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第一話 息子

「この子はおまえの子に相違ありません。いいですか、ロバート。これは王室につながる血がこの子に宿っている証拠です」


 そう言い、祖母である女王セシリアが差し出したのは、一枚の写真だった。

 魔導カメラで撮影されたそれは、手のひらサイズの長方形の紙片に魔力を注ぐと、立体的に映写した対象が浮き出る仕組みだ。


 そこに映っている少年を見て、ロバートは冬の空のような青い髪を、片手で撫でつけた。

 これは困ったことになった。

 

「そうかもしれないね、おばあ様」

「そうかもでは、ありません。そうなのです。この真紅の瞳、透けるような青の髪。これは我がグリザイナ王朝の、グリザイナ王国の王家の証。空と太陽が交わる、意味を持つ、炎の精霊を宿している証に、相違ありません!」

「しかし、僕はまだ結婚すらしていない」


 自分の血筋ではないかもしれない、と小さく抵抗を試みる。

 これまで、女王を心配させるような夜遊びはたくさんしてきたが、異性との関係だけは清らかなままにしてきたつもりだ。


 心当たりがあるとすれば、六年前のあの夜しか思い当たらない。

 だが彼女はいきなり消えてしまったのだ。


 煙にでもなってみたいに、翌朝に消えてしまった。ロバートの唯一の汚点ともいえる失態だった。 

 そして、偉大な祖母はすべてを知っていた。


「まだそんな言い訳を……」


 はあ、と女王は玉座の上で、為政者らしからぬため息をつく。

 諸外国に対してその辣腕をふるって王国を盛り立ててきた女王も、ひ孫の存在を知り、一人の老人へと戻ってしまったようだ。


 その様子に祖母を尊敬してやまないロバートは軽くショックを受けた。

 肉親の情とはこれほどに人を簡単に変えてしまうのか、と驚いたのだ。


「いいですか、ロバート。知人たちとどのように遊ぼうとも、それはお前の勝手です。王室に対して問題がない限り、好きにおやりなさい。お前は、次の国王候補なのだから……しかし、お前の息子ともなれば話は別です!」


 祖母は毅然とした態度でそう言い放った。

 手にした錫杖で、ドン、と玉座のそばの床を叩く。 


 髪の上に飾られた、小ぶりな王冠を彩る、数十の宝石が鋭い輝きを放った。

 その勢い良さに、ロバートはやや引き気味になる。


「その子はお前の子に間違いありません。捜しなさい」

「捜せと言われても、いや、しかし……」


 ロバートはどこか不満気に顔を歪めた。

 今年、二十六になる彼は、ようやく婚約者が決まりそうだという、そんな時期だった。


 ここで祖母の横槍が入るのは、すこしばかり面倒なことになる。

 婚約相手の公爵家へと、仲人を通じて合意の文章を送付したばかりだ。


 いまさら止めます、とは言えない。

 息子がいきなり現れましたなどと、口が裂けても言えるはずがない。


「心当たりはないの?」

「……それは」

「その写真の子供は、いま帝国にいるわ。今年、六歳になるそうよ。私の孫は、ひ孫の存在を6年間も隠していたのかしら?」


 夜に太陽が沈むと見ることのできる、深みを増した灰青色の髪。

 グレーに近い瞳を持つ女王は、静かに玉座を立つと、階下に控える孫の元へと歩み寄る。


 その耳元にそっと囁いた。


「6年前、お前が何をしたか知っていますよ」

「うっ……何を、ご存知と」

「ホテルでの花嫁探しに。仮面舞踏会にかこつけた」

「どこでお知りになられたのですか……」


 今度は重いため息をロバートがつく番だった。

 自分の若い頃の悪行は、この女王の耳には筒抜けらしい。


 彼女がどこか悪巧みをするかのように、悪戯っぽい笑みを浮かべていることにようやく気づく。

 祖母は会いたいのだ。


 政治的な問題や王家のことだと表立って語るものの、その心にあるのはまだ見ないひ孫への愛着だろう。

 息子や娘ならば母親として。

 孫ならば、女王として、王国を統治する為政者としての顔をしなければならない。


 しかし、相手が帝国に住んでいて、おまけにひ孫ともなれば、血筋も、王位継承権も薄れる。

 純粋にひ孫のとの顔合わせを心待ちにしているように、ロバートは思えた。


「お前の悪さぐらいたくさん知っているわ。でもその前に女性を泣かせたという話は、ほとんど聞かない。下半身はこれまで静かにしていた。そうなると、これは本当に珍しい、稀有な例じゃないかしら?」

「この身分にかけて、その辺りは気を遣ってきた。こんなことがあるはずがない」

「けれど、こうして証拠がある」

「おばあ様……正直申し上げますと、心当たりはあるのですが。しかし詐欺ではないかと」

「詐欺?」

 

 老人は女王の顔に戻り、質問した。

 ロバートは6年前のことを思い出す。


 大勢の廷臣たちが居並ぶ中で、二人はひそひそと小声で会話を続けるものだから、他の人間はどんな話がされていいるのだろうと、内心、ひやひやしているだろう。


 なにせこのロバートは、学院を卒業した16歳の頃にはもう夜の街に繰り出し、地元の悪い仲間とともに遊び惚けるほどの問題児だったからだ。

 その尻拭いをやらされた面々も、ここにはたくさんいる。


 誰もが二人の会話が終わるのを、まだか、と待ちかねていた。

 多分、不幸な誰かが責任を取らされることになる。


「はい。詐欺なのです。あの夜のことはよく覚えています。舞踏会を催したホテルはギャザリックでした」

「ああ、皇帝陛下の弟が運営しているギャザリックグループのね」

「そうです。ですから、セキュリティの面でも信頼を置いていたのです。招待したものたちはすべてリストアップされ、3回ほど、ホテル側のチェックを受けて会場に入ったはずなのです」

「なかなか面白い話ね。続けて」

「自分は1人の女性をダンスに誘いました。美しい女性だった」


 ほう、とロバートは当時を思い出してため息をつく。

 あの夜、あの時間、あの女性。

 彼女はセナ、と名乗った。


 その立ち居振る舞いから、上流階級に教育を受けた立派な女性だと、すぐにわかった。

 言葉は王国と帝国の公用語を使い、さらに古代帝国語を流暢に操っていた。


 それは帝国の上流階級か、言語学の学者でもなければ普段から使うことのない、身分そのものを示すような存在だ。


 優雅な所作には、目を惹きつけられる奥ゆかしさがあって、ロバートは一目で心を奪われた。

 それぞれの出身校……高等学院や大学などの話もした。


 そのどれもが彼女を完璧な、上流階級の貴婦人だと、示していた。

 だからこそあんな風になってしまったのかもしれない。



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