキンライス』が見えている。近場に『スプーン』がないが、それは恐らく持ち去られたからだろう。

 ただ、料理にしては無粋だと思う。

 何しろ皿を使っていない。

 汚した後を、片付けていない。

 それに…………

 ………数も、多すぎる。

 ×××市コンサートホール、その一階エントランス一面に散乱した、『食べかけのオムライス』。

 当然ながら香りはとんでもないことになり、それだけの数存在していれば床なども真っ赤になって到底足の踏み場もなかった。

 ………現実逃避はよせよ、ハル。

 自らに言い聞かせるようにして、ハルはホールを再認識する。

 食い破られた『卵』、それは皮膚。

 卵から覗く『チキンライス』、それは『皮膚の下にあるもの』。

 それらを色づける『ケチャップ』、それは『人の持つ赤い液体』。

 そして、それらから構成される『オムライス』とは、

 一体、何を示すのだろうか。

「…………………っ」

 床に散水されたかのように広がる、赤い粘性をもつ液体を踏まぬように気をつけながら、または仕方なく踏みつけながら、ハルはエントランスホールの奥へ向かう。

「……………………」

 自分たちがゲネプロを行うはずだった、このホールでも最大の広さを持つ場所。

 そこへ向かう通路から、それらは広がっていた。

 通路入り口に、腹を破られたものが一つ。うつぶせに倒れており、その下に血液と、僅かな『中身』を広げている。

 人が三人横並びに出来るような広さの廊下、その中ほどに、一人で廊下のよこはばを占領している『ちょっと前までは人間』、今ではただの『障害物』。倒れているのに、その首には切れ目でも入っているのだろうか、床ではなく壁を見つめていた。

「……………」

 赤い通路を、無言で歩く。

 鉄さびと肉の、わずかな臭み。

 靴越しに感じるねっとりした液体の感触と、じっとりとした雰囲気。

 音は自分の立てる ぴしゃり という音以外には聞こえず、ここは、まるで墓場だった。

 ………墓場?

 違うだろう。

 墓場では、こんな風に人間が『料理』されることはないし、こんな風に散乱させておくこともしない。墓場というものは人間が静かに眠るために用意された場所であって、あくまで人間が『調理を待ちわびる場所』ではなかったはずだ。

 通路の先に、更にもう一つ。今度は珍しく、ちゃんと人が眠るような姿勢で『下ごしらえ』されている。本来なら閉じているはずの腹がべろ〜んと間抜けに開けられていなければ、それなりに絵にはなっただろう。

 そして、その通路の向こう側。

 そこは、地獄だった。

 散乱した人であったもの。

 飛び散った、人間の中身。

 赤く赤く染め上げられた、真っ白な床。

 出演者たちであったはずのものやそのアシストであったはずのものそれらが身に付ける黒いスーツや華やかな色合いをした服装などがジャケットといわずシャツといわずネクタイといわずズボンといわず神といわず装飾品といわず手持ち荷物といわずま真っ赤に真っ赤に真っ赤に染まりそしてその赤く染まるもとを提供した物のかつては世界を映していたまるい二つの玉も彩りと意識の色を完全に消失して虚ろに上を見上げ潤す機能すらも消失したのかそれは遠目から見てもわかるほど表面が乾燥していて球体というよりそこそこに小さい板で無理やり作った球体に近いもののように見えその下に存在した出演者が楽器(しゅつえんしゃ)であるが由縁である美しい声音を生み出すための穴はぼんやりと見開かれみるひとがみれば呆けてるんじゃねえこの野郎などという憎まれ口いやこの場合は軽口か軽口を叩きそうな様子になっておりそこから流れ出しているのはこの床を赤く染めているのと同じものでなんだこいつ人じゃなくてポンプだったのかといいたくなるような奇妙ないでたちになっていてそれらに大体共通している特徴といえばその人物が腹の中に溜め込んでいたものが完全に露出しているというその一点に尽きるということだろうその一転があるがゆえにここに散乱しているものは人ではなくただの食材足りえているのであってまるで食糧庫のようになっているこの場においてはそれこそが存在意義ここにある意味存在していい理由なわけでつまりこの場においては生きているほうが不自然ということあれじゃあ何でこんなところに俺は生きているんだ?何で生命を持ったままこんなところにいるんだ?ここは冥府だろ?冥界だろ黄泉の国だろタルタロスだろ三途の川の向こう側だろ彼岸だろだったら生きてたらおかしいじゃないかいやもしかするとおかしくはないのかもしれないなぜなら俺も人で話せないことを成した化け物なわけで化け物なら地獄や冥界や冥府や彼岸や三途の川の向こう側や要するに死後の世界にはいくらでもいるわけでこの地獄においてまともなものは存在していいものは死者になりまともじゃないものは存在しているだけで化け物に認定されるいやこの場合化け物って呼ばれてる奴のほうが自然になるのか冥界に化け物は付き物だつまりこの場において化け物でないものは浮き足立つわけで目立つわけで簡単に目に付くわけでこの世界をこの世に無理やり持ってきた化け物に『お料理』されてしまったわけか納得なら同じ化け物である俺がこんなところで生きてるのも納得だなじゃあその化け物って誰なんだ何なんだ?ぜひとも人目であってお礼を言わない











「…………………はぁ」









 しょうがない、とハルは。

 内心でつぶやいた。

 このままだと、楓も入ってきかねない。

 なら、そうなる前にこの『祭り』の、

『謝肉祭』の祭主殿には、お帰り願うしかないと。

 ………どこにいる?

 そう考え、ハルは辺りを見回した。

 床一面に散乱した、血。ホール前一面に散乱した、死体。

 血、死体、血、死体、血、死体、血、死体、足跡、血、死体

 ………あれか。

 死体の散乱しきっている場所から伸びる、一つの足跡。

 その足跡はホール前の広場を横切り、大ホールへと向かっていた。

「……………」

 無言で、ハルもそのホールへ向かう足跡へ続く。

 大ホールへの扉は、閉ざされている。が、開くはずだ。今日はゲネプロ、途中で起きたなら、その鍵がしまっているわけがない。

 防音のため、かなり重く設計されている扉を、押し開ける。

 そして、その向こうに存在するもう一枚の扉も、

 押し開ける…………

 そして、ハルは。

 悪意の演奏を、聴いた。


 ×××市コンサートホール、その大ホールに存在するピアノ。

 それがかき鳴らすは悪意。

 歓迎するは敵意、迎えるは殺意、振舞うは怪異、見送るは悪意。

 それはこの『謝肉祭』にこそふさわしい、悪意の塊とさえいえるだろう。

 ならば、それを奏でるものは。

 一体、どれほどの悪意を抱えているのだろうか。


「……一体、」

 呻くように言いながら、その奏者に向かい、

「一体、これは何の『謝肉祭(カーニバル)』なんですか?」

 一歩一歩、歩を進める。


「東期、流さん」


 ぴたりと、

 悪意の演奏が、止まった。

「………よくきたねぇ、ハル」

 鍵盤からゆったりと指を離しながら、東期流は言った。

「いや、この場は招待主の礼儀として時噤(ときつぐみ)春風(はるかぜ)と呼んでおこうかな? 時噤君」

 嘯くように言いながらピアノの座席から立ち上がる。

 黒いカジュアルスーツに、赤い手先。ジャケットの下に身に着けられている白いシャツもいまや赤黒く染まっており、その姿はまさに、この謝肉祭の祭主にふさわしいとさえいえた。

「そしてさっきの質問に答えておくと、こうだね。

『僕は理解するためにこの祭りを始めた』

 ――――だよ。さぁて、君にはこの言葉の意味が理解できるかな?」

 ゆっくりと壇上からこちらへ降りてくる流、その姿を見つめながら、ハルは思考する。流の望む理解とは誰に対してなのか、どういうものなのか、を。

「………××××高校の、惨劇」

 自らも流の正面、舞台のほうへと延びた緩やかな階段を下りる。

「あの主への、理解………」

 その回答に、流は笑みを浮かべた。今までのものとはまるで違う、狂気によって彩られた笑みを。

「そう、その通りだ。僕は彼女のことを、儚梨セリカという一人の少女を心の底から理解するためにこの祭りを、君の言葉を借りるなら『謝肉祭(カーニバル)』を開いたんだ」

「………どうして」

「『どうして』?」

 こつこつと、

 流が、階段を上る。

「――――ああ、そっか。君たちにはまだ話してなかったっけ。こりゃあちょっとした誤算だね。まあ、いいか。ちゃんと遅刻して到着するまでは僕の想定どおりなんだし。いいよ、教えてやる」

 ぴたり。

 流の足が、階段の中ほどで止まった。

「それはね、時噤君。あの惨劇の主、この十二月の最初の事件、殺戮の美姫にして皆にとって都合のいいスケープゴートであった彼女が、正真正銘僕の実の妹だからだよ」

「!」

「まあもっとも、両親離婚の際に僕たちは別々に引き取られて、その時に苗字は変わったんだけどね」

 東期流、儚梨セリカ。

 二人が、兄妹。

「まあ、端的に言うなら『家族のことを理解するため』かな? 納得できる理由だと思わないかい?」

 それとも、と。

 流は、続ける。

「きみは家族を理解しようとすることを、異常だと思うのかな?」

「………ええ、言います」

 階段を下りる足を止め、ハル。

「こんなことをする必要は、ないでしょう。参加者――五十人近くいましたよね? その人たち、全員殺ったんですか?」

「君たち二人と僕は除くし、全員で参加者は四十八人だから、ちょうど四十五人だよ」

「そんな事は聞いてません。家族の理解だって、人を殺してまでやることだったんですか?」

 その言葉に、流はにやりと笑った。

 今までより狂った、今までより楽しげな。

 そんな、笑みで。

「………その言葉ってね、時噤君。君がいえたことかい?」

「……どういう意味です?」

 そりゃあね、と流。

「楓ちゃんのお母さんのこと」

「!」

「君、確か交差点でこういってたよね? お前の母親はもう死んだ、間違いなくもう死んだんだって」

「それが、何の――――」

「大有りさ」

 含みを持たせ、彼は言う。

 確信に満ちた、表情で。

「そんな言葉がでてきたってことは、少なくとも君は楓ちゃんが母親に関して何かしらの恐怖を抱いていることを知ってたってことだ。なのに、君は昨日の夜の対話のとき、楓ちゃんが父親をどうしたのかを知らなかった、どういう風なトラウマを持ってるのかさえも、知らなかったんだ。

 つまりこれって、君が楓ちゃんの両親のことについて、本人から何も情報をもらってなかったってことだよね?」

「………………」

 ハルの沈黙を意に介さず、流は続ける。

「そして三年前、楓ちゃんのお母さんは通り魔に刺されて死んでしまった。当事に存在した通り魔に、ものの見事にね。そりゃあ、新聞にも名前は出るだろう。

 だけどね、僕はここで疑問を抱いているわけだ。

 本人から何の情報をもらってないのに、果たして名前を見ただけでその刺された人物が『屋敷戸楓の母親である』と認識できるのか、ってね。

 そりゃ君、苗字だけであんな確信に満ちた口調は出ないでしょ。つまりハル、君は『楓ちゃんのお母さんの情報を何も持っていなかったにもかかわらず、その死を確信していた』ということになる。

 これって、どういうことなのかな?」

「………何が、言いたいんです?」

「言いたいこと? はっ、言いたい事は一つさ。


 時噤君、君、楓ちゃんのお母さん殺しただろ。


 三年前に、通り魔に見せかけてね」

「…………………」

 確信に満ちた口調、愉悦にまみれた表情。

 そんな状況のまま、流は続ける。

「そりゃあ、確信に満ちた口調も出るだろうね。何せ殺したのが自分自身なんだから。自分自身で殺ったにもかかわらずそいつが闊歩してる、なんて、起こり得てもせいぜい祟りに彩られた山奥の村程度のもんだよ」

「……………………」

 ハルは、沈黙した。

 そう、確かに。

 確かにハルは、三年前に楓の母親を殺害した。

 楓が偶然にも再会した、母親。

 たまたま一緒にいたハルと親子そろって、少しばかりグレードの高い店で食事にしたときのことだ。

 そのとき、楓は怯えていた。

 眼前で和やかに話す、母親の存在に怯えていた。

 細かな挙動、声に混じった感情、何気ない視線の動きなど、無意識において制御される部分が、母親を拒んでいた。

 そのとき、ハルは確信したのだ。

 ―――コイツハ、カエデヲフコウニスル。

 だから、

 ―――カエデヲマモルタメニ、オマエハジャマダ。

 そして、

 ―――シネバイイ

 ゆえに、それから三日後の夜に。

 ハルは、楓の母を殺したのだ。

「………くくくく。やっぱりだよ。はじめてあったときから、どうにも君はどこか人とブレた感じがしてたんだ」

「………ブレ?」

「ああ、ブレだよ。『狂気』と言い換えてもいいかな。僕は理解するために、君は守るために、それぞれ狂っている」

「……一緒にしないでください。俺は狂ってなんかいない」

「い〜や、君は狂ってる。自分の大事な人を守る、そんな大義名分で何人もの人間を虐殺できる人間なんだよ、君は」

 さてと、と。

 流は言う。

「そろそろ氷解したところだし、次に移ろうか。僕の理解の、次のステップへとね」

 ………次?

 内心で疑問に思いながら、ハルはポケットに手を伸ばす。

「………時噤君、君は殺し合いって経験したこと、あるかい?」

「日常生活に、そんなものは要らないでしょう」

「うんうん。君ならそういうと思ってた。だけど、だからこそ。僕の理解にはそれが必要だ」

「……どうして?」

「だって、僕の妹だって殺しあってるんだよ。たった一人の負傷者、××××××その人と。だから、きっと」

 流は、ゆっくりと腰に手を伸ばす。

 正確には、そこにあるのであろうこの『謝肉祭』を作り上げた調理道具へと。

「僕も、殺し合いを演じれば、理解できるんじゃないかな」

「っ」

 一瞬、反射的に体が後方へ下がった。

 流の手に握られた、真っ赤なサバイバルナイフ。

 その切先が、ゆっくりとハルの方向を向く。

 ………逃げ切れるか。

 彼我間の距離は多めに見積もって八メートル、斜面となると向こうはそれ以上に走る必要があるため、十メートルといったところだろう。対してこちらがドアに到達するまでに走る必要のある時間はせいぜい五メートル。

 容易に、逃げ切れるはずだ。

「おっと、逃げようなんて考えないことだ。聡い君のことだ。きっと君はこのコンサートホールから脱出して警察機関に連絡した後、逃げ場の多く存在する屋外にて僕が逮捕されるまで逃げるつもりになっている」

 だけど、と。

「そんなつまらない事は、させない。もし君の姿を見失ったり、君が僕に背をむけるようなことがあったら、僕は真っ先に楓ちゃんを殺しに行こう」

「!」

 カエデヲ、コロス。

「わかってるだろうけど、楓ちゃんは君一筋だからね。君に何か危険が及んでいると判断した場合、君からの忠告を守らずこの仲間で入ってくるはずだ。その場合、僕は君よりも先に楓ちゃんに会いに行くよ」

 言って流はゆっくりと身を沈めた。

「さあ殺しあおう、時噤春風。最大級の殺意と、最大級の遊び心を持って」

「………………わかりました」

 それに対し、ハルは。

 ポケットからあのナイフを、

 眼前の殺戮者から送られたあのナイフを、

 抜き出した。

 そして、構える。

 三年前と同じ、誰かを殺すための位置へと。

「それならこちらは、最大級の殺意と憤怒、そして少しの哀れみを持って、歓迎します」

 軽く身を沈め、

「大事な人を殺そうというなら、俺も容赦はしない。東期、流」


 そして刹那の後、

 二人は、同時に駆け出した。


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