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マイスイート・ハニーデビル  作者: 植原翠/新刊・招き猫⑤巻
Ep.8・マイスイート・ハニーデビル
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愛おしい日々

「ただいま」


 仕事を終えて家に帰り、玄関を開ける。扉の隙間から洩れる明かりが、私を出迎える。


「おかえり、みことっち」


 ゆっぴが奥のリビングで寝転がって、脚を放り出していた。テレビの画面にはカラフルなサインライトが眩い光を放ち、知らないバンドがシャウトしている。床に置かれたお菓子の袋は、あれこれ開けて食べ散らかされていた。

 私は履き潰したパンプスを脱ぎ、玄関を上がった。


「今日も寛いでるね」


「お菓子食べながらベルフェゴール様の制裁五万回達成記念ライブの円盤観てた。ハイパーメガヤバMAX」


 床に零れた金髪がきらきらしている。床に広がるスカートは、ゆっぴの腿の真ん中辺りをかろうじて覆っている。これは私を挑発しているのだろうか。


「そんな無防備な姿勢してていいのかなー? 自分が私にどんな目で見られてるか、分かってる?」


 大人の余裕で挑発し返すと、ゆっぴはちらりとこちらに顔を向けた。そしてにまーっと笑い、わざとらしく尻尾でスカートをたくし上げる。


「えっち」


「ぐっ、挑発に挑発で返したら挑発してきた……」


 しかし私は、ゆっぴと心で繋がらないかぎりはそのスカートの中へは踏み込まない。彼女の煽りに乗るまいと、私は顔を背けた。

 冷蔵庫を開けてみて、あっと声を上げる。そういえば作り置きのおかずを切らしてしまったのだった。


「コンビニにごはん買いに行かなきゃ。ああ、次の休日はお料理だな……」


 とぼとぼと出かけようとすると、ゆっぴがのそりと起き上がった。そしてテーブルを指差し、そこにバチバチと火花を弾けさせる。

 テーブルに皿が並ぶ。鶏ハムとサラダだ。少しだけ不格好だけれど、私が作ったものを真似したのだと見て分かる。ゆっぴの手料理魔法、久しぶりに見た。


「宇宙から帰ってきたばっかりなんだし、ちょっとくらいサボれし」


「宇宙、か」


 私はありがたく料理の前に座り、ゆっぴの言葉を繰り返した。宇宙……あの出来事は未だに謎だった。

 会社によると、私は月、火と無断欠勤していたらしい。私は土曜日から宇宙へ連れ去られ、合計四日間も宇宙船をさまよい、その間地上では行方不明とされていたみたいだ。

 無断欠勤はこってり叱られた。事情を説明してもふざけていると思われて余計に叱られるだろうから、体調不良で意識を失っていたと説明した。事後報告で残っていた有給を当てて、事なきを得ている。


「私たち、本当に宇宙に連れ去られてたのかな。全部白昼夢だったんじゃないかって未だに思ってるよ」


「夢がいいなら夢でいいんじゃね?」


 現実味のない出来事ではあったが、会社を休んでいた事実があるし、なによりゆっぴの記憶と整合性が取れている。だからあれは恐らく夢ではないのだ。

 なんやかんや、三つの望みのひとつを使わずにゆっぴと共に帰ってこられた。夢でも夢でなくても変わらないくらい、平穏な日常が戻ってきている。


「とりあえず、夕飯にしよっか。ゆっぴ、作ってくれてありがと」


「いえーい! いただきます!」


 ゆっぴは元気よく両手を合わせ、自分も鶏ハムに箸を伸ばす。


「あたし、もっと料理頑張るからさ。みことっちは帰ってきてからは力抜いていいよ。あたしが癒やしてあげる」


 ゆっぴが労ってくれるので、私もつい、甘えてしまいそうになる。


「嬉しいけど、それじゃ私が日常に満足しちゃって残りふたつも望みが出てこなくなるよ。いいの?」


「あ、そうだった」


 ゆっぴはたまに、いや、多分しょっちゅう、自分が私のところにいる目的を忘れている。そんな彼女がおかしくて、私はつい笑った。

 彼女が現れて二ヶ月と少し。今では、こんな日常が当たり前になっていた。


 私は鶏ハムを口に運びつつ、先日のアブダクションを思い浮かべた。


「私もゆっぴも、無事に地球に戻ってきて元の生活に戻ったけど、良いのかな」


 宙人くんの言葉が、ちょこちょこ引っかかる。


「地球にない菌類が体に付着して、それを地球に持ち込んでしまうとかなんとか聞いてたの。だから地球に帰っちゃだめ、とまで言われたんだよ。その辺大丈夫だったのかな」


「んー。今んとこ、なんも起きてないし良いんじゃね?」


 ゆっぴは大雑把に言って、指からバチッと火花を起こし、追加でスープを生成した。そこから立ち上る湯気を眺めつつ、私は唸る。

 自分を起点にパンデミックが起きてしまったら取り返しつかない。しかし仮に診てもらうにしてもどこの医療機関に、どう説明していいのか全く分からない。

 黙って考えていると、ゆっぴがスープを飲みつつ言った。


「そんなに気になるんなら、死神大先生にみてもらったら?」


「死神? なんで?」


 拍子抜けである。医者でも学者でもなく、なぜ死神なのか。スープが熱かったらしく、ゆっぴは舌を出して器を下ろした。


「死神大先生は死の気配に敏感だから、死やら疫病やらなんかBADな何某に繋がるものはなんでも見破っちゃうんだよ。ちょうどこの前会ったとき、地上でバカンスしたいとか言ってたし。頼んだら来てくれんじゃね?」


「そんな軽やかな感じで死神に会うの?」


 困惑する私に、ゆっぴは目をぱちくりさせた。


「毎日のように悪魔と顔合わせてるのになにを今更なんですけど」


「それもそうか」


 私もスープの器を手に取る。それからまた、宙を仰いだ。

 一旦納得してしまったが、死神が来るって、まずくないか。いよいよ死にそうな気がする。


 ゆっぴはテーブルに置いたスマホをつついて、ぱっと笑顔を見せた。


「あっ、返事来た! 次の土曜日に来てくれるってさ!」


 なにやら死神とチャットしているらしい。次の土曜日、私の家に本格的に死の神が現れるようだ。

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