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第九話 ドレス

「彼氏とは結婚まで行けないかもしれない」

「お父上の公爵様が決めた相手がいるの?」

「そうなる……かも? 嫌だったら彼氏のところに逃げ込む」

「流血沙汰にならないことを祈ってる。どちらにせよこのパーティーにはあらかじめ参加する予定だったのね、あなた」

「それは不可抗力というか。こっちに自分の意思で来てみたら、後から追いかけてきたって感じ」


 本当か嘘かわからないが、もう今更どっちが先でどっちが後でも関係ない。

 ミアは病床に伏せていて確かに、パーティーに参加できる体調ではないと思われた。


「セナ。ここに来てからずっとあなただけが私の頼りだった。両親には病気に伏せっているってそんな連絡をしたけれど、嘘だと思われてあちらからは何も言ってこない。だけど人生最後に楽しめる独身の場所は、それなりに楽しんでおきたいと思ったの。わがままかもしれないけれど……」

「それ何割が本気なの」

「八割は本当にあなたの厚意に感謝してる。二割は私だって元気だったら王太子殿下のパーティーに参加したい!」

「……はいはいわかったわよ。シフトが空いているの」


 改めて胸ポケットからスケジュールを取り出し確認してみる。

 やはり明後日の夕方から深夜にかけては、休みになっている。


 パーティーの補助をしないのは役立たずの証拠だ!

 脳裏で上司のバルドが叫んでいた。


 けれど舞踏会に参加するスタッフはあらかじめ厳選されているのだ。

 今更、上司がどんなに叫んだところで怖いものはない。


「ありがとうセナ。お給料にもならないのに私のことに気をかけてくれて、不満一つすら口にはしない。あなたみたいに誰かのために身を粉にして働ける人間を私を知らなかった」

「なんだか背中がむず痒いからやめて」


 セナが生きてきたこれまでの人生で、ここまで大げさに嬉しいこと言ってくれるのは、父親と祖父だけだった。

 父方の祖父はセナが五歳の頃に亡くなった。


 無口な人だったが他人を褒める時には心の底から謝辞を述べていた。

 それを思い出し、ミアと祖父はセナよりも血のつながりが濃いのだと、あらためて思い返す。


 丸い瞳で教養のある目元と、生まれつきの目尻の皺がよく似ていた。

 彼女の大らかな愛情表現は、亡くなった母親を思い返させた。


 ミアには、両親と祖父の面影がちらついて見えた。

 過酷な人生を生きてきたセナは、親戚だとしても、友人だとしても、ながい時間離れていたらここまで他人の面倒を見なかっただろう。


 深い愛情を抱いてミアを大事にしようとするのも、死んだ彼らの面影がそうさせるのかもしれなかった。


「チケットは私の名義なの。だからあなたは私にならないとダメなんだけど」


 できるわよね? と視線で訊ねられた。

 四年前、まだ帝都の学院に通っていた頃は、髪型や仕草を真似、教師や友人たち、それぞれの屋敷の庭師やメイドたちの目をごまかせるほど、二人は酷似していた。

 あの頃のことを思い返せば、できないことはないと、セナは思った。


「舞踏会でパルスティン公爵令嬢ミアになるの。そして素晴らしい出会いを――ここを譲るのは心苦しいんだけれど、イケメンたちと楽しんでくるといいわ。本物の王国貴公子をその目に焼き付けてきて頂戴」

「そんなことが目的だったの?」

「アロンゾは顔はいいけれど、無口でつきにくいから。華やかさにかけるの。その意味ではこのパーティーは悪くない、と思う。とりあえずセナは本当のあなたにもどって、一夜を過ごしてきて」

「まかり間違っても朝帰りなんかしないけどね」


 ミアの大袈裟な表現に、セナは瞳をしばたかせた。

 それから、頬を伝い落ちるとする涙をこらえるのに、精一杯だった。


 いま泣いたら、この後のシフトにはいるために、化粧を直すに時間がかかってしまう。

 どうにか堪えて、ありがとう、と親友に言った。


 これまでの四年間、高等学院を中途半端に卒業し、義理の母親と義理の姉に、死んだ父親の遺産を奪われたセナは、ほんの少しの荷物と与えられたわずかばかりの貯金を崩し生きてきた。


 生まれながら自分が持っている権利を忘れようとしていた。

 望めばいつでも貴族社会に戻ることができるその権利を、セナは見ないようにしてきた。


 そうしなければ、過酷な毎日を生き抜くことに、心がボロボロになってしまい、いつ死を選んでもおかしくない状況だったからだ。

 日々を忙しく働くことで、過去の辛さを紛らわせ、未来に目を向けることだけだった。


「クローゼットを見てきてくれない?」

「え、でも。時間が……」

「まだ少しあるわ。見るだけでも」


 ミアにそうせかされて、セナは嬉しそうなすぎておぼつかない足取りで、スイートルームの寝室のとなりにある、クローゼットを開けた。


「その扉よ」

「何があるの……言わなくても分かってるけど」

「あなたのためのドレス。私が着る予定だったけれど、今でもそんなに体型が変わってなければ、着れるでしょう?」


 そしてセナはそれを目にした。

 クローゼットの正面のドアを開けたとき、上から吊るされていたのは、若い頃に出席した帝国の皇帝と皇后様の結婚式を思い出せる、ドレス。


 そのとき、皇后陛下はこれによく似たドレスに身を包んでいらっしゃった。

 それは、最先端のデザインだ。

 オートクチュールの品で、裾が床まで届くロングドレスだった。

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