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ウラヌス領直轄軍

 シャリオンの北西の壁は他とは違い、巨大な建物が壁と一体化したような構造をしている。その周辺の建物も軍関連のもので固められており、祭りの雰囲気を加味しても物々しい。

 ミスティアたちはそんな壁の建物の前に着地する。ヒュドラは服が血で汚れてしまっているため道中に似たような服を買って着替えていた。

 しかし服のサイズが一回り程小さいようで、前着ていた服よりも体のライン、特に《《出たところ》》が強調されている。

「ミスティアから買っていただいたこの服ですが、特に胸周りがピチピチな気がします」

「あれ、あたしの服の一回り大きなサイズを買ったけどな」

「私の服は二回り大きなサイズです」

「あれ、そうだったっけ」

 ミスティアの服はあえてぶかぶかの大人用を着ている。そのため服の大きさの差はそこまで大きくないのだが、そのサイズ差を見誤ってしまったようだ。

 ふと二人は周りを見渡す。そこでは荷物運びをしていた周囲の軍人が驚きのあまり二人を見たまま硬直してしまっていた。中には荷物を持っているにも拘らず反射的に敬礼したせいで荷物が自由落下を始めてしまっている者もいる。

 その中でミスティアは一番近い位置にいた軍人の青年に声をかける。階級を示す肩章には星が付いていない。一般兵のようだ。

 ミスティアに近寄られて青年はガチガチに緊張してしまっているようで、荷物を下に置き敬礼のポーズのまま停止してしまっている。

「グラドいるー?」

「エルラルド中将のことでしたら、現在防衛本部内で雑務をこなしていると思われます!サー!」

「わかったー」

 ミスティアが回れ右して浮いていった途端青年は糸が切れたようにヘナヘナと座り込んでしまった。

「グラドは割に合わない仕事で発狂してるってー」

 青年は「え、そんなこと一言も言ってない!」と言いたげな表情でミスティアを見る。目尻には涙が浮かび始めている。それとは対照的に他の兵は数人噴き出していたり笑いをこらえていたりしているようだ。

「こら、新兵をからかわないでください。今にも泣きだしそうですよ」

 ヒュドラからチョップを喰らいうへーと言いながらミスティアは謝る。

 その様子を見守る兵たちはどこか微笑ましそうだ。ただ一人、教官らしき強面の男を除いて。

 男はその太い指を鳴らしながら仁王立ちで見ている。青年の無事を願うばかりだ。

「……あいつ多分出世するな」

 どこか同情にも似た感想を野次馬の兵が零す。その一言に近くにいた別の兵も静かにうなずいた。

 ミスティアとヒュドラの二人はそんな軍の面々を尻目に建物の中に入る。中は天井が高く比較的シンプルな作りで、入り口から奥の扉まで続くカーペットの脇には警備兵と受付の女性がいる。そして奥の扉の上には右に帝国及び皇族の紋章である鷲と雷槍。左には右側よりも僅かに下に、にウラヌス家の紋章である無数の星と黒い球体。球体の周囲には縦に輪がかかっている。

 受付にミスティアは大きく手を振り、ヒュドラは軽い会釈をする。受付も笑顔で会釈を返す。

「グラドは今何してるの?」

「エルラルド中将は現在——16階のオフィスにて雑務を行っております。そこまで案内いたしましょうか?」

「うん、お願い」

 受付は、もう一人の受付の女性に一言席を外すと伝えるとミスティアたちを先導し扉の前に立つ。そして扉の横に備え付けられたボタンを押すと扉が右にスライドして開いた。

 扉の中は10人程度は入れそうな部屋だった。3人はそこに入ると受付が扉側にある複数のボタンのうち16と書かれたものを押す。

 すると扉が閉まり、二人に一瞬ずしっと少し負荷がかかる。ただミスティアだけは常に浮いているため感じていないようだ。

 部屋は何らかの力によってひっぱりあげられているようで、は扉上部には光で今何階を通っているのかが示される。

「このエレベーターという装置、やはり便利ですね」

「大型発電施設の設置でここまで変わるなんてね。投資した甲斐があったよ」

「計画自体はミスティアのお父様から引き継いだものですけどね」

「まーねー。でも実行して完成させたのはあたしだよ。領地の技術者総動員で地下の整備をしたんだから」

 シャリオンの地下には巨大な地下水脈が通り、その近くにはドロップポイントと呼ばれる地下水脈が深淵へ下降する場所が存在する。そこで水力発電を行うことで街の電力を生み出している。しかしこれの実現には莫大な資金と技術が必要だったがミスティアの操術によってそれらの点を半ば無理やり克服したのだった。

「たった数年で街の電化が急激に進んでいってる。でもあたしはこの領土を世界一にしたいから、先はまだ長いね」

「ええ」

 エレベーターが16階につき上昇が停止する。チーンと音が鳴ると同時に扉が開いた。

 二人は受付に連れられエレベーターを降り、木造風の厳格な雰囲気漂う廊下を進む。両脇には将校の表札と扉がいくつか存在する。受付が向かうのはその奥、正面の扉だ。

 扉は他のものよりも更に重厚な造りになっており、その中心の表札には“ウラヌス領直轄軍統括長官室”と帝国語で書かれている。

 茶色の木製のドアを受け付けはノックする。重厚なノック音が廊下に響く。

「なんだ?要は後にしてくれ、今は忙しすぎる」

 低い声の男が返事を返す。不機嫌そうだ。

「申し訳ありません。今は忙し――」

「失礼しまーす!」

 ミスティアはそんなことなんてお構いなしに扉を開ける。受付は唖然としながらミスティアを見ている。

「すみません、ミスティアはこんな人なんです。それと案内ありがとうございました」

 ヒュドラもミスティアに続いて入る。そこにいたのは二人の男女。一人は分厚い軍服を着ている上からもわかるほどの筋肉を持った男、もう一人は眼鏡をかけたインテリ風の秘書の女。

 山積みの書類の山の一部が崩れ落ち、二人はそれを拾い集めている最中のようだ。

 男――グラド・エルラルドは大きくため息をつきながら集めた紙を机に戻しながら愚痴る。

「畜生、誰だよ礼儀をわきまえない馬鹿野郎は――ってウラヌス嬢!?」

 グラドは反射的に強く机に叩きつける。その衝撃で机が揺れ積みあがっていた書類の山がまた雪崩を起こす。

「あー畜生、そもそも俺にデスクワークなんて無理なんだよ!なんだよこの書類の量!いくら何でも多すぎだろ!武器を持たせろ!戦場が俺を呼んでいるんだァァァァァ!!」

 猛獣の雄叫びのような叫び声が部屋を反響する。そのあまりのうるささにミスティアは耳を塞いでしまっている。

「落ち着いてください中将、お気を確かに!」

 そう言って秘書は書類を持ったまま高く跳び上がり、細い足をしならせながら回し蹴りをグラドに放つ。蹴りは彼の顔面にクリーンヒットし後頭部から衝撃波がとぶ。その威力にグラドはふらついて一方後ろに下がるが倒れない。タフな男だ。

 秘書は軽やかな足で着地し、どこか満足げな表情を浮かべる。

「……気を確かにするのはアシアじゃない?」

 ミスティアはジト目で秘書改めアシア・カミリアを見る。グラドは中将、アシアは少将なので明らかな反逆行為にしか見えない。しかしグラドは彼女を罰することはしない。

「いや、これでいい。こいつは足癖は悪いがこうでもしないと俺は止まりそうにないからな」

「そういう問題?」

 ウラヌス領の軍の頂点の男がこんなので大丈夫だろうか、と自由人領主は思う。後ろでヒュドラがクスクス笑っていた。

 大きくため息をつきながらミスティアは操術を行使し書類全てを浮遊させる。そして机の両サイドに積ませた。

「さっきまでの苦労が片手間で終わりやがった。これが操術……」

「中将、あれはミスティア様が特殊なだけです。普通はあれほど自由度は高くないですよ」

 唖然とするグラドと冷静にツッコむアシア。

「そもそも操術は操る対象がなければ使えないもの。だから炎の操術師はライターを持ち歩くのです。そしてそのライターのことを神器と呼ぶと前も教えたはずですが」

「俺はデスクワークが苦手だ!」

「じゃあどうして出世なぞしたのですか!明らかにデスクワークが増えるに決まっているでしょう!?」

「う……」

「なんで喧嘩する流れになってるのこれ。しかもグラド早々に負けてるし」

 置いてけぼりを食らっているヒュドラに代わってミスティアが突っ込みを入れる。結局グラドとアシアの二人が落ち着くまで少しの手間を要した。

 

「して、ミスティア嬢はなぜクソ忙しい時に来たんで?」

 皮肉交じりにグラドは尋ねる。グラドは山脈のように連なった紙山の間から顔を覗かして座り、その隣にアシアが立って待機している。

 ミスティアとヒュドラは向かい合って机の正面に設置された二つの高級そうな黒いソファに座っている。

「それなんだけど、軍に二つ伝えることがあってさ」

「ほう。それは?」

「一つはアシェッド・ブラヴァツキー、通称“竜腕”について。そしてもう一つはさっきリオブルガンテ教団の人間と接触、戦闘になったことについて」

 グラドたちが息をのむ。二人とも表情にこそ出てきていないが相当驚いていることだろう。

 ミスティアはこれまでの半日のことを、途中ヒュドラからの話を交えながら簡潔に二人に伝える。

 その濃い内容を聞きながらグラドは表情を曇らせ、アシアも何か考え込む。

 ミスティアの話が終わると当時にグラドが口を開く。

「教団との接触はある程度部下からの通信で聞いてはいたが、想像以上と言ったところか。まあまだ予測の範囲内ではあるのが救いではあるか」

「ええ。今中将の机に溜まっているこの書類も多くが教団関連なんです。現在帝国各地で教団員らしき人々による暴動やテロ行為が多発しており、まだ被害の出ていないここウラヌス領でもそれがいつ起こるかわからない状況で……」

「ただ我々軍は対魔物はまだしも対人戦闘の経験のない者が殆どでな、そもそもの大きな課題が圧し掛かっている。加えて教団員は軍内部にも入り込んでいる可能性も高くてな」

「状況は思ったよりも芳しくないですね……」

 ヒュドラは眉間にしわを寄せソファに寄り掛かる。

「ここまでの規模をやってるんだから確実に巨大な組織なんだろうが中々尻尾どころか毛すら掴めていなくてな、現在わかっていることは皆リオブルガンテを崇拝しているという一点だけ。過去に教団員だと思われる人間を捕え尋問したことがあったらしいが、何一つ吐かず終始『リオブルガンテよ!この哀れな民どもを救いたまえ!』と叫び最終的に衰弱死したと聞く」

「信者に強い洗脳でも施したのかな」

「それもわからん」

 しかし軍さえもこれ以上の事を知り得ないとなるといよいよ手詰まりだ。4人は頭を悩ませるように静かになってしまった。

 そもそもの話、教団の奉るリオブルガンテも“業火の終末”で大半の資料が消失してしまっているため謎が多い。軍であれば何か教団について得られるかもしれないと踏んでいたミスティアにとってあまりにも心外な結末だ。

 と、そんな沈黙を破るようにアシアが口を開く。

「それとブラヴァツキーについてですが、逆にミスティア様はご存じなかったのですか?」

「そんなに有名な人なの?朝エドガーにも言われたけど」

「有名も何も、帝国の組織に所属していれば誰しも一度は聞いたことのある人ですよ」

「うそぉ!」

 ミスティアは目を丸くして驚く。これにはグラドも首を縦に振る。沈黙を貫くヒュドラでさえも知っている風であるため、この場で今朝まで知らなかったのはミスティアだけのようだ。

「詳しい素性は一切不明ですが実力は世界最高クラスであり、操術も他の操術師の追従を許さないほどとか」

「その操術の内容はわかる?」

「それが、本人が詳細を明かしていないので推測の域を出ないのですが、一節では炎の操術の一種だとされています。ただそれに確証を持てるかと言われたら……」

「そう……」

 ミスティアは残念そうに言う。彼女は情報の共有という名目で来ているためもっと情報が欲しいところだった。

「お力添えになれず申し訳ありません」

「わからないものは仕方ないよ。逆に言えばそれだけ強大な可能性が高いことを知れたわけだから」

「ならいいのですが……」

 ミスティアは立ち上がる。この後は特に予定はないためまだいてもいいのだが、それでは相手方に悪い。これからもあの量の書類を捌かなければならないのだから。

「ヒュドラ、行くよ」

「わかりました」

 ミスティアたちは扉を開け、部屋をあとにする。後ろに続くヒュドラが扉を静かに閉め、部屋にはグラドとアシアが残った。

「あれがミスティア・ウラヌス様ですか。こうやって面と向かって話したのは初めてですよ」

「そうだっけか?」

「ええ。私はこの領地に来てまだ5年しか経っていませんし」

「それならそうか」

 アシアはグラドに座るよう顎で指示されアシアは近くの椅子に座る。

「まだあの子は18歳なのでしょ?事情は既に聞いていますが、それでもあの無鉄砲さ、いつは身を滅ぼしかねませんよ」

 まるでミスティアの保護者のようにアシアは言う。

「それはウラヌス嬢をあまり知らないから言えることだ。俺からしてみりゃあいつは恐ろしいやつだと思うよ」

「というと?」

「操術に必要なのは強靭な精神力と聡明な頭脳。それは国を運営するうえでも重要なことだ」

「それがなんだと言うんです?」

「聞きたいか」

 アシアに体を向け、ニヤニヤしながらグラドは訊く。それを見てアシアは頭を抱えた。

「いえ、結構です。それより仕事の続きです」

「あー畜生、もう少しさぼれると思ったんだがなー!!」

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