短編 ディーノ、皇弟の悩みを救う
【書籍化決定】祝いとして、短編を書きました。
「八歳のお誕生日おめでとう、ディーノ!」
「ママ、ありがとう! ロアッソおじさんも!」
ホテル・ノラムルージァの1階にあるレストラン。
その片隅で、マネージャー・セナと料理長ロアッソは、誕生日を迎えたばかりのディーノに祝福の言葉を贈った。
集まった人々は、昨年、ロアッソと結婚して妊娠中のミアをはじめとした、いつもの人々だ。
しかし、そこにロバートの姿は見当たらない。
「……パパもいたらよかったんだけど」
と、ディーノは小さく漏らす。
花束を贈ったセナは、困ったような顔をして「仕方ないわよ」と苦笑した。
「あの人ったら、王国に呼び出されたんだもの」
「でも、ねえ? 僕の誕生日くらい一緒にいてくれたっていいんじゃない? 最近のロバートは忙しすぎるよ!」
「あら? ちゃんとパパって呼びなさい? そうする約束でしょ?」
「それは、きちんと父親として仕事をしてくれたらによるかなー」
「この子ったら……」
パーティーの主役であるディーノは、頭に紙で作られた金色の王冠を被っている。
顎紐がたるまないように気を付けながら、ディーノは王冠を引っ張って見せた。
今夜、この会場の主役は彼なのだ。
セナは息子の挑戦的とも思える言葉に、信じられないと頭に手をやった。
「どうした? そんなに不機嫌なのか、我らの王様は?」
「ディノッソ殿下! いいえ、そんなことはありません」
会場に訪れた来賓のうち、もっとも地位も身分も高い皇弟は、手にワイングラスを掲げながら「我がディーノ陛下、おめでとう!」と叫んでくれた。
ちょっとばかり豪放磊落なディノッソを止める者は誰もいない。
彼は片手にワイングラス、片手にワインのボトルという皇族らしくないマナー違反を堂々と行い、部下であるロアッソは「ああ、もう……」とセナと同じように顔を手で覆っていた。
「そんなことがないのに、不機嫌なのか? 父親の仕事をしていないと批判しているのに?」
「我が父上は、父親である前に王国の王族ですから……。国を挙げての行事ともなれば、仕方ないのです」
「ま、そんなこともある。気にするな」
「殿下なら祖母と息子。どちらを選びますか?」
ディーノはディノッソの手からワインボトルを奪うようにして取ると、それをグラスに当てて「あれ?」と首をかしげる。
中身はとうの昔に、皇弟の腹の中におさまっていた。
「わしか? わしなら、二人を同じ場所で同じように扱う。時間も同じ、場所も同じ、料理も同じ。あとは年が老いた分だけ敬意を払う。それだけだ」
「……殿下は簡単でいいですね」
「ちょっと、ディーノ! 何言ってるの!」
セナが怖いもの知らずの物言いをする息子の口を、慌てて手で塞ごうとする。
だが、ディーノは母親の手からうまく身をかわすと、ディノッソの隣に逃げてしまった。
「大丈夫だよ、ママ。殿下と僕は同盟を組んでいるんだから!」
「どう……めい? 殿下、どういうことでしょうか?」
「いや、なんのことだろうな? 知っているか、相棒よ」
「僕、知ってますよ。宣言しましょうか?」
同盟の内容を明らかにしてもいいか、とディーノはディノッソを見上げた。
かたや大戦の英雄。かたやまだ8歳にしかならない、少年。
つながりと言えば、どちらとも帝国の帝室に連なる存在、という程度だ。
とはいえ、直系のディノッソに比べて、ディーノの血はとても薄いものだが。
「いいとも。宣言してやれ。そして誇るがいい。このわしと対等に立てるのだから」
「たい、とう……? ディーノ! あなた殿下にどんな失礼な約束をねだったの!」
セナは元公爵令嬢だし、いまではカーバンクル公爵位を持つ上位貴族だ。
かつては移民として王国でホテルの清掃員を何年もしていたし、最下層の人々がする生活だって馴染み深い。
一度は貴族社会を追われ国すらも追われた彼女が、再び栄光を手にすることができたのは、王国の元王太子だったロバートのおかげだ。
しかし、ロバートの行動の結果、セナは望まないものを再び手にしてしまった。
爵位・栄光・豪華な上流階級の生活。
持たない者からしてみれば、夢のような贅沢な日々を送れる権利を、セナは12歳にして義母に奪われてしまってから、執着するどころかなくて当たり前、のように見放してしまった感がある。
王太子の座を返上し、王位継承権を手放したロバートや、皇弟ディノッソからしてみれば、生まれ持った特権に頓着せず、己の力だけで生き抜こうと決めたセナはどこか世間知らずで、どこか物珍しく、どこか違った意味で自由を手にした女性だった。
「いや、違う。待ってくれ、セナ。我が朋友ディーノは何もねだっておらん」
「殿下? 止めてください、子供のしつけは大事です! 身に過ぎた権力は身を滅ぼします!」
「だからねだってないよ、本当に。ママは貴族とか帝国とか、王国の話になるといつも過敏になるんだから。神経質だよね?」
ディーノがとととっと小走りにやってきて、セナにしゃがむように言い、その耳にちょっとうるさいよ、ママ、と苦情を申し立てる。
セナは母親としてこんなにも息子を案じているのに、と悲しくなりそうだった。
「あなたね! ママはあなたの将来を心配して……」
「だからー、ね! ちゃんと聞いて! 殿下は光の精霊の呪いで、船に乗れないの!」
「え、……どういうこと?」
思いもしなかった返事に、セナはきょとんとなる。
側で聞き耳を立てていた、ロアッソやミア夫婦は「へえ……殿下が」とか、「そんなこと、俺には言ってくれないぞ、殿下は」とか二人で語り合ってた。
ディノッソは誤解を受けないように、とセナに向けて手を振る。
「わしは前の大戦で前国王と決闘しただろう? あのとき、勝利してしまったから、王国と帝国の間に渡る海峡に通じる海や川には、足を踏み込めないのだ」
「そ、そんなご苦労……あったんですね」
「うむ。ところが、ディーノは王国の王子だ」
「まあ、家系的にはそうですけれど……光の精霊様とそれがどんな関係が? ああっ、ディーノ! あなた、まさか精霊と契約とか結んだのではないでしょうね?」
セナは青ざめて叫んだ。
帝国の守り神、戦女神ラフィネと王国の守り神、光の精霊はもう千年近くもいがみ合っていて、ずっと王国と帝国に代理戦争をさせるくらい、仲が悪い。
まさか、新たな代理戦争の幕あけ? と想像してもおかしくはない状態だ。
もし、そんなことになったらまた戦争が……? などとセナは考えてしまう。
そうなったら、ロバートとの愛もこの平和な帝国での生活も、すべてが水の泡だ。
恐怖を感じてもなんら、おかしいことではない。
「ぜんっぶ、違う! ママの想像はひとつとして当たらないよ!」
「なんでそんなことがあなたにわかるの? あ、また読んだわね、ママのこころを?」
ディーノには特技がある。
それは他人の胸内を、それとなく知ることができる能力だ。
だからといって、特殊な魔法とか、精霊のスキルとか、そういった類のものではない。
生まれたころからホテルのマネージャーとして働くセナが、職場にディーノを連れて育てた環境が大きく作用していた。
普通の子供なら会うはずのない人数の客達に囲まれて育ったディーノは、他人の素振りや口ぶり、視線などから思考を類推する能力だけが異様に発達してしまったのだ。
その結果、ディノッソが大好きな海釣りをできない悲しみを抱えたまま、光の精霊の呪いを解くこともできず、悲しんでいるのを知って力になろうとしたのだった。
「はーい、はい、はい。もうそれはおしまい。ママ、僕のためにいろいろと考えてくれているの、分かってるから。でも、大丈夫なの。ちゃんと話すから……聞いてくれる?」
「……え、ええ」
「本当に? 信じてくれる?」
セナは一度疑うと、なかなかそれを止めようとしない。
移民時代についた癖だが、ディーノはなんとなく苦手だった。
母親に信じてもらうという約束を取り付けないと、話が脱線したりして最後まで続けるのに根気がいる。
僕はまだまだ若いのに、苦労人だよね、とはセナの癖に関して、ディーノがディノッソに漏らした愚痴でもある。
「わかった。でも隠しごとはなしにして」
「それはもちろん……うーん、殿下から話していただけますか? ママ、信じそうにないから」
「なに? わしからか?」
ディノッソはいきなり話を振られて戸惑いを隠せない。
ワイングラスをあおり、中身を空にしてから、隠し事を漏らすかのようにどこか気恥ずかしそうにしながら、言葉を紡ぐ。
「殿下は釣りが大好きなの」
「それはさっき聞いたわ。それがどうつながるの?」
「ディーノが一緒に船に乗ると、精霊の呪いを受けなくなるのだ」
「え……? それは、本当? ディーノ!」
ディーノはこくこくと頷き、肯定して見せる。
確かに、とセナは過去を回想する。
帝都から皇弟が来た際、ディーノはロアッソとともに皇弟と出かけていた記憶がある。
しかし、まさかそんなことになっていようとは、考えもしなかった。
「本当だよ! だから、僕は殿下がこのラフテルに来た時には、一緒に船釣りに行っているの! ママに言うとまたうるさいから」
「私がうるさぃってどういうことよ!」
「だってさー……」
「そなたに話すと、わしが海を渡れる危機感をロバートに抱かせてしまう、という不安をディーノは隠したのだ。母を想う子の思いやりということだな」
ディノッソがどこか申し訳なさそうな顔をしてセナに釈明する。
しかし、母親は強い。皇弟からそんなふうに言われたところで、簡単に折れたりはしない。
セナは毅然としてディノッソとディーノに言い放ったのだった。
「殿下の問題を解決するお手伝いをすることに文句はありません! けれど、うちのディーノを巻き込まないで下さい!」
「……そんな気はなかったのだが。親戚同士で釣りに行くことが悪だとは誰も言えまい」
「殿下はすぐにそう言って正当化するからなあ」
「おいおい、ロアッソ。お前は誰の味方なのだ?」
「僕は殿下と一緒に釣りをするのは大好きだよ、ママ?」
「どうして、そんなに聞き分けがないの? ママはディーノを心配しているのに……ロバートが戻ったらしかってもらうんだから!」
「あ、ママ、ずるい! ……でも、パパはもう知ってるよ?」
「はあっ? どういうことよ!」
「殿下が、やっぱり両親の許可は必要だっていうから。ママに言うと、必ず駄目って言われるのわかってたし」
「……なんてこと、ラフィネ! ディーノはこんなに悪知恵が働くようになってしまいました……」
セナは戦女神ラフィネに祈りを捧げる。
祈り文句はさも嘆く母親の心境を表しているが、表情は納得と不満が入り混じってどこか複雑な様子だ。
「大丈夫だよ、ママ。ラフテルは内海だし、外海には行かないから」
「当り前よ! 外海にでたら、それこそラフィネの怒りに触れるわ」
「……光の精霊の怒りにも触れたりして?」
「冗談でもそんなこと言わないのよ? あなただからこそ、の特権だってあるんだから」
「ママ、ごめんなさい。その特権を誰かのために使ってあげるのは駄目なこと?」
「悪くないわ。でも心配なの」
セナはそう言い、ディーノをそっと抱きしめた。
大事な存在を失いたくないと、泣きそうな顔をしていて、息子は後悔の念を抱いた。
少女時代に家族を失ってから辛く暗い時代を生き抜いてきた、母親の深い孤独感をディーノは知らない。
ほぼ同じ目線ですがりつくように見つめてくる息子の願いを、セナは否定できなかった。
「大丈夫だよ」
「殿下の息抜きにだけ付き合うというなら――まあ、いけないことではないわ。でもロバートが戻ってきたら話がありますからね!」
「はーい。だってさ、殿下。どうですか?」
「そこでわしに話を振るな、ディーノ。わしが悪者になってしまう。まあ、そう願ったのはこちらだから、非はあるのだが」
「じゃあ、パパとママの話になったとき、助けてくださいね?」
「うむ……?」
ディノッソはちょっと難しそうな顔をした。
さらにセナの批判的な視線を受け、皇弟は押し黙ってしまった。
「殿下? 味方してくれないんですか? 僕は願いをきいてさし上げたのに?」
「いや、家庭の問題はなかなか入り込みづらい……なあ、カーバンクル女公爵?」
「こんなときにだけ、都合よく爵位を持ち込まないで下さい! 次の船に乗る機会には御一緒させていただきますから、いいですね?」
「わっ、わかった。動向を許可しよう」
「当り前です! うちの子を勝手に殿下の個人的な御用に使わないで下さい!」
「す、すまん」
セナの剣幕に押され気味のディノッソは、これまで隠していたという罪悪感もあるのだろう、素直に謝罪し許可を出した。
ディーノは誕生日に周囲から祝福されながら、母親にしかられ心配されるも、最終的にはディノッソの苦しみを和らげたことを褒められたのだった。




