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肉商人

 翌日、ミスティアたちはまたシャリオンの街にいた。明日はいよいよ王誕祭の日とあって街は大賑わいだ。

 周辺地域から多くの行商人が集い街道の両端で様々な屋台や露店を出展させ、一部の店では既に早速呼び込みを始めている。売っている物は各地から集められたアクセサリーや雑貨、近年開発された機械類や武器防具と言ったものから食品まで、品質の優劣含め様々だ。

 そんな街道をミスティアとヒュドラの二人は、依頼までまだ少し時間があるため視察という形で街を回っていた。

「今年も多くの出店がありますね」

「シャリオンは他の都市から結構遠くに位置するけど、庶民一人当たりの所得が高いからそれを差し引いても魅力的なんだろうね」

 両サイドに大量の食べ物が入った紙袋を浮かせながらミスティアは言う。そう言っている間にも袋から山盛りの肉を挟んだメリッカを取り出し頬張る。

「元々この街はリヴァティンの森から獲れる魔物の素材で大きな利益を得ていたことに加え、ウラヌス家は代々最先端の街になるよう取り組んでいますからね」

 リヴァティンの森は、五天廊の一つなだけあって他の場所では見られない珍しい魔物が数多く生息している。その中には現代技術を支える素材を持つ魔物も多く存在するため、現在でも狩猟は大きな収入源の一つとなっている。

「ただその森のせいでハーマルド平原で人の住める場所が限られてしまうのは考えようなんだけどねぇ……」

 昨日の飛竜の群れのように森の魔物は度々外に飛び出し暴れる。そのため人里は堅牢な防御壁を作ったうえで、屈強な戦士を駐在させ続けなければならない。

 そのコストがあまりに高く、ウラヌス領にシャリオン以外の人里は数える程度しか存在できていない。

「そのおかげで貧富の差が小さいともいえるのか、な?」

「それは結果論ですから。街の開拓は今後の必須課題でしょう」

 ヒュドラはそう締めくくり、丁度通りかかった出店を眺める。ちょっとした屋台のように改造した馬車の隣には巨大な馬車が停車してあった。

 恐らく食品の類が売ってあるだろうとヒュドラは思ったのか、ミスティアを近くで待たせて馬車のもとにむかった。

 ヒュドラがまだ何も置かれていない馬車のカウンターを眺めていると、隣の馬車から両手で何枚もの写真を持ちながらエプロンを着た男がおりてきた。顔には何かに引っかかれたような大きな傷跡が付いており、茶色の髪が顎髭が繋がっている。

「こんにちは――ってヒュドラ様じゃないですか!」

 男は慌てながらカウンターに走る。だがすぐ落ち着き、男は背筋を伸ばし、カウンターを挟んでヒュドラの前に立つ。

「ここは何の出店ですか?」

「肉屋ですよ肉屋。世界中から様々な肉を仕入れて行商してるんですよ」

「肉屋?干し肉を売ってるんですか?」

「それも売っていますが、うちではなんと生肉を売っているんです。冷凍ではありますが」

 冷凍生肉を売っていると聞き、ヒュドラは感心する。確かに隣の馬車の荷台は金属製で気密性が高そうだ。

「冷却装置は……フロストゴーレムですか?」

「ご明察!いやぁヒュドラ様はやはり博識ですね」

 オーバーリアクションで肉商人は称賛する。しかし彼の目は獲物を狙う猛獣のような猛々しいオーラを放っていた。

「元々は干し肉をはじめとした長期保存のきく食材を中心に販売していたのですが、数年前に魔物商からあのフロストゴーレムを買い取りまして。以降はこうして専用の馬車と共に行商を行っているのです」

 と言いながら肉商人はトレーを置き、馬車に向かって手招きする。すると荷台の中から一体のゴーレムが顔を覗かせた。

 体長はヒュドラの腰くらい。氷雪をアマチュアの彫刻士が彫った人間のような見た目をしており、それの体からは常に冷気を発している。しかしシャリオンの気温程度では溶けそうにないようだ。

 ヒュドラはフロストゴーレムから肉商人に視線を戻す。

「どうです、まだ開店準備の途中ではありますが見ていきますか?」

「ええ、見せていただけるなら」

「わかりました。では少々お待ちください」

 肉商人はカウンターに写真を一枚ずつ並べていく。写真らはすべて魔物の写真だ。

「さすが世界中を回っていると謳うだけありますね。随分と種類が多い」

「ええ、ええ。わたくしの売りは種類の豊富さですから」

 ヒュドラは写真を眺める。イノシシや獅子型の魔物、果ては竜の一種の写真までが並べられ、写真の下には100gあたりの最低価格が記載されている。

「ここの最高級はこのオーガの肉ですか?」

 そう言いながらヒュドラはオーガの写真を指さす。3mはありそうな巨体に立派な牙の生えた豚の顔。丸っこい体つきとは裏腹に、見ただけでもわかるほど隆起した筋肉。

「ここでオーガの肉を選ぶとはお目が高い。肉質こそ硬いですが、コクが強く噛み応え抜群です。加えてこの肉を煮込むと、非常に濃いスープを取ることができますよ!」

 自信満々に肉商人は語る。オーガの肉はヒュドラもよく使う肉の一つだ。味が濃いため、柔らかくなるよう下処理してしまえば、あとはそのまま焼いてしまうだけでメインディッシュになれる。

「しかし、これが当店最高級ではないのです。今回ヒュドラ様にだけ特別にお見せいたします!」

 やけに強調して肉商人はいそいそと馬車の中に入っていく。その数秒後肉商人はトレーに肉のブロックを一つ乗せて戻ってきた。

「これが当店の出せる最高級品、『モンスター』でございます!」

 その名を聞き通行人の一部が動きを止めた。

 モンスター。肉だけでなく、数ある食材の中で頂点に君臨すると言われる幻の肉だ。一般人には食べるどころかその肉を見ることすらなく一生を終えるとさえ言われるほど希少性が高い。

 無論味も最高で、一度食べると他の食材が不味く感じてしまうほど美味であるという。

 ヒュドラはまさかこのタイミングでモンスターが出るとは想像していなかったらしく、目を丸くして驚いている。

 それを見て肉商人はにやりと笑みを浮かべる。

「モンスターの一大産地、ギレファオにて仕入れたものでございます。如何せん最高級品ですので値は張りますが、付近ではまず見られないものと思います。——どうです、おひとついかがですか!?」

 肉商人はここぞとばかりに猛烈なセールスをかける。しかしヒュドラの返答は初めから決まっていたようだった。

「いえ、遠慮しておきます」

「そうですか……」

 普通なら食い下がってきそうな案件だが、肉商人は残念そうに肩を項垂れてはいるものの案外あっさり諦めた。普通商売のチャンスであれば徹底的に食いついてきそうなものだが、彼はそうしようとしない。それにヒュドラは疑問に思い尋ねてみると、肉商人はどこか誇らしげに

「どんなにいい肉でも、無理に食べさせれば好きに食べる安い肉に負けるものです。私は常に最高の肉を最高の状態で食べてもらいたいんですよ」

 と語った。しかし言い終わると少し恥ずかしかったのか、肉商人は笑いながらぎこちなく後頭部をかく。

「とても良い考えだと思いますよ」

 ヒュドラは腕を組み、頷きながら言う。

 そのあとヒュドラはカウンターに置かれている写真をじっくりと眺める。種類だけで言えばざっと20種類以上あり、帝都の大型の肉屋でもない限りここまでの種類を用意することは難しいだろう。

「じゃあとりあえず、ゴブリン、オーク、オーガの三種類の肉を予約しておいていいでしょうか。今から会場の設営を行わなければならないので、帰りにまた取りに来ます」

 ヒュドラはオーガに加え、それに並んで飾られている豚の人間のような魔物の写真を指さしながら言う。

 まさか買うなんて思いもしなかった肉商人は驚いて動きが一瞬フリーズするがすぐに気を取り直し大声で了承を伝える。

 ヒュドラはそれに一礼で返すと、踵を返しミスティアのもとに戻る。ミスティアは相変わらず袋の中のメリッカを食べていた。

「随分盛り上がってた様子だけど、値引き合戦でもしてたの?」

「いえ、ただ単に興味深い商人がいたもので」

「へー、ヒュドラがそう言うってことは相当だね」

 ミスティアはヒュドラにそこまで言わせた肉商人を遠目で見ながら最後のメリッカを食べる。肉商人はカウンターの馬車の周りに看板などの装飾品を並べている最中だ。

「いい感じに時間を潰せたし、そろそろ設営に向かう?」

「ええ、そうしましょう」

 二人はギルドへと歩き出す。昨日受けた依頼の指定時間はもうすぐだ。


「オーライ、オーライ!」

 軍服を着た青年が大声を上げながら、鉄骨を運ぶ二人の男を誘導する。ギルド前の広間には鉄骨で作られた大きなステージの設営が進んでいた。

 男たちはステージのすぐ横に鉄骨を下ろすと次の鉄骨を運ぶために取りに戻った。

 それから少し経つと、鉄骨の上から頭の膨れたオクトバルーンというタコのような魔物が下りてくる。オクトバルーンはその八本足で鉄骨を持つとそのままフワァっと上昇していった。

 ステージの上では別のオクトバルーンが、自身で持ち上げた鉄骨を足で器用に設置していく。それをあらかじめ登っていたとび職の男たちが調整、固定を行う。

 そんな作業が着々と進んでいくさなか、ミスティアとヒュドラはやってきた。

「あれ、結構進んでる」

「領主様に負担をかけまいと朝から奮闘していたんでしょうね」

「別に無理しなくてもいいと思うんだけど……」

 実際のところ、ミスティアの手にかかればステージ設営は数分程度で終わる。しかし、これを含めたこういった公共事業の類はミスティアが率先して依頼を受ける反面、市民が一致団結して彼女の介入の隙を与えようとしない。

 それはミスティアの操術が万能すぎる故に彼女一人に任せるわけにはいかないと市民たちが躍起になっているからであり、それはミスティア自身も一応は理解している。

「一人に頼りすぎると、その人亡き後に滅びの一途をたどるのは自明の理と言うものです。ミスティアの目指す街というのはその程度で滅ぶような街ではないでしょう?」

「まあね。ただせっかくある手段をわざわざ使わないってのも違うと思うけど」

「それもそうです。そこは後々要調整ですね」

「うん。だから今からでもできることがないか聞いてくるね!」

「私も手伝いますよ」

 そう言って二人はステージ前に構える現場監督らしき人物へ向かって走る。

 この後二人の手で設営がものの数分で終わったのは言うまでもない。そしてそれに調子に乗った現場監督が無駄に凝った装飾をミスティアに頼もうとして周囲が全力で止めにかかっていたのは想像に難くない……のかもしれない。

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