第四十八話 考古学教室
「これは全部、仮定だ。裏付ける証拠がさらに必要となる。それによく考えろ、これはロバートとセナたちだけの話じゃない。僕も含め、王国に住む民にまで関わって来る話だ」
ロバートは改めて自分の持つ王太子という義務の重さに、押し潰されそうになった。
ついでに王国の問題としてこれを捉えなければいけないという考えに至る。
自分だけの家族、何の被害もなく、ただ無償の愛情を注いでくれる彼女。
新しい女性がいるならば彼女を優先してあげてほしい、とまで言ってくれた彼女。
自分よりも他者を優先して、と身をもって示してくれた彼女。
セナを裏切る真似を、ロバートは選択できないでいた。
「裏切ることは簡単なことだな」
「また裏切るつもりか? そんなに謝罪の涙を流してまで、悪びれたふりをして自分を騙すのはもうよせ」
「わかってるよ。分かってるから辛いんだ」
「悩みすぎなんだよ、ロバートは。全部一緒にやろうとするから失敗する。セナ様たちとのことは、一応の区切りがついた。次はお前が約束を守る番だ」
「それもわかってる」
「じゃあどうするか言ってみろ。自分一人では行く度胸もなくて、本当の愛を知ってしまったからどうか助けてくれアレックス、なんてそそのかされてやってきてみれば、これだ。本当の愛を知ったのならそれを貫いたらどうだ」
「だがもう約束をしてしまっている」
「すいませんでした、とおまえが頭を下げればいいだけの話だ」
「だが、他に妻と子がいたなんて知られたら」
「馬鹿正直にしゃべる奴がどこにいる! 本当にダメだな、ロバート。相手に伝えなければいけないことは、婚約を破棄したい。理由は、国の内情に関わる事だからお話ができない。そう言えば済むだろうが」
本当にそれだけで済むだろうか。
仮にも相手は公爵令嬢なのだ。
帝国の皇室につながる存在でもある。
ヘタをすれば皇帝陛下そのものから、横槍が入る可能性も十分にある。
そんなことを伝えたら、まずそっちからぶっ潰せばいいとアレックスは言った。
過激派みたいな物言いで、ちょっとばかり友人の苛烈さに、ロバートは身を引き気味になる。
「もしも、女公爵が女公爵になる前に、家の中で正当後継者を殺したのだとしたら。もしくは不当な扱いをすることにより正当後継者からその権利を奪ったのだとしたら、大事件だろ。僕たち王国の貴族であってもそれは大事件だとわかるような大事件だ」
「それを先に暴け、というのか」
「暴かなくても情報が氾濫してるって言うのは恐ろしくもあり、この場合は嬉しくもあるな。それほどの身分の人間、つまり、伯爵令嬢が行方不明になったとなれば、地方紙の一面を飾らないわけがないんだよ、ほら」
アレックスの差し出した魔導端末。
そこには有力貴族の娘が失踪した、という記事が書かれたいた。しかし、爵位や名前、どこの出身で、どんな経歴なのか、どうしてこんな地方に滞在していたのか。そこについてはすべて触れられていない。
「貴族ということで詳細までは伏せられたんだろうな。しかし、写真まではそうはいかなかった」
被害者の貴族令嬢と思しき女性は、という見出しで、高等学院の入学式に撮影された新入生の入学写真が、記事の一部に合った。
全寮制の学院の総生徒数は二百を越えない。
貴族という世界は人口も少ないのだ。一度に入学してくるなど、たかだか二十から三十を超える程度。
「彼女だろう? よく似た女性もいるが……こっちは多分」
最近の新聞記事をアレックスは別に用意して見せてくれた。
そこには例の女性、ミア・パルスティン公爵令嬢が、新たな化石を発見、と小さく紙面をにぎわせている。
「親戚だというからには似通った外観をしていてもおかしくない。俺にはこの失踪した令嬢と呼ばれる女性が写っている写真の中に、ミア嬢とセナ様が同じように写っているように思うんだがな。お前はどうだ?」
渡されたそれをまじまじと、穴が開くように見つめて、ロバートはゆっくりとうなずいた。
すべてのカギを握るのは、ミア、だ。
そしていま彼女は、何の偶然か、セナたちがいる地方都市に住んでいるという。
朝早く、二人の貴公子はミアの職場に向けてホテルを後にした。
ラフテル地方を管轄する、戦女神ラフィネ分神殿の朝礼を終えてミアが付属している考古学の研究室に戻ったのは、まだ眠気を覚える朝の八時すぎだった。
頭が夜と昼の境目から戻ってこようとしないのを、温かい紅茶の香りで覚醒させようとしたら、ミアに与えられた個人オフィスの扉がノックされた。
「え?」
普段、滅多に来客のないこのオフィスだ。
午前中は皆無で、夕方くらいになるとたまに、同僚や恋人がノックする程度。
それにしても1日における人の出入りは、片手数えるくらいのものだ。
そんな場所に、王国風の高級スーツに身を包んだ若者が二人くること自体が、ミアの平穏な人生に終わりの鐘を鳴らしていた。
「……淑女の職場を訪れるときには、アポイントメントを取るのが礼儀だと教わりませんでした、殿下?」
恐れ多いですが、と平凡な日常をいきなりぶち壊しそうな相手に、牽制の意味で嫌味を突きつけてやる。
相手がこちらをどう思っているかは知らないが、ミアには片方が誰か分かっていた。
透けるような蒼穹の青い髪、真紅の紅玉髄のような瞳。
ミアの血のつながらない親戚でもあるアーバンクル公爵令嬢レイナの婚約者、グリザイア王家第一王子、ロバートその人だった。




