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マイスイート・ハニーデビル  作者: 植原翠/新刊・招き猫⑤巻
Ep.2・イッツ・マイフェイバリットシンクス
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ギャルはかわいい

 それから支度を整えて、冒頭に至る。

 ゆっぴにいざなわれるまま、私はアパートを出てすぐの公園を歩いていた。空を見上げると、ぽろぽろとした羊雲が青い空に模様を作っている。その淡い空から眩しく照らす日差しに、目を細めた。

 ゆっぴが大きく伸びをして、ついでに翼も伸ばしている。


「ここ、満開の桜も見てみたいなー。お菓子持ってきてパーティするの」


 葉桜になりかけている公園の木々から、ちらほらと白い花弁が舞い散る。天気が良くて、風が気持ちいい。


 こんな時間に外を散歩したのは、いつ以来だろう。

 平日の昼間ということもあり、周辺に人影は疎らである。だが、全くいないわけではない。小さな子供と若い母親が、公園の脇の道を歩いている。

 ゆっぴがふわっと、翼を広げて軽く羽ばたいた。彼女の体が浮き上がった。翼の運動に持ち上げられて、飛んでいる。


「えっ、飛ん……えっ、え!?」


「そりゃ翼があるんだから飛ぶよ」


 ゆっぴはあっさり言うが、先程の子供と母親は目を丸くしている。


「ママ、お姉ちゃん飛んでる」


 私は慌ててゆっぴに呼びかけた。


「ゆっぴ、飛ばないで! 下りて下りて」


「えー、折角いい天気なのに」


 ゆっぴは不服ながらも着地して、私の隣を歩いた。

 ゆっぴを珍しがる子供とたじろぐ母親の反応を見て、私は改めて、ゆっぴが私にだけに見える幻覚ではない、たしかに存在するものなのだと認識させられた。

 他人の反応など聞いていないゆっぴは、機嫌よさげに鼻歌を歌っている。スカートから伸びる尻尾が、リズムを取るようにゆらゆら揺れていた。大きく振れると、スカートの裾が持ち上がって中が見えそうでひやっとする。


「気分が良くて浮いちゃうなー。今日はデビルズメイスの新作買うんだからね!」


「デビ……?」


「知らないの!? アパレルブランドだよ」


 ゆっぴがくるっと振り向く。


「あーでもみことっちは知らないかも。ギャル系ブランド分かんなそう。そもそも無趣味だから服に興味なさそうだし」


 ゆっぴの言うとおり、私はファッションに疎い。というか、着飾っている余裕がない。今着ている服も、ド派手なゆっぴとは対極にあるような地味な白シャツにスキニーのジーパン、紺色の薄手のパーカーである。折角のデートなのに、まともな服がなかった。ゆっぴが腰を屈めて私を凝視してくる。


「みことっちって、ダサくはないけどつまんない格好してるよね。凡人。どこにでもいる。個性なし。ダダ被り。地味」


「服にこだわらない生き方だってあるのよ」


「みことっちの場合、服以外のなにかこだわってるわけじゃないじゃん。服に限らず、なにに対してもこだわりがないだけじゃん」


 あっけらかんと言い放たれた言葉は、的確に私の図星をついた。あまりにも「そのとおり」で、無趣味な私は言い返せなかった。

 ゆっぴはまた前を向き、羽根をぱたぱたさせて続けた。


「服見たら、次は今シーズンの新作コスメ見て、期間限定ハニーミルク桜餅ココア飲んで、そんでパフェ食べてー、そんで……」


 これはやはり、デートだ。私の生活における「買い物」、すなわち次の休日までの食料とか、洗剤やシャンプーなんかの消耗品の買い出しとは違う。

 なんでこの子は、こんなにきらきらしているのだろう。本人曰く未成年ではないそうだが、見た目は私より歳下に見えるし、若さゆえの元気だろうか。この華々しさは、忙しい毎日に追われる私には随分遠いものに見えた。


 公園を抜けて近道して駅に出て、そこから二駅先の繁華街へ向かう。通勤で降りる駅と同じなので私は定期で行けるがゆっぴはどうするのかと思ったら、スマホの画面を改札にピッと当てて通り抜けていた。後で聞いたら、交通費を含め地上での活動費全般、死神に申請すれば経費で落ちるのだそうだ。全く謎のシステムで人間の世界に介在してきている。


 電車の中で、ゆっぴは注目の的だった。なにせ背中から黒い翼が突き出している。そうでなくても派手で目を引く外見なのに、そのカラスのような両翼に人々は怪訝な視線を向けていた。

 ゆっぴ本人は全く気にしていない、というか気づいてもいない様子だったが、隣の私はいたたまれない。

 電車を降りるや否や、ゆっぴはすぐさま駅直通のモールへ特攻し、私ならまず立ち寄らないであろうド派手なギャル系ブランドの店へ飛び込んでいった。


「見てー! これがデビメイの新作! めっちゃかわいくない!?」


 ゆっぴが大声で私を呼んで掲げているのは、パッションピンクのヒョウ柄のミニスカートである。黒いレースがひらひら揺れ、金色のラメが店の照明を反射させる。


「かわ……うん、ゆっぴには似合う。超似合う」


 絶対に似合うから今すぐ着てほしい。ときめく私をほぼスルーして、ゆっぴは他の服にも手を伸ばした。


「でね、新しいキャミも欲しくてー。あっ、これめちゃかわいいー!」


 スカートを片手に、次々に別の服を見に行く。私はゆっぴに半ば引きずられるようについていった。店員はゆっぴの翼と尻尾はそういうファッションの一部だと思っているのか、驚く様子はない。

 似たようなデザインのキャミソールをふたつ掲げて、ゆっぴが尋ねてくる。

 

「ねえみことっち、これとこれどっちがかわいいと思う?」


「どっちもかわいい。全部買ってあげる」


「えっ、買ってくれるの!?」


 両腕に次々と服を抱えていくゆっぴを見て、私は高校時代を思い出した。クラスに必ず数人はいる、所謂一軍。派手でかわいくてそんな自分に自信があるギャルは、最強だった。

 そんな強さがかわいくてかっこよかったから、私はギャルに惹かれた。


 ゆっぴの眩しさにうっとりしていた私に、ゆっぴはずいっと、服を突きつけてきた。ド派手な店内によく馴染む、胸元の大きく開いたピンクのカットソーである。


「みことっちって、こういうの似合うと思うんだよね」


「ん!? いや、私はそんな思い切ったデザインはちょっと」


 まさか自分に充てられるとは思いもせず、肩を強ばらす。ゆっぴはそうかなあと首を傾げ、続け様に什器からハンガーを取っていく。


「スタイルいいからパンツルック似合ってるんだけど、姫系も合うと思うしー、ちょっと冒険してゴスロリとか……」


 手に持ちきれなくなったらくねらせた尻尾も使って服を持つ。器用なのは羨ましいが、彼女がチョイスするものはどれも着たことがないようなデザインばかりだ。


「待って待って、私はゆっぴみたいにかわいくないから、着こなせないよ」


 ファッションに興味がない、というのもそうだが、なにより私には似合う自信がない。どんなにデザインのいい服であっても、マネキンがこれでは服に着られてしまう。


「そういうのはゆっぴが着るものだよ。私はもっと、落ち着いた服の方がいいな」


 顔を逸らす私に、ゆっぴは真っ赤なタイトスカートを片手に持って、目をぱちくりさせた。そして目から鱗な顔で大声を出す。


「なるほど! そっちか。それも似合いそうじゃん。ありだな」


 なにやら納得したらしいゆっぴは、たっぷり抱えた服をまとめてレジへと持っていった。

 やがて、両腕に紙袋を提げたゆっぴがレジから戻ってきた。テナントを出た彼女はご機嫌な足取りで次の店へと向かう。


「デビルズメイスって悪魔向けブランドなんだよ。もちろん人間でも着られるけど、翼が邪魔にならないデザインになってんの。今着てる服もデビメイのスクールデビルシリーズっていう奴でー、ブラウスから翼を出せるようになっててねー」


「ん、なんだって? 悪魔向け?」


 なにやらまた、さらっと都合のいいことを言い出した。耳を疑う私に、ゆっぴはこくりと頷く。


「このブランド、代表とデザイナーがあたしと同じで悪魔だからさ。地上で生活する悪魔とか天使とかの羽根がある人はこういうの買ってるんだよ」


「冗談でしょ?」


 いやしかし、たしかに店の店員は、ゆっぴの翼と尻尾を好奇の目で見る電車の乗客とは違い、特に驚く様子はなかった。


「けどさー、最近のデビメイの服、翼があると着れないデザインも増えてきてるんだよね。なんでかなー」


「はは、なんでだろうね……」


 ゆっぴのペースはちょっと疲れる。苦笑いする私など気にせず、ゆっぴはガンガン続けた。


「あれかな、最近地上にいる悪魔、翼畳んでる人多いからかな?」


「ん? 翼を畳んでる?」


 一瞬聞き逃しかけたが、たしかにそう言った。ゆっぴはこちらを振り向き、頷いた。


「うん。翼って結構スペース取るから、こうやって小さく畳んで目立たなくする人もいるんだよ」


 そう話すゆっぴの背中から、黒い翼がすすすすっと縮んでいく。ぎょっと目を剥いている内に、ゆっぴの翼は彼女のブラウスにすっぽり収納された。メカニズムはどうなっているのかさっぱりだが、きれいに見えなくなっている。


「尻尾も、ふよふよしてその辺のものに引っ掛けちゃうときあるから、脚の付け根辺りに引っ込めたりとかー」


 今度は尻尾が、スカートの中に吸い込まれて隠れていく。

 翼も尻尾もないゆっぴは、パッと見ただのギャルである。


「でもさ、翼も尻尾も、あった方が絶対かわいいじゃんね? なんでしまっちゃうのかな」


 ゆっぴの背中から再び、羽根がひょこっと顔を出す。咄嗟に、私は彼女の肩に手を置いた。


「それができるならしまっておいたほうがよくない?」


「へ。なんで?」


「いいから」


「んー。分かったあ。地上って物が多くて、ぶつけて羽根傷めそうだし。尻尾は手の代わりになって便利なんだけどなあ」


 まだやや不満そうだったが、ゆっぴはその目立ちすぎる翼を収納してくれた。これならざわつく周囲の目を気にしないで済む。ほっと胸を撫で下ろし、私はため息をついた。

 隠せるのなら、初めからそうしてくれよ。

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