第四十一話 殿下の後悔
「これは?」
「おばあ様。いや、女王陛下があのこのことに気づいた。結果として君のことを調べさせたようだ。俺が調べるよりも、もっと早くても確実に、祖母は君のことを深く知った。彼のことも」
そこにあったのは王国にやってくる前の、セナの経歴と、王国に移民した後、帝国へと戻るまでの彼女のことが書かれていた。
ディーノに関する情報もあった。
他人に知られてはならない秘密だと考え、ロアッソにすらも告げてこなかった事実が、そこには書かれていた。
十四歳のセナが最初に働いた料理店。そこの夫婦のこと、帝国に移民してからロアッソと共に、いまのこの土地へとやってきたこと。ディーノの出産と、今までのことも書かれていた。
「……あの子が私たちの子供であるという事実はどこにも書かれてない。どうやってわかったの?」
「髪の色と瞳の色。俺のものと同じそれを、あの子は備えて生まれてきた。皮肉なことだが、グリザイア王家の契約する神、炎の精霊は彼にもまた、同じように加護を与えている」
「そんなこと初めて知ったわ。あなたと同じ髪の色と瞳の色をしているから、もっと詳しく医学的な検査でもしてきたのだと思った」
「そこまで深くは分からないよ。それは本人からでなければ手に入らない」
それもそうね、とセナは肯く。
ここは帝国だ。王国といえども、そんな越権行為をしたとなれば、国際問題に発展する。
二つの国は、ほんの数十年前まで戦争していたのだ。
また微妙な緊張感を崩すのは、女王といえども躊躇ったに違いない。
「これからどうする気なの、殿下」
「俺は間違いだったと報告しようと思っている。最初は病死したと伝えようかと思ったが、それはちょっといきなりすぎる。俺の中にある精霊が、彼の中には何も無いと答えた。そう伝えようと思うんだ」
「何もないってどういうこと?」
「精霊の加護は彼には与えられていなかった。髪の色と瞳の色がよく似た、ただの子供だったと伝えようと思う」
それはそれで悪くない考えかもしれない。
神である精霊がそう判断を下したとしてくれるなら、誰も文句を口にする者はいないだろう。
だけど、セナにはあといくつかの不安があった。
あれが先ほど口にした婚約者のこともそうだ。
少し前に話したが、いつか彼が家庭を持ったときに、その家族がディーノのことをどこかで気づかないとも限らない。未来に対する不安と緊張の材料はまだまだあった。
「それでうまくいくならそれでいい。でもあなたの家族は私たちの存在を許すかしら……それが不安でたまらない」
「祖母も母もなにもしない。俺がそうはさせない。王位を継げば、おばあ様の影響はまだあるだろうが、そこはどうにかする。それに」
「それに何?」
「さっき俺は契約をしてしまった。精霊に、息子を……俺が父親と名乗るのは許されないな……。君の息子を王国は傷つけない、と。神とした契約だ。どんなことにも優先される」
神様と契約ができる。
本当にとんでもない存在なのだと、驚きに口が塞がらない。
自分にも戦女神ラフィネの加護はあるが、女神様と意識を通じたことも会話をしたことも、セナにはなかった。
帝国の皇帝と並び世界でも有数の神に祝福された一族。
その一族の最も高い場所にいるロバートが契約したと明言するならば、たとえ彼の知らないところであっても、王国の魔の手は息子に及ばないだろう。
自分のことはさておき息子の安全がそうして保証されるならば、今のところセナの不安は少しだけ解消された。
問題は――。
「あなたはこれ以上私たち家族を、特別扱いするべきではないわ」
「どういう意味だ? 君の不安を俺は全てなくしてやりたい。今の俺にはそれくらいしかできることがない」
「さっきも言ったでしょ。恨まれたくない。私は継母と義姉たちそうされて、憎しみの視線を向けられて生きてきたの。あなたにはたぶんそれがどういうことかわからないと思うけど。人はそう簡単に、他の場所にいる家族のことを愛せないものよ」
「……すまん。告げるべきでなかった」
「それはいいの。あなたのことを愛してくれる女性がいてくれるなら、それはそれで素晴らしいことだと思う。でも彼女の憎しみを私は覚えたくない。私は血のつながらない家族にそうされて、家を追い出された。あなたには話していなかったけど、父親の全てを奪われた。私の中には怒りしかないし、今でも彼女たちには恨みを持ってる。でもそれは息子に話たくない」
なんということだ。ロバートは、セナのすべてを知ったつもりになっていた。
息子を出会えた喜びに打ち震える中で、彼女の存在をおざなりにしてしまった。
深くため息を落とすと、彼女の持つ書類へと目を落とす。
なぜかわからないがセナの過去は、十四歳の働き始めた料理店より前が、一切明らかになっていなかった。




