第二十五話 義姉の呪い
それにロバートの血と契約を交わした王家の守護精霊が、微妙に反応を示し、ロバートの心には新たな情動が生れた。
それらの間にどんなつながりがあるのかは不明だが、セナの傷口が見る見る間に癒され、そのドレスの裾を汚したはずの血痕ですら消えていく様を目の当たりにして、彼は驚きに包まれた。
「驚きだ。ここまで精度の高い神聖魔法が使えるなんて……まさか、君は聖女かそれに仕える姫巫女なのか?」
「まさか、そんなこと……単なる考古学の虜よ」
セナはそう言って誤魔化したが、ロバートの顔は真剣に疑いの眼差しを向けていた。
それほどに高位の聖職者を招いた覚えが、自分には無かったからだ。
「いやしかしそんなはずはない。僕が今夜招いた客に、これほどまでの神聖魔法の使い手はいなかった」
「その……実家は。アーバンクル公爵家につながる家柄だから……」
また嘘をついてしまった。
いや、本当でもあり、嘘でもある。ミアの実家は確かにセナの実家と縁続きだ。
だけど自分はそのアーバンクル公爵家の実の娘なのに……。
しかし苦し紛れに聞こえるその言葉を、ロバートはなるほど、と言い、受け止めていた。
帝国貴族の事情にそれほど詳しいわけではない。
だが、今夜、招待した客の名簿を覚えている限りで、アーバンクル公爵家を招待した事実は認められた。
「まさか帝室につながる家柄だったとは、驚きだ」
「帝室? 我が家は……遠い関係だから、その血は私には混じっていないわ」
ミアの家系図を脳裏に描き、新しい真実を、セナは暴露する。
それは嘘のない言葉だったから、ロバートはすんなりと受け容れた。
「血の繋がりがないのに、それほど深くまで女神の力を使うことができる君の才能を目の当たりにして、俺はとても幸せだよ」
「どうして? あなたにとってこの関係性は重要ではないでしょう?」
「どういう意味かな?」
「だって……今夜のパーティーはあなたの奥様になられる女性を探すために開かれたと、もっぱらの噂だもの。私は爵位も家柄も、身分も……あなたにはふさわしくないわ」
「身分とか家柄なんてものに。いや、まあ。そうだな。確かに今回の招待客は、その点を重視して招待したことに間違いはない」
「ほら。だから、殿下とってこの関係性。私とあなたの今の関係は、これ以上進めない」
そんな会話をしている周りで、セナの使った神聖魔法は眩いばかりの輝きを周囲に放っていたものだから、それを花火の輝きと勘違いした人々と、何か魔法が使われたのだと気づく人々に別れていた。
前者は二人に気を留めることなく、後者はセキュリティたちも含めて、そこにいるのが王太子だと気づき、何があったのかと興味津々の目を向けていた。
セナはその仮面と化粧のおかげで、同僚たちにそれと悟られず、ロバートの影に隠れるようにして、身を潜めた。
何でもなかった、とセキュリティに説明している彼の腕の向こうにそれが見えたとき、セナの思考は停止した。
興味心に惹かれてこちらに目を向けている人々は、夏の夜の涼やかさをすこしでも体感しようと、その仮面を外していた。
彼らの背中にセナは見つけてしまったのだ。
自分を追い出した継母とその義姉たちの一人、義理の姉レイナの姿を。
もう二度と関わりたくないと思っていたその存在を知ってしまい、セナの平常心は崩壊した。
神聖魔法の効力でワインの威力は分解され、その余韻だけがセナの脳を支配していたが、いまではもう、それすらも恐怖に酔って吹き飛んでしまった。
「……っ!」
「どうした?」
それまでの可愛らしい天使のような彼女が、庭園を照らす薄い鉱石ランプの灯りでもわかるほどに動揺し、顔を真っ蒼にして、震えているのを見て、ロバートの鋭敏な騎士としての感性が働いた。
「ここにいたくないのか」
「私おかしくなりそう……」
「何があった?」
「言えない」
その問いに対してだけは彼女の口はつぐんだ。
必死に結んでいる口元がよほどのことがあったのだろう理由を語りたくないと、暗に告げていた。
「おいで。俺のスイートルームがもう少し向こうにある。そこで休めばいい。どんな危険がやってきてもいい俺が守ろう」
その申し出に今はこの場から早く立ち去りたくて、考えもせずにセナはうなずいてしまった。
彼の優しさに縋りたい一心で、腰を抱かれ、肩を支えられて、セナはロバートのスイートルームへと足を踏み入れた。
普段から客室係として清掃に勤しんでいる慣れたその場所は、セナに職場に戻ったような安堵を与えてくれた。
ようやく落ち着いた彼女に、ロバートは新たに空けたシャンパンを手渡し、そして言った。
「何があったのか、今は聞かない。なんか君ほどに賢くて聡明な女性が怯えてしまうほどの危険が待っているのなら、守らせてくれないか? 君のこれからの全てを」
「殿下……」
それはプロポーズに近い宣言だ。
セナの脳裏を貫くような刺激的な言葉だった。
いまもっとも求めていて、ロバートに傍にいて欲しいと願うセナの弱さが、その言葉にじんわりと涙を瞳に溜めた。
肉体の奥深く、深い泥のような場所に落ち込んでいたセナの心がゆっくりと浮かんできて、あそこからここまで移動するまでの間、ずっとモノクロだった世界が、ようやく色を取り戻していた。




