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怒りに燃えてうずくまる者

 ニーズヘッグの頭を貫通した弾は減速することなく地面にぶつかる。衝撃で地面が抉れ、砂埃がニーズヘッグの体を包む。

 砂埃の間の炎から見える炎は力を失ったように地面に横たわり、急激に火が弱まって消えた。

「対象の活動停止を確認。戦車小隊と特殊操術師部隊は展開しニーズヘッグの警戒に当たってほしい。兵員輸送車両と索敵のできる操術師は妻の捜索を頼む」

『イエッサー!』


 砂埃が晴れたそこには、燃え尽き、真っ黒な地肌をさらけ出したニーズヘッグが横たわっていた。そこから約1キロメートルほど離れた地点で戦車小隊が横列に並び、その後ろで特殊操術師部隊がテントの設営を行っている。

 兵員輸送車両は、兵を下ろすと、物資を積んでいる一台を残してその他はすべて夫人の捜索に向かった。上空では当主が器用に空を飛びニーズヘッグを警戒している。

 その動かない相手とは思えない厳戒態勢に、一人の兵が上官に尋ねる。

「不束な質問で申し訳ないですが、なぜ死んだ相手にここまで厳格な対処をとるのですか?」

「お前、前も言ったと思うんだが……」

「申し訳ありません、覚えてないです」

 上官は大きくため息を吐き、あきれ返ったように言う。

「お前、今度こそ覚えろよ。国立魔物研究所によって定められた5段階のランク。その上から二番目のAランクは都市侵攻などの甚大な被害を与える魔物が振り分けられる。そんな奴らはアホみたいな生命力があるから――」

 その時、大気を揺るがす轟音が二人の体を叩く。それと同時に無線から当主の声が響く。

『徹底的に叩け!』

 戦車の砲撃が始まったのだ。人間の太ももと同程度の太さのある12の弾は瞬く間にニーズヘッグに着弾する。しかしそれらはすべて貫通することはなく鱗を火花を散らせながら明後日の方向へ逸れていった。

「なんつう鱗だ……」

 そう呟いたのは誰だったか。戦車の一撃は分厚い鉄板を易々と貫く威力を持つが、それで目立つ傷はついていない。

『第二砲撃、操術の援護を忘れるな!』

 戦車後部から巨大な薬きょうが吐き捨てられ、内部では次弾装填が行われる。狭い車内で装填手は、後ろの弾薬室から一発の砲弾を取り出し、前の装填口に押し込んで蓋をした。数十キログラムもある砲弾であるために、密室であることも相まって装填手は汗だくだ。

 砲撃手は戦車に備え付けられた照準でニーズヘッグを捉え、戦車長の合図で引き金を引く。

 ドンッという轟音と共に戦車が僅かに仰け反り、砲塔が後退する。飛翔する砲弾は、今度は操術師によるアシストが加わって更に加速する。しかし貫徹力が上がったはずの弾は尚も鱗を前に弾かれその肉を抉ることは叶わない。

「やはり、当主様の放つ弾の速度でなければあの鱗は突破できそうにないか……」

 望遠鏡越しにニーズヘッグを観察しながら兵はつぶやく。こうしている間にも三発目の再装填が行われている。

「こう見るとただの死体蹴りにしか見えない……」

 手に持った望遠鏡を覗いて一言つぶやく。

「おいグラド!そんなとこ突っ立ってないで手伝え!」

 同期の男に頭を叩かれる。グラドは面倒臭そうに返事を返すと望遠鏡を背嚢に入れ、それを背負う。

 そして歩き出そうとする寸前に異変を感じた。なんのアクションもなく、青空を分厚い雲が覆い隠してしまっていたのだ。

 世界の電球を誰かが切ったのではないかと思ってしまうほどの暗闇が兵たちを襲う。そもそも雲自体の出現が数十年ぶりであるために兵たちはパニックになる。

「天変地異だー!」

「一体なにが起こった!?」

「新手の魔物か!?」

「それ以外ありえないだろ、早く照明の用意をしろ!全体厳戒態勢!」

 全員が一斉に各々の神器を手に持つ。サポートメインの操術師は隊の中心に固まり身体強化などをかけていく。

 グラドの操術は罠を仕掛けることに特化しているため、点々と付き始めた照明を頼りに隊の中心へと走る。

「はぁ、はぁ……」

 こんな体躯でも毎日トレーニングをさせられているため、グラドにもある程度の体力はあるはずだ。しかし空が覆われるという現象を初めてみたせいで脳が混乱し、余計に体力を消耗してしまっている。

 おぼつかない足取りで、グラドは他の兵とは逆方向に走る。空に浮いていた当主はいつの間にか地上に降りて指揮を飛ばしていた。

「あ!」

 暗い地面に足をとられ、グラドは転倒してしまう。その際舌を噛んでしまい口の中が血だらけになる。

「いてて……」

 この状況にグラドを笑う者も気遣う者もいない。

 グラドはすぐに立ち上がるために手を地面につけ、右足を体に引き寄せ――。

(動かない……?)

 その態勢のまま体が硬直し一切の自由が利かない。それこそ石化してしまったのかと考えてしまうほど。

 グラドは下を向いているためその光景を見ることができないが、結構な人数が転んだ音が聞こえた。走っているさなか硬直したためにバランスを失ったのだろう。

(どうして動かない?こんな忙しい時に)


 ――呪うなら貴様たちの君主にしたまえ――


 グラドの近くでそんな誰かがそんな言葉を言った。気がした。


 始まりは一つの雷鳴だった。当主の背後で一度の鉄槌かみなりが下されたのだ。

 戦車砲のそれとは比にならない爆音が隊を走り抜け、兵は皆一斉に身を屈めた。当主は慌てて雷の落ちた地点に振り返る。

 一帯の草が地面ごと真っ黒に焦げ、テントの骨組みが無残にもボロボロに焼け崩れている。そこに転がるいくつかの大きな炭と灰の塊は人だろうか。だがわかるのはそれまでで個人の特定なんてもってのほか。

 その周囲にいた人は丸焦げになってこそはいないものの、その圧倒的電流によって倒れている。おそらくもう助からないだろう。

「お、おい!」

 戦友の静止を振り切って一人の女兵が雷の落ちた中心に駆け寄り、ある人だったものの前に両膝をつけ跪く。

 彼女はその変わり果ててしまった者の名を何度も口にする。返答はない。その震える手で抱き寄せようと少し触れた途端、そこを起点に真っ二つに砕けてしまった。

 彼女は真っ黒に染まってしまった両手を見つめる。そこにあるのは虚無だ。

 ポツ、ポツと、手に大粒の水滴が落ちる。それはやがて彼女自身を包み込み、泣き叫ぶ声をかき消す。

「こんな理不尽なことがあっていいのかよ……」

 その様子をただ茫然と眺めることしかできない者の一人が、たった一言だけ言葉を絞り出した。

 初めて見る雨は陰惨で、理不尽を嘲笑うようであった。


 現実はいつも非情なものだ。雷に意識を向けられて過ぎて、“それ”に気づくのが遅れてしまった。

 激しい熱風に煽られ、一斉に振り返ったそこにはドロドロに融解され、火柱を放つ戦車があった。

(ニーズヘッグ!?いつから!)

 当主は目を丸くして驚きつつも辺りを見渡してニーズヘッグの姿を探す。しかし周囲には火の粉が舞っているだけで姿が見えな――

 当主は焦って空を見上げる。そこには巨大な翼を広げる炎竜がいた。やけに静かなこの状況でそうやって気づかず来れたのか。

 だが悠長に考える時間はない。当主は女兵に向かって叫ぶ。

「そこから離れろォォォォォ!!」

 だが彼女には届かない。

 ニーズヘッグは隊の中心付近で急降下をはじめた。そこにはあの女兵が俯いていた――。

 女兵はニーズヘッグの下敷きにされ、熱さを感じることもなく消滅した。

 周辺の温度が急激に上昇し、冷え始めたはずの体から汗が噴き出す。近くにいるだけで焼き殺されそうだ。

 事実、ニーズヘッグから一番近くにいた兵があまりの熱で自然発火してしまい、《《無言で》》のたうち回っている。

「退避、退避ィィィィ!」

 当主は叫ぶ。だが思ったよりも声が小さく感じた。その声を聞き従った者は僅かしかいない。

 ある者は逃げずに強風を巻き起こして攻撃を行っている。しかし舞うのは炎ばかりでその巨体を吹き飛ばすことはできない。

 逃げる者は皆近くの兵に声をかけてがむしゃらに走る。一緒になって走る戦車はその途中に砲撃を試みるが、それらはすべて鱗に到達する前に融解され、流れ落ちる。やはりただの兵器で叶う相手ではない。

(これでは兵たちが無駄死にしてしまう……!)

 当主は悟る。元々その覚悟でここに来ているとはいえ、実際直面すると体は勝手に動いてしまう。

 当主はポーチから弾を一つ取り出し、手に持っている加速銃に装填する。たった数十メートルの距離ではスコープは不要と判断した当主はバッと振り返り加速銃を90度回転させ、それぞれ凹と凸の形をした原始的な標準機で狙いを定める。

 息を吐く。数秒の照準の後、その弾を押した。

 それはまるで閃光の如く。ニーズヘッグを貫き虚空の彼方へと消えていった。

 続いて二発目。それは左翼の付け根に命中し、引きちぎった。飛んだ翼の炎は一瞬で鎮火し、真っ黒な翼が振動と共に落下する。

 三発目。これは軌道が僅かに逸れたが、衝撃波でニーズヘッグを大きく仰け反らせた。

 四発目。仰け反ったために丸見えになった腹部に命中し、急所である心臓に風穴を開けた。

 五発目……はない。弾切れだ。

 ニーズヘッグは体の各所から血を噴き出し、それが気化されていく。そしてふらふらと揺れて地面とキスした。

「やった……のか?」

 外見こそあまり変化はないが、その内部はぐちゃぐちゃにかき乱され、その状態での生存は不可能だ。

 当主は碌に吸えていなかった空気を大きく吸う。たった数十秒程度だったはずなのに、呼吸そのものが久しぶりのように感じる。そして同時に思うのだ。

 ——この灼けるような感覚は何なのか、と。


 ニーズヘッグの炎は消えるどころか、更に強くなる。余りの熱に雨すら熱く感じてしまう。

 まるでオーブンの中に放り込まれたような感覚。体中の水分が瞬く間に奪われていく。逃げようにももう遅い。

 周囲を判断しようにも、朦朧もうろうとする意識の中では何一つうまくいかない。できることといえば、過去を走馬灯のように見ることくらいか。

 ただそれもすぐ不可能になる。

 暑いのに寒い。まっすぐ立ってるつもりなのにふらふらする。視覚が、触覚が、嗅覚が、味覚が、己の意思に反して消えていこうとする。

 しかしそれを留めることはできない。これが死というものなのかと、おぼろげながら当主は理解する。

 すまない。当主(ケイレウ)はどこにも届かない謝罪を虚空に言う。


 この間僅か5秒。ニーズヘッグの放った燃えるブレスにより、討伐部隊は壊滅した。


【ミスティアは当然詳細なんて知らない。知る必要があるのはあっちだけだろ?】

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