先生と私
最初は主に説明です。
私の名前は三石今日子という。憑かれ人でもある。
憑かれ人とは何か?
それは私にもよく分からない。約十年前に突然発生し瞬く間に日本中に広まった病気? だ。症状は極めて特殊で憑かれ人はその名の通り何かが取り憑く。そして己に憑いた何か分からない物を自在に呼び出し使役する事ができたり、自身が特殊な力を得る事が出来る。無論、病気と言われているからには代償もある。
症状がある程度進行すると憑き物だけがこの世に残り、憑かれ人本人は消えてしまう。 これを一般では入れ代わりと言われる。
そして入れ代わってしまった人間は二度と戻る事無く、治療方法はただ一つ憑き物を破壊する事だけである。
しかし厄介な事にこれにも問題がある。憑き物を破壊してしまうと憑かれ人の人格も破壊されてしまう。そして自分では何も考える事ができなくなり周りの指示に従うしか出来ない人形になってしまう。
彼等をからっぽの人間として伽藍と呼ばれ、憑き物が破壊される事を伽藍に成ると言われる。
話を戻すが私は旅に出ている。住んでいた所で自分が憑かれ人とばれて特災に隔離施設に入れられそうになり自分の街にいられなくなったからだ。
特災とは、確か正式には特殊災害対策安全保持事務局と長ったらしい対憑かれ人用の警察みたいな物だ。そして、憑かれ人に対して非人道的な実験をしているので憑かれ人達の中ではかなり有名でもある。
少し前までは一人旅だったが今は先生といる。
先生は憑かれ人では無い。そして学校の先生と言う訳でも無い。私が勝手に先生と呼んでいるだけだ。先生もまんざらでも無いようだったし私も気に入っている。
先生は大学を去年、卒業したらしい。時期が悪く就職もせずに全国をぶらぶらして見聞を深めているらしく初めて会ったのは駅前で段ボールで野宿している所であった。
先生は初めて出会った時、
「君は憑かれ人か?」
と聞いてきた。
私は驚いた。先生の事を特災の局員と勘違いしたからだ。よく考えればホームレスの格好なんて有り得ない事なのだかその時、バイトも見付からず腹を減らしていた為に私は思考力が低下していた。その後、多少ごたごたがあったものの誤解も解け私は食事に誘われた。段ボールハウスで手料理の味噌汁と白米が食べられるとは思わなかった。先生いわく日本の心らしい。
それから、私はずっと先生と一緒に旅をしている。先生は私が憑かれ人なのを知っている。それでも先生はそんな事は気にしない。むしろ興味津々だった。
先生は何でも知っていると言っていいほど物知りだ。
先生一人密林のジャングルに放り出されても平気で生き残れそうな程、サバイバル技術もあった。
しかし、変人でもあった。まあそれは憑かれ人を傍に置いている時点で分かっていたつもりだった。
「おい、今日子君! そろそろ起きなさい」
目をつぶり思考にふけていた頭に現実が戻って来た。
「おはようございます。先生、早起きですね」
私は寝袋からモゾモゾと這い出した。先生は腕立て伏せをしていた。
「朝から熱心ですね。朝の鍛練ですか? 先生」
「筋肉はすぐに劣ろえからな、それに朝、身体を完全に起こす為でもある」
私は立ち上がり欠伸をし周りを見渡した。美しい森と湖?(池)が見える。こうやってフラフラ全国を巡ってみると日本は本当に森や林が多い。都会に住んで余り旅行に行かない私には少し意外だった。
「今日子君、顔を洗ったら魚でもを突きに行こうか」
起き上がり汗を拭きながら聞いて来た。
「二人で魚突いても仕方ないでしょ。私は山に行て山菜でも取ってきますよ」
先生に毒され私もサバイバル少女になってしまった。
「気をつけて行きなさい」
私は湖で顔を洗い歯磨きをしてから準備を整え山に向かった。
…………………………
日本の山に人に襲い掛かるような獣は殆どいない。しかし毒を持つ虫、植物などはしっかりと存在する。
気をつけなければならない。私は注意深く山道を歩いた。
この辺りは特に何もないな、先生との論戦の為に少し考え事をするか。
憑かれ人は主に十歳から二十五歳の少年から青年ぐらいによく発現する。男女の比率は58対42やや男が多い。しかしその差は微量であるため憑かれ人と男女は関係ないと予想されている。そもそも憑かれ人は全て写り神と呼ばれる存在によって発現する。写り神の正式な名称な無く、色々な物の姿を写す事から写り神と呼ばれている。あっ、なんだ、変な茸を発見した。派手な色でも無いし一応とっとこう。
写り神とは何か? それは先生にも、そしてもちろん見た事のある私にも解らない。しかし憑かれ人について先生は幾つかの推論を立てた。
1、憑かれ人は心の具現化である。何故子供に発現しやすいか? それは自己のアイデンティティを固定仕切れない曖昧で多感的な状態にあるからで、言わば非常に夢見がちな歳である為という事である。そして伽藍に成るというのは自分の自我=憑き物という式が成り立つ為、憑き物が破壊されるという事は自我の崩壊と同義であるといえる。
2、写り神とは妖怪の塊であり、憑かれ人とはその一部を無理矢理植え付けられた物である。それなら何故伽藍に成るのかそれは妖怪が精神体、所謂幽霊の様な存在で魂と結合により仮定1と同じ状況になると言える。
「シッ」
私は持っていた拳大の石を微かに音が聞こえた方に投げ付けた。
「ギャン!!」
あ、野犬かな? 野犬は余り美味しくないんだが。
「誰だ!!」
……飼い主がいたようだ。思ったより人里に近付き過ぎた様だった。
「すみません。野犬かと思いまして」
私は仕方なく頭を下げながら声の方に向かった。
「む、女か」
飼い主さんは私を見て驚いている。犬は頭を潰され脳漿を垂れ流して悶死している。私はガリガリと言うほどでは無いがどちらかと言うと細身だ。細腕で犬の頭が割れる程の速度で石を投げたのに驚いているようだ。
「あの〜、すみません」
何も言わずに黙っている飼い主に埒があかず仕方なく私から話しかけた。
「あ、ああ、お前一人だけか? 連れはどうしたんだ? こんな山奥に何をしている? この辺りは一人でいると危ないぞ。迷ったのなら下まで送るが」
飼い主さんはどうやら登山者のようだった。
「あ、すみません。大丈夫です。知り合いが近くにいますので。犬の事すみません。危ない獣かと思いまして」
私は飼い主さんの質問に答え謝った。
「むぅ、………まあいい今度からちゃんと気をつけろよ」
優しい飼い主はすぐに私を許してくれた。何か急いでいる様でもあった。
「本当にすみません。お急ぎの様でしたら、私がその犬を埋葬したいのですが」
私はすまなそうに話し掛けた。
「あ、ああ、そうだな、このままにするのはこいつが可哀相だしな。俺は急いでるんだ。すまないがこの辺りに埋めてやってくれ」
「はい。私が悪いですから」
私が返事をすると飼い主はさっさと山の中でに消えてしまった。
「えらく簡単に許してくれたな。もう少しごねるかと思ったんだけど」
私はボソッと呟くとビニールを取り出し犬を丁寧に包み籠の中に入れた。
ラッキーだ。飼い犬は良いもの食ってるからたいていはなかなかいける味だ。
その後山菜等をしばらく捕った。
ふと気付くと籠がいっぱいになっていた。
「ふむ、まあこんなもんか」
私は満足気にキャンプ地に戻った。
つづく